黒い森に百合は咲く   作:梅人

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お夕飯

 黒森峰学園は全国大会の第一回戦を華々しく勝利で飾った。

 隊長と副隊長による的確な指示によって得た勝利は選手たちのやる気をより上げるものとなり、私にとってもそれは例外ではなかった。

 2人の実力に追いつくため、ますます戦車道に身が入るようになり、同じ車両のチームと共に居残り練習を必ず行っていた。

 そして今日も自主練をしようとしていたら、みほがタッタッタと軽快に走りながら近づいてきた。

「エリカさーん」

 手を振りながら近づいてくる姿はまるで子犬の様だ。

「どうしたの、みほ」

「ええっと、今日一緒に帰りませんか?」

 おや、帰宅のお誘いとは珍しい。

 けれど残念だが断るしかない。

「ごめんなさい。私たちのチームはもう少し練習するつもりなの」

「今日も自主練習をするんですか」

「ええ。少しでも早く貴方達に追いつくためにはもっと頑張らなくちゃいけないのよ」

「エリカさんたちは十分頑張っていますよ!」

「ありがと。でもね、これは私のチーム全員の意思なのよ。隊長と副隊長に後れを取りたくないっていうちっぽけなプライド。だから私たちはもっと頑張るのよ」

 後ろから私を呼ぶ声が聞こえてくる。

「逸見さーん」

「今行くわー! ま、そういうことだからごめんなさいね。逆にみほは少し休みなさい。副隊長になってから張りつめすぎよ」

 そう言ってから私はⅢ号戦車J型の元へ走っていく。戦車に乗り込み、先ほどまでみほと話していた場所に目をやるが、そこにはもう誰もいなかった。

「よし、じゃあ軽く戦車を走らせて今日の復習から始めるわよ」

「「「「了解!」」」」

 

 

 

 空も暗くなり、街灯や生活の光が辺りを照らし始めるようになったころ。

 私は一人で戦車の後片付けを行っていた。別に苛めとかではない。他のメンバーは体力的に限界を迎えていたので先に帰し、まだ余裕が残っていた私が最後の片づけをしているという訳だ。

 そんなところに一人、呼んでもいないお節介屋さんがやって来た。

「あの~」

「えっ」

 聞き覚えのある声に驚いて声がした方向に体を勢いよく向ける。そのとき、足がもつれて体勢が崩れて尻餅をつくように倒れてしまった。

「キャンッ」

「え、エリカさん大丈夫ですか」

 近づいてきたのはやっぱりみほだ。私はみほに差し伸べられた手を取って立ち上がる。

「ありがとう、大丈夫よ。それよりもなんでみほがまだここに残っているの」

「そ、それは・・・」

 じっと見つめていると、もじもじしながら何も言わない。

 私はみほの頬っぺたを引っ張ってもう一度尋ねた。

「どうしてまだ残っているの?」

「ふわわ、ふぁふぁりふぁしふぁ。いいふぁふ。いいふぁふふぁら。」

 引っ張っていた手を放すと、みほはウ~っと言いながら頬っぺをさすってボソボソッと何かを言った。

「・・・と・・りたかったから」

「え、なに、もうちょっと大きな声で言いなさいよ」

「だ、だから・・・」

 みほは顔をトマトのように真っ赤にして大声で言った。

「エリカさんと一緒に帰りたかったんです!」

「なっ・・・」

 なんて恥ずかしいことを言うんだこの娘は!!

 顔に大量の血液が流れ込んでくるのを感じ、自分の顔が赤くなっていることが見なくても自覚してしまう。

「あぁもう。ちょっと待ってなさい。すぐに片づけを終わらせるから」

「じゃあ私も手伝います」

 もはや止める気にもなれなかった私はその申し出を無言で承諾した。

 他に誰もいない格納庫。静かな空間に二人の作業音だけが響いていると、急にみほがクスクスっと笑い始めた。

「ちょっと、なにいきなり一人で笑い始めているの。不気味よ」

「いや、エリカさんと仲良くなったときのことを思い出してしまって。あの時とは立場が逆だけど似ているな~って」

「・・・まあ確かにそうね。あれが切っ掛けでみほと仲良くなるとは思ってもみなかったわ」

「フフフッ、そうですね。でもあのとき、わたし、とても嬉しかったんです。引っ込み思案だった私に話しかけてくれて。エリカさんが高校生になってから初めて出来た友達なんです」

「みほの引っ込み思案は筋金入りよね。戦車に乗っているときの頼れるみほが別人かと思うほどよ」

「アハハ・・・ 戦車に乗っているときは、次はどうすればいいかが頭の中でスッと出てきて指示が出せるんですよ」

「これが才能、実力の差か」

 くっそう。さらっと凄いことを言いやがって。

「あれ、エリカさん落ち込んでる? えっと・・・すみません」

「慰めなんていらないわよ!」

「あわわ、ごめんなさい」

 もう、本当にみほと話していると調子が狂うわね。

「はあ、そういえば。私たちの自主練が終わるまでみほは何をしていたの、まさか何もしないでずっと待っていた訳じゃないわよね」

「はい。二回戦に当たる相手の情報を確認してどういう戦略を立てればいいのかを考えていました」

「・・・みほには休むという言葉が理解できないようね。よし、これで終わり」

 最後の作業が終わり格納庫のカギを閉め、学園にカギを返してから一緒に帰路に就いた。

 

 住んでいる場所は互いに黒森峰学園女子寮だが、みほは隊長と一緒に暮らしているらしく、私の寮よりも大きめの所に住んでいる。

 二つの寮は比較的近くに建っており、途中までは帰り道が同じなのだ。

 しばらく歩いていると、一つ気になることが浮かんできた。

「そういえば。みほ、なんで今日に限って一緒に帰ろうなんて言ってきたの?」

「ふえっ・・・えっと、それはね。エリカさんに頼みたいことがあって」

「頼みたいこと?」

 一体なんだろう。

「今日うちでお夕飯を食べて行きませんか」

「夕飯? どうして」

 疑問に思ったことを尋ねてみると、みほは恥ずかしそうにこう言った。

「実はお姉ちゃんが実家の方に戻っていて、こっちに帰ってくるのが遅くなるから夕飯は先に食べていてくれって言われていて」

「・・・つまり一人で食べるご飯が寂しいってこと?」

「うん」

 まったくこの娘は・・・

「しょうがないわね、分かったわ」

「ホント! ありがとう!」

 私の返答がそれほど嬉しかったのか、とてもいい笑顔をしてくれる。

 この笑顔に私は弱いんだよな・・・

「それじゃあエリカさん。さっそくお夕飯の材料を買いに行きましょう」

 あ、そこからなんだ。

「はいはい、じゃあ近くのスーパーにでも行きましょう」

「はい!」

 

 

 

 ということで、近くのスーパーにやって来た。

「それじゃあ今日の夕飯は何にする?」

「うーん・・・エリカさんの好きな物って何ですか?」

「ハンバーグよ」

「じゃあハンバーグにしましょう」

「ちなみにハンバーグのレトルトは駄目よ。一から作るものが美味しいんだから」

「了解です。じゃあお肉の所から見ていきましょう」

 材料となるものを一つ一つ見ていく。値段を確認し、どれが良いものなのかを話しながら店内をぐるぐると回っていると、みほの携帯に電話が掛かってくる。

「あれ、お姉ちゃんからだ」

「隊長から?」

「うん。エリカさん、ちょっと待ってて」

 そう言ってみほが電話で話し始めた。その間、暇になった私がいろいろと見ているとあるものが目に入ってきた。

 みほが好きなマカロンだ。

 まあ私の好きなものを作るんだから、その隣にみほの好きなものがあってもいいわよね。

 そう思ってこっそりとマカロンをカゴの中に入れておく。

 そうしたらちょうどみほの方も電話が終わったのか、私の近くへやって来た。

「エリカさん。お姉ちゃんがお夕飯までに帰ってこれるから、三人で食べようって」

「ええっ、隊長も!」

「はい。それで考えたんだけど、お夕飯はお姉ちゃんの好きなものとエリカさんが好きなものを合わせたハンバーグにしようと思うんだ。どうかな?」

「そうね、隊長も一緒ならそれが良いわ」

「それじゃあ決定! あとはカレールーを選んでお会計だね」

 ルンルンとスキップをし始めたみほを見て、苦笑しながらその後ろをついて行った。

 

 

 

「それじゃあどうぞ、エリカさん」

「お、お邪魔しまーす」

 みほに促されて彼女たちの部屋にお邪魔する。細い廊下を通って、リビングの方へ出ると綺麗に整頓されたリビングが私を出迎えた。

 おお、みほと隊長の匂いがする。

「広いところに住んでるわねぇ。やっぱり西住流は格が違うわ」

「あんまりジロジロと見ないでくださいね」

「はいはい。それじゃあ隊長が帰ってくる前にちゃちゃっと作りましょうか」

「わかりました。あ、エリカさんエプロン使います?」

「お願いするわ」

 ブレザーを脱いでワイシャツになったあと、髪を一束にし、袖を捲ってみほが持ってきたエプロンを身に着ける。

 そこでエプロンについているイラストを見てしまった。描いてあるのは包帯をぐるぐる巻いた熊の絵。

「・・・ねえこのイラストって」

「これ熊は『ボコ』って言うんですよ! かわいいでしょ」

 あ、うん。このエプロンはみほの物なのね。隊長の物かもって一瞬思ってしまったわ。

「・・・ええそうね。それじゃあ役割分担を決めるわよ。私がハンバーグ担当。みほがカレー担当ね」

「了解しました!」

 各自材料を取り出し、作業に取り掛かる。私は玉ねぎのみじん切り。みほはじゃがいもやニンジンの皮むきだ。

 私はトントントンと軽快に切っていたのだが、玉ねぎあるあるにやられて急に涙が出始めた。

「あっマズい目が・・・イタッ」

「エリカさん大丈夫!?」

「グスッ・・・大丈夫よ、大げさね」

 切られた玉ねぎの復讐が不意打ち気味に襲ってきたせいで、手元が狂い指先を切ってしまった。

 真っ赤な風船が指先から膨れ上がっていく。

 指先を咥えると口の中に鉄の風味が広がった。

「エリカさん絆創膏持ってきたよ」

「ありがとう・・・グスッ」

 私は右手を出して絆創膏を要求する。けれど、みほはボケーっと私の顔を見たまま動かない。

「・・・」

「どうかしたの?」

「あ、ううん。何でもない。それよりも、片手じゃ難しいでしょ。私が貼ってあげるよ」

「?? そういうのならお願いするわ」

 切れた指先をみほに向ける。まだ少し出血しているせいで血の球が再び出来上がってくる。

 まあすぐに治るだろうと思ったその時。

「ちょっと動かないでくださいね」

「へっ?」

 ペロっと指先を舐められた。

 ・・・・・・・・・・・・ハッ!

 気づけばすでに絆創膏が貼られていた。

「い、いいいきなり何をするの!?」

「えっ、だってまた血が出てきちゃってたから」

「絆創膏で被せればいいじゃない!」

「それだと絆創膏に血が滲んじゃうし」

「絆創膏ってそういうものでしょう!?」

 くそっ、この娘。私何か変なことしましたか? みたいな顔をしながらのほほんとしやがって。

 私だけ熱くなって馬鹿みたいだ・・・はぁ。

「はぁ、もういいわ。絆創膏ありがとう。早く料理を再開しましょ。隊長が帰ってくるまでに間に合わないわ」

「はい!」

 それからは特になんのハプニングが起こることもなく、ハンバーグカレーが完成した。

 それと同時に、玄関が開いて隊長の声が聞こえてきた。

「ただいま」

「お帰り、お姉ちゃん」

「お、お邪魔しています」

「みほから話は聞いている。そんなに堅苦しくしなくてもいいぞ、エリカ」

「は、はい」

 私とみほは夕飯をお皿に装い、テーブルに並べる。なんというか、誰かと一緒に作った料理を見るとなにやら感慨深いものがある。

 そこへ着替えた隊長がやって来た。

「おお、ハンバーグカレーか」

「カレーが私で、ハンバーグをエリカさんが作ったんだよ!」

「2人の合作というわけか。期待させてもらうぞ」

「はい! どうぞ召し上がってください。あ、それと」

 私はレジ袋からマカロンを取り出す。

「食後のデザートにでも」

「わあ、マカロンだ。ありがとうエリカさん!」

「ほう、みほの好物だな」

 これで、テーブルの上には私たち3人の好きなものが並んだ。

「よし、では早速頂こうか」

「うん。じゃあせーの」

「「「いただきます」」」

 三人で囲う食卓はとても賑やかなもので、とても楽しかった。

 ここには隊長がいて、みほがいて、私がいる。

 こんな些細なことだけど、それが私にとってはとても幸せで。

 これからもずっと続いていけたらいい、そう思ったのだった。

 




ちょっぴり入った百合要素。
次回のフラグは忘れずに。
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