魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
「くそっ! 現地への直接転移ができないなんて……!」
数ある戦場のうち、最も過酷なものとなるだろうマークのコピーとの戦場に向かおうとしたクロノ、もとい仮面をつけたシロノであったが、戦場に張られた結界に即座の介入を阻まれていた。
「ま、待ってください! そんなに手ごわい相手なら、一人で行っても……」
「だからと言って、フェイト一人がいつまでも持つなんて楽観的な予想をするわけにはいかないだろ!」
それに続くアミタは、本心では早く妹のもとへと飛びたかったが、この状況で武器も取り上げられずに同行できているのがクロノと共に居るからという事を十分に理解していた。
だからクロノには冷静に、先にコピーを倒せるだけの戦力を集めてもらいたかったわけだが、それも難しいようだと諦めるしかなかった。これは、自分が同じ立場だったら同じように居ても立ってもいられなかっただろうという、半ば親近感を感じていたがための諦めでもあった。
だが、せめて一刻も早く援軍へと言うクロノの思いも、やはりと言うべきか闇の欠片に阻まれることになる。
「ッ、このタイミングで!」
「退いてください!」
現れたのは、リーゼ姉妹が変装していた仮面の男瓜二つの存在。唯一の相違点を述べるのであれば、白を基調としたデザインのミッド式のデバイスを持っているところであろうか。
しかし、クロノ達のこのような敵の相手をしている余裕はない。クロノは完全に殺る気のブレイズカノンを、アミタは銃から牽制の意を含む複数のエネルギー弾を放った。結果として回避を封殺するような攻撃となったのは、相手の力を知るという意味では僥倖だったかもしれない。そう、相手の実力をこの一撃で測ることになったのだ。
「え!?」
「なっ!」
仮面の男は、回避は不可能とも思われた一連の攻撃を、こともあろうか大きく体を歪めて回避しきって見せたのだ。
「っ、蜃気楼か!?」
『ご名答』
回避の種に気付いたクロノに対し、仮面の男は氷のつぶてを乱射する。それは魔法世界に少ない氷結系の魔力変換資質もちの証であった。
その攻撃を躱しきれずに僅かに被弾したクロノは、目の前の男がリーゼ姉妹のコピーではない事を、今更ながらに認識する。
「……コピーばかりが相手と油断していたという事か」
『ああ、思った以上に自己分析が速いな……だが50点だ。私にもオリジナルは居るのだよ?』
「何?」
アースラに集まった情報から知らず知らずのうちに管制代理などの例外を除けば闇の書の被害者ばかりだと、思考を誘導されていたことを悟るクロノに、仮面の男は少し不満気に訂正する。
それはまるで、クロノがわずかな情報から正解を導き出せなかったことを責めているように見え、少なからぬ戸惑いをクロノに覚えさせた。
「隙ありです!」
そのわずかな停滞に終わりを告げようと、アミタの高火力技ファイネストカノンを放つ。が、この攻撃が仮面の男に届くことは無かった。
「ッ、何あれ!」
『自分の実力は弁えているよ。最初から、私一人で二人を相手にするつもりはないさ』
そう、アミタの攻撃はかわされたのでもなければ防がれたのでもない。射線に割って入った魔物の槍に妨げられたのだ。当然、魔物にはさほどダメージを負った様子は見られなかった。
「ガーゴイル……!」
『惜しいな、あれはデスガーゴイルと言うらしい……ガーゴイルの上位種で、とにかく固く、素早い』
クロノは魔王戦の時に交戦した魔物についてはマークから教わっていたが、その中にデスガーゴイルというものは無かった。いや、聞いていなくて正解だったかもしれない。魔物の上位種……これはクロノ達が思っている以上の強敵。
わかりやすく言ってしまえば、恭也が一対一で倒しきれなかったサイクロプスと同格の存在なのだ。
『そちらも見たところ、二対二をするにはお互い連携などの訓練が足りないだろう? ここは一対一を二組、という事でいいかい?』
「……」
相手の実力が未知数であることが気になったが、敵は管制代理によって造られた存在だ。二対二では自分たちの方が足の引っ張り合いになる可能性が高いと判断し、この提案を飲むことにする。
「行きますっ!」
この場から離れるように突撃したのはアミタで、それを同じく場所を変えながら迎撃したのはデスガーゴイルだ。だが持っている得物は銃と槍、射程距離の問題でアミタが負けるとは思えなかった。
問題があるとすれば、同じ魔導師が相手であるクロノである。
『こちらの話を飲んでくれて、喜ばしい限りだよ』
「……僕だけが相手なら、確実に勝てるという事か!?」
『この程度で冷静さを失うのかい?』
仮面の男の言い分に思わず反発するクロノであったが、それもまた諌められてしまう。冷静さを失うほどの反発ではなかったと再び反論しそうになるが、そう言ってしまえば相手の言を肯定したことになるような気がして、口を噤む。
『そう、感情の爆発で強くなれるものは少ない。常に冷静に自分の力を把握し、相手の力を計らなければならない』
「……まるで教官だな」
『そうだ』
「え?」
なおも説教を続ける仮面の男に皮肉を言ったつもりのクロノであったが、あろうことか肯定の言葉が返ってきた。
目を白黒させるクロノであったが、仮面の男はそれにわずかな感情を含ませ答えを述べる。
『彼……管制代理の目的は、八神はやての教育だ。それに便乗する形で、いくつかの戦場が設定されている』
「教育……? はやては『終わらせること』だと聞いていたみたいだが」
『終わらせるだけなら、わざわざこんな戦いの場を用意する必要はないよ』
ただ消滅するだけであれば、それこそマークと秘密裏に会談するだけで話は済んだだろう。それをせずに、こうして『敵対』という形をとったのは、はやて達に実戦に極めて近い訓練を積ませるためであった。
「……僕は、戦闘に対する教育の対象外という事か」
『そうだね、でもそれは戦わないという意味ではないよ』
この戦場の意味を自分に話すという事はそういう事かと納得するクロノであったが、これを仮面の男は否定する。
『その若さで執務官として働くお前の努力の成果を、この私に示してほしい。私の知らない十年を、この目に焼き付けさせてくれ!』
「なっ!」
仮面の男の叫びと共に放たれたのはスティンガーレイ、クロノもよく使う見慣れた魔法であった。それにもかかわらずクロノの口から驚愕が漏れたのは、その発動速度にあった。
「は、速い!?」
『どうした? この程度じゃないだろう!』
次々としかけられる射撃、誘導弾、拘束の魔法はどれも特別珍しいものは無く、むしろ局員なら誰もが知っている魔法ばかりであったが、その練度には目を見張るものがあった。
(術式の展開が速く、それでいて正確……タイミングや位置も抜群で、まるで隙が無い!)
あっという間に追い詰められそうになったクロノは直前の仮面の男の発言の違和感も忘れ、必死に魔法を躱し、防ぎ、打ち返す。幸い、以前受け取った竜杖アスカロンの増幅機能のおかげで防御や反撃をより強力なものとし、互角以上の戦いを演じられた。
『ははっ、なるほど増幅系の杖かい? 確かにデバイスではいくらか先を行かれているようだが……当たらなければどうという事はない!』
その言葉通り、仮面の男はクロノの攻撃を危なげなく躱していた。だがそれは、クロノの一撃が、余裕を持って躱さなければならないほどの威力を持っているという事でもあったのだ。それほどまでにアスカロンの増幅率は高く、現段階で最高の杖と言う評価に偽りはなかった。
それに対して、仮面の男の攻撃はクロノの防御を貫くには今二つほどランクが足りない。そもそも仮面の男のデバイスは、本人だけでは使いこなせない氷結魔法を使うためにかなりの領域を使っており、後は処理速度の向上に割り振られている。十年前では設計されるまでしかできなかった理想の杖とはいえ、マークの魔導書にあった増幅式などと言う異界の技術が使用されたアスカロンに対し、スペックに開きが出るのは当然だろう。
だが、武器の性能差だけで結果が決まるほど戦場は甘くない。むしろ経験差をためか、仮面の男が幾分有利な状態を維持したまま戦局は硬直していった。
「このっ!」
『キケェェェーーッ』
その一方で、アミタはデスガーゴイルに対して一方的な戦いを進めていた。
奇怪な叫びを放つデスガーゴイルの槍の攻撃範囲に決して入らないように距離を取り、遠距離からの射撃を行い続けることで安全かつ確実な勝利を目指していた。だが、それにしてはアミタの顔色は良くなかった。
「もう! いくらなんでも固すぎるでしょ!」
そう、デスガーゴイルはアミタの攻撃に対し、何の痛痒も受けていないかのようにいつまでも追いすがり続けていたのだ。それに加え、アミタに迫りくるデスガーゴイルの速度は予想以上に速く、一切の予断を許さない戦局となっていたのだ。
(でも、ダメージが無いわけじゃない……精神構造の違いから、相手への攻撃を優先させているだけ!)
このような状況では、絶望的な状況の中でも自分のモチベーションを落とさないようにする鼓舞のように聞こえるかもしれないが、厳然たる事実であった。このペースで戦闘が続けば、間違いなくスタミナが尽きる前に相手の体力を削り切れるという確固たる自信があったのだ。
少なくとも、マークのように虚空から突然武器を出すようなことが無ければ、時間こそかかるが確実に仕留められる。だが、それでは意味がないのだ。
「そうだね……たぶん、時間をかけてしまったら、私は間に合わなくなっちゃう」
そう、彼女が戦場に出てきたのは、妹を自分の手で止めるためなのだ。それなのにこんな相手に時間をかけてしまっては、何のためにここに来たのかわからなくなってしまう。
だから、彼女は武器を大剣に切り変える。
「リスクの方がだいぶ高くなってしまいますが、仕方ありません! 速攻で終わらせて見せます!」
『キケェェェェ―――!』
足を止め、振りかぶった大剣とデスガーゴイルの持つ槍が交差する。火花が散り、轟音が鳴り響くが、それでもお互いの腕にこめられた力が衰えることは無かった。
結果が出るまではさほど時間はかからない。問題があるとすれば、別の戦場に近づきすぎてしまったことだけであった。
「ふぅ……」
激情を鎮めるために吐きだした息はとても熱く、空気を歪ませたように感じられた。その呼吸音は静まり返った戦場に響き、マークと戦うトーマの緊張感を否応なく高めていった。
(い、いや……武器は破壊したんだ。これで、俺たちの方がだいぶ有利に戦えるはず!)
直に心臓をつかまれたかのような、そんな重圧を跳ね除けようと無理矢理ポジティブな考えを表層に出すが、それでも心臓が暴れ狂い、冷や汗が噴き出す。耳が外界の音を拾わなくなり、馬鹿みたいに心音ばかりが響いてくる。挙句の果てには頭痛がして、視界まで歪んでくる始末だ。
それに対し、マークは冷静であると自分に言い聞かせていた。
(元々、神将器は竜殺しだ……半身が竜である俺が、気に入る筈はない。だから、平気だ)
もちろん、そんな自己暗示もまったく意味をなしていない。あまりの怒りに視界は明滅し、その手はかすかに震えていた。だから、そんなことに気付く余裕は今のマークに無い。
(代わりの武器は……却下だ。神将器クラスの武器が壊された今、他の武器を使っても同じ結果になるのは目に見えている)
破壊不能な性質を持つ武器もあるが、それもどこまで通用するか不明だからと言い訳を重ねる。弓などの遠距離攻撃も考えるが、自動防御があるため効果は薄いと判断する。
(魔法は当然論外だし……これを使う他無い)
その結論は、竜化を使うというもの。本来であるなら、神将器を破壊できるような武器を相手に武器を介さず戦うなど無謀もいいところなのだが、そこは都合よく気付かない。否、今までの思考は全て、最強の力を振るうための言い訳なのだ。都合の悪いことなど、考える筈がない。
次の瞬間、空気がきしみ一つの人影が戦場から姿を消す。そして新たな存在が、再びこの海鳴の地に舞い降りた。
「なっ!?」
《う、嘘っ! まさか……ドラゴン!?》
威圧感は、先ほどの比ではない。竜の目を直接見たら死ぬという話が古代には在ったと聞くが、そういった話が後世に伝わるのも納得できるほどである。
ただ一つ、その威圧感を軽減させるものがあるとすれば、美しい鱗に覆われたその巨躯を宙に浮かばせる翼にある大きな傷だろう。それのおかげで、この圧倒的な存在でも傷つけられないわけではないと、敵対するトーマ達に希望を抱かせた。
《ディバイドゼロ・エクリプスなら……!》
《トーマ!》
幸い、いくらか距離が開いていたため、遠距離からの最強の一撃を叩き込もうとトーマが考えたその時、リリィからの警告が響き渡り……光が奔った。
「ぐっ、があぁぁっ!!」
《トーマッ!》
リリィの直前の警告が功を奏し、何とか直撃こそ免れたが、それでも躱しきれずに掠った左腕のダメージは甚大であった。
危うく引き千切られるかとも思えた衝撃で骨は砕け、筋肉はあちこちで断絶しているだろう。
《っ、痛覚信号を遮断! 肉体の修復を優先……今のは、ブレス!?》
咄嗟にリリィが行った作業は、戦闘を継続させるための最低限の処置であったが、トーマは何とか踏みとどまる。今倒れてしまえば、そのまま次の日を迎えることはできないと本能が悟ってしまったのだ。
先程の一撃は、躱さなければ間違いなく死んでいた。すなわち、相手はもう彼らを生かしておく気が無いという事だろう。その事実を感覚の無くなった左腕に感じ、何とか生きて帰る道を探る。
「遠距離戦は危険……それなら!」
『ふん、単純すぎる』
その巨躯に見合う死角の多さを利用した接近戦、その後の撹乱と逃走をもくろむトーマであったが、それはむしろ結界が脆すぎてブレスを何度も放てないマークの思うつぼであった。
そう、マークにとって本来の戦闘とは、竜の姿で行うものであったのだ。そうであるからこそトーマの、否、竜を前にした人の考えなど、手に取るように理解できた。
「あ……」
傷付いた翼から機敏な動きは難しいだろうという淡い希望を打ち砕く巧みな動きで、マークはトーマの持つ『ディバイダー』に牙を突き立て、これを容易に噛み砕く。それはトーマにとって、唯一現状を打開できるかもしれない切り札を失ったという事と同義で、そんなとんでもないことを容易くなされたという事実に頭が真っ白になる。
そして、この場で思考を止めるという事がどういう事かは、先の一撃で証明されていた。動きを止めたトーマに、続いて放たれた長い尾による一撃を避ける術は、無かった。
「いくらなんでも、脆すぎるだろ……!」
確かな手ごたえを得たマークは竜化を解き、人の姿に戻り少年の姿を探していた。ごく一般的な局員として見たら、打倒した犯罪者の確保のための行動だが、マークのそれは違う。ただの死亡確認だ。
最初こそ確保を目的としていたが、神器を破壊するほどの力があると知れば話は別。管理局で束縛するのは不可能、されどマークが監視する余裕もない以上確実に殺すべきと判断したのだ。……そこに、一切の私情が入っていないと言えば嘘になっただろうが……
それでもマークが文句を漏らすのは、未だ燻ぶるこの怒りのぶつけ所を失ったからにすぎなかった。
「お、あったあった」
瓦礫を避け進むこと数分、ようやく見つけた少年は、マークが竜の姿をもって全力で叩きつけたにもかかわらず、意外な事に原形をとどめていた。だが、マークの予想を上回ることはそれだけではなかったのだ。
「……生きてる?」
そう、確実に殺すに足る一撃を叩き込んだという感触を得ていたにもかかわらず、マークの目の前に横たわる少年には、まだ息があったのだ。
そのことに疑問を抱きつつも、まあ手間がいくらか増えただけと考えることを放棄する。そうして今度こそ確実に息の根を止めようと手を伸ばそうとした時、何かがマークの足を掴むのを感じ、そちらへとわずかに視線を向ける。
「……は……ら、…………だけは……」
そこにいたのは、少年と同じくらいの年の少女であった。意識だけは辛うじて保っているようであったが、少年と同じく重傷で、放って置けば数刻もしないうちにその命の灯が消えることは明白であった。
マークはそんな少女と、横たわる少年を見て得心する。すなわち、この二人はダメージを分け合ってマークの一撃をしのいだのだろう、と。そして、どうやら少女は少年を守るため、何とか命乞いをしているのだろうことも。
自分より、大切な誰かを助けようとする姿は、実にマークにとって好みな状況であったが、それとこれとは話が別だ。
「ま、だからと言ってお前らみたいな危険な存在を生かしておく気はないがな」
「…………」
「俺はともかく、ナノハ達にとってはお前らの存在は致命的だ。お前らを捕縛して様子を見る余裕もない以上……」
「……」
「……なに? おい、それはどういう……」
まともな聴覚ではただの呼吸音にしか聞こえないような、そんなかすかな訴えを聞いていたマークの眉がわずかに歪む。それに伴いマークの手が下りるのを見た少女は、ついに緊張の糸が途切れたのか意識を失ってしまった。
「くそっ……だが、あながち嘘とも言い切れない事を!」
意識が朦朧としていたせいか断片的な言い方であったが、少女の言葉からマークはある可能性について考えが至ってしまったのだ。
「……この時代のナノハさん……ねぇ」
それ以外の部分はマークの聴覚をもってしても聞き取れなかったが、それでもマークが想像を膨らませるには十分な一言であった。
すなわち、この少女たちが別の時代……それも、未来から来たという可能性だ。
こんな一言、普通であれば聞こえたとしても半死人の世迷言で済ませられるものであるだろうが、ことマークに限ってはそうも言えない経験があったのだ。
「俺の素性は知らないようだったが……流石に事情を聴く前に処分するわけにはいかなくなったな」
思わずため息をつきつつも、意識を失う少年たちに『聖女の杖』を使用する。これも神将器に属する杖だが、その効果はいかなる怪我をも完治させるという規格外のもの。フェイトのように肉体が欠損していなければ、という注釈はつくが、マークの持つ治癒の杖では最高位の効果を持つものである。
「魔殺しのせいで十全の効果とは言えないが、まあこれで死ぬことはないだろう。それより問題は……」
『その子たちは、私が見ていよう』
少年たちの処遇に困るマークに、横合いから唐突に声がかけられた。思わず『銀の大剣』を構えるマークであったが、その声の主を見て思わず目を見開く。
「お前……!」
『残りかすである私にも、できることがあるというのはうれしい限りだ……だが、その前に事情を話さないといけないな』
そこに現れたのは、全身を赤土色のローブで覆った壮年の男……マークにとってはか今なお望んでやまない、かつての戦友との再会であった。