アオイハル 作:Kの人
出席簿と蜂は似たようなもの。
「あら、意外と早いお帰りやね」
それは職員室から教室へと向かう道の途中だった。タキちゃんの説教がなくなったと喜べばいいのか、それとも生徒会の手伝いをしなければいけなくなったので悲しめばいいのか、いまいちよく分からん状況で歩いていた時、三年の教室のあるフロアにて壁に寄りかかっている一人の女子に声を掛けられた。癖のない腰の先まで伸びる黒髪を二つに緑のリボンで結うツインテール。どこがとは言わないが発育が良い体つきはブレザーの上からでもしっかりと分かる。目尻は少し垂れており、どこか柔和な印象を与える。まぁ、実際その見た目と中身が合っているため見た目そのままの奴だと思って貰えればいい。手にはよく分からない箱を持っていた。
「おう、東條。おはよう……いや、こんにちは、か?」
彼女の名前は東條 希。俺とは二年三年と同じクラスの女子生徒であり、我が音ノ木坂学院では生徒会副会長を務めている。口調は似非関西弁。イントネーションがおかしい。性格は概ね真面目、勉学の方は理系はともかく文系、それも英語に関しては馬鹿のようにいい。何でも学年でも五本の指に入るそうだ。
え……? 俺はどうかって?
んなこと今はどうでもいいだろ。一つ言えるのは英語はまだ学年最下位ではない。これは俺の自慢だ。自慢になってないのはいつも通りと言うことで流しておいてくれ。
「うーん、そうやな。おはようと言うよりもこんにちはやね」
「そりゃそうだな。もう、昼休みだもんな」
タキちゃんの説教が異様に早く終わったとはいえ、昼休みに入って既に15分は経っている。時計の針も既にてっぺんを優に回っていた。
「でも、意外と早く解放されたんやね。滝本先生、キミに怒るときはいっつも長う説教しとるイメージやから……」
タキちゃんの説教は長い。確かにさっきそう言ったが、それは俺に対してのみという注釈がつく。いやというかタキちゃんは基本的にあまり怒らない。それはウチのクラスがクソ真面目な奴が多く、手がかからない奴が多いからだ。いや、俺も基本的に手のかからない学生だ。ちょーっとだけサボり癖というか朝起きれないことに目を瞑れば善良な学生だと言っても良い。だから、だろうか俺に対しての説教が普段は優しい分、厳しい。馬鹿な男子学生どもの中にはタキちゃんに怒られたいという変な性癖をもつ変態も居るのだが、俺にはそんなものはない。タキちゃん自身は怖くないにしても出席簿は痛いし、説教が長いのも疲れる。誰か俺の他にもう一人怒られ役、出来ないかなぁ……。意外と切にそう願う。
いや、それならちゃんと起きて学校に行けと言われそうだが、それが出来ればそもそもここまで目を付けられてはいない。出来ているのなら初めからやっている。人事を尽くして天命を待つの人事はどうしたって? 悪いが俺の人事に早起きは含まれていないんだよな、許せ。
「あぁ、俺も昼休みと放課後は潰れる気持ちで行ったんだけど、どうやら今日はタキちゃんも気分が乗らないらしい。俺としてはずっと、そのまま気分が乗らないで貰うと助かるんだけどなぁ」
「ふふふ、そうなん」
東條は上品に笑いながらその手に持つ箱を差し出す。木製のそれはどこかで見たことがあるような赤い十字が書かれていた。
「はい、これ。結構派手にやったみたいやね」
「これ、救急箱か……?」
「うん、そうよ。キミが今日、遅れてくることがあればこれが怪我をしてくるって」
「何時ものタロットか……?」
「うん、そうや。カードがウチにそう告げるんよ」
一つ言い忘れていた。東條 希という少女を説明するに当たって一番重要なことを伝え忘れていた。彼女の趣味と言うか、特技と言うか、その辺はいまいちよく分からんが、とにかく彼女は占いやらパワースポットやら言うスピリチュアル系統にものすごく強い。スピリチュアル系統に強いって日本語として可笑しいような気もするが、とりあえず言いたいことのニュアンスは分かって貰えると思う。
まぁ、俺の語彙力の貧相は置いといて、だ。今は彼女の特技について話そう。
そんなスピリチュアル系女子、東條希の特技がタロットによる占いだ。これが物凄く当たる。怖い位に当たる。ただし、難点として、
「それ、昨日の内に教えて貰えれば怪我もせずに済んだのに……」
占いの結果を俺に教えてくれるのが、往々にして物事が終わった後だということだ。いくら彼女の占いが百発百中だったとしても全てが終わった後に言われてもどうしようもない。後の祭りだ。
……考えてもみなかったが、思えばこれって単純に俺が嫌われているだけだろうか?
もしそれならショックで三日は家に引きこもるな。ただえさえ少ない友人に嫌われていたとなればそれはもう死にたくなる。
「ふふふ、それはあかんよ。だって特に今日みたいな時にはね。怪我してよかったんやろ? その顔見ていると」
確信をしているような目でこちらを見てくる。全てはお見通しらしい。やっぱり、彼女は俺の友人だ。それに、もし俺を嫌っているなら救急箱だって持って来てくれなかっただろうし。
「……まぁな」
馬鹿やって怪我したわけではなく、今日の怪我は名誉の負傷である。そんな傷を後悔する男子はいない。それに男の子の顔と言うのは少しくらい傷だらけの方が格好いいのだ。
「やっぱり、男の子やね。一応聞いておくけど、なんで怪我したん?」
「あぁ、あれだよ。今日の朝、自転車でこけてな。顔面から素敵にいったんだよ」
「そう……キミがそう言うんならそうなんやろ」
何が可笑しいのか東條はふふふ、と上品に手を口にあてて笑う。楽しそうで何よりだ。美少女が笑ってくれれば俺だって楽しくなる。男ってやつはどこまでも単純なのだ。
「とりあえず、サンキューな。救急箱、一応借りとくは」
多分、使うことはないだろうが、一応お礼を言っておく。このくらいの怪我なら包帯だと大げさだし、絆創膏は貼るのが面倒くさい。殴られたところにシップは貼ってもいいが、服を脱ぐのが面倒だ。それにトイレでシップを貼っている姿を想像してみると自分自身で馬鹿っぽいと思う。ただえさえ馬鹿なのだ。馬鹿っぽいことはしたくはない。
「ちゃんと手当するんよ。……と言うても、キミの場合そんな心配いらんと思うけど。誰かさんがやってくれるやろうし」
「ん、それってなんだ?」
「うんうん、気にせんどいて」
何処か含みのある笑い方。何かを企んでいそうなそれである。
「また、占いで何か先のことが見えているのか?」
俺のその言葉に東條は、ゆっくりと首を振ると壁に預けていた体重を自分の足へと戻す。そして俺へと背を向けると口だけ開いた。
「うんうん、ちゃうよ。カードを使わんでも分かる事よ……」
カードを使うまでもなく分かる……? すまんが俺にはさっぱり分からん。俺に分かるとすればタキちゃんが出席簿を投げるタイミングと古文の抜き打ち小テストのある時間だけだ。前者はこれだけ投げられ続けると防衛本能が働いて分かるし、後者は奇数月は第二週目の水曜日、偶数月は第三週の月曜日だ。それと付け加えれば、タキちゃんの出席簿は油断していると未だに顔面でキャッチすることになるし、古文の小テストに限れば、抜き打ちテストの時間割が分かっていたとしても一回も合格点をとれた試しがない。いや、現代(いま)に生きる俺たちは過去を振り返ってはいけないと思うんだ。と、ダメ学生御用達の言い訳をここで使っておこう。
「……そうか」
「まぁ、ウチ行くな」
「生徒会か?」
「うん、そうや。あっ、それとキミ今日から生徒会の手伝いになったんよね。放課後とりあえず生徒会室に来てもらうけどええ?」
「あぁ、そればっかりはしょうがない。自分で蒔いた種だし」
「滝本先生が次に遅刻したら生徒会に奉公に出すって言った次の日からこれやもんね」
タキちゃん昨日俺に内緒でそんなこと言っていたのか……。と、なれば本当は今日はタキちゃんの説教に付け加えて生徒会の手伝いをしなきゃいけない羽目になっていたのか……。タキちゃんの説教と反省文がなくなって本当によかった。九死に一生を得た感じだ。
「心配せんでも、バイトには間に合うように毎日終わるから大丈夫やよ」
「そうか、それは助かる」
バイトの時間を削らなければならないとなると、それは俺の食費を削ることになる。自分で蒔いた種であり、自業自得なのだが、これは助かった。おかずが二品から一品に減るところだったな。いや、下手をすると一食分減る可能性だって少なくはなかった。
「あ、そう言えば」
「ん、どうしたん?」
「いや、別に今聞かないといけないことじゃないんだけど、ついでに聞いておこうか思って」
生徒会の手伝いと聞いてからずっと気になっていたことがあった。
「――生徒会長ってだれ?」
「……。まさかキミ、それ本気で言うてる?」
「あぁ、うん」
呆れられた。いや、当たり前か。三年生にもなって自分の学校の生徒会長も知らないのはやっぱり可笑しいだろう。でも、俺以外にもいると思うんだよな。基本、式典とかに出る意味合いあまり感じないから、サボることが多いし、出ても大抵寝ている。校長先生の話なんか催眠術よりも催眠術だ。
そんな奴が俺の他にいてもおかしくない。いや、やっぱりいないか。
でも、そこのあんたなら俺の気持ちを分かってくれると思う。男子高校生は式典やら、そんな形式ばった角ばったやつが大嫌いだと相場が決まっているんだ。
「まぁ、キミ基本式典サボってるか寝てるもんね」
お見事よく分かってらっしゃる。
「――まぁ、それは生徒会室にくれば分かることや」
そう言って今度こそ立ち去る東條の後ろ姿にもう一度お礼を言うと、東條は歩きながらこちらを向き、気にしないで、ええよー、と手を振った。本当に優しい友人を持ったものだ。そう思いながら俺は救急箱を片手に教室のドアをくぐった。東條の言っていた意味が分かるはそれから僅か二分もしない内だった。