魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
「行きます!」
「ああ、本気で来い」
なのはの宣言と共にすずかとフェイトが左右に分かれ、それぞれマークに迫る。それを受けて立つつもりで『ハルベルト』を構えるが、初撃から牽制というには高火力な一撃が放たれようとしていた。
「ディバインバスター!」
「単純すぎるぞ」
桜色の光はマークに一直線に向かい、いとも簡単に躱されてしまう。だがそれも仕方のないことだろう。いくらなんでも正面からの直線的な攻撃を躱せないという事はない。
「隙ありぃ!」
「無いって」
実際に隙が見えたわけではないだろうが、すずかの気合を入れるための一喝に律儀に返事をし、マークは『マーニ・カティ』の一閃をその手の得物で軽くはじく。
しかしすずかもその程度のことは予測していたのだろう。マークがそのあまりの手ごたえの無さをいぶかしむ間もなく、すずかの連撃が叩き込まれる。
「おっと」
「まだまだぁ!」
その連撃から一歩下がり逃れようとするマークに対し、己を激する叫びと共にさらにすずかは踏み込む。
そんな鬼気迫るすずかの連撃であったが、このような激しい攻めが十秒だって続くはずがなかった。マークは連撃の切れ目を的確につき、『ハルベルト』の柄を振りすずかを遠ざける。
「ハァッ!」
「なんの!」
一度は上昇したフェイトはすずかの連撃に加勢しようとするが、急降下による加速を得たバルディッシュ・ザンバーですらわずかに及ばず、余裕をもって『ハルベルト』ではじき返されてしまう。そして最大の一撃をはじかれたフェイトは体勢を崩し、マークはそこへ容赦なく横薙ぎの一撃を叩き込む。
……はずであった。
「させませんっ!」
だがその背後には一度さがったはずのすずかが『マーニ・カティ』を構え現れる。地を這うかのような低く鋭い踏み込みに、限界まで引き絞られた体から放たれる一撃は鋭く、マークは両足を大地から離すという曲芸のような回避を余儀なくされる。
「シュートッ!」
「ッ!」
そこへ聞こえるのは、今回マークの相手をする三人の内で最大の攻撃力を持つ少女、なのはの渾身の叫び。
合計八つものアクセルシュートの光弾がマークに迫り……
「ふう、落第だ」
次の瞬間にそのすべてが圧倒的膂力によって振り回された『ハルベルト』によって迎撃されてしまった。
「えっ!」
「うそっ!」
驚愕するなのはとフェイトは、マークが『ハルベルト』から『エイルカリバー』の魔道書に切り替えたのに気づく間もなくバリジャケットの一部を引き裂かれる。
「なのはちゃん、フェイトちゃん!?」
「周辺の状況把握は必要だが、いくらなんでもこっちから意識を外し過ぎだ」
「っ!」
ぼんっとすずかの後頭部に軽い衝撃が走りあまりの驚きに振り返ると、視界の端にとどめていたはずのマークがあきれ顔をしながら魔道書で肩を叩いていた。
「とりあえず降りて来い。少しばかり解説してやるから」
「は、はい!」
破れたバリアジャケットの修復を行いつつ降りてくるなのはとフェイトを待つ間に、マークはつい先日の会話を思い起こしていた。
「それで、いつまでこんな中途半端な状況を続けるつもりだい?」
「中途半端?」
フェイトとアリシアが学校へと行き、クロノ達が仕事を始めてからマークが研究所へ出かけるまでのわずかな隙間にアルフから投げかけられた質問は、マークにとっても予想外なものであった。
「一応さ、アタシだっていろいろ見てるんだよ? アンタが研究やら仕事やらを言い訳にして、フェイト達と過ごす時間を少しずつ削ってるのだってわかるんだよ」
「……いや、義務は果たさなきゃならんだろ」
「それが言い訳なんだよ。今までだったら断ってたりしてたことを今になって受けたりしてるのも、万が一アンタが管理局に否定された時を見越して動いてるんだろ」
「……」
マークはアルフの主張を聞き、面倒そうな顔から聞き分けのない子供を諭すような顔に切り替える。だが、アルフはマークの主張を聞こうとせずに言葉を続ける。
「そりゃアンタの言いたいこともわかるよ? 組織が相手なんだから保険をかけておくべきとか、出る杭は打たれるとかいろんな理由があってそうすることを選んだろうさ。
……でもさ、アタシにはやり過ぎに見えるんだよ。アンタが最悪な状況に陥ることを前提に動いているような気がしてさ、最悪の事態にならないように動いているように見えないんだよ」
「それは……否定できないな」
確かにマークは最悪の事態に陥ってもなんとかリカバーできるように準備をしているが、最悪の事態に陥らないように準備をしているとは言い難い。リンディやグレアム達がそちらの方面に力を入れているので早々に事態が動くことはないだろうが、本人にその気がなければ遅いか早いかの違いしかないだろう。
「もっとアタシらのことを信用してくれよ。そりゃあアンタみたいな戦闘力も持ってないし、コネも何もないけどさ、それでも一人でいるよりずっといいだろ?」
「まあ、考えておくさ」
「マーク!」
その場は逃げるかのように研究所へ転移してしまったマークであったが、ゆっくり考えればアルフの言葉には頷かざるを得ないものが多々あった。
(特に、最悪の事態が起こることを前提としているってところがな……)
そう口の中でつぶやくマークは、何となく自分がどのような思考の元に動いていたのかを知ることになった。
(幸せになるためではなく、不幸にならないようにってとこかな?)
それは『~になりたい』『~をしたい』といった希望ではなく、『~になりたくない』『~をしたくない』と言ったずいぶん下からの目線でいたことに気付かされてしまったのだ。
常に一番下をみていれば、そこに届かなければ相対的に『幸せ』と言ってしまえるという基準の低さ。
「今回考えていた最悪は、管理局が俺と言う存在を危険と判断し排除するという結論を出すこと」
そして回避すべきはフェイト達がマークの排除に巻き込まれることであった。
だからマークはフェイト達との関係性を薄めるために仕事を増やし、マークがいなくなっても問題ないように研究を急いでいたのだ。
だが、それも気付いてしまえば続けたいとは思えなくなってしまった。被害を最小に抑えるために周囲との関係を断つなど、何のために生きているのかわからなくなってしまう。
「……とりあえず、今度スズカに稽古でもつけてやるか」
考えを改めたところで引き受けた仕事がなくなるわけではないし、研究を辞める理由にもならない。一つ一つやるべきことを消化していくことに決めたマークが月村邸にて稽古を行うことになったのは、この数日後であった。
「まずは、せっかくの三対一なのにバラバラに戦ったことだな。密な連携なんかは期待していなかったが、順番に戦うだけというのはあまりにひどいぞ?」
「……はい」
なのは達も今回の訓練が急すぎたからとか連携できなかった言い訳はいくつかあったが、マークの言っていることに間違いは無かったので頷くしかない。
「それじゃあ個別に……まずはナノハだが、相手に攻撃力を知らしめるという点で初撃にディバインバスターを使ったのは良かったと思うぞ。ただ、俺が体勢を崩したのにアクセルシューターで済ませたのは大減点だったがな」
「あれは射線にすずかちゃん達が残る可能性が高かったから……」
「スズカは遠距離攻撃ができないんだから敵の近くにいるのは当然だろ? それを考えた位置取りは後衛の基本だ」
とはいえ今まで前衛・後衛を考える必要が無い戦いが多かったのもわかっているので、今後ゆっくり慣らしていくように伝える。ちなみにマークも味方を射線に入れないように戦うのに苦労した経験があるので、今後も継続してアドバイスをすることも約束する。
「次はスズカだが、前回見た時よりだいぶ巧くなってるみたいだな。視野を広く持とうとするのはいいが、先に目の前の相手に集中することも覚えろ」
「はい!」
この三人の中では最も経験の少ないすずかには、特に大きな減点は無かった。剣をあわせて気になったことはあったが、それは後で再度確認することにして最後の少女に視線を向ける。
「最後にフェイトだが……お前は何がしたかったんだ?」
「えっと……?」
今までの二人と違った指摘に戸惑うフェイトであったが、とりあえず先程に自分の行動の理由を告げる。
「遠距離からの攻撃はなのはにかなわないから任せて、一瞬でもマークの動きを止めようと思いっきり……」
ザンバーフォームと強化された右腕であれば、勢いをつけてぶつかればマークを止められると思ったのだ。しかし思惑通りにはいかず容易に弾かれてしまい、逆に隙を見せる結果となってしまったというわけだ。
それを聞いたマークとしてはなかなか複雑な思いであった。
「確かにこの中ではフェイトが一番力があるだろうし、物理攻撃に走りたくなるのもわかるが……フェイトの一番の武器は速度だろ? 攻撃力に傾倒しすぎたらそのせっかくの持ち味を殺すことになるぞ」
「それは……」
マークの忠告に思わず言葉が詰まる。もともとザンバーフォームは、ジュエルシード事件の際の決闘でなのはの防御を削り切れなかったという一点から作られたのだ。
どちらかと言えば欠点を補うためのものであり、フェイトの長所とするには心もとないものであった。それが新たな右腕を得て、変わってしまった。
フェイトの知る限り最大の攻撃力を持つマークに次ぐ攻撃力を、一時的とはいえ身に着けてしまったのだ。弱体化させて、今はそれほどでもないにせよ、力を得たという事実は変えようがなかった。
「大剣を扱うには体格が足りない。今の右腕では力的にも微妙だ。せっかく他の奴らには無い速度があるんだから、それを捨てるのはあまりにも惜しいと思うな」
「……」
マークの言葉は正論であるとフェイトも思う。速度という長所を潰してまで攻撃力を上げるというのは、あまりにも馬鹿らしい。馬鹿らしいとは思うが、それでも時の庭園の最下層で寂しそうに立つ大剣を持ったマークの背中が目に焼き付き離れなかった。
(バルディッシュを斧としてではなく、鎌としてでもなく大剣とした理由を察して欲しかったな)
結局、今後も戦い続けるのなら長所を潰す装備を多用するわけにもいかない。ザンバーフォームは基本的に封印と言う形を取らざるを得ないだろう。ついでに攻撃力の低下は免れないわけだが、そこはマークも考えていたようで、フェイトに一つの装飾品を渡す。
「それは『ファーラの力』と言って、炎の精霊ファーラの加護を得た指輪だ。一時的に攻撃力を上げる効果がある」
「あ……ありがとう」
マークは闇の書事件の際にフェイトに渡しそこなっていた装飾品をやっと渡せたことにひそかに安堵し、フェイトも以前自分だけ渡されなかった装飾品をもらって素直に喜ぶ。
ただ、この一連の流れをひそかに嫉妬する者がいたことには、誰ひとりとして気付かなかった。
「それじゃあ最後にスズカは俺と手合わせをするから、ナノハは射線を探してみろ。フェイトは一撃離脱の隙を探せ。……もちろん、探すだけでなく実際にやっても構わないからな」
「はい!」
三人とも元気に答え、それぞれの得物を構える。それを確認したマークは、今回はすずかのためと思い『マーニ・カティ』と同系統の剣である『ヴァーグ・カティ』に手をかける。
するとなのはがここでついに堪えきれずにマークに尋ねる。
「えっと……デバイスの方は使わないんですか?」
「ん? ああ、『リガルソード』か……この剣はいい剣ではあるんだが、好みじゃなくてな。デバイスにして強度も多少落ちたし……局員の目があるところでもなきゃ使う気はあまりないな」
一応固有武器ではあるのだが、上位互換の剣が存在するためそこまでの執着が無いのだ。デバイス化をするにあたり不都合が起きても許容できる固有武器として提出された『リガルソード』に、気のせいかバルディッシュやレイジングハート、果ては『マーニ・カティ』からも同情の気配を感じた。
「……質問が無いなら始めるぞ? あと、手取り足取りって言うのは性に合わんからな、見て覚えろ!」
「ッ!」
抜剣術とでもいうべき初撃はすずかの目でも見切れる速度に抑えられてはいたが、それでもなお強力であった。危うく吹き飛ばされそうになりつつも何とか受け流し、次撃に備えるべく正眼に構える。
一戦目とは異なり二十分近く続いたこの稽古の後に、結局事細かに三つほど攻撃用の型を教え込まれたというのは余談である。
そのような物理的な激戦が行われていた月村邸とは違い、無限書庫では精神的な激戦が行われていた。
『ねぇ、もう諦めたら?』
『嫌や! 絶対にあきらめへん!』
訂正しよう。激戦と言うには一方的過ぎた。以前の話し合いからお互いに譲ることなく主張をぶつけ合っていると言えば聞こえは良いが、これは駄々をこねる子供を諭す親のような雰囲気があった。
『僕は、早く正式な二代目を作ってほしいんだけど……』
『わたしは、あなたに代理を続けてもらって、リインフォースを取り戻したいんや!』
何度繰り返されたか数えるのも馬鹿らしくなる主張を続けながら、はやては管制代理の『先輩』を守護騎士のように肉体を持たせる術を探していた。
それと同時にリハビリと魔法の勉強、さらには復学の準備までしているのだから、はやての精神力は並々ならないものがあると言えよう。
(マークさんかて言葉は結構厳しいけど、それも私たちのことを考えてくれているからや……ちゃんとメリットが言えれば、先輩のことだってわかってもらえるはずや!)
『……何度も言うようだけど、聞こえてるからね? そこまで甘い人……竜じゃないと思うよ』
『……』
心中の決意も感じとられ、流石に無粋だと思うはやては放って置き、先輩ははやてに気付かれないように自身の懸念について考える。
(マーク……今は僕の存在がばれたら容赦なく消滅させられるとはやては思っているけど、そう簡単に消滅させてはくれないだろうな)
確かに敵には容赦をしないが、話が分からないこともないのだ。むしろつい先ほどまで敵対していたとしても場合によっては肩を並べることができるほど寛容であるところもあるのだ。はやて達が頼むのであれば、彼の持つ知識で新たに肉体を作る事もあり得るだろう。いや、頼むまでもないだろう。
(でも、僕はそんなことは許されない……)
彼の弱い心のせいで、いったいどれほどの命が失われたか……それを知りながら生き永らえることができるほど青年は強くなかった。今日この時を生きているのは、強い未練のためと言うより魔王の気まぐれと言われた方が信じられると思っていた。
(彼なら、生きて償えと言うだろうな……)
はやてに先輩と呼ばれる青年の無二の友人は、とても強かった。そして友人の戦友であるマークなら、きっと同じことを言うだろうことも予想がついた。
だから逃げるのだ。幸い魔王の中にいたのは事実であるし、自分の危険性なら山のように語ることができる。
(そう、できるだけはやて達に迷惑をかけないように……)
その決意ははやてに知られることなく、静かに固められていった。
そしてその三日後。
管制人格が暴走したとの連絡が、アースラの下に届くことになった。