魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの 作:コウチャカ・デン
突然だが、戦闘面でほぼ万能を誇るマークであったが、彼にも弱点というものはある。
念のため言っておくが、別に心臓を抉られたら死ぬとか言う当然の事でも、実は身内に甘いとかいう精神的なものでもない。
もっと単純な事なのだが……もちろん、日常で問題になるような事でもなければ、戦闘で問題になることもないだろう。
だが、それでもその一点が弱点であることに変わりは無く、またその弱点は訓練によって改善することが可能であるらしい。
ならば、無い時間を無理にでも捻出して訓練を行うのは、ある意味義務とさえ言えるというのが今回のマークの言い分であり、管理局が認めた主張であった。
そして、せっかくの訓練を一人で行うのはもったいないというのがグレアムの意見であり、ならば成長途上で面識もあるフェイト達を同行させてはどうかというのがリンディの提案であった。
結果、地球関係者の訓練休暇が実現した。
「……確かに、書面だけ見れば訓練休暇が受諾される内容だったな」
「ああ、近年まれにみる会心の出来だっただろう?」
ため息を吐きつつもマークと共にトレーニングを行うための服装に着替えたクロノであったが、正直真面目な彼からしてみれば、なんだか虚偽報告をしているようでかなり後ろめたかった。
そう感じるのは、この場所のせいだろう。
「訓練とはいえ、休暇中だ。比較的気の休まる地球で行うのも、問題ない事だろう?」
「ああ、訓練場所を個人的な伝手で用意するのもよくある話だし、特殊な訓練を行うのに部外者の指導を受けることもままあることだ……だが……」
クロノの視線の先に居るのは、特にマーク達とは関係のない民間人である。
そう、今回の訓練は、海鳴市にあるとある屋内民間施設で行われるのだ。
「……『水練』とはよく言ったものだ。ようするにプールで……」
「みなまで言うなよ、クロノ。泳げない俺にとっては、間違いなく訓練でもあるんだから」
ひどく真面目な顔をしながらクロノの言葉を遮るマークであったが、本気でないのが明らかだ。
何せその目が完全に笑っていたのだから。
「まあ、残りの二日はちゃんと訓練するし、初日くらいいいだろう」
「せめて二日頑張ってから、最終日に打ち上げにした方が……」
「それじゃあ俺が泳げるようにならなかったとき大変じゃないか」
2人と同じように水着を着たユーノがつぶやくが、それはマークが即座に却下した。
流石に三日かけても全く成果なしでは、問題が残る。初日にみんなでプールにしたのは、保険でもあったのだ。
もっとも、マークほど体を動かせる人物が、全く泳げるようにならないなど欠片も思っていなかったが……
そんなわけでプールに来た一行であったが、その前にもちょっとした問題が起こったのだ。
というのも、その問題はマークやクロノたちではなく、主に少女たちに降りかかったもので……要は水着のデザインについてである。
「おまたせしました~」
「いや、たいして時間は立ってないよ」
続々と出てきた少女たちの水着は、いわゆるスクール水着というものであった。
一応、休暇とはいえ訓練であるため、あまり可愛らしいものなどは自粛すべきという事になってしまい、結果学校で使うようなものにとなったのだ。
「せっかくの機会だったのに……」
「まあまあ、今度はちゃんとした休みの日にしてもらえばいいじゃない。ほら、プールじゃなくて海なら……」
フェイトやなのは、はやてに続いて出てきたすずかとアリサが何やら話していたのがマークにも見えたが、さすがに内容まではわからなかった。
保護者枠で忍や美由希、リンディやエイミィ、シグナム達も現れたがやはり全員が紺色の水着であった。
「シノブ達が着ているのもスクール水着というやつなのか?」
「まさか! こっちは競泳用よ。貴方たちと同じく、ね」
流石にそんなものを着る歳ではないという忍であったが、マークの記憶では彼女もまだ学生だったはずである。
首を傾げるマークだったが、それ以上は考えるなとばかりにクロノに肩を叩かれ思考を停止させるのであった。
「それにしても、まがりなりにも水着で出てきた女の子たちに何もなしなの?」
「ふむ……?」
言外にとっとと褒めろというリンディであったが、まさか自分をという事は無いだろう。
マークとしてはそれでもよかったが、彼女の視線は間違いなく最初に出てきた五人に向いていた。
(はてさて、どうしたものか……)
褒めろと言われても、彼女たちにとって今着ている水着は本意ではないらしいし、スタイルをというにはまだ……
(……なんだろう、今背筋が……?)
なぜかこれ以上考えるのは不味いと感じたマークは、とにかく素直に思ったことを口にしてみることにした。
多少失言があったとしても、このまま黙っているよりかはマシだろう。
「……綺麗になったなぁ……」
初めて会ったときは、まだ幼さが勝り、見ていて微笑ましいというか可愛らしいという感情が先んじたが、今はもう違う。
目標をしかと定め、その目標へ向け着実に進む力強さも加わり、磨かれてきたのが見て取れる。
特にすずかは魔法がほとんど使えないにもかかわらず戦う事を望んだためか、その輝きが肉体にも顕著に表れている。
フェイトに限っては出会った当初の険が取れ、丸くなったとも言えるかもしれないが、それ以上に自身の意思を持ったことにより一本芯の通った美しさを得たように思える。
もともと強い意志を持っていたなのはにしても、将来の進路という形で未来へと視界が広がったためか、どこか生き生きとしているように見える。
この面々の中で最も危ういのははやてであるが、彼女にしてもただやみくもに『家族を守る』と言っていたころとは違い、管理世界について様々な知識を吸収してきている。
一家の主として強かさを得た彼女が、最大の成長を見せていると言って過言ではないだろう。
五人の中で唯一進路を別ったアリサであったが、その決断を下せた彼女が一番冷静であったと言えるかもしれない。
決して情に流されたりせず、自分にできる事をわきまえ、自分にしかできない事を実行するという事は極めて難しいのだから。
要するにほぼ内面の成長に触れた言葉だったのだが、評された少女たちは顔を赤らめる者がいる程度には満足できたらしい。
「へぇ~、ふぅ~ん……」
「……なんだよ」
「べっつにぃ~」
なんだかやたらとニマニマするエイミィが鬱陶しかったが、そこからマークの述べた感想が間違いではなかったとひそかに安堵する。
「まぁ、いいわ。……それにしても、やっぱり絞り込んであるんだねぇ」
「鋼のようなという表現がぴったりね。……これって本気で沈むんじゃない?」
圧倒的な膂力を持つというには細身に見えるが、そこら辺は考えても無駄と知る美由希が感嘆の声を上げ、忍が懸念を述べる。
「沈まないように、泳ぎを教わりに来たんだろ?」
「……まぁ、そうなんだけどね」
本気で首を傾げるマークに、本来人は浮くものだと言う気も起らなかった。
何となくしてやられた気分になる忍であったが、いつまでもプール際で話し込んでいるのもよろしくない。
さっそくではあるが、訓練を開始することにした。
「とはいえ、俺とフェイト、ハヤテとアリシア以外は遊んでいても問題ないんだが?」
「いや、せっかくだから近代泳法の一つでも学んでおこうと思ってな」
「正直、飛行魔法の応用で水中であろうと高速移動に問題はねーんだけどな」
「……」
シグナムとヴィータが言い分を聞くと、本気で訓練が必要なのはマークだけであるらしい。
ならば完全な素人に足並みを合わせさせるのも悪いとマークは思い、班を二つに分けたのだが……
「スズカと俺の組と、それ以外?」
「そ、わたし達じゃ万が一あなたがおぼれても助けられないし」
もしマークを助けようと思ったら、ユーノが結界を張ってなのはがディバイン・バスターあたりを打ち込んだ方で水を吹き飛ばす方が確実だろう。
普通に救助しようと思ったら、まず間違いなく二次被害が発生する。
そして、今回教師役を務める人物の中で最も運動能力が高いのがすずかなのだ。
「すずかちゃんの最近のハードトレーニングで、完全に追い抜かれちゃったのよねぇ……」
「まぁ、まともな人間なら仕方ないでしょ」
一応、年下に追い抜かれたことを嘆く美由希であったが、同時にこの事が不可避であったことも理解している。
肉体の質が違う事も確かに一因だが、何よりも強くなることに懸ける意志が違う。
「……結局のところ、貴方がおぼれるところを想像できないから楽観視しているのよ」
「本当にその恐れがあるなら、我らが監視につくからな」
シャマルとシグナムの言葉に、マークも納得せざるを得ない。
もしこのプールでおぼれるようなことがあるなら、かつて海に放り出された時に死んでいただろう。
そんなわけですずかの個別指導を受けることになったマークだが、当然のように順調に指導となった。
「えっと、本当の初心者なら水に入るところからなんですけど……」
「まあ、水に入るのは初めてじゃないしな」
今まで泳いだことが無いだけで、水浴びをするのに川や湖に入ったことも一応ある。
とはいえ、それもせいぜい膝上に届くかどうかという深さまでだ。
さらにこのプールは、なだらかな坂の様に少しずつ水の中に入れるような作りになっていない。初めて自分から水の中に入るのに、まったく躊躇なくとはいかなかった。
「じゃあ、わたしの手を握って……」
「ああ……」
割と平気そうな顔をして実は怖いのか、それとも教師役のすずかの指示に従っているだけなのかはわからない。
だが、素直にすずかの手を取ったマークは、二人でゆっくりと水の中に入った。
「大丈夫ですか?」
「……ん、問題ない」
ただ初めての事だから慎重になっているのか、緊張しているのかもわからない。
いつもより言葉数が少ないような気もするが、マークが指導を受ける側に立つのを見るのは初めてで、やはりすずかには判断がつかなかった。
「じゃあ、次は顔を水につけます」
「分かった」
「あっ……!」
すずかの言葉にしっかりと頷き、マークは大きく息を吸って水の中に潜る。
完全に潜るのではなく、顔をつけてもらうだけのつもりだったすずかがわずかに驚くが、幸い問題無くできたようであった。
マークに握られた手をわずかに握り返し、もう上がってくれと合図した。
合図を受けゆっくり上がったマークに、すずかは笑みを浮かべて満点をつける。
「ここまでできれば、もうほとんどできたも同然ですよ! 後は水の中で目を開けられるかぐらいだけど、いざとなったらゴーグルもありますし」
「そうか? じゃあ、もう一度潜ってみようか」
「はい!」
マークが息を吸うのに合わせ、すずかも大きく息を吸う。
水中で目を開けるのなら、目の前にあるのが顔であった方がいいと思ったのだ。
そうして同時に水の中に潜り、わずかに発生した気泡が無くなったと同時にすずかはマークの隻眼が水の中でも開いているのを確認できた。
この段階についても、マークは無事にこなせたようであった。
「えっと、あと何かやっておくべきことは……そうだ! 水の中で動く感覚を覚えるのはどうですか?」
「つまり?」
「泳いでみる前に、歩いてみるんですよ」
そう言ってすずかはマークの手を引き、プールの端をゆっくりと歩く。
手を引かれるままに歩いていたマークであったが、次第に慣れてきたのか、すずかの隣に立って歩き始める。
「どうです?」
「う~ん、思ってたより重くないかも?」
「そうですか?」
水の抵抗が思ったほどではないのも、マークが以前海に落ちた時と比較しているからだ。
今着ている水着と比べれば、海水を吸った服は、さぞかし重たかったことだろう。
それからしばらく歩いた後、ようやく今日の本命である泳ぎの練習に入った。
「基本は水を掻くときは広く、手を前に戻すときは狭くです」
「ふむ」
クロールの手の動かし方を実演しながら、息継ぎの仕方も含め解説する。
もっとも、予習として水泳入門書のような物を読んでいたらしいマークには、説明は必要なかったかもしれない。
バタ足についても足の付け根から動かすとか、膝を曲げないように等説明し、早速やってみることになった。
「最初はバタ足だけで、手は握ってますから、顔をつけてやってみてください」
「了解」
こうして順序通りに、割ととんでもないペースで泳ぎ方を教わったマークは、一時間後には今日初めて泳ぎを習ったとは思えない速度の泳ぎをマスターするのであった。
「ふむ、有意義な一日だったな」
「……午後はまさに訓練って感じだったがな!」
「はは……ヴィータちゃんとシグナムさんに対しては、マーク君も容赦なかったもんね」
マーク達が泳げるようになってからは、基本的にビーチボールを使ったりして遊んですごしたのだ。
その際、マークのアタックは当然のようにシグナムやヴィータを狙い、白熱した戦いになってしまったのだ。
もっとも白熱した最大の原因は、熱くなりすぎたヴィータがビーチボールを魔力で強化してしまったことにある。
「あれのおかげで、本気で打ってもボールが割れなくなったからな」
「……反省してる」
「よろしい」
お互い一応本気でなかったとはいえ、マーク達が戦えば注目を集めるのはもはや必然である。
その後ボールの使用を禁じられてしまったのも、また当然の結果だろう。
「まあ、飛び込みとか競争とかも十分楽しんだしいいんだけど」
「私は流れるプールで浮かんでるだけのマークさんが印象的だったな」
今日泳げるようになったとは思えない事をしでかし続けたマークであったが、すずかにとっては大きな浮き輪を借りてきて流れるプールに浮かんでいた方が印象的であった。
隣にはフェイトとアリシアの浮き輪がくっついていたので、それに続いて皆で繋がって行ったら、さすがに大きくなりすぎて他の利用者の邪魔になると注意されてしまったが……
そんな楽しい出来事を語りながら帰路についていたマークの耳元に、忍が静かに近づき尋ねる。
「ホントに大丈夫だったの?」
「何が?」
「最初のころ、ずっとすずかの手を握ってたけど、本当は怖かったんじゃないかなって」
「……」
そう言えば、とマークは思い返す。
確かにマークはすずかの手をずっと握っていたが、別に水の中に入ることに恐怖を覚えはしなかった。
「ふ~ん……すずかの手を握っていたから怖くなかったとか? それとも、割と無意識で握り続けてたの?」
「……さあ?」
「はぁ……」
とぼけているのか本気でわかっていないのか今一つ分からないマークの返答に、忍もこれ以上探りを入れるのを諦める。
正直、枯れているのか、戦いにかまけて情緒が未発達なのかすらわからないのだから。
「これだったら、すずかをからかってた方が楽しいわ」
「……」
その言葉にマークは返事をせず、この後散々弄られるであろうすずかに心の中で手を合わせるのであった。
そこからしばらく無言であった二人であったが、ふとあることを思い出したマークが再び声を出した。
「……そう言えば、エイミィとクロノの仲が少し進展してたか?」
「他人の方はそこそこ見えてるのね……ナンパされそうになったエイミィを、彼が助けたのよ。その時は私の方に被保護者が集まってたから」
ちょっと一休みのつもりだったのだろう。一人になったところを運悪くターゲットにされたエイミィであったが、そこをクロノが颯爽と助けたらしい。
「あの顔は自分が嫉妬したことに気付いてしまったって顔だな」
「そうね。あるいは無意識のうちに、自分の物だって思ってたことに気付いたってとこかしら?」
何はともあれ、これでクロノとエイミィの関係は進んでいくことになるだろう。
何となくうらやましく思ったマークは、明日からの訓練でちょっとだけクロノに厳しく……もとい、丁寧に指導しようかと検討するのであった。