魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

66 / 89
第65話 「欠陥剣士」

 例え増援を送らないと決められようとも、その地で起こっている戦いがなくなるわけではない。その中でも極めて厳しい戦いをしているすずかは、無数の傷を抱え満身創痍の体であった。

 

『……まだ戦うと言うのか? これでも、弱い者いじめは好かんのだよ』

「諦めません!」

 

 無数の傷とはいえどれも浅く致命的なものには至らないと、すずかは自身を叱咤しながら『マーニ・カティ』を振るう。だが、その剣戟に初撃にあったような力強さは欠片もなく、暗愚な皇帝と名乗った男の盾に容易くはじかれてしまう。

 

「このっ!」

『ふんっ!』

 

 それでもなおステップを踏み、回り込み剣を振るうすずかに対し、ヴィガルドは確実に盾を合わせ防ぎ、反撃の槍を繰り出す。

 その反撃の一撃は左の二の腕を浅く切り裂き、少しずつ、確実にすずかの体力を奪っていった。

 

『……確かに、その剣は我が鎧を裂くことができよう。しかし、我が身には至らぬ。届いたとしても、貴女では斬ることは叶わない』

「それでも!」

 

 その言葉に反発するかのように剣を振るおうとするすずかだが、徐々に脚も止まりだし、ヴィガルドを剣の間合いに入れることもおぼつかなくなっていた。

 それでも諦めないのは、ヴィガルドの鎧に奔る斬撃の跡のせいか。なまじ戦う術を持ったことにより、引き際を見失ってしまっているのかもしれない。

 しかし、すずかとて何も考えずにいたわけではない。

 

「はぁっ!」

『むっ……』

 

 歯を食いしばり踏み込み、死力を尽くして放たれた一閃に、ヴィガルドは先ほどと同じように盾を合わせ迎撃しようとする。だが、すずかはその防御のタイミングをずらし、すり抜け何とか本体へと肉薄しようとする。

 もちろんそんな付け焼刃な攻撃が通るわけもなく、片足を下げて間合いを外すことで簡単に回避されてしまうが、それでも盾を躱し肉薄したことは脅威と言う他無い。

 

(凄まじいな……それだけに、惜しいと言わざるを得ん)

 

 攻撃を躱されよろけるすずかを見て、かつての一国の主は思わず想像してしまう。もしこの娘が、この平和な世ではなく、戦乱の世に生まれていたら、どれほどの使い手になっていただろうかと。

 そんな元皇帝の思いを知る由もないすずかは、ただただ圧倒される現状に歯噛みしていた。

 

(剣を握って数か月……上には上がいるっていうのはわかっていたつもりだけど……)

 

 甘かったという事だろう。本気を出せば、並の大人以上の身体能力を持ち、なおかつ『マーニ・カティ』という精霊の剣まで持っているのだから、どうにかなると思ってしまっていたのだと思い知らされる。

 だが、だからと言って諦めるわけにはいかない。人を斬らないと宣言した以上、剣士として致命的な欠陥を持つことになるというのはわかっていたのだ。そんな欠陥剣士であり続けるためには、結果を示すほかない。

 

「ふぅ……」

 

 徐々に動かなくなっていく体に反し、猛る意識を押さえつけ一つ息を吐き、剣身を鞘に収める。未だ基本的な動作しか知らないすずかが使える技と呼べるものは少ない。そんな中教わったものは、この剣の前の持ち主が常から使っていたものだ。

 

『諦めた……わけが無いか。抜剣術か?』

「……」

 

 剣を収めたことからの推測に答えはないが、ヴィガルドは間違いないだろうと確信する。その確信はすずかの次の技に対してだけではない。現状をいくら続けようとも、決してすずかが折れないことも理解したのだ。

 ならばと、ヴィガルドは槍を構える。体力的にも、間違いなく最後になるであろうこのまともな一撃を打ち砕き、引導を渡すと決める。

 

「―――ッ!」

 

 残る力の全てをつぎ込んだ踏み込み。放たれた矢のように駆けるすずかを迎え撃つのは、槍による全力の突きである。そのリーチの違いから、剣を抜く間もなく迫る槍がすずかの目前まで迫り、全力で体を倒すことで回避する。

 ブチブチッ、と髪が引き千切られる音を聞きながら、すずかは必殺の一撃を回避しきったことを知る。それに対し、ヴィガルドの驚愕はいかほどのものだったか。

 

(あれを、あのタイミングで躱すか!?)

 

 正直、やってしまったかと肝を冷やした。直撃したと思った一撃は首の皮一枚と言う代償で躱された。そして、回避したすずかは、まだ最後の一撃を放っていないという事に気付き、この戦いの決着だと悟る。

 鞘におさめられていた剣が迸る。彼女にとっても至高の一撃は、鎧ではなく、ヴィガルドの持つ槍を半ばから断ち斬った。

 

「くっ、はぁっ……」

 

 会心の一撃を放ちながら駆け抜けたすずかは、バランスを崩し大地を転がる。それでも剣士としての意地か転がる勢いのままに立ち上がり、今にも砕けそうになる膝を必死で支えなんとか立ち上がっていた。膝を震わせながら、剣を杖のように大地に突き立てかろうじて立つ姿はむしろ滑稽だったかもしれないが、そんな状態になるまで力を振り絞った甲斐はあったというものだ。

 わずかに遅れて、切り落とした槍の片割れが地に落ちる音が聞こえる。それを聞いてようやく勝ったという実感がわいてきた。

 

『……素晴らしい回避と、一撃であった。まさかあの状態から避けられるとは思わなかったし、我が槍を両断するとは、もはや言葉もない』

 

 ヴィガルドの称賛の言葉に、すずかはようやく顔を上げ振り返る。だが、そこにあったのはすずかの予想したものは無かった。そこにあったのは憐れみである。すずかのとった選択を、責めるものであった。

 

『だが……なぜ、武器を破壊するにとどめた?』

「え?」

『満身創痍の貴女とは異なり、我が身はいまだ戦える……人を殺さぬと言う誓いに文句をつける気はないが、これは些か酷すぎる』

 

 そう言われても、すずかはすぐに理解することができなかった。というのも、すずかが戦いの前に考えていた勝利条件が、敵の防御を貫きうることの証明と、武器の破壊の二点であったことが原因だ。

 その条件を満たしたすずかにとって、ヴィガルドの批判は理解できるものではなかった。

 

「えっと……?」

『……要するに、今の一撃で勝利を決めたかったのであれば、貴女が十全の戦闘力を保っていなければならなかったという事だ』

 

 首を傾げるすずかに、今度は呆れを混ぜながら説明するヴィガルドの姿は、

 そう、確かにすずかは頑強な鎧を破ることができる。これを証明したことで、すずかは勝利する可能性を得たことになる。

 次に、ヴィガルドは自身の武器を破壊された。これにより、戦士としての攻撃力はほぼ失われたと思っていいだろう。

 これだけ聞けばすずかの勝ちは揺るがないように見えるが、実際はそんなに甘くない。

 

『貴女はもはや、まともに剣を振るう事も出来ないだろう。対して我が体力は十分。……槍こそ斬り飛ばされたが、これでも戦えない事は無い』

 

 そして、その言葉を証明するかのように半ばから斬られた槍を振りまわして見せる姿に、遅延は無い。そこまでされて、ようやくすずかはこの戦いが終わってない事を悟る。否。

 

「……そんな……」

『せめて、腕なり脚を裂くなりしていれば、双方戦闘は不可能とすることもできただろうが……残念だ』

 

 この戦いは、すずかの負けはもはや揺るがないだろう。体から力が抜け思わず膝をつきそうになるが、それでも、すずかは倒れなかった。いや、倒れることができなかった。

 

「それでも……わたしは……!」

『止まれぬか……だが、それでどうする? ただでさえ体力は限界であり、力も技も我が身に劣る貴女に、手が残されているとでも?』

 

 皇帝の言葉に、答える言葉はない。答えてしまえば、その現実を受け止めるしかなくなるから、答えるわけにはいかないのだ。

 だから、すずかの代わりに皇帝は答えを告げる。

 

『斬れ』

「……」

『自らに制限を課して勝てる相手ではないと知ったはずだ。それでもなお勝利を望むのならば、人を斬らぬという枷を外せ』

 

 それ以前に、所詮我が身は人ではなく亡霊と同じだと付け足すヴィガルドの声音は、むしろ穏やかであった。聞き分けのない子供を諭すような、そんな響きが込められていた。

 だが、すずかは首を横に振る。

 

「できません。これは、わたしが人であるために必要な事ですから」

 

 それはすずかにとって、どうしても譲れないものであった。

 それは自分が夜の一族であることに起因する、心のどこかにある人ではないというコンプレックス。その力を使って人を傷つけてしまえば、化け物と呼ばれる存在に墜ち、戻れなくなってしまうのではないかという危惧。

 だからこそ自身に対して制限をかけたのだが、戦場に立った者からしたら的外れな危惧であった。

 

『戦場に人であることが必要だと、そう思っているのか?』

「……」

『人のまま戦場に立つことが、どんな事だかわかっているのか?』

 

 ヴィガルドの問いかけは、すずかにも一応理解できた。兵士と言うのは、心に『スイッチ』を持っていると聞いたことがある。普段はその『スイッチ』を切り、戦う時だけ『スイッチ』を入れて敵を倒す機械になるとか……すなわち、戦場において人の情やらは無用の長物というわけだ。

 もちろん、なのは達のように『非殺傷設定』が使えれば話は違ってくるだろう。だが、現実としてそんなものが使えないすずかにとって、参考にはならない。

 

『アレも欲しい、コレも欲しいが通用する場所だと思っているのか!』

「手を伸ばさなければ、掴むことなんかできません!」

 

 基本的な思想が違い過ぎる二人の言い分は、決して交わることはない。

 戦場に立つものとして、その覚悟を叩き込むことを目的としていたヴィガルドにとって、これ程の誤算は無いだろう。

 こうなってしまえば、ヴィガルドにできることなど残っていない。精々、脅しをかける程度であった。

 

『生け捕りとは、相手より数段上手でなければ実現は不可能だ』

「……今まさに実感してるとこです」

『力だけでは足りぬ。その意志、精神……危険を冒すことに対して理解ある仲間もか……道のりは険しいなどと言うだけでは済まんぞ』

「覚悟の上です」

 

 すずかの言葉は、ヴィガルドからしてみればまだまだ軽い。だが、それでもこの戦いでヴィガルドの武装を破壊するという結果を示したことも確かなのだ。

 

『……ならば、死人に語ることはもはやないな』

「それってどういう意味……!」

 

 問い返すすずかの目が驚愕に開かれる。ヴィガルドの体が、足元から消滅を始めたのだ。

 

「何で!?」

『もとより仮初めの肉体だ。役目を終えれば消えてなくなるのが道理であろう』

 

 すずかがもう戦えず、語ることもつくした今、ヴィガルドは自身の役目が終わったと判断したのだ。本音を言えばヴィガルドにとってもこんな終わり方は不本意であったが、役目を終えた以上いつまでも居残っては誰のためにもならない。

 

『心残りはあるが、致し方あるまい……』

「待って……!」

 

 思わずすずかは手を伸ばすが、それで消滅が止まるわけが無く、ヴィガルドはあっけなく消えてしまった。後に残ったのは満身創痍なすずかと、決定打が無く上空で戦い続けるユーノたちだけであった。

 

 

 拮抗していたなのはとキリエの戦況を変えるきっかけは、やはり外部からの干渉によるものであった。

 それは戦場の遥か外側から高速で飛来し、二人が杖と剣を交えるその瞬間に激突してきたのだ。

 

「だれ!?」

「なに……って、お姉ちゃん?!」

「痛ったー!!」

『ケケェェェーーー!』

 

 その飛来物はつい先ほどまで遠距離戦を行うため高速で戦場を飛び回っていたアミタであり、近距離戦を行うべく高速で追い回していたデスガーゴイルであった。

 混乱しながらも突っ込んできた人物を確認したキリエは、なおもアミタに襲い掛かろうとするデスガーゴイルに反射的に刃を突き立てる。

 

「ああもう! なんでこんなタイミングで!」

「ありがとうキリエ、助かった……じゃなくて! 流石にこれ以上の勝手は、お姉ちゃん許さないんだからね!」

「えっと……」

 

 ぎゃあぎゃあと擬音が付きそうな言い争いに押されて、蚊帳の外に追い出されてしまったなのはであったが、言いあう二人に迫る影につい手を出してしまう。

 

「だいたい……」

「そっちこそ……」

 

 つい熱くなってしまった二人に迫るのは、デスガーゴイルの槍であり、気付いた時にはすでに回避は不可能な距離であった。そして反射的にお互いがお互いを庇おうと動いたその時、桜色の閃光がデスガーゴイルを飲み込んだ。

 

「……」

「……」

「もう……姉妹でお話しするのはいいですけど、周りをちゃんと確認してからにしてください!」

 

 それなり以上に苦戦していた、あるいは苦戦を予想した姉妹にとって、そんな敵を一撃で倒されてしまったことに言葉が出ない。

 さらに言外にとはいえ、ケンカをするのはかまわないが手を煩わせるなと言われてしまえば、高速で首を縦に振るほかなかった。もちろん、なのはにそんな意図が無いのは言わずもがなである。

 とりあえず欠片とは別枠なので、改めて投降を呼びかけようとしたなのはであったが、乱入者であるアミタから事情を聴き、こちらの件は丸投げすることにしてしまう。

 

「……クロノ君が認めたんだったら、特にいう事は無いよ」

「ありがとうございます!」

 

 さりげなくエイミィにも確認を取ってから、はやてと合流するため身をひるがえす。そうして残された二人であったが、もはや戦闘など、起こす必要が無かった。

 

「……あとは彼が約束を守るかどうかだけだし、もう何もしないわよ」

「……それでも、皆さんにたくさん迷惑かけたんだから、その分はちゃんと償わなきゃだめだよ」

 

 彼とは誰かとか、いくつか聞きたいことはあったが、とりあえずこれ以上の介入行為をやめたことに安堵するアミタ。

 すぐには信用されないだろうからと、微妙に言葉を濁しながら妹を諭しながらも、しばらくはおとなしく待つことになってしまう。

 

 

「向こうは決着がついたみたいやな」

『そうですね』

「まだ、戦うつもりなん?」

『もちろんです』

 

 なのはの決着を確認したはやて達だったが、それでこの場を埋め尽くす魔力弾をしまう事にはならなかった。が、莫大な魔力による牽制は、結局勝負がつかないまま終わることになってしまった。

 なのはだけではなく、各地で戦いを終えた面々が、一斉にこの場に到着してしまったのだ。

 

「はやてちゃん!」

「ご無事で」

「どちらかってゆーたら、わたしの方が援護に行くつもりやったんやけど……出遅れてもーたなぁ」

 

 苦笑しながらも援軍の到着を頼もしく思うはやては、これにて決着とばかりに自身のコピーを改めて見やる。

 

『……では、決着としましょうか』

「そやね」

 

 牽制に使っていた魔力を収め、決着の一撃を練る二人であったが、はやてはここで正面からぶつかることを良しとはしなかった。

 

「マークさん!」

「ここで俺に振るか……」

 

 ここでマークに声をかけたのは、騎士たちは騎士であるがゆえにこの戦いに手を出し辛いだろうと判断し、なのは達は一言では足りないだろうと考えたためである。

 少なくとも、この判断は間違いではなかった。呼びかけられたマークは苦笑しながらもすぐさま了解し、風属性の魔導書を取り出す。

 

「『シェイバー』」

 

 たった一言の詠唱は瞬時に効果を表し、その風の刃ははやてのコピーの脇腹を大きくえぐった。

 

『ずるくないですか?』

「わたしは英雄譚の主人公とはちゃうからなぁ……五分の勝負に乗る勇気は無いんよ」

 

 そうして無慈悲に放たれるはやての砲撃に、マークの攻撃によって不十分になってしまったコピーの一撃が抗えるはずもなく、あまりにあっけなく決着がついてしまった。

 

「いや、なんて言うか……避けられる危険は避けるべきやろ?」

 

 戦いが終わった直後の沈黙に触発され、しなくてもいい言い訳をするはやてには、やはりどこか罪悪感があったのだろう。

 そのことに少し呆れるマークとは違い、騎士たちは主に余計な心労をさせてしまったとばかりに頭を下げる。

 

「はやてが気にすることじゃねーよ!」

「はい、我等が事前に察するべきでした」

「我等の誇りは、主を守ることにあります」

 

 だが、そんなやり取りを最後まで見ることは叶わない。この戦いの元凶が、深い闇と共に舞い降りた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。