魔法少女リリカルなのは 炎の紋章を持つもの   作:コウチャカ・デン

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第88話 「訓練休暇二日目」

 訓練休暇の二日目、マーク達は月村邸の一角に結界を張り、戦闘訓練を行おうとしていた。

 

「現在確認されている最大の脅威は、竜族ハーフと思われる少女ナギだ。魔物どもの存在も気にはなるが、優先すべきはこちらになるだろう」

「マークの同類……正直に言って、勝てるイメージがわかないんだが?」

「うん、地上最強と言われていた部隊でも手も足も出なかったし……なのはとはやて以外決め手に欠けるって言ってなかった?」

 

 とりあえず前提を確認するマークに、クロノとフェイトが疑問を呈する。少なくとも、一朝一夕の訓練で届くような存在とは思えなかったのだ。

 

「だからと言って、対策を練らない理由にはならないだろ?」

「それはそうやけど……」

「もちろん、すぐに強くなれるような訓練は無いが、一時的な物なら不可能じゃないからな」

 

 そう言ってマークが取り出したのは、色とりどりの宝石が付いた指輪であった。

 

「これ……」

「指輪に嵌められた宝石を砕くと、一時的に能力が上昇する魔導具だ」

「またとんでもないものを……」

 

 使い捨てでこそあるが、カートリッジシステムを採用していない魔導師はもちろん、魔法の心得がないものでも使えると言う割ととんでもないアイテムであったりする。

 さりげなくロストロギアに片足を突っ込んだアイテムに、クロノは人知れず肩を落とすのであった。

 だが、この指輪はその場しのぎのものでしかない。今回の本命は、成長の余地のあるなのは達ではなく、すでに完成された戦士であるシグナム達に向けられたものであった。

 

「レヴァンティンとグラーフアイゼンに『デュランダル』の欠片を埋め込むのもいいかな? クラールヴィントには組み込みにくいから……いっそ『セチの祈り』を五番目のリングにするか?」

「……いいのか?」

「……ナノハに『炎の紋章』を渡しているし、ハヤテも俺の魔法を蒐集しているから、欠片程度今更だ」

 

 他にもリインフォースⅡに『ニニスの守護』を埋め込んでもいるし、本当に今更な問いかけと思わないでもない。

 

「ザフィーラの手甲はどうする?」

「ふむ、もし希望を聞いてもらえるのなら、我は盾としての役割を十全にこなせる強化をお願いしたい」

「そうか……なら『竜の盾』を加工してもらおう」

 

 シグナムとヴィータは刃で、シャマルは指輪で、ザフィーラは盾で強化することに決めたが、残念ながらこの場で加工できるものではなく、後日第四技研にて処置してもらうことになる。

 これだけでも結構な強化であるのだが、マークの強化にはまだ先があった。

 

「もう一つは……これだ」

「ひょっとして『竜石』か?」

「いや、『獣石』だ」

 

 更なる強化として取り出したのは、『竜石』によく似た『獣石』という力を秘めた石だ。

 何に使うのかと訝しんだのも一瞬。ヴィータはとある前例から、これの使い道をひらめいてしまった。

 

「……これを使って、フェイトにしたみたいにアタシらの体を作り替えるのか?」

「ッ!?」

「提案の一つだ。強制はしない」

 

 ヴィータの言葉を肯定したマークに、はやて達は今度こそ驚きの目を向ける。

 確かに、すでに完成された守護騎士たちを強化しようと思ったら、最終的には改造を行う他無い。

 

「作り替えると言っても、リンカーコアの横に埋め込む、といった表現の方が適切かな? まあ、異物として弾かれないように、いくらか弄る必要があるかもしれないけど」

「それを実行して、シグナム達はそのままでいられるん?」

「人格までは弄らんよ。守護騎士プログラムは確かに複雑だが、これでもリオンやムルヴァの肉体を作れる程度の技能はあるんだから」

「確かにそうかもしれへんけど……」

 

 実績があるのは認めるが、今回はフェイトの治療とは異なり、まさに改造手術とでもいうべき所業なのだ。はやてが思わず躊躇するのも仕方ないことだろう。

 だが、当の守護騎士たちは違った。

 

「……是非、頼みたい」

「シグナム!?」

「主はやて……わたし達が最も恐ろしいのは、貴方を守れない事です」

 

 シグナムは、今はまだ自分がマークと戦っても勝てないという事を、そして通常の訓練では自身が成長しない事を知っている。

 故にマークの同類が敵対していると知ってしまった今、どんな危険があると言われようとも、力を得る機会を蹴るわけにはいかないのだ。

 

「問題ありませんよ。マークが提案したという事は、失敗する可能性がほぼ皆無のはずです」

「そうやろうけど……」

「なじむまでそれなりに時間がかかるかもしれないけどな」

 

 言外に失敗はありえないと言うマークに、はやては反論の材料を失う。とはいえ、もとより反対していたのは感情的な問題だ。

 シグナム達が望み、マークが太鼓判を押すのならば、これ以上反対することもできなかった。

 

「人に対する施術じゃない分、監視とか気にしないでいいから気が楽だな」

「そっか、フェイトちゃんにやる時とは違って再現が実質不可能だから……」

「そういうことだ」

 

 本来は研究所にて行うべきだったが、守護騎士という他に類を見ない存在への施術である。たとえ見られたとしても問題ないと判断したマークは、即座に『獣石』をシグナム達へと埋め込んだ。

 

「……なんか、変わった気がしない」

「常時発動型にしたら、スズメの涙みたいな強化にしかならんからな」

 

 ヴィータの感想に苦笑するマークは、簡単な発動方法を告げる。

 曰く、リンカーコアから魔力を引き出すかのごとく、『獣石』から力を全身に巡らせればよいとのことだ。

 

「やってみるか」

「消耗品だから、あまり無駄遣いするな。感覚を掴むまでにとどめておけよ?」

「わかった」

 

 忠告を聞いて集中しだした守護騎士達から一歩離れたマークに、ふとフェイトが訪ねる。

 

「私も感覚を掴むだけだったら、そんなに消耗はしないかな?」

「……まあ、全くないわけじゃないから、時間は掛けるなよ」

「うん、わかった」

 

 フェイトも首にかけた『飛竜石』を取り出し、シグナム達に続くように目を閉じ集中を始める。すると、変化はすぐに訪れた。

 

「フェイトの方が馴染んでいる分早いか……」

「なんだか、不思議な気分……」

 

 マムクートでないフェイトは、『竜石』を使おうが竜化をすることは無い。だが、全く影響を受けないわけでもなかったようだ。

 

「わっ、わっ、耳が伸びたよ!?」

「ねぇ、これひょっとして竜の鱗? さわってみていい?」

「え、えっ!? っひゃん!?」

 

 マークと同様に伸びた耳に加え、首もとにわずかに鱗が生えたらしい。さすがに翼が生えたりはしなかったが、十分すぎる変化である。

 なのはとすずかにくっつかれて触られて赤くなったフェイトをはやてがちらちらとみるが、主として守護騎士たちのもとを離れるつもりは無いようである。

 そんな主の限界が迎える前に、ザフィーラが『獣石』の発動に成功した。

 

「……ふむ、なるほどこれは素晴らしいな」

「元々が守護獣だからか? かなり安定しているようだな」

 

 予想以上の強化にどこか興奮気味のザフィーラに、マークも問題ないことを確認する。

 もっとも、マークの言うようにもとが守護獣であったためかフェイトのような目に見える変化もなく、周囲からしてみればわかりにくかったようだが。

 しかし、外見から判断し難かったのはザフィーラだけだったようで、次に発動を成功させたシャマルの変化は非常にわかりやすかった。

 

「ネ、ネコミミや!」

「ちょっ!? ネコミミ!?」

 

 思わず叫んでしまったはやてに、シャマルは慌てて自身の姿を確認する。実際に触ってみれば、確かに自分のものと確信を得られる感触を持った耳が側頭部あたりから伸びていた。

 

「……どういう理屈で猫の耳が?」

「マーク君!?」

「まぁ、特に害があるわけじゃないから」

 

 悲鳴を上げるシャマルに、想定外ではあるが実害が無いことをマークは告げる。事実不調を感じることもなく、ちゃんと強化は成されていた。

 

「……おい、まさかアタシたちも生えてくんのか!」

「シャマルを見る限り、何の動物の耳が生えてくるかはわからんがな」

「マジかよ……」

 

 思わず集中を解いたヴィータであったが、残念ながら今更強化を無かったことにもできるはずが無かった。

 シグナムもそのことがわかっているようで、若干頬が引きつるのが見えるものの、必死で『獣石』を発動させようとしていた。

 

「うぅ……確かに身体能力は大幅に強化されてるいみたいだけど、魔力の強化はいまいちかしら?」

「ああ、『獣石』は身体機能方面に特化しているから……後方支援型にはあまり有効な強化じゃなかったな」

 

 羞恥に悶えながらも自己分析するシャマルに、マークは騎士という言葉に引きずられ過ぎたかと己の失敗を悟る。

 彼女らは守護騎士ではあるが、その本質は魔力を使って戦う魔導師でもあるのだ。

 もっとも、守護騎士たちに『竜石』を使う気は無い以上、根本から作り直す以外に手は無く、選択肢などなかったのだから仕方がない。

 そんなやり取りをしている間に、シグナムもまた『獣石』の発動に成功したようであった。

 

「シグナムもネコミミ!?」

「ひょっとして、ライオンの耳じゃないかな?」

「ネコ科はネコ科でもライオン!?」

 

 どんどんテンションが上がっていくはやて達に、シグナムは表面的には何かを諦めたような顔をしながら耳をぴくぴくと動かす。

 

(……実は気に入ってる?)

 

 何となくマークにはそんなふうに見えたが、賢明にも確認したりはしなかった。

 ひとしきりはやて達が騒いだ後、ついに最後の一人となったヴィータへとみんなの視線が集まる。

 

「シャマルとシグナムがネコ科やったし、バランス的にはヴィータはイヌ科やね」

「他にも動物はいろいろいるのに……」

 

 集まった視線に一瞬だけ怯んだヴィータであったが、注目が集まったことでかえって腹を括ったのか、次の瞬間には『獣石』の発動を成功させた。

 そして現れたのは……

 

「ウサミミッ!」

「わっ! ちょっ!?」

 

 垂れたウサミミを生やしたヴィータを存分にもふるべく、はやてはいっそ襲い掛かると言った表現をした方がいい勢いでヴィータに飛びつく。

 撫でまわされるヴィータの様子はシグナムの時と同様に、どこかまんざらでもないように見えたのだが、マークはやはりそのことを口にはしなかった。

 もっとも、そんなことを口にするような暇もなく、マークに問いが投げかけられたからかもしれないが。

 

「ちなみに、どのケモノ耳がマークさんの好みなんですか?」

「ん?」

 

 今一つ要領を得ないすずかの質問にマークは首をかしげるが、それでもとりあえず自分がどんな耳が好きかを考えてみる。

 

「ネコ、かな?」

「ネコですか」

「ああ、特に態度と耳の反応が噛み合ってない時なんかは見ていて面白い」

 

 必死で興味が無いふりをしているのに、耳だけは『興味津々です!』と訴えているのを見るのはなかなか楽しかったと言うマークに、すずかは要するにギャップがいいのかなと思案する。

 

「スズカは……ネコ好きだったな」

「はい! ウチも今では近所でも有名なネコ屋敷ですよ」

 

 軽い気持ちで聞き返そうとしたマークであったが、寸でのところですずかの好みを思い出す。

 思いのほか良い反応が返ってきたことで、実は地雷を踏むところだったのではとマークが軽く冷や汗を流していると、ヴィータのウサミミを十分堪能して満足したらしいはやてがようやく復帰してきた。

 

「それで、この後の予定はどうなん?」

 

 まさかシグナム達の強化で終わりじゃないだろうと問いかけるはやてに、マークは当然とばかりにとあるマニュアルを提示する。

 

「そ、それ……!」

「まさか……!」

「ああ、『兵士強化マニュアル』だ」

「兵士強化マニュアル?」

 

 かつて行われた地獄のような訓練を思い出して青ざめるなのは達に対し、その存在を知らないシグナム達が首をかしげる。

 

「どちらにしろ、守護騎士たちに基礎トレーニングは必要ないだろう? お前らは庭の隅で新しい力を馴染ませとけ」

「……まあ事実であるし、そうさせてもらおう」

 

 守護騎士たちを追い払ったマークは、なのは達に向き直りいい笑顔で告げる。

 

「今日まで簡易プログラムをこなしているんだ。あの頃からどれだけ成長したか、これ以上分かりやすい訓練は無いだろ?」

「……そう、ですね……」

 

 いまだ運動全般が得意とは言い切れないなのはは思わずため息を漏らすが、マークが止まる気配は無かった。

 その後行われた訓練にて、特に後衛型であるなのは、はやて、ユーノが早々に脱落してしまったことは、ある意味当然とも言えるだろう。

 

 

 

「ふむ、特にユーノはひどいな」

「まあ、彼は無限書庫にこもって術式の研究を行っていましたから……」

「だが、今後も戦場に立つつもりならこれは不味いだろう? ちょっとばかり、今後のトレーニングメニューでも考えておくか」

「……」

 

 マークの横でトレーニングを見学することになった小さなリインフォースⅡは、今後予想されるユーノの絶望に、静かに目を伏せるのであった。

 


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