黒い森に百合は咲く   作:梅人

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遅くなって申し訳ない。


黒い森に百合は咲く

三月。学校では春休みに入ったなか、私は約束通り隊長に連れられ西住邸を訪れている。

 隊長に促されて入った西住邸は一見大きな和風の屋敷に見えるが、ところどころに洋風な箇所が見えており、和と洋が程よく調和を醸し出している素晴らしい家だった。

 隊長と共に中庭を歩いていると、母屋の方から閉まっている障子越しに声が掛けられる。

「まほ。お客様ですか?」

 なんとなく分かった。この声の主は隊長とみほのお母様である西住しほ様だ。

 隊長はいつもと同じ声色で返事をする。

「学園の友人です」

「・・・そう」

 それだけの短いやりとり。それでもこちらの事情が全て見通されているような感じがして、どこか居心地の悪い緊張が私を支配する。

 その緊張はみほの部屋の前にたどり着いたとき、ピークに達した。

 もしかしたらみほと話せないかもしれない。もしかしたらみほに嫌われるかもしれない。もしかしたら・・・もしかしたら・・・

 鬱蒼とした言葉が私の頭の中でグルグルと回り始めたその時、隊長がコンコンと扉をノックした。

 すると中からドタンバタンと大きな音が聞こえてきた後、ゆっくりと扉が開いた。

 そっと顔を覗かせてくるのは半年ぶりに見るみほの顔だ。

「お、おかえり~ お姉ちゃ・・・」

 みほの視線が隊長から後ろに居る私へと移ったとき、ピタッと動きを止める。

 みほの瞳は、どうして私がここにいるのかが分からないと言っているものだった。

「それじゃあ私はお母様の所に行っている」

 そう言い残し、隊長はこの場から去っていった。

 残されているのは私と固まっているみほの二人だけだ。

 小さな沈黙が続き、私はとにかく何か言おうと焦った結果。

「中に入れてくれるかしら?」

 高圧的な態度で迫ってしまった。

 しまったと思った時にはもう手遅れだ。

「う、うん。どうぞ・・・」

 顔を俯かせたみほが私を部屋に招き入れることとなった。

 罪悪感を抱えながら入ったみほの部屋は、不自然なほど綺麗に整ったものだった。

 そして嫌でも目に入ってくる複数の段ボール箱。

 私はみほを見た。

 みほは顔を俯かせ、私を見ようともしない。

 そんな姿を見て、私は責めるように言葉を発してしまう。

「ねえ、この段ボールは何?」

「・・・」

 みほは黙っている。私を見て。

「みほ。こっちを見なさい」

「・・・」

 みほは顔を俯かせている。みほの顔を見せて。

「みほ。私を見なさい」

「・・・」

 私はみほの顔を両手で力強く掴み、無理やり私と目を合わせた。

「私を見ろッ!」

「っ・・・」

 その瞬間、みほの目からポロポロと涙が溢れ出てくる。

 顔を掴んでいた手を放すと、みほはその場で崩れ落ちシクシクと泣きながらごめんなさい、ごめんなさいと謝り始めた。

 私は屈んで目線を合わせ問いかけた・

「どうして謝るの?」

「グスッ・・・ごめんなさい・・・」

 もう一度、今度はやさしく問いかける。

「どうして謝るのか、教えてくれないと分からないわ」

「それ・・グスッ・それは・わた・・私が逃げたから・グスッ・・」

「みほ、あなたは何から逃げたの」

「グスッ・・・戦車道と・・黒森峰から」

 戦車道と黒森峰学園? 一体どういうことだ。

「みほは何も悪いことはしていないわ。学園にだってみほを虐める人なんていない」

「だって・・・ 私のせいで黒森峰は負けた。私のせいで黒森峰の十連覇が無くなった! それだけじゃない、お姉ちゃんの足を引っ張った。西住流の・・・名を汚した・・・」

 みほの想いが伝わってくる。彼女はあの決勝戦の日からずっと苦しんでいたのだ。でも、みほはあの時の行動を後悔しているのだろうか。

「決勝戦のあの時、みほは私を助けてくれた。みほが助けてくれたお陰で私は生きている。確かにみほが原因で黒森峰は負けた。でも皆はみほが行った事を褒めているわ。それとも、みほは私を助けたことを後悔しているの」

 私の言葉に反応してみほが声を荒上げる。

「そんなわけない! 私はっ エリカさんを助けたことを後悔するわけがない!」

「ならなんで逃げるの。自分の行った行動を後悔しないのならなんで学校に来ないの。なんで・・・戦車道をやめようとするの」

 みほへの気持ちが溢れてくる。私を見捨てるのか、という黒い感情が私の心を縛り始める。

 みほは、私の問いにか細い声で答えた。

「・・・私は・・・怖いの」

「怖い?」

「私が原因で負けたことを理由に学園の皆に責められるのが怖い。犠牲なくして勝利は得られないと言うお母さんが怖い。西住流を汚した者として周りから見られるのが怖い。そして、大切な人が死んじゃうかもしれない戦車道が怖い」

「・・・みほ」

「決勝戦の時、エリカさんの車両が目の前で川に落ちるのを見て、目の前で銃を突きつけられているかのようにゾッとした。エリカさんが死んじゃうかもしれない、そう思ったら体が咄嗟に動いた。頭の中にはエリカさんのことしか浮かばなくて、エリカさんを救出したとき息をしていないのが分かって。私、死んじゃいそうになった」

 みほが私に縋ってくる。彼女の手が私に伸びてくる。

「ねえエリカさん。戦車道なんてやめようよ。一緒に戦車道のない高校に転校して普通の女子高生みたいに過ごそうよ。安全で、危険のない生活を送ろうよ」

 もし、私がみほの手をとって彼女と普通の高校に通ったのなら、それはきっと幸せなことだろう。たまには喧嘩をするかもしれないが、きっと私たちなら大丈夫、そう思わせる何かがあった。

「お願い、エリカさん。私と一緒に行こう。エリカさんが来てくれたら私、私は・・・」

 でも、私はみほの手をとらない。

「みほ、聞いて。私はね・・・戦車道が好き」

 ビクッとみほの体が震えた。私は自分の想いをみほに伝える。

「戦車に乗ることが出来た戦車道が好き。試合に勝った時の喜びを皆で味わえるのが好き。隊長と一緒に試合に出られる戦車道が好き。そして、みほと出会うことが出来た戦車道が好き」

「・・・エリカさん」

「私は戦車道をやめないわ。みほと出会えた黒森峰を去らないわ。だって、黒森峰の戦車道(あそこ)にはみほとの大切な思い出が沢山あるもの。そう簡単に捨てられないわ」

「エリカさん」

「私に、みほを止める資格なんてどこにもない。でも、みほが帰ってくる場所であり続けることは出来る」

 私の願いを口にする。

「私はみほとまた戦車道をやりたい。みほが戦車道をまたやり始めるというのなら、私の所に帰ってきてほしい。だって私は・・・」

 大きく息を吸って、私の気持ちを言葉にする。

「私は、みほの事が好きだから」

「エリカ、さん」

 みほをギュッと抱きしめる。真っ赤になった顔を見られたくないからだ。それでも激しく鼓動する心臓が、密着した体を通してお互いに本心を伝えていく。

 私の心臓、みほの心臓、どちらも激しく鼓動し、触れ合っている箇所が熱を帯びる。

「好きよ、みほ」

「私も、私もエリカさんが好きです。誰よりも、あなたが好きです」

 私はみほの顔を見る。顔が真っ赤でトマトみたいだ。恥ずかしくて、むず痒くて、思わず笑ってしまうと、それに釣られてみほの顔に笑みが浮かぶ。

 ああ、この顔だ。

 私は顔を近づける。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 やがて私とみほの唇が合わさり。

 私たちはキスをした。

 ファーストキスの味は、ちょっぴり涙でしょっぱかった。

 

 

「そういえば、私みほの携帯に何回も電話したんだけど」

「あっ、すいません。実は前の携帯は水没したせいで壊れてしまって、修理に出したらデータは復元出来ませんって言われて新しいのになったんです。電話番号もメールアドレスも変わって、アドレス帳には誰のものも残っていなかったから伝えることが出来なかったんです」

「・・・ああもう、本当に心配したんだからね!」

「あわわわ、ごめんなさい~!」

 

 

*エピローグ*

 みほは大洗女子学園という高校へ転校した。そして初っ端から厄介ごとに絡まれて、どういう因果なのかまた戦車道をすることになったらしい。

 どうして戦車道をやめるため転校したのにそこで戦車道を始めるの! っと不機嫌になったその日は、戦車道の練習をいつもの倍以上してストレスを発散したのだった。

 みほを再び見たのは、第63回戦車道全国大会の組み合わせ抽選会の時だ。

 大洗女子学園代表として前に出ていたみほ。

 違う制服を着ているのが新鮮で、こっそりカメラで激写していた。

 みほが戦車道をまた始める。もしかしたらまた一緒に試合に出られるかもしれない。そう思ったら、ほっこりとした気持ちになった。

 抽選会が終わったあと、私と隊長は早めの昼食をとるために戦車喫茶に向かう。

 そこで、学友と思われる者たちと談笑しているみほを見つけた。

 みほの笑顔が他人に振るわれているのを見て、ちょっとイジワルしてやろうと魔がさした。

「副隊長・・・ああ、『元』でしたね」

「あっ、エリカさん!」

 パアッと満面の笑みを浮かべるみほ。無論、私の嫌味は全然効いていない。

 ちくしょう、天使かこの娘は・・・

 そこへ隊長が声をかける。

「みほ」

「お姉ちゃん」

 みほの笑顔に陰りが映る。

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 聞く人によっては責めているように聞こえるこのセリフだが、みほが戦車道を続けることに驚愕しながらも歓喜しているのが私には分かっている。

「お言葉ですが、あの時の西住殿の判断は間違っていなかったと思います」

 まあ、みほの学友は責めているように聞こえたのだろう。けれどこの学友はもう一つの間違いを犯している。

「そうね、間違っていなかったわ」

「エリカさん」

 みほの事を責めている人なんて周りには誰もいない。でも西住流の家元は、きっと家元としての責務によって曲げられないものがあったのだろう。

「そろそろ行こう、エリカ」

「はい、隊長。 あ、そういえば。一回戦はサンダース付属と当たるんでしょ? 無様に負けないように頑張りなさい」

 隊長と共にその場を離れようとすると、後ろからみほに止められた。

「エ、エリカさん!」

 振り向いてみほを見る。もじもじしながら何か言おうとするが、結局は何も言わない。

 まったく、この娘は・・・

 私はみほに近づいて

「頬にクリームが付いているわよ」

 ちょこっとキスをした。

「またね、アウフヴィーダーゼーン」

 さっ、隊長の元へ向かおう。

「な、ななななにをやっているでありますか~~~~!!」

「あらあら」

「えっ、みぽりんってまさかそっち系!?」

「驚愕の真実だな」

「えっみんな。ちょっと待って、お願いだから待ってってば~~~」

 背後から聞こえる阿鼻叫喚。

 今度こそ、イジワルは大成功だ。

 私とみほ。かつては同じ道で同じ方向に向かって進んでいた。前にみほ、後ろに私。横並びになることが出来ないまま、みほはその道から外れてしまった。

 でも、みほは別の道で同じ方向に向かっている。

 目的地は一つの点。

 私の当面の目標はみほと再び同じ道で歩むことが出来たとき、今度こそ横並びで歩むことだ。

 その機会は、戦車道を互いにやめない限り必ず訪れる。

 戦車道は、互いに離れていたとしても必ず繋がることが出来る、人生になくてはならないものなのだ。

 

 

「遅かったな、エリカ。なんだか騒がしいが、余計なことをしなかったか?」

「してませんよ。さっ、なにか注文しましょう」

「う~ん。なら、これにするか」

「ハンバーグカレーですか。いいですね」

「ならこれを二つだな」

「はい」

「ん? エリカ、携帯が鳴っているぞ」

「あっ本当ですね。すみません、少し待っていてください」

「ああ、分かった」

「・・・・・・電話じゃなくてメールでした」

「そうか。なら注文はこれでいいか?」

「えっと、デザートも頼んでいいですか」

「別に構わないが。何を頼むんだ」

「マカロンを」

「・・・フフッ、了解した」

 

 

『エリカさんへ 大好きです。みほより』

 私も大好きよ、みほ。

 




さて、非常に申し訳ないのですがこれにてこの二次小説は完結ということにさせていただこうかと思います。
理由は後に回すとして、まずは簡単なあとがきという名の感想から。
初めに、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
人生初の恋愛兼百合ということで、正直うまく書くことができたか不安なところが少々あります。
それでも感想や評価にはとても嬉しく感じていて、最後には書いてよかったな、と思えました。
これからもエリみほに明るい未来を!

ということで簡単に締めようと思います。
そして、今回で完結にする理由ですが、ハッキリ言うと書くモチベーションが無くなりました。
今回の終わりはエンディングAとしてハッピーエンドなのですが、前話を分岐点としたエンディングBはドロドロとした昼ドラのようなものになって自分の気分が暗くなってしまったんです。
よってエンディングAの幸せな結果のまま終わりにしようと決断しました。
ちなみに、エンディングBは西住邸でエリカとみほが出会えない場合の話です。

それではこれにて終わりにしようかと思います。この作品を読んでいただき、本当にありがとうございました。
またいつか、別の作品を書いたときにお会いしましょう。

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