魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第55話 「新たに進む道」

 辺境の研究施設。かつて違法な研究を行っていた次元犯罪者の居城であった場所に、彼らは居た。

 白衣をまとった青年は、普段使ったりしないはずの片眼鏡をかけてモニターに移った数値を見比べ、検査着を着た金髪の少女はその青年のことを、固唾を飲んで見守っていた。

 

「ん~……とりあえず、現状の数値はプレシアの予測からそうはずれていないみたいだな」

「そうなの?」

 

 片眼鏡をかけた白衣の青年、マークは研究所が解禁されて最初に手を付けたのは、検査機器の扱いであった。いくらマークがかつて生命関係の研究をしていたとはいえ、別世界の技術である『プロジェクトF』の知識を早々に使いこなせるわけもなく、せめて現状のデータだけでもとっておこうと考えたのだ。

 その結果は上々。フェイトの肉体は右腕と左足を除き、プレシアが予想した通りの成長を遂げていることが判明した。

 

「流石にこの数値の意味をすべて理解できているわけじゃないけど……どいつもこいつの誤差の範囲内ってことは、やっぱりプレシアって優秀だったんだろうな」

「うん……自慢の母さんだよ」

 

 誇らしげにするフェイトを微笑ましく思いつつも、マークは検査結果へと思考を向ける。今はまだ誤差の範囲内であるが、それでも確実に想定の範囲から外れ始めている数値は存在するのだ。

 

(致命的とまではいかなくても、体のバランスは崩れ始めているか……脳の分泌物も増えているみたいだし、やっぱりここの施設で新しい手足を作って移植したほうがいいかもしれないな)

 

 もちろんそれをやるにはプロジェクトへの理解が足りず、実行には数年の時間が必要となってしまうので現実的な考えではない。

 しかし、フェイトはマークの心配をよそに、予想された数値をいずれ上回りたいとさえ考えていた。

 

(予想通りの実力じゃ、まだ足りないんだ……なのはみたいに、はやてみたいに、マークの予想を超えられる位、強くならないと……!)

 

 フェイトは誓いを新たにし、マークは今後の研究課題について頭を悩ませていると、モニターの端にある通信の申請が届いたことを示すランプが点滅し始めた。

 

「……どうやって許可するんだっけ?」

「えっと、確か……」

 

 普段の通信はかなり簡易化されたものを使っているマークにとって、この研究施設の機材は複雑すぎた。助けを求められたフェイトも流石にこのような施設の管制をいじったことはないのだが、それでも頼られた以上あやふやな知識のもとコンソールをいじる。

 

「あ、繋がったみたいだよ?」

『遅い!』

「なんだ、クロノか……仕方ないだろ? こっちの世界の技術に触れて、まだ一年もたってないんだから」

 

 数分の時間を要し、ようやく申請を受諾したマーク達の前に大きく映ったクロノは一言目に大声で怒鳴り上げた。本来数秒で済むはずの作業にもかかわらず数分もの時間を待たされたのだし、一言文句を言うぐらいは許されるだろう。

 

『だからせめて指南役ぐらい置いておけと言ったんだ。清掃機械の手が届かない場所だってあるだろう? その規模の研究所なら、維持も含めて二十人は欲しいところだろうに……』

「エーギル関係の情報が流れるのが怖い。もちろん俺だって注意するが、俺の知らない方法で何かをされたらどうしようもないからな」

 

 エーギル関係の知識は、今のところマークの内にしかない。数少ない例外を述べるとすれば、災いを招く者と呼ばれた男の記した『エレシュキガル』と、確実性には欠けるがマークの魔法を蒐集した『闇の書』だけだろう。ちなみに前者はマークが封印しており、後者は蒐集の対象外であったというのが公式な見解である。

 

『……まあ、危険な知識の流出を防ぐという考えには同意するが、現実問題として一人でその規模の施設を維持するのは不可能だろう?』

「あーもう、わかった。じゃあ掃除だけ頼むから、五人ほど信用できるのを用意してくれ」

 

 煩わしそうにそう言うマークに、クロノはため息をつきながらもその人数で妥協する。お互いにとって不本意な結果に終わったように見えるこの交渉であったが、その実両者ともそれぞれの目的はしっかり果たしていた。

 マークは自分から求めることなく、クロノに半ば押し付けられる形で施設を維持する人材を手に入れ、クロノは誰の目も届かない状態になっていたマークの研究施設に管理局の人材を送ることができた。わざわざこんな面倒なプロセスを踏んだのも、研究室レベルではなく、一人で維持するのが困難な研究所レベルの施設を渡されたマークにできるせめてもの抵抗であった。

 

「それで、本題はなんなんだ? ここに人を置けってだけじゃないだろ?」

『ああ、マークが公式に局員になったことで、研究室を持ったことは一般にも公開されてしまったんだ。それでぜひともあなたに会いたいと言う人が……』

「拒否する」

 

 割と重要な前置きを終え、ようやく本題に入ろうとしたところをマークは即座に切り捨てる。正直に言って、マークには研究関係の人脈をつくる気などさらさらなかった。

 

『話は最後まで聞け! ……その人なんだが、あまり大きな声では言えないがちょっと特殊なクローン体の娘たちがいるらしくて、マークの研究に参加させてほしいとの話なんだ』

「これはまた……流石に即断しかねる問題だな」

 

 まだ何の研究も始めていないし、何より面倒事のようなので断ってしまいたいと思う一方で、フェイトと比較できる対象を手元に置くことで研究がはかどるかもしれないとマークは考えてしまう。

 クロノもマークがどう反応するかわかりかねたからこそ、本人に伝えたのだろう。もっともマークがどのような理由で悩んでいるかまではわからなかっただろうが……

 

『一応今は本局第四技術部が見ているらしいが、もっと生体について詳しいものの意見が欲しいとかいろいろあってだな……』

「プロジェクトFみたいなのは元々違法研究の類だったからな……堂々と研究できることになった俺のところに話が来たのか」

 

 最初は藁にも縋る様な思いでマークに話を持ってきたのならこの話を受けてもいいかなと思っていたマークだったが、他に頼れるところがあるのなら無理をしてまで手を出す必要が無いと結論付ける。

 

「研究の申請こそしたが、まだ一切の研究を始めていない。いや、それ以前の問題だ。その娘たちには悪いが」

「マーク、できればその子たちのこと助けてあげられないかな?」

「情報が無いと判断のしようがない。今度、依頼主と会う機会を設けてほしい」

『……了解した』

 

 その娘たちに自分を重ねてしまっただろうフェイトの一言で、あっという間に考えを翻すマークの姿に苦笑しつつも、クロノは了承の意を伝える。どんな理由であれ、マークが局員とつながりを持つのは悪い事ではない。むしろ推奨されるべきである。

 それにもかかわらずマークが今回の話を断ろうとしたのは、ひとえに優先順位の問題であり、この話に関わることで得られるだろう不確定な何かより、関わらないで得られる時間を重要視しようとしたのだ。……あっさりと折れてしまった以上、もはや関わらないという選択はしないだろうが。

 

『じゃあ先方の予定を聞いて、後日面会できる場を整えよう』

「ああ、よろしく頼む」

 

 特にマークの予定などを聞くことなくクロノは回線を閉じてしまうが、なんてことはない。基本的にマークのスケジュールを管理しているのはクロノとエイミィなのだから、マークに改めて予定を聞く必要はないのだった。

 今後季節が変わるにつれ、執務官は副職で本職はマークのマネージャーと呼ばれることに悩むことになるのは、もうしばらく先の話である。

 

「それじゃあこっちも処置をしたら帰ろうか」

「処置って? 研究にはまだ手を付けてないんじゃなかったの?」

 

 立ち上がり部屋を移動しようとするマークに続きながらも、フェイトは疑問を述べる。数値に問題は無く、特に何か手を加えなければならないものに心当たりが無かったのだ。

 

「ああ、だから今日やるのは手足の長さを調整だけだ。違和感を覚える前にこまめにやっておかないといけないから、これからは定期的に検査と調整を行っていくことになる」

「ん、わかった」

 

 一度に行われる調整はそれこそミリ以下になるだろうが、マークは譲る気はないらしい。実はマークの創った手足は日に焼けたりもしないので、夏はさらに調整の頻度が多くなるのだが、それはもう少し先のことだとマークは黙っていた。

 そしてマークはフェイトを従える形でこの施設の地図を取り出し、処置室へと歩みを進めた。

 

 

「それでは早速はじめようか」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 シグナムの声掛けに元気良く返事をしたすずかは、『マーニ・カティ』を模した木剣を構える。その姿は日々の訓練の跡が見受けられ、短期間にこの構えを教え込んだ恭也の実力が垣間見えた。

 

(いかんな、今は余計な事を考えるべき時ではない)

 

 逸れかけた思考を正し、改めて木刀を構えるシグナムであったが、彼女から攻撃を仕掛けることはない。これはあくまで訓練であり、訓練であるからにはある程度流れというものが存在するのだ。

 そして心構えができたのか、一呼吸を置いてすずかはシグナムに切りかかった。

 

「へぇ……ずいぶん綺麗に戦えるようになったのね」

「ああ、あの木剣が軽いという事もあるが、ずいぶん剣を振るうのに慣れてきたみたいだな。最初のころとは雲泥の差だ」

 

 シグナムとすずかが試合をしている場所から少し離れたところで、忍と恭也がその様子を観察していた。

 ただし今回の訓練で重要な点は、剣を綺麗に振れるかの話ではない。恭也は自分との組手の時に気付いた欠点が、他の人が相手の時でも出るかを見極めようとしていた。

 

「それで、そろそろその欠点とやらを聞かせてくれてもいいんじゃない?」

「……剣を振るのは確かに巧くなっているんだが、一向に強くなってきているように感じないんだ」

「なるほど……スポーツなんかでも聞く話ね」

 

 そう、すずかの技術は間違いなく向上してきているのだが、それにより強くなっているかと言われると疑問に思ってしまう状態なのだ。もっとも、剣を習い始めた時期を考えれば比類なき成長速度だとも思うので、今が『そういう時期』である可能性もあるかもしれない。

 

「ただ、やっぱりできることをやっておきたいからな。それで今日シグナムさんに稽古を頼んだんだ」

 

 そう言って視線を向けた先では、攻守が入れ替わりすずかに猛攻を加えるシグナムの姿があった。

 

(……巧いな、とても剣を持って一月程度とは思えん)

 

 加減をしているとはいえ自身の剣を捌き続けるすずかに感心しつつも、恭也の言っていた『気になる点』について剣を交えて気付いた点をまとめる。

 

(気迫の問題かもしれんな……)

 

 一番に感じたのはその一点である。すずかの剣からは『より丁寧に』『より優しく』と言った意志が見え隠れする。

 その意志を読み取ってすぐには理解できなかったが、少し考えれば多少なりとも共感できた。要はすずかにとって『マーニ・カティ』がとても大切な剣であるという事だ。だから戦う時も剣を傷付けないようにする気持ちが、戦いに出てしまっているのだろう。

 

(己の武具を大切にするというのは良いが……これはさすがにやり過ぎだな)

 

 はっきり言ってしまえば武器を庇い、剣戟に十分な力が乗っていない。これでは同格どころか格下にだって勝てるかどうか怪しい。だが、それですずかが簡単に負けるかと言われればそうでもなかったりする。

 

「本当に巧いな……よくここまで捌けるようになったものだ」

「……!」

 

 すずかは言葉で答える余裕はなくとも、その表情に喜色をにじませることで答えとする。本来攻撃よりも防御の方が難しい筈なのだが、すずかは繊細な武器の扱いにより防ぐでも躱すでもなく、攻撃を捌くことに長けた戦いを身に着け始めていた。

 それでも所詮は十歳の少女であり、剣を握り始めて一月の見習い剣士だ。疲れにより動きが鈍り始めたころに木剣をはじかれ、あっけなく勝負がついてしまった。

 

「はあ、はあ、はあ、……ありがとう、ございました」

「ああ、予想以上の腕だった」

 

 呼吸も粗く疲労困憊な様子のすずかとは対照的に、シグナムは汗一つかかず涼やかな顔をしていた。それが今の力の差なのだと、すずかは今後のさらなる努力を胸の内に誓う。

 

「……」

「……」

 

 呼吸を整え、更なる指導の言葉を待つすずかであったが、シグナムは微妙に苦い顔をしてなんと声をかけるべきか思い悩んでいた。

 

(なんと声をかけるべきなのか……見つけた欠点を示すのは容易いが、これは下手に言ってしまえば、せっかくの繊細さを失うことになるやもしれぬし……)

 

 やはり人に教えるのは難しいと改めて実感しつつ、今この場では答えを出せないと結論付ける。

 

「いくつか気付く点はあったが、これは私が言うべきことではないな。後で恭也殿に聞くといい。剣技については、特に防御で光るものがあったな」

「は、はい!」

 

 欠点の指摘方法は恭也に丸投げして、良かった点をいくつかすずかに伝える。これが自信に繋がればいいと思いできるだけわかりやすい言葉で伝えようとする姿は、中々堂に入っており『人に指導なんて~』と言っていた人物とは思えなかった。

 

「はい! とりあえず今回はここまで! すずかは体が冷えないよう、早く汗を流してきなさい」

「うん! それじゃあ失礼します、シグナムさん」

 

 すずかが屋敷へと戻るのを見送る三者は、その姿が見えなくなったのを確認してから本題へと移る。

 

「どうでした?」

「思い切りの良さが足りない……とでも言えばいいか? 少なくとも、勝てる剣技ではないな」

「やはりそう見ますか……」

 

 そうして恭也から語られたのは、組手をすればするほど積極性が無くなり防御へと意識が割かれていったという事であった。

 

「隙を指摘しすぎたという事は?」

「それはない。ちゃんと組手の終盤まで指摘は避けているし、攻撃の時より防御の時にこそ指摘している」

 

 カウンターに委縮して攻められなくなる様な指導の仕方をするほど愚かではない。だがそうなると、なおのこと防御に力を注ぐのかがわからなくなってくる。

 

「まずは守りから……などという事ができるほど戦いとは優しくないぞ?」

「ああ、できるだけバランスよくとは言っているんだが……」

 

 現実にはターン制などなく、攻防は切っても切れない関係にある。すずかだってそれがわかっていないはずはないのだが……

 

「かといって、あまりうるさく言えばあの防御が失われる可能性もあるし……」

「それは私も同意見だ。あの剣捌きは、間違いなく今後の武器になるだろう」

 

 まだまだ未熟ではあれども、素人目ですら巧いと思わせるだけの技であるのも確かである。せっかくつかみかけた技巧をわざわざ捨てる危険を冒すのもどうかと思う。

 恭也も魔導師と戦うのに適した剣技など知らないし、シグナムはそもそも指導者としては素人だ。

 結局二人は結論を出すことができず、後日士郎とマークに相談し、場合によってはリンディに魔道師の教官を紹介してもらう事にした。

 

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