魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
「……ここか」
グレアムからの通信後すぐに現場に駆け付けたマークであったが、マークが依頼されたプラントにたどり着いた時には、プラントの入り口には何者かが潜入した跡が残っていた。
グレアムからの依頼では、この地にいる者すべてを捕縛、もしくは無力化して欲しいとのことだったが……
「明らかに、俺達以外にもここの連中と敵対している奴がいる様なんだが……」
「例の部隊が偽装した可能性は?」
「自分たちも潜入任務中ですって偽装か……言っちゃなんだが、今回みたいのは例外で、現場を押さえられる可能性より証拠を発見される可能性の方がはるかに高い。俺だったらそんな無駄な偽装やらんよ」
それでは誰がこんな跡を残したのかと考え込みそうになるフェイトであったが、マークが出した杖によって、思考にふけることを妨げられた。
「それは?」
「これは『ウォッチ』という杖で……一言で言えば、これを使えば中の様子をうかがう事が出来るんだ」
「……のぞき魔法?」
「ああ、難しい魔法なんだが、内部の相手にまず気付かれることなく見れるから、結構重宝していたんだ」
部屋の構造はもちろん、兵の配置まで調べることができるこの『ウォッチ』は、前情報が望めない戦いにおいて非常にありがたい魔法であったのだ。
そして、今回も『ウォッチ』の杖はその力を最大限発揮する。
「……見つけた」
魔法を使用して僅か三分。マークは対象を捕捉した。もちろん、そこまでのルート等も完全に把握している。
「今後のルート、相手の進軍速度を合わせて……接敵場所は……」
ぶつぶつとつぶやくマークを、フェイトは黙って見守る。もっとも、残念ながら『ウォッチ』を使用した視覚情報は共有されないので、口の出しようもないのだが……
そうしてまた数分の時が流れ、マークはついに一歩目を踏み出す。
「とりあえず、先行する部隊を捕縛する。抵抗せずに投降してくれればいいが、まあまず無理だろうな……」
「その場合は、武力行使? 陣形はどうする?」
「俺が前に出るから、フェイトはフォローにまわってくれ」
「わかった」
端的に答えるフェイトであったが、内心はマークの言葉に歓喜していた。
以前、シグナム達と戦った際は、マークがフェイトをフォローしていたのだ。それも文字通り、何の打ち合わせも訓練もなく動き回るフェイトを、その技量と戦闘経験のみを頼りに……完全にマーク頼りの連携モドキであったのだ。
それが今回はどうだろうフェイトは、マークにフォローを頼まれたのだ。これを嬉しく思わないわけが無かった。
(だけど、まだだよ……)
そんな喜びを感じながらも、フェイトは努めて冷静であろうとする。頼まれたのはいいが、まだその仕事をこなしたわけではない。
ちゃんと喜ぶのは、マークの期待に応えてからだと自制する。
「行くぞ!」
「はい!」
そうしてフェイトはひそかにテンションを上げつつ、先導するマークに続いて施設に入る。だが、そんな二人の姿は、すでに安全な場所へと避難済みのこのプラントの主に筒抜けであった。
「……さて、それではゆっくり見学させてもらうとしようか」
「ミッドチルダ最高峰ゼスト・グランガイツと、私のオリジナルであるマーク・テスタロッサの戦いですか」
「残念ながら、一対一にはなりそうもないですね」
施設内外に百を超えるカメラを設置したジェイルは、自らが創造した娘たちとこの正規の決戦を観戦としゃれ込んでいた。
もちろん、先に潜入したゼスト隊も彼らの監視下に入っている。
余談であるが、誰に教わったのか彼らの手元にはポップコーンとコーラが用意されていたりする。
「それで、ナギはこの戦いをどう見るかい?」
「経緯はどうであれ、オリジナルに敗北はありません」
「ほう……やはり、計測器でも作ってみるかね」
断言するナギに、ジェイルはその断言の源となったであろう彼女の感覚を再現できないかと、頭の片隅で模索する。
「断言できるほど、能力に違いがあるの?」
「はい、その戦闘力の差は100を超えています。おそらく、通常の攻撃ではオリジナルの皮膚に傷すらつけられないでしょう」
「まさか……」
「ふん、数字では読み取れない強さというものもあるんですよ~」
ナギの言葉に素直な驚きを見せるウーノであったが、その後ろにいたクアットロが口をとがらせ反論する。
確かに、クアットロの保有する先天固有技能などは、ナギの目で数値化するのは難しい。
「……では、クアットロ姉上はグランガイツ氏が勝利すると?」
「数は力とも言うし、なにより単純に能力が高い存在が勝つ世界であれば、人はもう滅んでいるんじゃなくて?」
「道理です。……私はまた一つ、世界の真理を知ることが出来ました」
「……なんででしょうね、そこはかとない敗北感が……」
クアットロの言葉に感銘を受けるナギに、言い勝ったはずのクアットロが微妙に悔しがる。
「ふむ、だが今回気にするべきは勝敗ではないのだよ。そこを忘れないでくれたまえ」
「はい、了解ですドクター」
ジェイルの言葉に、娘たちは気を入れ直す。そう、今回の感染の目的は、『マークの危険度調査』なのだ。
マークが今回の一件の思惑にどこまで気付き、どこまでその思惑に乗るか、あるいは突っぱねるか。
管理局の一部上層部は、今回の一件をマークの見極めに使うつもりでいるらしい。そして場合によっては、相討ちにしてくれなど、無茶にも程がある。
(正直、欲張り過ぎだと思うがね……ゼスト隊の対処とマーク・テスタロッサの調査は、一緒にすべきではなかった)
そんな本音を持ちつつも、ジェイルはクライアントの意向に今は逆らう事が出来ない。
はて、今回の一件はどう転ぶか……そんなことを考えながら、画面に映るマークとゼストの動向を観察し続けていた。
その画面内では、今まさにゼスト隊がマーク達の接近に気付いたところであった。
「っ! 後方より魔力反応あり! 数は……二つです!」
「気付かれたか……総員、戦闘準備! 迎撃するぞ!」
ゼストの指示に各々武器を構えるメンバーであったが、危惧して利多様な先制攻撃は無く、彼らも先制攻撃をくわえる事が出来なかった。
そんな一瞬の硬直の最中、何とものんきそうな声が二組の間を行き来することになった。
「なんだ、先客はお前らだったのか」
「……なんでこんなところにマーク君が来るのよ」
お互い顔見知りという事で微妙に肩の力が抜けるが、この中で唯一面識のないフェイトだけがそう言うわけにはいかなかった。
「知り合い?」
「ああ……まぁ、研究関係でな」
「研究……ひょっとして、クイントさん?」
「ええ、そしてあなたがフェイトちゃん?」
面識こそないが、同じ研究所で処置を受けている関係でそれぞれマークから話を聞いていた。
特にフェイトとギンガは年齢もそう違わないし、友人になれればと話していたのだ。
それがこんなことになるなんてと顔をしかめるマークとフェイトであったが、クイントはそれに気付かない。
「まさかアナタ達までこの件の調査に来ているだなんて……でも、マーク君の研究内容を思えば、あながち見当はずれの人員配置というわけじゃないのかしら?」
「……やっぱりお前らも調査で?」
「ええ……まぁ、秘匿命令って奴で」
微妙に言葉を濁すクイントであったが、マークはその内容に思わずため息を漏らす。せめて正式にどこかから命令が下りていれば、もっと楽に話は済んでいただろう。
「えっと、マーク君?」
「……俺への指示は、この施設に内通したものの捕縛だ」
マークの態度に疑問を見せるクイントであったが、続く言葉にまずは怪訝そうな表情を見せ、次に納得、そして同情と警戒を等分に混ぜた複雑な顔になる。
「つまり、正式な命令を受けずにこの場にいるわたし達を、アナタ達は捕縛しなくちゃいけないってことね?」
「そういう事だ……出来れば投降してほしいんだが、無理だろう?」
「ああ、難しいな」
チームを代表して、ゼストがここでつかまる気は無いと明言する。今までの流れを断ち切って返答したのは、マークに自分こそが責任者であることをアピールするためだろう。
「どうしてですか? 誤解なら誤解で、ちゃんと証明すればいいじゃないですか!」
「あ~、まぁ、……フェイトの言う事は正しいんだが……」
「関与していないと言う証明は、非常に難しい。ましてや、ウチの隊にはクイントがいる」
「……娘たちのために集めた資料がどのような手段で集められたか、実はその内容に非合法な事柄が含まれているんじゃないかと言われれば、反論しにくいわけだ」
一度は口を濁すマークであったが、ゼストの言葉に渋々と言った体で投降できない理由を説明する。
だがこれは嘘でこそないが、少し違う。本当に危惧していることは、別にあるのだ。
(無実を主張しても、どこからともなく証拠が出てくることもあるかもしれないしな……)
そう、今回の一件が何者かに仕組まれたものだとすれば、証拠をでっち上げられる可能性も否定できない。
むしろマークが投入されたタイミングから考えて、全て黒幕の掌の上と言われた方が納得できる。
(ゼストたちは相互不可侵の領域に触れたか、あるいは……)
考えたくないが、そもそも機人の件は管理局の裏側が推進しているのかもしれない。
おそらく、この場にいるほとんどは同じ考えに至ったのだろう。数少ない、いや唯一の例外がフェイトであるが、マークはもちろん、ゼストたちもまだ気付かせる気が無かった。
「とにかく、投降しないと言うのなら、制圧する他無くなるのだが?」
「仕方がない、か……だが、そう簡単に制圧できるとは思わない事だ」
「肝に銘じておくよ」
その言葉と共にゼストは槍を構え、マークは魔力で形成された大剣を顕現させる。
「……まさか、お互い刃を向けることになるとは思ってなかったわ」
「……ちゃんと引き際は見極めてくれよ?」
「あら、もう勝った気でいるの? それは少しばかり気が早いんじゃないかしら!」
言葉尻に合わせたクイントの一撃は、その瞬間に発動された強化魔法によりマークの予想を超える速度を見せる。
(まさか一足飛びで!)
今いる場所が攻撃範囲の外と思っていたことも災いし、クイントが放った上段蹴りにわずかだがマークの反応が遅れる。
しかし、反応が遅れてもなお、マークのほうが迅かった。
「このっ!」
「甘いっ!」
クイントが完全に決まったと錯覚するほどのタイミングで放たれた一撃は、魔力刃によって完全に防がれる。
だが、クイントがマークの懐に入ったことに変わりはない。弾き飛ばそうと力を込めるマークの大剣をそらし、クイントはがら空きになったボディへと拳を向け……
「させません!」
「っ!」
フェイトのフォトンランサーによって阻まれる。
「惜しかったな」
「そうね……でも、気を抜くには早いわよ!」
フォトンランサーを回避したことにより、大きくマークから離されてしまったクイントであったが、クイントは一人ではないのだ。
「はぁっ!」
「でりゃぁ!」
ゼスト隊の面子は全部で七名。クイントが離れたからと言って安心できる人数ではない。
そのことを証明するかのように、魔法が、刃がマークへと迫る。
「くっ!」
さしものマークも、フェイトのフォローがあるとはいえ七人もの攻撃を全てさばききれるはずがない。
躱しきれない攻撃が、徐々にマークの鎧を削り始める。
「マーク!」
「問題ない! 後方から援護を続けてくれ!」
シールドなどの魔法を使えないマークを見かねて割り込もうとしたフェイトであったが、それもマーク当人に止められてしまう。
だがそれも仕方ないことだろう。確かにフェイトはシールドなどの防御が使えるが、その耐久度は決して高くない。
ゼスト隊の波状攻撃にさらされてしまえば、そう長くはもたないだろう。それに加え、フェイトは元々生粋のアタッカーなのだ。
防御に参加するより、相殺や牽制を担当してもらう方がずっとありがたかった。もちろん、それ以外の想いもないわけではない。
(本来であるなら、クイント達は同僚だ。そんな相手に、刃を向けてほしくない……)
あくまで補佐以上の事をして欲しくないと願うマークであったが、誰もがその意図を読み取れるとは限らない。
「ずいぶんと余裕じゃないの!」
「貴様こそ引き際を考えるべきじゃないのか!」
マークとコンビを組むフェイトにはともかく、相対するクイントやゼストにとってはそうはいかない。
圧倒的とまではいかないが確かに押されている状況で『問題ない』と断言されれば、さすがに看過することはできないだろう。
《何か切り札があるって事かしら?》
《……この場は狭すぎる。竜化は使えないはずだ》
地上でもトップクラスの実力を持つゼスト隊は、魔王戦の映像も当然見ている。そこで当然マークの戦いも見て、かなり大味な攻撃が多いことも知っている。
正直に言って、閉所で、それも捕縛を目的とした戦いでは実力を相当制限されるだろう。
とはいえ、警戒してばかりでは何もできない。
《確かに不安は残るが、相手の手の内全てが分かっている戦いなどない!》
《それもそうね……ま、何かあったとしても、使わせなければいいのよね!》
意識を切り替え、さらに苛烈な攻撃を加える。だがそこへ、まるでこの時を待っていたかのように鋭い反撃が行われる。
「うぐぅっ!」
「カイン!」
「っ! やりそこなったか」
自身へのダメージを無視した強引な一撃により、隊員の一人がマークの斬撃によって吹き飛ばされる。
幸か不幸か、あまりに強引な一撃であったこともあり、意識を完全に刈り取るには至らなかったようだが、それでもダメージは甚大である。
「よくもまあ、あんな体勢から……!」
「まともに喰らえば、ひとたまりもないな……」
一撃を喰らった隊員の回復と、マークの一撃へ意識が向かってしまったゼストたちだが、それは明らかな悪手である。
「プラズマスマッシャー!」
後衛にまわるように指示されあまり目立たなかったフェイトであるが、その実力は管理局でもトップクラスであるのだ。
そのフェイトへの注意を切らしてしまったら、手痛い攻撃が来るのは当然のことだろう。
今までの牽制とは威力が桁で違う一撃に、ゼスト隊は当然のように攻撃のリズムを崩されてしまう。
そして、それを見逃すマークではなかった。
「覚悟!」
「まだだっ!」
マークの重い連撃を、ゼストは辛うじて流し続ける。だが、それがいつまでも続かない事は誰もが理解していた。
(ヤバい……もう長くはもたないぞ……!)
そんな状況を一番苦々しく思っていたのが、事もあろうかマークである。
(立場上逃がすわけにもいかないが、かといって捕縛するのもなんだよなぁ……)
何度も言うようだが、マークは管理局に所属している立場上命令に違反するわけにはいかない。
管理世界の出身でないうえに、そもそも人間ですらないマークは、ルールを普通の職員より徹底的に順守しなければならないのだ。
そうでなければ、竜が人の世で生きていくことはできない。
では、捕縛する問題は何か? これはどちらかといえば心情的な問題である。
(きっと、嵌められたんだろうな……)
そこまで長い付き合いではないが、それでもマークはクイントの人となりを信用している。そのクイントが濡れ衣を着せられるのを黙って見ているほど、マークは人でなしではない。
(問題は、どうやって逃がすかだが……)
流石に全員に逃げられるのは問題外だ。となると数人、三人逃がすのが限度だろう。ではその三人をどうするか……そんな余計な事を考えていたのがまずかった。
「……っ! 隙あり、だ!」
「おっ!」
力の乗り切らない斬撃をはじかれ、体勢を崩したマークにゼストの最高の一撃が迸る。
ゼストの突きはマークの腹部に炸裂し、その体を地面とほぼ水平に吹き飛ばしたのだ。
「マーク!?」
「ちょっ、やりすぎじゃ!?」
フェイトはもちろん、思わずクイントも狼狽してしまうほどの一撃であったが、そんな一撃を加えたにしてはゼストの表情は硬かった。
それもそうだろう。ゼストの手には、マークを突いた感触がはっきりと残っていたのだから。
「いやぁ……流石に油断のし過ぎか」
「……化け物か!?」
そう、その手に残った感触は、決して人を突いたものではなかった。もっと固く、厚く、強靭な手ごたえであった。
すなわち、ゼストの最高の一撃すら、マークには有効だとなりえないのだという現実を叩きつけたのだ。
「まさか、無傷だって言うの!?」
「それは流石にないって……まぁ、致命傷には程遠いがな」
もともと、マークがこの世界で苦戦していたのは、非殺傷設定というマークの知識に無い技術のせいである。
それについても、マークの鎧がバリアジャケットとなった今、ほとんど意味をなさず、マーク本来の防御力が発揮できるようになったのだった。
「さて、じゃあ第二ラウンドと行こうか!」
「っく!」
マークの宣言と共に再開された戦いだが、そこに先程までの気概は無い。ゼストの一撃すら受け止めたマークに対し、打つ手がないのだ。
半ば絶望に沈むゼスト隊であったが、それでもまだ戦う事を止めない。否、止められなかった。
「……まったく、面倒な」
僅かに愚痴をこぼしながら、手持ちの特殊な魔符を使い、適当な悪役を作るしかないかとマークが苦渋の決断を下したとき、それは現れた。
「ドクターの懸念は正しかったようですね。やはり、欲張るべきではなかった」
「……どちら様かな?」
「ナギと申します。以後お見知りおきを、マーク様」
「……」
水面の底のような深い緑の髪に、同じ色の瞳は、マークのものと酷似していた。そして何より、その手に持つ大斧のアンバランスさ、気配が雄弁に彼女の正体を語る。
「……神竜族」
「ハーフですよ」
そのナギの言葉に、フェイトやクイント達が目を見開く。今、目の前の少女は、マークと同類だと名乗ったのだから、その反応も当然だろう。
そして、その少女は告げる。
「では、さっそくですが死んでください」
次の瞬間、大斧が奔り、鮮血が舞った。