提督に名前はいらない 作:仁良
浮上する。
暗く深い海の底から、俺は浮上していく。
どこからともなく幼い笑い声が聴こえてくる。
“顔はこのままでいいね”
“魂がまっさらだと微調整いらんなー”
“アレは大きめ?”
“絶倫で”
“百人以上を
その言葉の意味も、今は分からない。悪戯っぽい声から、よからぬ相談をされている気もする。
“こいつ容量でかすぎ”
“どうやって圧縮するのよ”
“あきらめるなあきらめるな”
“ここまでやったら完ぺきにしたいなー”
“職人魂が燃える”
長い長い時間をかけて、俺はゆっくりと浮上していく。
“あとちょっとよ。がんばって”
“こんな素材はじめてだったなー”
“いい仕事したわー”
“こっちは仕上げに入る”
次第に俺は気づきはじめる。自分が人の形になっていることを。
“できたー!”
“わーいわーい”
“完ぺき!”
“よーし行ってこい!”
“新しい人生楽しめよー”
俺は祝福されていた。その声は、俺が今ここにいることを心から喜んでいた。
理由は分からないが、俺はその声に感謝せねばならないと思った。
姿なき声の後押しを受け、俺は海上に出た。
波間を漂いながら、霧がかった意識で考える。
──俺は何者だ?
そのまま波に流されつづけ、どれほど経った頃だろうか、小さな光が近づいてきた。頼りなげに明滅しながら、何かを催促するように俺の顔の上で動き回っている。
俺は引きよせられるように、その光球に手を伸ばした。
光球はすぐさま俺の掌に飛びこんでくる。
その瞬間、
「駆逐艦……
日本。藤永田造船所。第六駆逐隊。スラバヤ沖海戦。シブツ海峡。潜水艦ボーンフィッシュ。
彼女が生まれてから沈むまで、およそ12年の出来事を追体験する。
「そうだ……俺は……彼女たちを守れなかった……」
その絶望も、未練も、悔恨も、全てを思い出す。
俺は自分の為すべきことを理解した。
「今度こそ……守る」
光球は少女に姿を変え、俺の胸の中に収まっている。その不可思議も今は気にならない。
電と再び逢えた。大切なのはそれだけだ。
電を抱きなおし、それが当然のように、俺は海上で身を起こした。
電は目を開かない。
規則的な呼吸を確かめる。眠っているだけのようだ。
とにかく、電を保護できる場所を探さなければ。
その時、こちらに向けられた殺気に気づいた。
電をかばう体勢で、その場から飛びのく。
「GYAOOOOO!!」
直後、それまで俺たちがいた位置から、巨大な鮫のような怪物が飛び出してきた。
「見たことのない生き物だな」
俺や電が人の姿になっていることといい、やはりここは俺たちが元いた世界ではないのか。
怪物の瞳は爛々と輝いている。そこにあるのは憎しみしかなかった。この世の全てに対する破壊衝動──。
「SYAAAAAA!!」
怪物はその口を大きく開くと、砲弾を連続で放ってきた。人間であれば一瞬で肉片になる口径だ。
呑気に観察ができたのは、俺の前に不可視の障壁が現れ、砲弾全てを防いだためだ。電を守る、と意識すると即座に発動した。
今の短い接触で、彼我の戦力はおおむね把握できた。
障壁を張ることでの負担はほとんどない。この怪物の火力や突進でこれを突破するのは不可能。ならば放っておいてもよさそうだが、追いすがられて電の眠りを妨げられたくもない。
俺はこの怪物を始末することにした。
静かに殺せる武装を意識すると、手の中に一振りの刀が
扱い方は本能で分かっていた。
射出可能な性質の魔力を練り、刀に通し、増幅させる──特に意識するでもなく一連の操作を行い、刀身が届く遥か遠くから無造作に振る。
魔力の刃が怪物の体を通り抜けた。その動きが止まる。
俺が刀を消している間に、怪物の体はゆっくりと二つに分かれていった。
「まずいな……」
この体に慣れていないとはいえ、こんな弱敵の殺気に直前まで気づかないとは。
俺は周囲の気配を探った。前の世界でなら距離など関係なく星の万物を認識できたが、現在の索敵範囲はおよそ10キロメートル。俺が主に活動していた20世紀前半の電探でさえ50キロメートルまで索敵できたというのにだ。絶望的な能力の減衰だった。
“榛名。どこだ?”
本体が解体された後も意識を保ち、長年傍にいてくれた戦艦に思念波を送る。こちらはどこまで届くか分からなかったが、少なくとも榛名からの応えは無かった。
「……」
今の俺には何もない。
それでも、俺は彼女たちを守らねばならない。
遠くに人工の建造物が見える。そこに、よく知る魂を四つ感じた。
俺はそちらへ向けて進み出した。