あれは何年前だったか、私が戦車道を始めようと決意した出来事。
私は偶然テレビで戦車道の試合を見た。日本代表が颯爽とドイツ代表を破った光景を目の当たりにし、そこで紹介された選手に目を奪われた。
西住まほ。背骨に熱い鉄芯が入れられたような感覚が私を支配し、心臓がガソリンが注ぎ込まれたエンジンのように激しく動いた。
彼女を近くで見たい。彼女と共に戦車を走らせたい。そのとめどなく溢れる思いは、私が高校生になって黒森峰学園に入学した後でも衰えることはなかった。
そして戦車道の授業で行われた新入生の自己紹介。そこで私は一人の同級生の自己紹介に驚愕した。
すっとした眉毛。大きく見開かれた瞳。ぎりぎり肩につかるほど伸ばされた髪。引っ張ったらよく伸びそうな頬。そして私が尊敬している人にとても似ている相貌。
西住みほ。私より優れた才能を持ち、私の憧れの人に誰よりも近い人物。私が彼女に初めて抱いた感情は・・・ただの嫉妬だった。
私と彼女の距離が変わる原因となった出来事があった。
あれは放課後に行われた戦車道の練習が終わったあとのこと。私は隊長―――西住まほのこと、が各戦車長に対して行う講義へ誰よりも早く向かっている途中だった。
ふと、格納庫に目がいった。
「西住ちゃん。あとヨロシク頼むね」
「あ、はい」
そこで交わされていた一言。
戦車の元には西住みほ一人。離れていく上級生の姿。この状況から見るに、戦車の片づけを彼女に押し付けたのだと思われる。
西住みほはいつも周りから浮いているような娘だった。
引っ込み思案な性格が原因でもあったが、隊長の妹であり、優れた戦況把握と繰り出される的確な指示。上級生を超える実力は称賛だけでなく嫉妬をも集めていたのだ。
国際強化選手に選ばれたという肩書を持っている隊長と比べて彼女は無名。プライドの高い者たちにとっては都合の良いストレスの捌け口なのだろう。まぁ、もちろん大きなことは出来ない。だって隊長の妹で西住流の血をひいているのだから、せいぜい雑用を押し付ける程度のことだ。
彼女は一人で不満を漏らすことなく黙々と片づけを行っていく。
そうやって我慢するから相手を調子づかせてしまうのに。
彼女のことは放っておこうと思い歩き出そうとしたが、視界に入ってくる光景を見て気が変わってしまった。
彼女の作業速度は、まるでカメの様にノロノロとしたものだったのだ。私はそれを見ていたらイライラしてつい声をかけてしまった。
「ちょっと」
「ふぇっ」
いきなり声をかけられて驚いたのだろう。彼女は声がした方向に上半身を向けるが、それに下半身が追いつかずに体勢が崩れ、バタンと倒れてしまった。
「ちょ、大丈夫?」
「アイタタタ・・・ はい、大丈夫です」
起き上がらせるために手を差し伸べると、彼女はありがとうございます、と言って私の手を取り立ち上がった。
彼女の顔を正面から見る。・・・ホント、隊長によく似ている。
「えっと、逸見さんですよね。どうしたんですか」
「あなたの作業があまりにもトロかったもんで、つい声をかけちゃったのよ」
「アハハハ・・・ すいません」
「はぁ、謝るのはいいわ。私も手伝うから早く終わらせましょ」
「えっ、そんな悪いですよ。これは私が頼まれたことですから」
「あのね、あなたのペースで片づけをすると隊長の講義の開始時間に間に合わないのよ。隊長は各戦車長が全員集まらないと講義を始めないでしょ。つまり、あなただけに任せると大事な隊長の講義の開始が遅れるわけ」
「そう、だね。えっと、じゃあお手伝いよろしくお願いします」
そう言って彼女はペコッとお辞儀をする。いちいち礼儀正しい娘だ。
「お辞儀をする暇があったら手を動かして」
「は、はい!」
互いに役割分担を決め、効率よく作業を行っていく。
しばらく無言の領域が広がっていたが、彼女が恐る恐る話しかけてきた。
「あの、逸見さん。ちょっと聞いてもいいですか」
「・・・何かしら」
「その、戦車道の新入生の自己紹介の時。逸見さんはお姉ちゃ・・・隊長に憧れて来たって言ってましたよね」
「ええ、そのとおりよ。私は尊敬する隊長が黒森峰に居たからここへ来たの」
「どうして隊長の事を憧れるようになったんですか?」
「・・・私が小学生の頃にテレビで見たのよ。隊長が戦車を人馬一体の如く動かして相手のチームを撃破していった光景を」
「もしかしてそれってドイツ代表を破った時の」
「ああ、確かそうだったわね。あの時、私の進む道が決まったのよ。戦車道を隊長と一緒にやるってね」
あのときの放送を見ていなかったら、今の私はなかっただろう。あの時に感じた感動を間近で味わうために私はここにいるのだ。
「逸見さんって凄いですね。明確に自分の進むべき方向を決めて・・・ なんだか大人っぽいです」
「は、恥ずかしいことを言うわね貴方。そ、そんなことよりも。貴方と隊長って西住流の家元でしょう。やっぱり小さいころから戦車道をやってきたの?」
ちょっと恥ずかしくなって、無理やり話しの方向を変えてしまったが、おかしくはなかっただろうか。
「そうですね・・・ 実際に私と隊長はお母さんから西住流について厳しく教えられてきました。撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心。勝負に勝つことが至極当然のことで、相手を破るための戦略を考えたりしていました」
「戦車道を嫌いになったりしなかったの?」
「西住流に関してはちょっと思うところもあったけど、私は戦車に乗るのが好きだったんです。小さい頃によくお姉ちゃんと戦車に乗っていろんなところに出かけたりしてました。だから戦車道を嫌いになるなんてことは今までなかったですね」
彼女はここで一息入れる。
「でも、だからと言って戦車道が好きとも言えないんですよね。心のどこかで無理やりやらされてるっていう考えがあるんです」
自分のことなのに分からないってダメダメですよね、と自嘲気味に笑った彼女。いつもの私なら、そんなことサッサと決めなさいよ、と言ってしまうのだが、今回はそれとはまったく別の言葉が口から出てきた。
「なら、答えが出るまで戦車道を続けてみなさいよ。嫌いって分かったら戦車道をやめる。好きって分かったら戦車道を続ける。それでいいじゃない」
「・・・そうですね。逸見さんの言う通りです。わたし、自分の中で答えが出るまでは頑張ろうと思います」
彼女の顔が満面の笑みでいっぱいになる。
「・・・」
「? どうしたんですか逸見さん。顔が赤いですよ」
「な、なななんでもないわよ!」
あぁどうしよう。一瞬彼女の笑みに見惚れてしまった。・・・いや、一瞬よ一瞬。きっと彼女の顔が好物のハンバーグに見えてしまったんだわ。平常心よ、平常心。
それからすぐに片づけは終わった。時計を見ると講義の開始まであと10分だ。これは格納庫から走って向かわなくては間に合わない。
「ほら、早くしないと間に合わないわよ!」
「あ、待ってください」
ワタワタともたついている彼女を見てつい手を掴んでしまう。
「待たないわ。さあ走るわよ」
「わわわ、急に引っ張らないで~」
「いいから黙って走りなさい!」
共に駆け出した私と彼女は互いの顔を見ることはなかったが、それでも互いの顔が笑顔であることがなんとなく分かった。
夕日が沈み始めたなか、私は彼女と二人で走ったのだった。
「逸見さーん!」
「なに!」
「逸見さんのこと、エリカさんって呼んでも良いですか!」
「・・・良いわよ、みほ!」
「はい、エリカさん!」
とあるssや某イラスト掲示板などを見た結果、エリみほを書きたくなった私です。