提督に名前はいらない   作:仁良

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二度と死なせない

 これまで円滑に鎮守府を運営してきた大淀だが、当然ながら艦娘たちの不満が皆無というわけではない。

「人(さら)いの分際で、いきなり従えだなんてどういう了見よ!」

 大淀に向かって金切り声をあげているのは駆逐艦の霞だ。その後ろにいる駆逐艦娘たちも、声は上げないものの不満を抱いていることが分かる。

「何度も言っているでしょう。攫ったのではなく、保護したのです。覚えていないのですか?」

 深海棲艦になった艦娘は能力が向上する傾向があるが、霞はなんと戦艦になっていた。彼女にはその時の記憶がなく、自分を喰った深海棲艦と提督を混同しているようだ。目覚めたときからこの調子で、話が通じない。

「提督は私たちが従うに足る、素晴らしい方です。逢えば分かります」

「だから、その素晴らしい司令官はどこにいるのよ! あたしをいきなり閉じ込めたのもそいつなんでしょ?」

「ですからそれは違うと……」

「私はいきなり引っつかまれて連れてこられたんだけど」

 霞の後ろから、満潮が言った。

「それは、すぐ傍に深海棲艦が迫っていて、あのままだとあなたたちが危険だったからです」

「……」

 やはり、提督が人型に遭遇した後に助けた駆逐艦娘は協調性が低い。大淀や明石が無条件で彼を慕い、彼のために働くのは、心のどこかで元の世界でのことを覚えているからだ。しかし二日目以降に加入した艦娘は、彼と会話すらしていない者も多い。これで提督に従えというのは、たしかに酷だろう。軽巡以上の艦娘には説明すれば分かってもらえたが、幼い駆逐艦では納得できないのも無理はない。

 それでも、あの人を悪く言われるのは我慢ならない──そのくらいに、大淀は彼に心酔しきっていた。最初大淀は、彼の容貌に魅了されると同時に軽い恐怖も抱いたが、几帳面な定時連絡でその誠実な人柄を知るにつけ、もはや彼への疑いは一切なくなっている。遠征要員を適切に編成できているのも、提督が艦娘全員の性格や特性を把握しており、それを逐一教えてもらえるおかげだ。

 この子たちも彼と交流する時間を持てば、すぐ大好きになるはずだ。せめて、彼がその身を削って艦娘のために尽くしていることは知っておいてほしかった。

「今も提督は仲間を助けるために、不眠不休で戦ってらっしゃいます。あなたたちに着任の挨拶ができないのを一番悔やんでらっしゃるのは提督です」

「何よそれ? 誘拐に精を出してるだけじゃないの?」

「な……!」

「味方に雷撃処分されたと思ったら、いきなりこんな訳の分からない世界に放り出されて、そのうえ誘拐魔に攫われるなんて。本っ当についてないわ」

「それ以上、提督への暴言は許しませんよ。営倉に入りますか?」

「はぁ? 結局それが司令官のやり方なわけ?」

 大淀も艤装の展開能力を与えてもらってから、激務の合間をぬって練度を上げてきている。この生意気な駆逐艦に15.5cm三連装砲を突きつけてやろうかと本気で考えた。

 だが、艦娘にいくら暴言を吐かれたからといって、あの提督が厳罰を与えるとは思えない。

 彼はとにかく優しい。優しすぎる。こんな生意気な少女でも、彼なら許容すると確信できてしまう。それに、せっかく彼が助けた艦娘を放り出すわけにもいかない。

 内心の怒りに震えながらも、大淀にできるのは、彼女たちに現状を最低限理解してもらうことだけだった。

「この体になった私たちが生命を維持するには、妖精のもたらす資源が必要です。それを手に入れるには妖精の輸送船団とともに外海に出る必要がありますが、今のあなたたちが海に出れば一時間と経たずに敵の餌です。あなたたちがどう思おうと、これが現実です。

 今はあなたたちの先輩が資源を集めてくれていますが、不満しか言わない者をいつまでも養っておく余裕は私たちにはありません。最低でも自分の食い扶持くらいは自分で集めてもらいます。そのためには早くその体に慣れてもらわないといけません。

 現状に不満を抱くのも、我が身を嘆くのも勝手です。ですが、死にたくないのなら早く動きなさい!!」

 大淀の剣幕に、駆逐艦たちは渋々演習場へ向かう。

 霞は最後まで残っていたが、仲間たちが離れていくのを見ると、憎々しげに大淀を睨んだ。

「……司令官なんて、どうせクズに決まってるわ。本っ当に迷惑よ」

 言い捨てて、走り去っていった。

「……」

 艦娘集めが一段落するまでは言わせておくしかない。彼のことを知れば、どんな捻くれ者でも認めざるをえないのだから。

 

 その様子を、戦績妖精は悲しげに見ていた。

「早くなんとかせんとなー……」

 

          §

 

 明石も、駆逐艦を中心とした鎮守府の不和に悩んでいた。先ほど目覚めた霞を大淀のもとへ送ったが、どう考えても問題が起きそうだ。

「霞ちゃん、何か盛大に勘違いしてたし、全然こっちの話を聞いてくれないし……思えば初日の子たちは楽だったんだなあ……みんな提督に一目惚れしてたもん……霞ちゃんたちにも提督から少し話してもらえば……いやでも、今の提督に霞ちゃんの相手は……これ以上あの人に心労をかけるわけには……」

 明石が思考の袋小路に入っていると、つぶらな瞳を精いっぱいに吊り上げた戦績妖精がやってきた。

「オイ明石」

「え? どうしたんです? 演習場にいなくていいんですか?」

「少しくらいなら大丈夫だ。それよりお前、元の世界での提督のこと、ちっとは思い出せたか?」

「いえ……まだです。わたしも気になってるんですけど、最近訊ける雰囲気じゃないですし」

「思い出せ」

「え?」

「はよ思い出せ。すぐ思い出せ。今この場で思い出せ」

「そ、そんなこと言われても……わたしだって、できるなら思い出したいですよ」

「頭の修理したら、どうかなー? イケるんじゃないか?」

「あ、頭の修理って……」

「そのあたりのドリルで、ちょっとやってみ? 好きだろ? 頭の修理」

「いやいや怖いです! こっちこないで!」

 明石は慌てて距離をとる。

 妖精は癇癪を起こした。

「どうすればいんだー!」

「どうしたんですか……何が目的なんです?」

「あいつが誤解されてるのは嫌なんだよぅ! 私が責任もって艦娘を鍛えるから、人型との戦いはちょっと休んで、あいつと艦娘との時間を作ってほしんだ」

「……わたしたちみんな、休んでほしいって提督に何度も言ってますよ。でも提督は、それじゃ止まらない……」

「だからだ! 悔しいけど、あいつがこの世界に来たのは艦娘のためで、やっぱりあいつは艦娘が一番大事なんだ。ちゃんと全部思い出したお前の言うことなら聞いてくれるかもしれないだろ? それで、あいつと艦娘がお互い歩み寄るきっかけを作ってもらえたらなって」

「妖精さん……」

 思い出したとしても、自分にそれができるだろうか?

「お前は他の奴らより覚えてるみたいだし、立場的にもベストだと思ったんだ。皐月とか初霜とか、かなりはっきり覚えてる奴もいたけど、やっぱりまだ子供だし、大淀は完全に叱り役になってるし」

「皐月ちゃんに初霜ちゃんか……ちょっと訊いてこようかな」

「やめとけ。心の問題だから、先入観が入るのはいくないぞ。それに自分で思い出さないと、あいつが可哀想だろ? あいつは何十年もお前らを守ってきたんだぞ」

「う……頑張ります」

「なんかドラマチックな救出イベントがあればなー。でも明石は戦闘力ゴミだし、工廠に引きこもってるから縁のない話だよなー」

「……あれ? いい話をしてたのに、どうして馬鹿にされる流れに?」

「いやー、惚れた男が自分のために必死になってくれるって、いいわー。女なら一度は体験しないとなー」

「うーん……その憎らしいほっぺたを引っ張りたい」

「うへへ……あいつなー、化物の体液とか全然気にせずに助けてくれたんだー。あのときのあいつの必死な顔、お前たちにも見せたかったなー」

「……なんか話がずれてますよ?」

「だから、あいつに恩返ししたいんだよぅ。あいつがいなきゃ完全ロストしてたんだし、命の借りには軽すぎるけどなー」

「まあいいですけどね……でもやっぱり、何かきっかけがないと難しいですよ。今までもずっと思い出そうとはしてたんですし」

「そうか? あいつのこと毎日考えてるか? 最低でも一日の半分くらいは」

「そういう言い方はアレですけど、たしかにわたしや大淀はそれくらいの時間提督のこと考えてますね……仕事っていうのもありますけど、やっぱり尊敬してますから」

「よし。ちょっと、あいつの話をしよう。記憶を刺激するんだ。何でもいいぞ、悪口でもいいぞ。朴念仁とか頑固者とか心配性とか無表情とか。でもそんなところも好き!」

「ああ……じゃあ、気になってたことから。戦績妖精さん、提督に初めて会ったとき『どっからどう見ても提督』とか言ってましたけど、あれは本気なんですか? そりゃあ、わたしや大淀は前の記憶が残ってたから分かりましたけど、あの人の外見はとても軍人に見えないですよね?」

 少なくとも明石がいた世界で、黒髪長髪の美青年が『提督』と呼ばれる地位に就いていた例はない。

「提督ってのはつまり主人公だろ? 主人公は暗い過去持ちのイケメンと相場が決まってるんじゃないか?」

「イケメン?」

(ツラ)のイケてる男だ」

「ああ……まあ、そうですね。……え? そんな理由?」

「あと、強い」

「それもそうなんですが……それって戦績妖精さん独自の判断基準ですよね? 他の妖精さんたちって、あの人を提督だと認識してるんでしょうか?」

 工廠の機能を最大限に利用するには提督と妖精の協力が不可欠なのだが、開発妖精や建造妖精は何を考えているのか分からないところがある。

「そりゃー、みんな一発で分かるわ。あいつは私らの理想そのものな姿だし。性格も一本気で妖精好みだしな」

「そ、そうですか……」

 よく分からない知識を交えた妖精の言葉は、明石にも理解できないことが多い。妖精の感性で大丈夫だというなら、おそらく問題ないのだろうが。

「じゃあ、あの人の容姿も妖精さんたちの趣味なんですね?」

「そうだなー。お前らみたいなのはこの世界に合わせて最適化されるわけだが、どういう姿になるかは私らの集合意識が決めるからな。元の魂が純粋なほど、集合意識が好き勝手できるんで、私らの理想通りの姿になるわけだ」

「なにそれひどい」

「美男美女揃いなんだからいいじゃないか。そんで、提督の奴は純粋無垢のかたまりだったんで、私らが理想にしてる基本テンプレに嵌めこむだけで済んだらしい」

「みんな一発で分かるってそういう意味ですか……提督ってどんだけ純粋なの……」

 しかしまだ疑問は残る。

「でも艦娘と比べて、提督はちょっと強すぎですよね?」

「いやー、今のあいつじゃ深海棲艦の最強クラスには手こずるだろうし、あいつの前身を考えたらまだまだだろ」

「提督の前身……」

「……どうだ? ちょっとキたか?」

「……やっぱり提督が目の前にいないと、きっかけとしては弱いかな……提督に余裕ができたら、もう一度しっかり話をしたいんですけど……」

「それじゃ遅いんだよぅチクショー」

「ええと……」

 視線をさまよわせると、工廠に備えつけられた投影装置が、鎮守府の方向へ移動している提督を映していた。

「あ、提督が戻ってくるみたいです。行きましょ? ね?」

「うー」

 新参の艦娘はまず工廠で検査をする。むくれている戦績妖精と一緒に入口で待っていると、提督が転移してきた。

「お帰りなさい」

「私の愛を受け取れー!」

 戦績妖精はすぐさま提督の頭に飛び乗って魔力を送りはじめた。

「足しにしろ。お前には気休め程度だろうけどなー」

「いや……お前たちのおかげで、俺は戦えている」

 提督は最初この扱いに戸惑っていたが、今では本当に嬉しそうに笑ってくれる。少しは顔色も良くなってきたようだ。

 明石は幸せを感じた。艦娘と改修材を引き渡すと提督はすぐに行ってしまうが、この短い逢瀬でも自分が彼に必要とされていることは実感できる。

 そこに、艤装の調整をしにきたらしい天龍がやってきた。

「おう提督。相変わらずヒデェ顔色だな」

「戦闘に支障はない」

「あんたの強さは知ってるし、オレは心配してねえよ。もうちっと、そいつらの不安も考えてやれとは思うけどな」

「ちょっと天龍……」

 明石は間に入ろうとするが、その前に天龍は続けた。

「だが! 一番訊きたいのは、いつになったらオレらも戦闘できるのかってことだ! チビたちの手前もあるから、あんたや大淀の方針には従うけどよ。いつまでも『積極的戦闘を禁止する』じゃ、やってられないぜ」

「輸送や護衛任務なら当然だろう」

 提督の言葉に、明石も頷く。

「オレらは戦うために生まれてきたんだぜ? オレの生き甲斐を奪うんじゃねえよ」

「そんなつもりはない。できれば戦ってほしくないのは事実だが、お前や足柄のような考え方も理解している。だが現実的に、耐久や装甲の心許ない者が多いんだ。お前たちを確実に守れる結界を調製しているので、少し待て」

「あン?」

 天龍は剣呑な目を提督に向けた。

「守ってもらおうなんて思ってねえよ。安全な戦いなんて意味ねえだろ」

「安全に意味がない……だと?」

「そうだ、死ぬまで戦わせろ。オレはそれでいい」

「……死ぬまで……だと?」

「……!?」

 提督から鬼気が膨れ上がった。

 明石は直接提督の目を向けられているわけではないのに、へたり込んだ。天龍も言葉を継げなくなり、腰が抜けそうになるのを必死で耐えている。

「お前たちを(うしな)ったとき、俺がどれだけの絶望を抱いたか分かるか……?」

 深海から響いてくるような声だった。絶望、未練、悔恨──あらゆる悲しみの感情がその声に籠められていた。

「日本は平和になったが、俺の罪は消えない。再びお前たちに逢えたこの世界でまで、天龍、お前は……」

 この圧迫感があと数秒続けば、天龍は自身の矜持も忘れて悲鳴をあげていただろう。

 それを止めたのは、提督本人の自制心だった。

「……お前たちは二度と死なせない」

 いつもの静謐な佇まいに戻った提督はそう言い残し、再び海へ向かった。

 

 天龍の呼吸が落ちつくには、それからしばらくかかった。

「……ど、どういうことだ……? 提督は何者なんだ……?」

「あー、ええとな──」

 戦績妖精は言いかけて、提督のいた場所を呆然と見つめる明石に気づいた。

「思い出した……」

 明石はそう言った。

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