魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
突如、闇を纏い傲慢な笑みを浮かべ現れた管制代理であったが、それに反応したのは未来から来たというアインハルトとヴィヴィオだけであった。
他の面々は、どちらかと言えば怪訝そうな顔をしていたのだ。
「……あれ? いろいろやったし、もっと過激な反応をされると思ったんだけどな」
「そらまあ、正直何やりたいかわからんからなぁ……」
その反応の薄さに若干の不満を表すが、管制代理が前に言い残したセリフから、欠片をすべて排除したら現れると思っていたはやて達にとって、この時の登場は完全に予想外であったため、何か思惑あってのことかと些か困惑しているのだ。
とはいえ管制代理にも言い訳はある。はやて達の主戦力の大半が集まってしまった以上、もはや欠片だけでは手が出ないし、何より管制代理である自分と戦う気になってくれればそれでよかったのだ。
「……まだあまり戦う気が起こらないって言うのなら、もう一度欠片をばらまいた方がいいかな?」
「そんな面倒なことせんでも、今回はちゃんと戦ったる……もちろん、先輩の思い通りの結果にはせんけどね!」
そう言って杖を構えるはやて達であったが、管制代理としてはこの不安定な体を保つ術が思いつかなかったため、思わずマークに確認の目線を向けてしまう。
「守護騎士プログラムの流用で何とかできるんじゃないのか?」
「それができるのなら、守護騎士がかつての主の手によってもっと増やされていたと思うよ?」
肩をすくめながらもこたえるマークに対し、管制代理もため息をつきながら答える。マークが知らないという事は、おそらくブラフなのだろうと判断したためだ。
だが、その答えは半分正解で半分は間違えであった。
「守護騎士プログラムを基礎にして、『エレシュキガル』の知識を使う!」
「それは!」
管制代理が瞠目し、マークの目つきが鋭くなる。その知識はエーギルを、生命エネルギーを使うことを前提としたものである。マークが決して外部にその知識を漏らさないと誓ったものであり、その技能を使うという事は、マークを敵に回すという事だ。
その宣言に流石にあせる管制代理であったが、当のマークは大きく息を吐き面倒そうに頭を掻く。
「しゃーない……そこは俺がどうにかしてやるから、そんな死に急ぐようなまねするな」
「その方が助かるわぁ~」
杖を構えながらも相貌を崩すはやては、やはりマークがそういう事を期待していたのであろうが、この事を口にすることにやはり緊張していたのだろう。だが、はやてはともかく、管制代理にとってこの事態は想像の範疇には無かった。
「……なんで、僕を助けることに対して同意できるんですか?」
それは当然の疑問であった。かつて此処とは違う世界において戦った時は、とてもじゃないがこのように話ができることは無かった。
マークは管制代理を敵視していたし、彼もまたそれが当然と受け入れていた。それが今はどうだったであろうか?
(かつては彼の仲間たちを傷付け、此処でも彼の同族を刺客に差し向けた……彼は仲間をとても大切にする人だと聞いていたのに、なぜ?)
もちろん、管制代理にもいくつかの答えを予想できたが、その問いにマークは、意地の悪そうな笑みを浮かべながら答える。
「残念だったな。俺は、死にたがってるやつを殺してやるほど優しくは無いんだ」
「違う……それなら、あのときだって僕を生かすことができたはずなんだから!」
必死で首を振り否定する管制代理であったが、マークからそれ以上の発言は得られなかった。それでも、このまま生き残るわけにはいかないとばかりに焦り、更なるカードを切る。
「防衛プログラム……あれは魔王によって本体から切り離された結果、リインフォースの代理である僕に取りついたんだ。だから……」
「わたしと魔王を切り離したなのはちゃんが居る。問題あらへん」
「主の言葉を聞かない端末なんて……!」
「自意識があれば、そらケンカぐらいするやろ?」
「それに!」
「ねえ、もういいんじゃないかな?」
はやての肯定に言葉を荒げていく先輩であったが、その発言をフェイトが止める。その穏やかな声に意識が集まるのを感じ、マークに抱えられたままであるフェイトが少し恥ずかしそうにするが、すぐに管制代理に向けた言葉を再開する。
「貴方が自分を許せないって思ってることは十分に分かったよ。でも、責任の取り方は一つじゃない」
「……」
「わたしだって、一度は道を間違ってしまったけど、それでも今こうしていられるんだから」
それは、フェイトにとって精一杯の説得であった。そして、守護騎士たちにとってその言葉は真実であった。
闇の書の騎士として戦っていたかつての自分たちの行いを背負うと言った主を助け、支えることで罪を償うのが正しいと、そう自信を持っていう事が出来たのだ。
だが、先輩にとって、この説得は全くの見当違いのものであった。
「……出来るわけがない」
「そんなの、やってみなきゃ……!」
「そんなこと、ありえない!」
それは完全なる拒絶であった。今まで先輩から感じていた焦りが一切合財消え去り、その表情を恐怖が彩る。
「やり直せる? やってみなきゃわからない? そんなの、何も知らない子供の絵空事だろう!」
もはや、はやての内にあったころに取り繕っていた余裕など欠片もない。そこにいるのは、怯えるばかりの少年でしかなかった。
「僕の選択によって、どれだけの命が失われたと思う? マークさんは知っているでしょう?」
「……魔王の復活は別にしても、国を二つ攻め滅ぼしているな。あれでも一国の頭だし、結果的に自国も滅ぼしたと言えるか? 幸い王族が生き残ったから、後の復興は割とスムーズに進んだが、それでも相当な数の死人が出ていたはずだ」
かなりオブラートに包んではいるが、それでもなおとんでもない被害だとわかってしまう。そして、管制代理がその被害を望んでいたものではないという事も。つまり、彼にとってはその死者の数は丸々、守れなかった者たち、守りたかった人々と同義であった。
そんな経験をしてきた少年に、やり直せるだなんて、信じられるはずがないのだ。
「だから、もう終わらせてくれ……縛られた魂を解放してほしいんだ」
「……」
いくら仮初めの肉体を滅ぼそうと、魂までは消えたりしない。もはや自力での消滅ができなくなってしまった先輩は、終わりを人に乞うしか手は無かったのだ。
だが管制代理という立場を手に入れた為に終わりをもたらす手段を手に入れたはやては聞き入れず、マークに至ってはまともに話ができるかどうかも疑わしい。ゆえに、問題を起こし、はやてに裁いてもらうしか手が無かったのだ。
「取り返しのつかない失敗を前に、死にたくなるのもわかるが……」
「そこで反論しようとするあたり、本気でわかってるとは思えないよ」
主を魔王に散り込まれるという失態を犯したシグナム達も、リカバーできた時点で取り返しのつかない失敗ではなくなっている。
先輩の過去に、説得の言葉を無くす面々であったが、それでもはやては諦められずに、答えの出ない問題を考え続ける。思わず噛んでしまった唇から血が流れるが、そんなことでよい案が出る筈もない。
しかし、時間は待ってはくれない。先輩は、はやての決断を急かすように行動を開始する。
「……覚悟が決まらないのなら、今度は僕も本気でやるよ。流石に死人が出れば、決められないなんて言えないよね?」
「やめっ!」
反射的に杖を向けようとしたはやてであったが、それすらも叶えられなかった。
「これはっ!」
「バインド!?」
一瞬で濃くなった闇が、はやてを、なのはを、ヴィヴィオやアインハルト、守護騎士たちを縛る。その魔法はマークの持つ魔道書の中でもとりわけ危険度の高い魔道書であり、白の賢者と呼ばれたマークの魔道の師によって禁書に分類された暗黒魔法『マフー』と呼ばれるものによるものであった。
そして、それを為した先輩は、唯一束縛されていないマークに魔導書を向ける。
「ただ肉体を壊すだけでは止まらないですよ? ちゃんと、魂まで打ち壊してくださいね」
「お前の事情なんて知らんよ」
「……肉体だけ壊しても、ハヤテの内に戻るだけです。そうなれば少しずつハヤテの意識を汚染してしまう」
「マーク、降ろして!」
「いきます!」
戦闘になると感じたフェイトがマークの腕の中で騒ぐが、その行為がなされることなく先輩が戦闘を開始する。しかも、その内容は……
「近接戦闘!?」
「至高ともいえる賢者を相手に、魔法で向かっていくなんて真似しないよ!」
「くっ!」
ミッド式、ベルカ式の術式をフル稼働し、一流の戦士並みの高速機動をする先輩は、左腕に装備した防衛プログラムの具現化である槍射砲を叩きつける。
マークは辛うじて炎槍『ジークムント』で受け止めるが、フェイトを抱えたままでは些か分が悪かった。直後に打ちだされた槍で、大きく弾き飛ばされてしまう。
「ッ! 賢者なんて名乗った覚えはないんだがな!」
「ちゃんと見てましたよ……王城に寄るたびに、手当たり次第に魔導書を読み漁っていましたよね?」
「それはっ!」
それは、マークの目標であった死者蘇生の為である。その頃の実戦では、確かコストパフォーマンスを重視して斧を使っていた覚えがあったのだが、どうやらフェイクと思われていたらしい。
なおも接近してこようとする管制代理を前に、フェイトが声を張り上げる。
「マーク!」
「無理」
足手まといになるのを厭ったが故の叫びも、マークは一言で切り捨てる。もともとフェイトを同行させたのは、無茶な強化による体の変調があった時にそばにいるためであるのだ。つまり裏を返せば、現状何らかの変調をきたす恐れのある状態なのだ。
「いいのかい? 流石に人ひとり抱えたままでは、戦えないだろう!」
「そうだな……かと言って、アイツらにその術式をどうにかしろって言うのも、流石に無茶だろうしな!」
お互いの言葉の合間に、得物が火花を散らし、激突する。一見互角を保つ二者だが、どちらに分があるかなど言うまでもないことだろう。
片腕にフェイトを抱えるマークは、魔法をも重ねて使う先輩の手数に次第に押されていっていた。
《どうにか解除できねーのか!》
《無茶を言うな! これの拘束力は、我等の知るバインドの比ではない!》
《フェイトママが!》
《ヴィヴィオさん落ち着いてください。でも、通常の手段で破壊できる類のバインドではないようですね……》
歴戦の技術も未来の知識も跳ね除けた拘束は、なるほど特殊なものなのだろう。だが、対抗はできずとも解析ができる存在がここにいたのだ。
「バインドと言うより、どちらかと言えば呪いの類ね、これは」
「敵意に反応するタイプ……ですか」
そのセリフは、つい先ほどまで喧嘩をしていた姉妹のものであった。
「わかるのか!?」
「まあ、一応ね」
「武装解除……ううん、そこまでやらなくても攻撃の意思を捨てれば、この拘束は解除されると思いますよ?」
姉妹に言われ、即座に実行しようとするヴィータであったが、なかなかうまくいかない。ただし、失敗したのは少数派であったようである。
「なるほど……我らの中でも攻撃的な役割を持つヴィータでは難しいか」
「ザフィーラ!? おま、どうやって!?」
「……言われた通りだ」
はやてやなのは、ヴィヴィオ達も抜け出すが、ヴィータと、それにシグナムも脱出は難しいようであった。
「脱出できても、この条件では介入は難しいですね」
「……先に行くぞ」
敵意のみで行動を封じる呪いに二の足を踏んだアインハルトであったが、関係ないとばかりにザフィーラは戦場に向かい……見事に先輩の攻撃からマークたちを守って見せた。
「なっ!?」
「意識を、完全に防御に向ければさほど難しくないな」
「なるほど、盾の守護獣の面目躍如だな」
簡単な事ではないが、それができるからこそ『盾』なのだろう。だが、参戦できても攻撃できないことに変わりはない。先輩の攻撃力であれば、遠くないうちに最初の状況に戻ってしまうと、そう考えていた。
だが、その考えもあっという間に覆されてしまう。
「見つけた!」
その一言は、はやてのもの。管制代理が使う魔法の全ては、自分の内にもあるという確信から探し出した一筋の希望。
管制がいない事からそれなりの時間はかかったが、それでも数分で済んだことは運がよかったとしか言いようがない。いや、先輩がこの魔法をどう扱ったか予想したからこそこの速さで見つかったのであり、それを運というのは誤りであったか。
ともあれ、はやては戦場に立つ資格を手に入れたのだ。その魔法は――
「『スターライト・エクスプロージョン』!」
星の光は闇の呪いを打ち抜き、先輩に痛恨の一撃を加える。正確には、その一撃が与えた一瞬の硬直時間であった。
だが、その致命的な一瞬は、何事もなかったかのごとく過ぎ去った。マークは決定的なチャンスを、見逃したのだ。
「どうして……?」
「さっきからそればっかだな」
マークの言動に対して疑問ばかりぶつける先輩に、ついため息を漏らす。そして、仕方がないと言わんばかりに、その理由を語る。
「今ここに、お前を裁きたいと願う者はいない」
当然だ。ここは地球であり、先輩が罪を犯した地ではない。だが、だからと言って罪がなくなるわけではないと思っている。
「では聞くが、お前が裁かれて誰が満足すると言うんだ?」
「……」
「さっきも言ったが、俺はお前を殺してやるほど優しくないんだ」
「……貴方の気は晴れるでしょう?」
「お前を殺して死んだ奴らが生き返るわけでないし、何より戦友には、お前が救われることを望んだ奴もいたしな」
先程は生かすことができたはずだと先輩が憤っていたが、魂の大半が喰われていた前回はそれが不可能だったのだ。だが、今は違う。
「お前のことは気に入らないが……まあ、些細な事だ」
あまりに小さな呟きは、その腕に抱えたフェイトですらかすかにしか聞こえなかった。友の願いを叶えられるなら、確執は容易く捨てることができた。はやても望んでいるし、マークにとって先輩を滅ぼすメリットは皆無となったのだ。
「それで、どうする? お前が惚れた女の願いすら無視するような輩なら……まあ仕方がない、殺してやろう」
「僕は……」
初めて、望む言葉がかけられたが、これに先輩は答えることができなかった。長い年月の中、どうしても自分の愚かな選択ばかり責めてしまっていたが、そんな自分を救おうと尽力してくれた人がいたことを思い出してしまったのだ。
一度思い出してしまえば、安易に死にたいなどと言う事は、もはやできなかった。
「……幸い、此処にはお前に生きていてほしいと言う子もいる。精々、悩み苦しめばいいさ」
「マークさん……貴方は、本当に……」
ひどい人だと、口の中でだけつぶやく。もはや先輩には興味の欠片もないと言わんばかりに背を向けるマークと入れ替わりにはやてが目の前にやってくる。
「……わたしがやったことは、余計なことやったかな?」
「……いや、きっと必要な事だったと思うよ」
確かに、マークに説得を頼めば今回の戦いは起こらなかったかもしれない。だが、先輩の本音を聞くことはできなかっただろう。それを思えば、今回の騒動は決してマイナスばかりではなかったはずである。
「わたしも、貴方の苦しみを全部理解できるとは言えへん……でも、もう一人で悩む必要もない」
「それって……」
「まだ子供かもしれへんけど、それでもわたしは、貴方の主や。今までのことはともかく、これからのことはしっかり背負ったるから安心してな」
はやてにとって、騎士たちにかけた言葉と何ら変わりないものであったが、それは人の上に立つべく育てられた先輩が初めて聞く言葉であり、ずっと求めていたものであった。
「ああ、改めて、お願いするよ……我が主」
「な、なんやあらためて言われるとてれるなぁ~」
思わず頬を掻くはやてに、先輩は膝をつき頭を垂れる。
「私、リオンは、八神はやてに、我が魔道の全てと、絶対の忠誠を、ここに捧げます」
「あ、う……」
一言一言を区切り強調するかのような突然の真摯な宣誓に、流石に戸惑う。だがそれもほんのわずかな時間であった。
「……こんなこと、急に言われても困っちゃうよね? まあ、僕のけじめみたいなものだから、気にしないで」
「そ、そう? ……あ、そう言えば、先輩の名前、初めて聞いたかも」
先程の宣誓をうやむやにするような緩い声にはやてものって、少しばかりリオンを責める。それに応える声はやはり穏やかで、少し前に会った緊張感などどこかに行ってしまったようであった。
「これにて、一件落着……ってか?」
「まあ、無事仲直りってとこかな」
少し離れた場所で、ようやく拘束から逃れたヴィータの言葉に、マークも軽く同調する。管制代理の身の振りようは今後話し合うことになるだろうが、何とか内輪で片づけたのだ。大きな問題にはならないだろう。
それより問題は、未来から来たという子供たちのことだろう。
「えっと……」
「こちらの問題に巻き込んで、悪かった。もう少し話し合えば完全に終わるから」
「は、はい」
ヴィヴィオやアインハルトからすれば、ついさっき全力で戦った相手と同じ容姿の存在に相対して少し気まずかったのだが、それもすぐに吹き飛んでしまった。
「……どんな問題があったのかは知らないが、安心してくれ。俺が、必ず何とかするから」
その声は優しく、絶対の意思が込められていた。それは、初対面であるはずの青年の言葉を思わず信じてしまえるほどしみ込んで行き、二人は知らず知らずのうちにこわばっていた体から力が抜けるのを感じた。
「シグナム、先にみんなを回収してアースラに戻ってくれないか?」
「構わないが……お前はどうするんだ?」
「先にフェイトを治療してくる。話し合いの最中もずっと、俺の膝の上に載せておくわけにもいかないだろ?」
「さ、さすがに恥ずかしいよ……」
今だって十分恥ずかしかったのにと付け足すフェイトを見て、シグナムも苦笑せざるを得ない。戦いが始まってからもマークが離さなかったことから必要だったのだろうとは感じていたが、それとこれとは話が別だ。
「了解した。後は任せてもらおう」
「頼んだ」
その一言を残し、あっという間に転移して言ったマークを見送り、いまだ戦っているだろう面子の回収について考える。
(とりあえず、主はやてと、リオンとやらに話を通すか……欠片は、どうとでもなるだろう)
欠片を操っていたリオンがいるからと、楽観的な考えをするシグナムであったが、その予想はわずかに外れることになった。