「……なんだ、君か」
玄関が開き、あの人が帰ってきて自分の感情が無になっていくのがわかった。
「……おかえりなさい、紀光さん」
「丁度良い。ここのところ忙しくてね、溜まっていたんだ。付き合いなさい」
紀光さんが乱暴に私の腕をとり、寝室へ向かう。
……いつもそうだ。
紀光さんの言うことは、全て命令。
相手の意見を聞くことは仕事の時しかなく、出会った時からこの人は横暴な人だった。
寝室のドアを開け、私を引っ張ってベッドへ投げるように倒される。
その時に合った目は氷のように冷たくて、この人は家ですらも警戒を解けない寂しい人なんだと悟ったのはいつだったかな。
もう40代半ばだというのに崩れない精悍な顔と、無駄な脂肪がついていない身体は、他の女性から見ればうっとりするほどいい男なんだろう。
早く済ませてまた仕事しようとしているのか、前にされた時よりも乱暴な手つきに、無意識に眉間に皺が寄った。
初めて会ったのは、16歳の私の誕生日パーティーの時。
父さんの中学生時代の同級生だったらしく、紹介され、一言二言話しただけだった。
この時はまだ、紀光さんは営業スマイルを浮かべていた。
だけど二度目、三度目と会う度に笑うことが少なくなっていき、ついに四度目に会った時、会社を潰されたくなかったら結婚しなさいと脅された。
なぜ父さんの会社を潰そうとしたのか、この時は分かっていなかった。
時間があれば理由を知ることは不可能じゃなかったけど、紀光さんは私がその場で断ったらすぐに実行するという瞳を向けてきて、まだ会社を助ける力がなかった無力な私は、頷く以外何もできなかった。
そして、私と紀光さんは親子ほど歳が離れているのに両親は紀光さんの演技や交渉術で説得させられ、結婚することになり、父さんは信頼している君なら大丈夫だと言って、私はすぐに紀光さんの屋敷に住むことになった。
紀光さんの本性を見抜けないでよく社長をやれるものだ。
屋敷に連れてこられたその日、私は紀光さんに抱かれた。
そこに愛なんてものはなく、無理矢理初めてを奪われた時、なぜ紀光さんは私と結婚したのか分かってしまった。
紀光さんは母さんが好きで、冷たい眼差しは私を見ているのではなく、その奥にある母さんの面影を探して見ていたのだ。
私は母さん似で、母さんはもうすぐ四十になるというのに容姿はとても若々しく、二十代と言っても通じるほど綺麗だった。
そんな母さんに似て当然容姿が整っている私を、個人的に、会社を名を売る見世物に使えると判断した。