大将の首を狙う野良猫を手懐けるのは難しい……とは思いつつ。
まずは餌付けとばかりにキュウゾウのもとへ飯の配達を決めたシチロージは、のんびりと弓の訓練場へ歩みを進めた。
近づくにつれ村人達の活気が伝わり、時折低く短い男の指示が風に乗って耳に届いた。
普段寡黙すぎる男ではあるが、どうやら村人達とは上手くやっている様だった。
「ご苦労さん」
姿を現したシチロージの姿を見て、男達が次々に挨拶した。
キュウゾウは一瞥しただけで、特に反応を見せない。
「どうです、調子は」
「問題ない」
「何か足りない物は」
「特には」
「腹減ってません?昼飯、持ってきました」
「かたじけない」
素直に受け取り、礼まで言う。
キュウゾウのこういう躾の良さに、当初は随分驚かされた。
聞いた話では虹雅渓差配の用心棒として雇われていたという。
キュウゾウが身に纏う空気は、たまに癒しの里へ通ってくる差配の息子お抱えだと噂のゴロツキたちとは一線を画していた。
一種独特の気品すら感じさせる。
血統書付きの野良猫かねぇ…。
などと取り留めのない事を考えていると、視線で「何だ」と訴えかけてくる。
「アタシもご相伴にあずかろうと思いまして」
「まだ食わぬ」
「あらら、振られちまいましたな」
残念残念と口遊び、シチロージは身を引いて「では、夕刻に」と踵を返した。
実を言うと、シチロージはキュウゾウがまともに食事をしている姿を見た事がなかった。
村への道中、物を差し出せば受け取ったが、口にする所はついぞ見せなかった。
だから正直、びっくりしている。
目の前にはできたての夕餉。
車座に侍達が座りそれぞれが合掌して箸を持ったとき、キュウゾウはなぜか白米の盛られた茶碗を捧げるように両手で持ち上げた。
酒でもあおるかのように傾け、そして……
飲んだ。
飲んだのだと思う。
でないと茶碗から綺麗に飯が消えた理由が見つからない。
空になった器を音も無く床に置くと、キュウゾウは隣にあったみそ汁の椀を同じように持ち上げ、顔の前で傾けた。
またもや一瞬で中身の消えた器を丁寧に揃え、手を合わせて目を伏せる。
まるで手品だ……と一連の動作にあっけにとられていると、ゴロベエがニヤニヤと視線を寄越している事に気がついた。
「さすが色男、驚く顔も様になってるぞ」
「いやですよ恥ずかしい。アタシの変顔見たお代、高くつきますぜ」
思わず素が出てしまった、などと戯れつつ。内心ヒヤリとしていたら、案の定隣で箸を進めていたカンベエが、薄く笑んでいる気配がする。これは後々までつつかれるな、と後の己を思い、とほほと肩を落として汁をすすった。