黒い森に百合は咲く   作:梅人

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ちょこっとシリアス


決勝戦

 黒森峰学園は第二回戦、準決勝も問題なく勝利し、ついに決勝戦の舞台までたどり着いた。

 対戦相手は強豪プラウダ高校。

 でも、相手が強豪だからといって怯む私たちではない。

 だって今の黒森峰には、隊長と副隊長がいるのだから。

 

 試合が始まってからポツポツと雨が降り始めた。初めは穏やかだったそれは次第に激しくなり、降り注ぐ雨を取り込んだ川は轟々と音を立て氾濫を起こす。

 私たちは隊長の命令により、荒れ狂っている川の隣にある細い道を通ることになった。

 戦車が一台しか通ることが出来ない幅。道を外れると、右側は急な上り坂。左側は川へ一直線。

 非常に危険な道であることを理解し、私は操縦者である赤星小梅に慎重に行くよう注意を促す。

 後ろから付いてくるのは副隊長が乗るフラッグ車である。

 私の車両の位置的に斥候と壁役をこなすことになっているが、まあ仕方がないだろう。

 隊長と副隊長さえいれば確実に勝てるのだ。その為だったらこの身を犠牲にしても・・・

 私が頭の中でいろいろと思い浮かべていた瞬間、雨音と川の音に紛れて砲撃音が聞こえた。

 そして襲い掛かってくる全身を揺らす衝撃。

 直撃してはいない。なら着弾地点は前方か、後方か。

 車体が傾き始めた。

 直感が私に告げた、左側に落ちる。

「全員何かに掴まれっ!!」

 大きな振動と共に感じるかすかな浮遊感。

 そして一際大きな衝撃を感じた瞬間、大きな音とともに私は頭を思いっきり横へ打ち付けた。

 目の前がぼんやりと霞がかる。

 聞こえてくる音は遠く、自分を濃い霧が覆ってしまったかのような感覚に陥った。

 思考が纏まらない。

 何かが顔に当たっている。

 何だろう、液体?

 液体・・・水・・・川・・・浸水。

 急に意識がはっきりし始めた。

 視界に移るのはパニックを抑えることが出来ていない同乗者たち。

 車内は既に半分が水で満たされている。

 私は頭に感じている鈍痛を我慢しながら声を上げた。

「全員聞きなさいッ!!」

 私の方にみんなが振り向いた。

「空気があるところのハッチは水圧差のせいで開かないわ。出ていくとしたら水没しているハッチ。車体は今左前を上にして沈んでいて、水の中にある左履帯付近のハッチからなら脱出後上に向かうだけで水面に出られるはずよ」

 もう既に車内の8割が水で埋まってきてる。

「焦らずに一人ずつ行きなさい。まずは小梅、あなたから行きなさい」

「は、はい!」

 指示を出すと一人、また一人と出ていく。

「逸見さん!」

「私は最後でいいわ! 早く行きなさい!」

 最後の一人が水中に潜ったとき、車内の空気はもう無くなる直前だった。

 私は大きく息を吸って、潜った。

 水の中では目を開けても泥水のせいで何も見えない。

 だがしかし、今までずっと乗り続けてきたこのⅢ号戦車J型の構造が分からない筈がない。

 手探りで移動しながら私はハッチから抜け出す・・・が。

 運が私を見放した。

 戦車の前方が川の流れに反する向きへと、岩にぶつかって変わったのだ。

 車体前方に開く片開きの履帯付近のハッチは水の流れによって押され閉まろうとした結果、私の右足を挟みこんだ。

 その時に感じた痛みのせいで、私は肺にため込んでいた空気を吐き出してしまう。

 マズイ、マズイマズイマズイ!!

 一瞬にしてパニックを起こした私は何も考えることが出来なくなった。

 苦しい。

 身体を動かしても、全身を包み込む液体が私の身体を鉛のように重くする。

 思わず目を開く。泥水のせいで何も見えない。

 酸素が足りない。苦しい。助けて。

 私は、ありもしない酸素を求めて口を開いてしまった。

 流れ込んでくる液体。

 肺に流れ込んだせいで、体が水を出そうと拒否反応を起こす。

 それがさらに液体を侵入させた。

 口、鼻、肺、胃。

 全てが水によって侵されながら、もがく力が失せた私は頭の中にいろんな事が浮かんでいた。

 両親の顔。手作りの料理。戦車道の練習。隊長。みほ。

 顔の筋肉がもう動かなくなっていたけど、私は静かに苦笑してしまった。

 みほのことが次々と思い浮かんでくる。

 オドオドして、引っ込み思案なところがムカついて。

 拗ねた表情は頬っぺたを引っ張りたくなるほど可愛くて。

 一緒に料理を作っていたときはとても楽しくて。

 みほが笑った笑顔が何よりも・・・

 みほ・・・みほ・・・みほ・・・

 私は・・・きっと・・・みほの事が・・・

 意識が真黒な泥に沈んでいく。

 上に存在している光が徐々に小さくなり、そして。

 何かが私の手を掴んだ。

 私を掴んだ何かは私を泥の中から引っ張り上げ、光の方へ連れていく。

 徐々に大きくなっていく光が私の視界を白く覆いつくしたその時。

 

 

 

 私は目を開いた。

 真っ白い天井と、そこに備え付けられている電灯が目に入る。

 ここはどこだろう。

 身体を起こそうとするが、なかなか言うことを聞いてくれない。

 少し上半身を上げると、私の格好が白い入院服だということが分かった。

 つまり、ここは病院だ。

 はあ、と体の力が抜けたとき、誰かが入室してくる音を聞いた。

 その人物は、隊長だった。

「たい・・ちょう」

 私の声はなんだか掠れていた。

「っ! エリカ、目を覚ましたのか。ちょっと待ってろ、今医者を呼んでくる」

 あっ、行ってしまった。

 ちょっとした寂しさに打ちひしがれていると、すぐに医者を連れて隊長が戻って来た。

 それから当たり障りのない質問を幾つかされ、その結果特に問題なしという言葉を医者から貰うと、医者はすぐに戻っていき、病室には私と隊長だけが残された。

 声もその時にちゃんと出せるようになり、私は隊長に質問した。

「隊長、プラウダとの試合。どうなったんですか」

 隊長はちょっとの間黙っていたが、やがては重々しく口を開いた。

「わが校は、プラウダ高校に敗北し全国大会は準優勝になった。」

 え、なんでっ。隊長も、副隊長もいたはずなのに。

 隊長は負けた原因についても話してくれた。

 私の車両が川に落ちた後、みほが川に飛び込んで私たちを助けに行ったらしい。

 その結果指揮官を失ったフラッグ車は停止したままプラウダ高校の戦車に撃破され、黒森峰は10連覇を逃した。

 そして病院に私が運ばれた理由だが、みほが心肺停止となった私を水中から救い出し、人工呼吸等の必死の蘇生によって一命をとりとめたが、意識が回復しなかったため入院することになったとのこと。ちなみに昨日のことだ。

「そうでしたか・・・ あ、学園の様子はどうですか? みほが今回のことで責められたりしていないでしょうか」

 みほが私を助けたことで黒森峰は10連覇を逃してしまった。その責任を追及されているのではないか、そう思ってした質問だったが・・・なにやら隊長の表情が暗い。

「やっぱり学園内で不和が生じて・・・」

「いや、誰もみほの事を責めている者はいない。確かに10連覇を逃したことは残念だったが、それよりもエリカを助けたことによって称賛されている」

「そうですか。ならよかっ」

「だがな・・・」

「隊長?」

「・・・みほは、戦車道を辞めるらしい」

 一瞬、隊長の言った言葉が理解できなかった。

 みほが・・・戦車道を辞める?

 それを頭の中で数回唱えた後、私はようやく言葉を発することが出来た。

「どういう、ことなんですか?」

 自分の声が震えている。

「試合が終わったのち、私とみほはお母様に報告するため実家へ戻った。その結果、お母様はみほのことを西住流から放逐することに決めた」

「そんな!? で、でも学園にはちゃんと来るんですよね」

「・・・エリカは、黒森峰学園に存在するBHS制度を知っているか?」

 BHS制度。聞いたことがある。確か生徒が学園に登校若しくは学園の行事に参加中身体的または精神的に傷ついたせいで登校が出来なくなった場合、その生徒は最高1年間自宅による学習が認められる制度。進級も可能とのこと。

「まさか、みほはそれを」

「ああ。みほはもう、黒森峰には来ないかもしれない」

 みほと会うことが出来ない。そう思ったら、ぽっかりと私の胸に穴が開いてしまった。

 空虚で、何もない。

 全身から力が抜け呆然とした私に、隊長は話しかけてくる。

「エリカ、今のお前にこんなことを頼むのは正直悪いと思っている」

 ? 何のことだ。

「でも、今だからこそ言うしかないと私は思っている。エリカ。みほがいなくなった今、黒森峰の戦車道には新たな副隊長が必要だ。どうか任されてはくれないだろうか」

 私が、副隊長? みほの代わりに?

「そんなの・・・出来るわけないじゃないですかっ!」

 怒鳴り声を上げて、その矛先を隊長に向ける。

「私がみほの代わりになる? 私はみほのような実力はありません! みほの方が指示の出し方がうまくて、みほの方が戦車を操るのがうまくて、みほの方が周りから慕われていて、みほの方が・」

「エリカ」

 隊長が口を挟んでくる。だが私も引くことは出来ない。

「隊長だってみほが私より優れているのは知っているでしょう。黒森峰にはみほが必要だって分かっているでしょう」

「・・・ああ、確かにエリカの言うとおりだ」

「なら!」

「だが! もうみほは黒森峰で戦車道をやらないんだ」

 言葉に詰まった。もう何も言うことが出来なかった。

 みほがいない学園生活を、みほがいない戦車道の授業を考えたら胸が張り裂けそうになる。

 みほに会いたい。

 みほと話したい。

 苦しい思いが私の中を満たしていき、一つの解決策を見出した。

 ・・・そうか、みほが来ないなら、私がみほに会いに行けばいいんだ。

「隊長」

 私は意を決して隊長に進言する。

「副隊長の任、承りたいと思います」

「エリカ」

「でも、一つ条件があります。みほと会わせてください」

「・・・わかった。出来る限り力になろう」

「ありがとうございます」

 私は隊長と約束をした。もしかしたら会えないかもしれない。でもきっと会えると信じている。

 その後、隊長が病室を出ていき私一人が残される。

 ふと気づいた。

 みほに電話を掛けてみたらいいんじゃないだろうか。

 思い立ったが吉日。

 早速私はみほの携帯に電話を掛ける。

 携帯電話はコールを行うことなく告げた。

 

 

 

 『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』

 




一話を一度に書ききる集中力がほしい。(切実)

前回の第3話で誤字脱字の報告をしてくださり感謝します。
なかなか綺麗な文を書くというのは難しいものですね。

さて、この話は一つの分岐点となっています。
なんの分岐点かは、次話のあとがきにて。
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