魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第77話 「そうだ、キャンプに行こう」

「ふぅ……」

 

 その日、マークは珍しくミッドチルダにある管理局の本部の休憩所にいた。

 販売機で購入した紙コップのコーヒーを片手に一息つくマークの表情には、いくらかの疲労が滲んでいた。

 それというのも、武装局員の再訓練計画が立ちあげられた原因として、何度か訓練に立ち会わなければならなくなってしまったからである。

 それもただ立ち会うのではなく、教官の真似事までさせられる始末であり、未だ人にものを教えることになれないマークは四苦八苦していたのだった。

 

「あら、こんなところで貴方に会うなんて珍しいわね」

「……あぁ、そう言えば地上勤務だったな」

 

 精神的疲労があるとはいえ、声をかけられるまで気付かなかったことに驚きつつ、マークは声の主へと顔を向ける。

 そこにいたのは、マークの知人の中では数少ない地上に勤める魔導師である、クイント・ナカジマがいた。

 

「本局か技術部以外で会うのは、初めてだったかしら?」

「そうだな……ついで、お前が一人でいるのを見るのも初めてだよ」

「一人じゃないわよ?」

 

 何となく疑問を口にしたマークを否定するクイントは、少し離れたところに居る仲間たちに視線をやる。

 その視線を追ったマークは、クイントが仲間とともにここに来たと知るが、疲れた頭ではなぜ来たのかを察することまではできなかった。

 

「これからひと仕事って時に貴方を見かけたから、ちょっと待って貰ってね……それで、何してたの?」

「なるほど……いや、再訓練の手伝いを少しな」

「あぁ、そう言えば私たちも二月後位に予定されてたわね」

 

 お互いがここにいる理由に納得し、もとより少し挨拶をするだけだのつもりであったため思い切り上げようとしたところ、クイントの仲間たちが会話に加わってきた。

 

「ひょっとして、アナタが最近噂の竜人さん? 最近ウチのクイントがお世話になってるみたいで……」

「ちょっと、メガーヌ……」

「挨拶ぐらいいいでしょ? それに、聞いた実力から鑑みると、ウチとの合同任務とかこの先ありそうだし」

 

 メガーヌの挨拶をきっかけに、クイントのチームメンバーが次々に名乗り上げる。その中でも特に印象に残ったのは、隊長であるゼスト・グランガイツであろう。

 

「へえ……」

「……なんだ?」

 

 マークが思わずあげた感嘆の声に、ゼストは不信そうな目を向ける。

 

「いや、管理局最高峰の実力に、つい感心してしまっただけだ」

「買いかぶり過ぎだ」

「あら、最強じゃなく、最高峰ならあながち間違いじゃないんじゃない?」

 

 表情を変えずにマークの言葉を否定するゼストであったが、数少ないオーバーSランクであることは事実であると、メガーヌは同意する。

 そして、全盛期を過去に持つものを除外すれば、地上最強を名乗ってもおかしくないと、部隊の面々は思っていた。

 だが、ゼストより実績を出しているものもそれなり以上にいるし、得意とする距離の関係から直接実力の上下を比べられないものも多いと、ゼストはそう考えていた。

 

「まあ、本人がそう考えているなら、無理にこっちの感想を押し付けたりはしないさ」

「むぅ……」

 

 しかし、初対面の相手にこうまで言われては、なんだか自分が聞き分けのない子どもの様な気分にさせられてしまう。

 だからと言って、相手の言い分を全面的に受け入れられるわけでもなく、なんだかもやもやしたものが残るだけの結果となってしまった。

 

「しかし、これ程のメンバーを総動員する任務なんて、そうあるもんじゃないだろう?」

「そうでもないのよ?」

「今もかなり面倒な事やってるし……あ、内容は秘密ね?」

「同僚に話せないようなこともやってるのか……」

「別に後ろめたいことをやってるわけじゃないんだけどね。あと、今回は別件よ?」

「それぐらいにしておけ」

 

 これ以上はお互いのためにならないと、ゼストはマーク達の会話を止める。

 当人たちもすぐにそのことに思い至ったのか、特に何を言うわけでもなくゼストに従い、これ以上の話を控えた。

 

「最低でもAランクの部隊に言う事じゃないかもしれないが、無理はするなよ?」

「その心遣いはありがたく貰っておこう」

「じゃあ、マーク君も体を大事にね~」

 

 最後に簡単な言葉を交わし、今度こそクイント達と別れたマークは、事務局でいくつかの手続きをして海鳴へと戻る。

 後日聞く話となるが、この時のクイント達の任務は、とある世界に現れたアンノウン……魔物の討伐であったそうだ。

 そのことを早急に知れなかったことに、マークはグレアムを通じて管理局上層に抗議をしたりと、また面倒事へと発展することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 そんな面倒事はともかくとして、海鳴に住む面々はそれぞれ忙しい日々を過ごしていた。

 特に忙しそうに立ち回っていたのははやてで、それに次ぐのがフェイトとなのはだろう。

 学生として海鳴で過ごしながら、管理局に所属してその任務をこなすということが、未だ幼いその身に疲労をため込んでいく結果につながるというのは、当然のことだろう。

 

「そんなわけだから、そろそろ完全休養日を作ろうと思う」

 

 最初に提案したのが誰だったのかはもはやわからないが、とりあえずどこかに遊びに行くことに決定した。

 もちろん、どこに行くかでそれなりに揉めることも含めて、最初から最後まで楽しむべきことだろう。

 

「う~ん……海やプールに行くには、もう遅いよね?」

「最近過ごしやすくなってきたしなぁ……まだ暑かったころは、わたしは訓練校に通ってて忙しかったし」

「温水プールは? あるいは外国まで行けば、問題ないんじゃない?」

「せっかくだし、季節感ある催しにしよう。俺やクロノ達のパスポート問題が面倒だから、国内で頼む」

「あれ、そっちの方って問題ないんじゃ?」

「基本的には。でも、完璧じゃないらしいから、問題が起こる可能性は避けておきたいかも」

 

 忙しさにかまけて、夏休みすら特に何もしていなかったことに気付かされ、来年はもっと余裕を持って遊ぼうと心に決める。

 

「疲れを取るためなら、温泉とかはどう? 今の季節なら紅葉を見ながらって言うのも、いいんじゃないかな?」

「温泉か……春に毎年行ってるし、それをメインにするのはちょっと味気ないんじゃ?」

「でも、フェイトちゃんやはやてちゃん達とは、行ったことないし……」

「どこかで遊んで、温泉に入れる宿に泊まればいいんじゃないか」

「もうちょっと時期をずらせば、スキーとかに行ってもいいかも」

「今休養が必要みたいだし、それはまたの機会にね」

 

 今回だけではなく次回以降の予定も増えていくが、楽しみが増えるのはいいことなのだろう。

 ただ、この調子で増え続けたら、五年計画で実施していく必要が出てくるかもしれなかった。

 

「季節感を大切にするなら、紅葉狩りは欠かせないと思うの」

「狩り?」

「……そこら辺は日本語の表現の一つよ。間違っても弓矢とか持ち出さないでよね?」

「じゃあ、ハイキングかな」

「それならいっそ、キャンプにしない?」

「あれ、温泉宿は?」

 

 あーでもない、こーでもない、あれはどうか、これがいいんじゃと話し続け、最終的には一般のキャンプ場に行くことになった。

 今回は温泉を諦め、テントで寝泊まりすることにするらしい。

 

「マークさんは、気が乗らないですか?」

「いや、みんな楽しそうだしいいんじゃないか」

 

 ただ一人、マークは行軍中の野営などのイメージが先行して、今回のキャンプを魅力的には感じなかったが、それは自身の想像力が貧困なためだと自覚していた。

 すずかが微妙に申し訳なさそうにしていたが、マークにとっては割と見当違いな懸念なので適当に宥めておく。

 

 

 

 そうして迎えた当日。な大人数は、数台の車を使いキャンプ場へと訪れていた。

 そして、マークを含めた数人が、キャンプ場に到着した早々からグロッキー状態になっているのであった。

 

「……気持ち、悪い……」

『正直、自分で走って来たほうが、楽であったと思う……』

「帰りはそうしましょうか……」

 

 理由は簡単、車酔いである。ちなみに、車に酔ってしまったのはマーク、ザフィーラ、それにシャマルであった。

 

「体質かしらねぇ……」

「帰りは酔い止めの薬を飲んでみるかい?」

 

 高町夫妻が声をかけてくれたが、残念なことにそれにこたえる余裕がある者はいなかった。

 

「そう言えば、運転する方が酔わないと聞いたような……」

「……一応言っておくが、車の運転は免許制だぞ?」

「マーク君なら、習い始めたらすぐだとは思うけどね」

 

 リンディの言葉にわずかな反応があったような気がして、クロノはあらかじめ釘を刺しておく。

 だが、確かに今回は無理でも、次回以降のために免許を取ろうとするマークは実に容易く想像できた。

 

「魔法で何とかできないの?」

「……状態異常回復の魔法は、ある。けど……」

「あ~……そう言えば、マークさんの魔法って自分には使用不可だった気が」

 

 アリサの問いかけに何とか答えたマークであったが、すぐに言葉を濁らせる。その理由を察したユーノの言葉に、一同は同情しかできなかった。

 それでもある程度時間が経って落ち着いたのか、状態異常回復魔法である『レスト』の杖をザフィーラとシャマルに使い、マークも士郎たちに続き車から荷物を降ろす作業に取り掛かった。

 

「マーク、大丈夫?」

「無理しちゃダメだよ?」

「大丈夫だよ」

 

 テントの機材を運ぶ途中、料理の材料を運ぶフェイトとアリシアにも心配されるが、そのころには本当に体調は改善されていた。

 

「でも、車内から見えた紅葉を楽しむ余裕が無かったのは残念だ」

「ふふ、別にこれから見れば問題ないよ」

「むしろ移動中よりじっくり見れるし」

 

 マークのおどけたような言葉に余裕を感じ、本当に大丈夫そうだと納得した二人は、その言葉に含まれた本音に答える。

 事実今もマーク達の視界に入っている紅葉した木々は美しく、きつい思いをしても来たかいがあったと思わせるものであった。

 ちなみに今回来たキャンプ場は河原にあり、もう少し上流に行ったところでは渓谷くだりもやっている、ポストカードにもなっていそうな景色の場所である。

 荷物を運び終え、持って来ていたお弁当で軽い昼食を済ませた一同は、持ってきたテントの組み立てを始めた。

 

「お、思ってたより重い……!」

「頑張って引っ張って!」

「まだてっぺんが垂れてるよ~」

「よっと!」

「さすがマーク! 今のうちにロープ固定して!」

「ぎゃぁー! 待って待って、こっちが抜けかけてる!」

 

 ワイワイと騒ぎながらテントを組む子供たちに混ざるマークであったが、その行動の端々から経験者であることが見て取れた。

 

「マークさんは、こういったことに慣れているのか?」

「もっと殺伐としたものなら」

 

 恭也の問いかけに、マークは肩をすくめながら答える。一刻も早く休みたいと思う兵士たちが天幕を立てた際は、こんなに和気藹々とした空気は無かった。

 むしろ手間取ったり失敗する奴が居たら、怒気を超えていきなり殺気が飛んでくるような感じだ。

 

「それは……なかなかハードだな」

「あくまで極端な場合だぞ?」

 

 それでもただの作業をこなす以上の感情は起こらないのだから、レジャーとしてのキャンプというものは、マークにとってとても新鮮であった。

 今回初めてテントを立てる子供たちにとっては、言わずもがなだろう。

 テントひとつ立てるのに大騒ぎした子どもたちとは違い、その後はおとなたち中心にテントを設置した時は、楽しげでこそあったがかなりスムーズに事が進んだ。

 

「それじゃあ、次は夕食の準備かな」

「え、もう?」

「キャンプで定番と言ったらカレーだし、煮込んでる間でも遊べるだろ?」

「なるほど」

 

 慣れない作業であるし、時間がかかることを前提にしている。

 

「じゃあ、俺は水を汲んでくる」

「あ、わたしも行きます!」

「こっちは火の準備かな」

「野菜を切る人はこっちね~」

「お米は?」

「飯ごうで炊くけど、もう少し後になるわ」

 

 マークが水汲みに名乗りを上げ、士郎が火を、桃子が食材の準備をするリーダーとなる。

 それに何人かがついて行くことで、それぞれの作業が始まった。

 

「川の水を汲むのか?」

「それはちょっと……」

「でも、ここで水道の水を使うって言うのも、勿体ない気がするわね」

「たしか、パンフレットには……うん、ちょっと離れたところに湧き水があるって」

「ふむ……野菜とかを洗うのは水道の水でいいだろうが、食べる分には湧き水を使うか」

 

 ちなみに水汲み班はマーク、すずか、アリサ、それに美由希にシグナムの五人である。

 シグナムの提案は、同じく戦場に立っていたマークならともかく、現代人であるすずか達には受け入れられなかったようだ。

 それに続くアリサと美由希の発言にマークはいくらか考え、タンク三つ分だけ脇水を汲んでくることに決めた。

 

「確かに、野菜を洗ったりするのに湧き水は勿体ないか」

「勿体ないと言うより、調理組は一刻も早く水が欲しいだろう?」

「そうだね、わたし達の往復を待ってるのも退屈だろうね」

 

 善は急げとキャンプ場に設置してある水道に向かい、五人はタンクに水を入れる。

 

「すずかちゃんとアリサちゃんは大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ、これでも鍛えてますから!」

「それに一回り小さいタンクだし、これぐらい問題ないわよ」

「まあ、辛くなったらいつでも言えばいい」

 

 美由希に心配されたすずかとアリサだったが、問題ないと気合を入れて答える。

 とはいえ体格的に難しいかもしれないと考えたシグナムが、あまり気負うなとフォローを入れ、マークからも一言いうようにと目線で促す。

 

「まぁ、無理はするな。こっちはタンクだけじゃなくて、スズカ達を担ぐぐらいの余裕もあるしな」

「さ、さすがにそれはいいですよ」

「そうか?」

 

 その様子を想像したのか、すずかがわずかに赤くなるが、確かにこんなところで担がれるのは恥ずかしいだろうなと、マークも納得する。

 それから程なくして、一杯になったタンクをもって調理組の元へと戻った五人は、湧き水を汲みに再度出発する。

 

「……流石に多くないか?」

「とはいえ、あの場に居てもやることが無いんでな」

「せっかくのキャンプだからって、分担がおろそかになってたのが原因かしら?」

「テントと食事の準備は、並行して行ううべきだったかもね」

 

 確かに一つ一つの作業を全員でやるのは無駄が多いだろうが、せっかくのイベントに参加しない手は無い。

 まあ、結局その無駄さえ楽しんでいるのだから、こんな文句は口だけなのだろう。

 

「……そう言えば、魚の一匹でも獲ったりしないのか?」

「釣竿とか持って来てないし、食材は十分あるからいいんじゃない?」

「食材も現地調達なら、キャンプというよりサバイバルですね」

「ひょっとして、キャンプじゃ物足りない?」

 

 再び出されたシグナムの提案に、マークを除いた一同は苦笑を浮かべる。

 除かれたマークはというと、人が多い今回のような場所では、現地での調達は一筋縄ではいかないだろうという的外れな感想をいだいていたりする。

 

「今日は遊びに来ているんだ。楽できるところはしておけ」

「うむ……そうは言ってもだな」

 

 かつての経験と全く噛み合わないのが、シグナムにとっては不安なのだろう。

 その気持ちもわかるマークとしては、何とかそれらしい仕事を振ってやるしかなかった。

 

「……それじゃあ、そうさせてもらおう」

「……(なんて言ったの?)」

「(寝ず番を任せてみた)」

 

 役目を得て足取りの軽くなったシグナムの後ろで、マークからその内容を聞いた三人は、もはや呆れることしかできなかった。

 移動の片手間に焚き木になりそうな枝を集めるシグナムを横目に、四人は湧き水をタンクに詰めてキャンプへと戻る。

 それからは人手を余らせつつカレーを煮込み、飯ごうでご飯を炊く。

 流石に煮込んでいる間は子どもたちも暇を持て余し、川へと遊びに出ていった。

 

「マーク君はいかないのかい?」

「……水は嫌いだ」

「ああ、泳げないんだっけ?」

 

 別に水着も持って来ていないし、泳ぐようなことにはならないだろうが、それでも何の用事もないのに水に近づきたくは無いらしい。

 とはいえ海上で戦える以上、半分くらいはネタなのだろうとみんな理解していた。

 そして、それ以降の時間が流れるのは早かった。

 ある程度川で遊んだあとは、ゆっくり夕食を食べ、日が傾いてきた時点でキャンプ場の施設で入浴を済ませ、夜のとばりが落ちたころには、日ごろの疲れもあり早々に寝入ってしまったのである。

 もちろん、全員がすぐに寝てしまったわけではないが、ごく一部の例外を除けば、普段よりはずっと早かったのは確かである。

 

「……寝られないんですか?」

「……まあな、これじゃあシグナムのことを笑えない」

 

 その例外が、テントの前で火の番をしていたマークである。

 

「シグナムさんは?」

「……歩哨に出た。流石にそれはやり過ぎだと言ったんだがな」

 

 それでも、屋外で休むとなれば居ても立ってもいられなかったのだろう。もちろん、今も火を見ているマークも同様である。

 

「そう言うスズカは、こんな時間にどうしたんだ?」

「えっと……なんとなく、ですかね?」

 

 もともと、すずかは人より優れた肉体を持っているし、なのは達ほど過酷な生活を送っていなかったのだ。

 ふと目が覚めてしまえば寝付けなくなってしまうのも、何となく納得できた。

 

「やっぱり、長年の習慣はなかなか抜けませんか?」

「自覚は無かったが、そういう事なんだろうなぁ」

 

 思わず自嘲してしまうマークに、すずかも苦笑を返しながら腰を据える。

 そうして訪れた静寂の中に、火の弾ける音だけが響く。

 

「月が綺麗だな」

「え?」

 

 思わず聞き返したすずかであったが、マークは気にせず自身の言葉を続ける。

 

「今までそこそこ世界を渡ってきたが、どこの世界にも月ってあるんだよな」

「……やっぱり、ヒトの住む世界はどこも似かよってるってことですかね?」

「そうなんだろうな」

 

 何となく肩透かしを食らったような気分になりつつも、すずかはマークに倣って夜空を見上げる。

 市街地ではなかなか見えない星々に、言葉を無くして見入ってしまう。

 

「……そう言えば、夜の一族だったか?」

「……はい」

 

 そんな静寂を破ったのはマークの唐突で今更な問いかけであり、確認であった。

 確かに他の人がいるときに、竜だ吸血鬼だという話はし辛かっただろうし、このタイミングが一番だったのだろう。

 

「で、夜の一族って、吸血鬼なんだろ?」

「……はい」

「吸血鬼って、血を吸う鬼の事だろ?」

「……はい」

「俺の血を吸ったらどうなるんだ?」

「……はい?」

 

 マークの突飛な考えに、すずかの返答も思わず疑問符がついてしまう。

 

「いや、俺もちょっと自分で調べてみて思ったんだけどさ。竜の血を吸った吸血鬼って、どうなるのかな? それと、吸血鬼に血を吸われた竜って、どうなるのかな?」

「それは……」

 

 前例がない以上、すずかにだってわかるわけがない。とはいえ、一度疑問に思ってしまえば確かに興味深い件ではある。

 

「まあ、ちょっと気になってさ。もしよければ、何滴か血を分けて……」

「飲んでみてもいいですか?」

「え?」

「はい?」

 

 数秒間を置き、すずかは自身の早合点に気付くが、何となく、撤回したくは無かった。

 マークは少し悩むが、人と交わることができる竜の血が、人と交わることのできる吸血鬼に害をなすことはないだろうと楽観的に考え、了承する。

 

「じゃあ、どうぞ」

「その、いただきます」

 

 差し出されたマークの指先を、すずかは少しためらいつつ口に含む。

 何となくくすぐったい気持ちになりつつ、牙が立つのに備えたマークに対し、すずかがひと思いに噛み付き……鈍い痛みが残るのみで、その皮膚を食い破ることは叶わなかった。

 

「……柔らきゃいのに、硬ひれふ」

「……」

 

 マークは無言ですずかの口から指を抜き、ナイフを取出し薄く切れ込みを作り、再びすずかの口に押し込んだ。

 今度こそ感じた血の味に、すずかは舌でその血を絡め取り、飲み下す。マークもすずかの喉がごくりと動いたのを見てとり、指を引き抜いて何かしらの変化が無いか様子を観察する。

 

「……何も、無いです?」

「……俺もなんともないな」

 

 その結果に拍子抜けするべきか、何も無くてよかったと思うべきなのか悩む。

 悩みつつも、多少あった緊張が解けてしまったのか、すずかを急に睡魔が襲った。

 

「まあ、時間も時間だったわけだし、もう休め」

「……はい、おやすみなさい」

 

 少しふらつきながらテントに戻ったすずかを見送り、マークは傷ついた指先を見やる。

 

「……別に治ったりはしないか」

 

 優れた再生力を持った吸血鬼の唾液に何の効果もないことを確認し、結局自分は何がしたかったのかと頭を抱える。

 その後シグナムが戻ってきたのを確認し、マークもテントに戻って休むのであった。

 

 

 

 次の日、シグナムと代わりリオンとザフィーラまで寝ず番をやっていたことに気づいたはやてが、ちょっとばかり説教のような事をしたことを除けば平和な朝であった。

 その後、上流におもむき沢くだりに参加し、今回のキャンプイベントは終わりを告げた。

 もちろん、帰りの車でも三人がダウンしたのは、言うまでもないことだろう。

 

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