提督に名前はいらない 作:仁良
提督着任から三日目。明石は大淀や妖精たちと相談をしていた。
執務室の中央には、提督の映像と、現在地、能力値が詳細に投影されている。戦績妖精が提督の許可を得て埋めこんだ魔法の効果だ。この追跡魔法のおかげで提督の状況がいつでも確認でき、戦闘のないときを見計らって連絡をとりやすくなった。
とはいえ、明石は愚痴の一つも言いたくなる。
「こんな魔法があるなら早く使ってくれれば良かったのに……」
「これじゃ視点が上からに固定されてるし臨場感ないだろー。でもこれからはあいつの助けを優先するからな」
「提督はまだ南シナ海ですね」
「おー。今はカムランで足止めされてんだ。あそこ、完全ランダムの分岐が連続しててな。あいつは海域全部調べないといけないから、余計に大変なんだ」
提督の索敵範囲は20キロメートルに達している。しかもその範囲にあるものは、細かい動作まで把握できるという。妖精世界最高峰の電探でも索敵範囲が10キロメートルに満たないことを考えれば、驚異的な能力だ。
その提督の能力をもってしても艦娘の捜索は難航していた。この世界の海には空間のねじれでもあるのか、『目的地への到達』に関して、羅針盤妖精は絶対的な力を持っている。
「羅針盤はどうしようもないとして……わたしたちがやらないといけないのは、人型と戦える艦娘の育成だね」
明石は大淀に言った。
「鎮守府近海の護衛任務くらいはできるようになったけど、とても人型と戦える練度じゃない。資源は安定供給の
資源の備蓄に関しても大淀はよくやっていた。現在およそ50名になった艦娘に無駄なく任務を割り振り、安定して資源を得られる遠征計画を立案している。提督が艦娘の捜索に専念できるのは間違いなく大淀のおかげだった。現状で戦闘を行っているのは提督のみで、彼には兵站を考慮する必要がないため、資源は増える一方だ。
「駆逐艦と軽巡洋艦はこれまで通り遠征任務にあたってもらうとして、妙高さん、足柄さん、加古さん、龍驤さんにはひたすら訓練を続けてもらうのね?」
大淀は明石が渡した名簿を見ながら言った。
「うん。改修材の振り分けは提督に一任されたから、今のところはその四人に集中して使うよ」
明石は魂の複製の効力を知ってから、それらを『改修材』と割りきって呼んでいた。
「幸い、戦績妖精さんがすごく協力的になってるから、彼女の指導で深海棲艦との戦い方は掴めると思う」
「提督は命の恩人だからなー。あいつを助けるためなら、寝る時間も削って働くぞ」
戦績妖精は昨日の一件で、今まで以上に提督のことが好きになったらしい。彼と定時連絡をしている大淀も、すでに信仰に近い感情を抱いているようだ。
明石も提督に強く好意を抱いている。それだけに、最初彼の出撃に無責任に賛成したのを後悔していた。彼は強いが、我が身もかえりみず艦娘を助けようとする在り方には、ひどく
現在の提督の状態は、体力80%、精神力20%。人型との連戦により、無限と思われた体力も減り始めていた。休んでほしいと明石は何度も言ったが、提督は了承しなかった。
『おそらく20%が下限値のはずだ。この状態になってから一日以上戦っているが、精神の消耗は感じない』
『たしかにそうですけど……』
『言っただろう? 俺の力の源は、お前たちを守るという意志だ。それが尽きることはない』
お願いだからこれ以上惚れさせないでほしかった。余計に心配をしてしまう。
提督の戦闘力はたしかに圧倒的だ。莫大なエネルギーと研ぎ澄まされた剣技・魔法で、攻撃も防御も隙がない。精神を限界まで磨耗させてなお、いまだに傷一つ負ってはいないのだ。
しかし敵も次第に強くなってきている。そして、提督はどう考えても人型と相性が悪い。なにせ、彼の認識では仲間殺しに等しいのだから。
しかも提督の『体力』『精神力』は、艦娘の『燃料』『弾薬』のように短時間で補給することはできない。入渠妖精によると、普通に睡眠をとれば回復するらしいが、あの提督がそれを良しとするとは思えなかった。
戦績妖精の話では、魂が深海棲艦に喰われると、途轍もなくおぞましい空間で深海棲艦に変えられるらしいのだ。提督はそれを知ってから、鎮守府に戻ってくる時間がさらに減った。初日のように、助けた艦娘たちと丁寧に話すこともない。大井と一緒に助けた子たちに怯えられてから、今の自分は艦娘に顔を見せないほうがいいと判断してしまったらしい。明石や戦績妖精も、あの状態の提督に「もっと艦娘と交流しろ」とは言えなかった。
だが提督の悲愴さは、もう見るに堪えない。本人に休む気がないのなら、せめて彼の行動をできるだけ助けたかった。
「最適化された戦艦はいつごろ来るでしょうか?」
明石は入渠妖精に訊いた。現状の戦力を鍛えても、戦艦がいなくては人型相手の決め手に欠ける。
「明日あたり、一人出てくると思うわ」
「訊いてたより早いですね。重巡もまだ三人しか来てないのに」
「本来ならもっと時間がかかるのだけど、彼に強烈な執着をもってる戦艦がいてね……」
「強烈な執着?」
「そう。かなり……強烈よ。集合意識が怯えるくらいだからよっぽどだわ」
「提督の負担を減らせるなら何でもいいんですけど……」
「……味方としては頼もしいことこの上ないのだけど、深海棲艦に裏返る可能性もあるのが何とも……」
「そ、そんな……」
「みんなでお祈りしておいて」
「祈る前に、轟沈ストッパーの進み具合はどうよ? 提督的にはあれを最優先にしてほしいみたいだけどな」
「轟沈ストッパー……艤装大破時に自動展開する防護結界のことなら、順調に調製中よ。あなたとの一件で提督が思いついたのですって?」
「おー。あれさえ完成すりゃ、あいつも安心して艦娘を使えるってもんだ。急いでくれい」
「あの術式は、艦娘全員に提督の力を付与するのが前提なのよね? 提督なら充分可能でしょうけど、あそこまで強力な結界だと、さすがに本人の戦闘力は激減するわよ? そこまでして艦娘に力を注ぐ意味があるのかしら」
「あいつにとっては艦娘の安全が一番大事なんだ」
提督も艦娘の戦力増強を真剣に考えはじめている。その方向性は相変わらず提督の負担を大きくするものだったが、協力して事に当たる気でいるのは間違いない。それだけは安心できた。
「今のところ艦娘の入渠が全く無いし、本業が暇なので構わないけれど……提督の心配性も極まってるわね」
「そうだなー。あれの万分の一でも自分のこと考えりゃいいのに、あいつは自分がどれだけ傷ついても耐えちまう大馬鹿野郎だ。だから私たちがあいつを守ってやるんだ!」
「はい!」「おー!」
大淀と明石は力強く応えた。
「いいこと言った! 戦績妖精さん、とてもいいことを言いましたね!」
明石は感動していた。この自己中心的な妖精がここまで提督を想ってくれるとは。
「えぇ~……? あなたたち、たった三日でどれだけ彼に傾倒してるのよ……」
「お前もいっぺんあいつに命救われてみ? あいつには妖精の永遠を捧げるだけの価値があるぞ」
「私はもう少し慎重に彼と接するわ……」