魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第76話 「アルザス」

「……そろそろだね」

「そろそろと言っても、俺達の出番は現地についてからだ。移動中は、そんなに緊張する必要はないって」

 

 がちがちになったフェイトの肩を叩くマークは、その初々しさを微笑ましく思う。

 というのも、正式な局員となったフェイトに、初めての任務としてマークの護衛に同行を依頼したのだ。

 初任務だという事に加え、その護衛対象が管理局でもトップクラスの偉人では、緊張するなというのは無理というものだろう。

 それに対しもう一人の同行者は、緊張とは無縁の、どこか気だるげな雰囲気を見せていた。

 

「なんでアタシまで……」

「ハヤテから話は通っているだろう?」

 

 そんなヴィータの愚痴に、マークはある種の疑問を投げかける。

 フェイトにヴィータ、それにマークが居るこの場所は、アルザスへと向かう輸送艦の中に設けられた一室であり、ここに至るまで直前ブリーフィングなども済ませているのだ。

 

「そりゃあ聞いてるって! ……でもさ、護衛の任務に参加するんなら、ザフィーラの方が適任だろ?」

「……本当に聞いてきたのか?」

 

 マークの胡乱な視線に、思わず反発しそうになるヴィータであったが、そこは何とかフェイトが宥める。

 そうして宥められたヴィータに、マークは簡潔にヴィータを呼んだ理由を述べる。

 

「……一言で言えば、見た目の問題だ。ごつい男より、子供相手の方が警戒心を持たれにくいだろ?」

「…………っち!」

 

 山ほど湧き出た文句を、ヴィータは辛うじて飲み込んだ。

 今回の任務はただの護衛ではなく、ある会談の護衛である。そんな中、威圧感を持った護衛で身を固めるのは、相手に悪い印象を与えかねないのだ。

 

「実際の実力と見た目がかけ離れているヴィータは、今回みたいなときに使いやすいんだ」

「……わかったよ」

 

 不承不承と言った体でうなずくヴィータであったが、実のところその程度の理由は最初からわかっていたのだ。

 本当に聞きたかったのは、そこでなのはを選ばずに、ヴィータに同行を依頼した理由であったのだが……

 

(言わないってことは、そう言う事なんだろうな……)

 

 ヴィータの予想、というよりは、リオンとシャマルの予想であるが、おそらくマークはこの場にヴィータを招くことに、相当骨を折ったはずである。

 

(アタシらがやったことを、今回の護衛対象が知らねぇ何ざありえねぇだろうに……)

 

 かつて守護騎士たちが行った凶行は、管理世界でも悪名高い。そんな中、ヴィータを管理局高官の護衛に当てると言うのは、それ相応の反発があったことだろう。

 それにもかかわらずヴィータがこの場にいるのは、マークとリンディの尽力があったからにほかならず、そこから、守護騎士たちへの印象操作が多分に見え隠れしているのだ。

 

(えっと、過去のアタシらと今のアタシらは別物だってことを、内外に見せつける……だっけか)

 

 細かいニュアンスはともかくとして、現状の守護騎士たちは頼りになる味方だと示したいのだというのが、リオンたちの予想だ。

 そして、これらの行為を推進する立場にマークは立っているのだろうとも。

 

(認めたくはねーが、だからと言って何も言わねーのも……)

 

 以前と変わらず、はやてを斬り捨てようとしたマークを快くは思わないが、それでも今の彼が尽力してくれているというのがわからないヴィータではない。

 感謝を伝えるべきか否かという葛藤を抱えて、ヴィータはマークの様子をうかがい……自身の目を疑った。

 

「……何やってんだ?」

「踊っているんだ」

 

 突然のマークの奇行に目を丸くするヴィータは、思わずフェイトの方に助けを求めるように視線をやる。

 するとフェイトは、困ったような笑みと共に、マークの奇行について説明を始めた。

 

「日程が決まってから、楽しみでじっとしてられないらしいよ?」

「……ガキかよ……」

 

 完全に遠足前の子ども状態のマークに、ヴィータは頭を抱える。

 いかにこの三名が普段の護衛に対する追加要員とはいえ、こんな浮かれた様で護衛になるのかと、半ば本気で不安になった。

 

(……でも、それもしゃーねーのかもしんねぇな)

 

 マークの事情と、今回の会談相手を思えば、これぐらいの浮かれようは理解できないでもないと、ヴィータはひそかに思う。

 次元漂流者として、ただ一人で異界へと飛ばされたマーク。

 管理局という次元世界最大の組織ですら、出身世界を確認できなかった以上、同朋との再会は絶望的であったはずだ。

 それが一転して、同族と会えるという事になれば、少しばかりテンションが上がるのも、致し方ないことだろう。

 だが、そんな納得も、マークを見つめるフェイトの苦しそうな顔を見てしまえば、容易く霧散してしまった。

 

「……マークも、きついんだよ」

 

 そんなヴィータの疑問を感じたのか、フェイトは静かにマークの思いを語る。

 

「マークだって、会談相手が自分の知っている存在だとは、本気で思ってないよ」

 

 言われて、ヴィータはようやく思い至る。

 確かに、今回の会談相手は竜であるかもしれない。だが、その竜がマークの同族であるなどと、一体誰が言ったであろうか?

 しかし、同時に相手が竜であることに変わりは無く、そうであるがゆえに、万に一つは常に存在してしまう。

 

「限りなく低い可能性でも……ううん、限りなく低い可能性だからこそ、マークは希望を捨てようとして、捨てきれない」

 

 もっと明確に期待できるなら、あるいは可能性が皆無ならマークだってここまで落ち着きがなくなることは無かっただろう。

 当人からしてみれば、1%の希望は、100%の絶望より性質が悪いといったところであろうか。

 

(まあ、多少複雑なんだろうが、それでもじっとしていられないってことには変わりないか……)

 

 結局のところ、マークが落ち着きなく動き回っているという事に変わりはない。ただ、その動作を不快に思うのかといえば、決してその限りではなかった。

 というのも、マークの踊りは、ただ思うがままに飛んで、跳ねて、回っているのではなく、明らかに誰かに見せることを意識したものであったからだ。

 

「……なあ、それ、誰かに習ったのか?」

「ん? ああ、人の為すことは、なんでも珍しく思ってた時期もあったし、仲間たちと親交を深めるときにも、習ったりしてたな」

「へぇ……」

 

 マークの返答に納得しつつも、片手間というには本格的に見える踊りに、少しだけ疑問に思う。

 真相としては、長命種の時間感覚と、マークの仲間たちが一流であったことが原因だろう。

 もちろんそんな事実に意味は無く、マークの詳細を知らないものにとっては天稟の才思われていくことになるのだが、それはまた別の話である。

 

「あら、なんだか楽しそうね?」

「おや、議長殿?」

 

 そこへ現れた今回の任務の最重要人物に、マークは居住まいを正し敬礼をする。

 フェイトとヴィータも慌ててそれに倣うが、それもクローベル議長によってすぐに止められてしまう。

 

「別にそんなにかしこまる必要はないわ。あくまで、こっちが急に尋ねてきただけですから」

「え、えっと……」

「いえ、正式な所属となった今、けじめを忘れるわけにはいきません」

「ああ、その通りだ、です」

 

 あまりに穏やかに言われ、フェイトが少し迷ってしまうが、そこは年の功というべきか、マークとヴィータが毅然と答える。

 ただ、議長はその返事を予想していたのだろう。あらかじめ考えていた提案を、マークへと投げかける。

 

「そのことなのだけど、今回マーク君には、色々アドバイスをしてもらうことになるわよね? その時に、階級差があって話に割り込めないとかあっては困るから、限定的なものになるけど、わたしと同程度の発言権を認めることになったのよ」

「それはまた……」

 

 思い切ったことをすると、マークは半ばあきれる。それと同時に、議長のはからいに感謝の念も抱いた。

 だが、フェイトはこの話をうまく理解できなかったようで首をかしげ、ヴィータは微妙なニュアンスの部分が確言されるまで、余計な発言は控えるべきと判断した。

 

「つまりは……」

「変な遠慮や立場は全く気にしないでいいわ。それこそ近所のお婆ちゃん……マーク君にとっては小娘かしら? そんな扱いで構わないってこと」

「……了解した」

 

 降参といったふうに両手を上げるマークは別として、いまだとまどうフェイトとヴィータに『あなた達もよ?』と、念を押す。

 それに対して了承の意を二人が返すのを確認したマークは、議長改めミゼットがなぜこのタイミングでこの場に現れたのかを問いただす。

 

「ええ、到着までに、少しでも竜についての理解を深められればと思ってね?」

「……ここで俺に講義しろと?」

「お願いできないかしら?」

 

 ミゼットの依頼に対し、マークは少しだけ考え込む。

 なぜなら、これから会う竜がマークの知っている竜と同じものである保証は無く、下手な先入観を与えてよいものかと迷ったためだ。

 だが、知識というものは基本的に在って困るものではない。最終的にそう結論付けたマークは、軽くではあるが、竜について語ることに決めたのだった。

 

「俺の知っている竜は、始祖竜を祖とし、進化していった者たちだ」

「その中でも、あなたは真竜と呼ばれる種に属する、と」

「ああ、神竜はナーガ様を筆頭に、他の竜族を統べる一族であったが、ある時竜族にも終末の時が訪れた」

 

 マークにはかなり多くの部分を端折っている自覚があり、ミゼットがそれに不満を覚えたことも感じたが、時間もあまりないことを言い訳にして、極めて簡潔に語った。

 

「竜たちの一部は人の姿をとるようになり、その名称をマムクート……正確には竜人族として、世界に居残った」

「それがマークのご先祖様?」

「ん~……寿命が寿命だから、先祖って言うより……でも、今回は竜についてだから、竜人族についてはまたにしよう」

 

 フェイトの問いかけに危うく話が脱線しかかるが、マークは辛うじて堪えて、竜の話を続ける。

 

「それで、人の姿をとることを良しとしなかった一部と、単純に居心地の悪くなった世界から出ようと思った一部が、文字通り世界から出て行ったわけだ」

「おそらく、アルザスにいるのがそのうちのひとり……かしらね」

「可能性は低いな……正直に言えば、まだ始祖竜の世代で枝分かれした一族の可能性もあるし、全く別の祖から生まれた一族かもしれない」

 

 そもそもマークの故郷のデータが管理局に無い以上、アルザスにいるのがマークの知っている一族である可能性は、極めて低いと言わざるを得ない。

 

「だから今から俺の話す情報が、今回の件に役立つ可能性は低いぞ?」

「それでも構わないわ」

 

 少し長めの念押しをしたマークは、同意が得られたのをきっかけに自身の知る竜の特徴を述べる。

 神竜族、火竜族、氷竜族、魔竜族、地竜族、飛竜族……マークの語る竜族の特徴に耳を傾けるミゼットたちであったが、中でも魔竜族については決して無視できない特徴が含まれていた。

 

「魔法無効化ですって……!」

「ああ、他の竜族と比べ鱗が脆い……とはいえ、管理局にとっては天敵以外の何物でもないな」

 

 それはマークの言う欠点も、気休めにすらならない衝撃であった。

 もちろん、今すぐどうという話ではないし、今この場にはマークがいるし、ベルカ式を扱うヴィータもいる。

 今はとにかく話を進めることを優先し、魔竜族については後日話し合うことになってしまう。

 

「後は邪竜とか、暗黒竜とかいるけど……まあ、今は関係ないな」

「……それも、後日にお願いね」

「了解」

 

 結局、ミゼットにとって頭の痛い問題が増えただけにも感じたが、マークはそれを否定する。

 

「今も生き残ってるような奴は、基本的に人の子と敵対したりはしないさ……もちろん、何されても手を出さないってわけじゃないから、馬鹿な真似をすれば、話は別だぞ?」

「……肝に銘じておくわ」

 

 こうして講義を終えてみれば、問題点ばかりが印象に残った気もするが、当然そればかりではない。

 最強の竜であるナーガは人の子の味方であるし、人の子憎しと戦った竜たちは、そのほとんどがすでに討たれている。

 だからほとんど問題は無いと結論付けたところで、一行はアルザスへと到着したのであった。

 

 

 

「ん、ん~~~……空気が濃いな」

「空気が濃い?」

「あ~……竜にとって、過ごしやすい場所ってことだ」

 

 アルザスに到着し、ミゼットたちがアルザスに住む人たちの集落へと出向いている中、マーク達は集落の入り口付近で待機し、現地住民の見世物となっていた。

 

《しっかし……遠慮のない視線だな》

《まあそう言うなよ、ヴィータ》

《部外者があまり出入りしないみたいだからね》

 

 ヴィータが念話で話す内容は、はっきりと不快を示すものであったが、別に害があるものでないから受け入れろとマークは諭す。

 ただ、このまま見世物になっているだけというのもつまらないので、マークは相手方を観察することで無聊を慰めていた。

 

「赤ん坊だ」

「ホントだ……あ、手を振ってる」

「振りかえしてやったらどうだ?」

 

 若いと言うより、まだ幼い少女が二人もいるためか、マークたちへの警戒は最低限で、むしろ興味の方が勝っているようであるのがせめてもの救いだろう。

 最初に手を振ったのがきっかけとなったのか、近づかず、声を出さずにコミュニケーションをとるのが暗黙の了解となってしまったのか、若い住人と隊員たちのへんなポーズ合戦が始めってしまったが、なかなか面白かったのでこれもありなのだろう。

 ただ、管理局にたどり着いたあたりから何人か身悶えていたので、やっぱり駄目だったらしい。

 

 

 

「聖域に入らなければ、好きにして構わないそうよ」

「……守護竜には繋いでもらえなかったか」

 

 しばらくして長老との話し合いから帰ってきたミゼットの第一声に、マークは少し苦い顔で答える。

 

「そもそも、連絡の手段なんてないみたいよ?」

「共存って言うより、相互不干渉ってとこか……で、会談は諦めたのか?」

「まさか! だから、そこをお願いしに来たのよ」

「……押しかけて、さらに呼び出すなんて趣味じゃないんだがな」

 

 マークはガリガリと頭を掻いて、気が進まないとアピールするが、ここはミゼットとしても譲るわけにはいかなかった。

 

「魔王のような脅威もある以上、できるだけのことはやっておきたいのよ」

「……わかった。下がって、耳をふさいでおけ」

 

 ミゼットの言葉に、マークは折れ、大きく深呼吸を始める。

 そして、全員がしっかり下がり、念のため障壁まで張ったのを確認し、咆えた。

 

『オオオォォォ――――――――――――』

 

 その爆音は途中から音を無くし、されど大気を震わせ、その咆哮のすさまじさを余すことなく示し続けた。

 世界の果てまで届いたと確信させられた咆哮に、応えがかえってきたのはある意味当然の事なのだろう。

 マークの呼びかけに答えた黒い巨体は、突如として一同の眼前へと姿を現したのだった。

 

「まず、何の前触れもなく訪れたことを謝罪しておく。それで、少し話がしたいんだが、かまわないか?」

「――――――」

「そうか……おい、了承を得たぞ」

「え、ええ……」

 

 マークの咆哮と、突然の巨体の登場に気圧されていたミゼットであったが、マークに促され改めて自身の目的を語る。

 一言でまとめれば、魔王という驚異を前に、手を組みたいというもの。

 

「――――――」

「ああ、そこからか……魔王って言うのは……」

 

 どうにも、目の前の竜、ヴォルテールの言葉がわからないどころか一部聞こえないのがもどかしいが、マークの言葉からどのような会話が行われているか想像する。

 

「……という事で、管理局」

「――――――」

「そう、アレがこっちにくる可能性は低いから……」

「――――――」

「いや、流石に俺だけじゃ……」

「――――――」

「まあ、それはそうなんだが……」

 

 何やら雲行きが怪しいが、マークが話を振ってこないという事は、まだ自分の出る幕ではないのだろうと、ミゼットはそこまで考え、この会談のほぼすべてをマークに任せてしまっている事実に気が付いた。

 

(……私も老いたと、そういう事かしらねぇ)

 

 あくまでマークに頼むのは通訳だけのつもりであったミゼットが、ほんの少し話をしただけで、この交渉を任せてもよいと思ってしまったのは、自分の気迫が衰えているからだと感じてしまう。

 それと同時に、同族であるマークに任せた方が、成功率が高いのではと純粋に思っている自分もいることを感じてしまえば、もはやこの場に割って入ることは不可能であった。

 

「――――――」

「ああ、そういう事だ」

「――――――」

 

 そこまで考えたのと時を同じくして、マークとヴォルテールが何やら同意に至ったらしい。

 マークはミゼットへと向き直り、交渉の結果を述べる。

 

「ミッドチルダに常駐することはしないが、手を貸してもいいって」

「……ありがとうございます。それでは、詳細につきましては……」

「――――――」

「は? 無理に決まってるだろ……そん時の俺は戦場だ」

 

 ヴォルテールの言葉が、ミゼットの言葉を遮り、マークがヴォルテールの言葉を否定する。

 

「――――――」

「そうしてくれ……村の、適性の高い娘を巫女に定めるから、それを管理局に置いておけって」

「……連絡係ってわけね。わかったわ」

「じゃあ、誰か決まったら、その子を通して連絡して……村長あたりなら、局に連絡付けられるよな?」

「ええ、問題ないわ」

 

 こうして目的は無事に果たされ、後は相手方が去るのを待ち、こちらも帰るだけだったのだが、そこで一つ問題が発生した。

 

「……この這いつくばってる連中はなんだ?」

「……たぶん、守護竜様と直接話をする貴方に、礼拝をしているんでしょう?」

 

 この場でマークが表情を変えることは無かった。だが、マークが面倒だと思っているという事は、彼に関わった者からしてみれば自明の理であった。

 

 

 

「……そういえば、ヴォルテールってマークとは……」

「一応、ナーガ様のことは知っているらしいけど……こっちに来て独自の進化を遂げた、始祖竜の系譜らしい」

「つーことは?」

「同じ祖ではあるけど、全くの別種だな。しいて言うのなら、地竜と火竜の間ぐらいの性質に見えたけど、当てにはならん」

 

 門も機能不全を起こしているらしいし、当てが外れたとすねるマークは、帰りの道行でフェイトを膝に抱えて放さなかったとか。

 

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