提督に名前はいらない   作:仁良

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希望

「訊きたいことがあるんだけど」

 まず明石は、魂の状態でも外部をよく把握していた天龍に声をかけた。

「艦娘の魂が集まりやすい場所か……知らねえなあ」

 剣を振りながら天龍は答える。

 場所は演習海域だ。天龍は遠征任務以外の時間はたいていここにいた。

 少し離れた場所では戦績妖精が、重巡洋艦三人の指導を再開している。

「軍艦だった頃と同じに考えるなよー。的の大きさは百分の一以下だ。有効射程を見極めて、素早く近づいて、確実に当てろー」

「妙高、参ります!」

「みなぎってきたわ! 撃て! 撃てー!」

「眠い……死ぬ~……」

 加古は妙高型に比べ性能が劣る。責任感の強い妙高と、戦闘狂の足柄に挟まれ、息も絶え絶えで目を開けるのもつらそうだ。

「お前らの20センチ砲なら、有効射程は300メートルくらいだからなー。今日はその距離で命中率三割越えるまで寝ることは許さん」

「ひ~」

「サボる奴は自分も仲間も死なせるからなー。厳しくいくぞー」

 そう言った戦績妖精は脂汗を流していた。その頭上には「お前らの提督を見ろ!」とばかりに、深海棲艦と戦い続ける提督が映されている。投影装置を設置できない場所では大量の魔力を消費するが、戦績妖精も彼のために心身を投げうつ覚悟を決めていた。

 他の艦娘たち­も、時折映像を見つつ戦績妖精に与えられた訓練をこなしている。

 天龍は剣を振るう腕を止めた。

「それよりあの提督、必死で艦娘集めてるけどよ。あそこまで急ぐ必要はねえ気がしてきた」

「え? どういうこと?」

「もともとあいつが焦りだしたのはオレの一言が原因なんだよな。『魂のままだと深海棲艦になるかもしれねえ』ってよ」

「そうだったね」

「オレが深海棲艦に喰われてたって話はしたっけ?」

「え!? そ、そういえば、提督とそんな話をしてたような……」

 彼が天龍の魂を発見したとき、明石は電の様子を見にいっていたのだ。

「提督が化物をぶった斬って助けてくれたんだけどな。深海棲艦になってた奴らって、みんな元の世界でひでえ沈み方してねえか?」

「その通りだよ」

「深海棲艦に喰われても、人型になるかはそいつ次第だと思うんだよ。オレも轟沈組だけど、望みどおり戦って死ねたんだし、別に恨みは持ってねえ。だから、あのままずっと化物の腹にいても深海棲艦にはならなかった気がする」

「そ、それじゃあ!」

 明石の表情が一気に明るくなった。

「人助けもいいけど、もっと余裕もったほうがいいんじゃねえか? どんなに急いでも助けられない奴は出てくるし、オレみたいにサメの腹ん中でのんびりできる奴もいるぜ」

「待って待って! 天龍から見た深海棲艦の体内ってどんな感じだった?」

「ん? 腹ん中は腹ん中だろ。灯りなんてねえし、どんな感じだったって訊かれてもな……」

「なんか気持ち悪い声とか聴こえなかった? それか、どんどん精神が削られてくような感覚とか」

「腹の音みたいなのは聴こえてたかな? そのうちクソと一緒に出るだろうと思ってたから、危機感とかも無かったけどなあ……」

 なるほど、知らなければ幸せでいられるらしい。そして負の感情が少ない艦娘は怨念に汚染されることもなく、そのうち排出される、と。

「あと、体はあったほうがいいと言ったが、魂だけでフラフラしてるのもそんなに悪いもんじゃなかった。提督があそこまで必死になるとは思わなくてよ……あのときは軽く答えちまって悪かったな」

「そ、それを! 提督に言ってあげて!」

「う……提督に、か……」

「あ、もしかして、さっき怒られたの気にしてる? 大丈夫! むしろ次会ったら提督のほうから謝ってくるよ! 間違いないから!」

「き、気にしてねえよ! 提督なんて怖くねぇ……」

 ──あれー? 図太いはずなのに、天龍は本気で提督を怖がってる? たしかに怖いところはあるかも……だけど、それはわたしたちを思えばこそなんだから、天龍には何としても提督を説得してもらわないと!

 深海棲艦になっていたみんなにも確認しておこう。つらい記憶に触れないほうがいいと思っていたが、こんなことならもっと早く訊いておくべきだった。

 提督が焦る前提が間違っているのなら、きっと止められる。明石は希望を感じていた。

 

          §

 

 先ほどの場所に戻ると、人型四人はまだそこにいた。

 人型に対する俺の戦術は単純だ。彼女たちの有効射程に入り、燃料・弾薬が尽きるまで攻撃してもらう。そして障壁が消え次第、延髄にナイフを刺す。

 考えただけで眩暈と吐き気がする。事前に行動を確認しておかなくては、戦闘中に動けなくなる可能性すらあった。

「大丈夫……俺は大丈夫だ……」

 鎮守府で俺を支えてくれる者たちを想う。彼女たちがいてくれれば、俺に限界は無い。

 周囲の怪物型を斬り払い、近づいていく。

“主様!”

「!」

 それは、俺がずっと待ち望んでいた声だった。

“どうなさったのですか! 主様がそんなに疲弊なさるだなんて!”

 俺より先にこちらを感知するとは……俺は思った以上に消耗しているのか。それとも、さすが榛名と言うべきか。この世界に来てすぐに、会話できるほど明確な思念波を飛ばしてきた者などいない。

“少し、問題を抱えていてな”

“敵がいるのですか? お助けします!”

“いや、待て……”

 榛名は相変わらずだった。深海から真っすぐこちらへ向かってくる。

 その気配も完全に、混じり気なしの榛名だ。

「凄い勢いだ……嬉しいな」

 およそ四日ぶりだ。こちらに来たのが分かると、一刻も早く榛名に触れたくなる。

 付き合いが一番古いのは金剛だが、意志を通わせた時間は榛名が最も長い。あの大戦を生き残り、本体が解体された後も、その魂はずっと俺の傍らにいてくれた。

“主様を苦しめる者は! 榛名が許しません!”

 榛名の感知能力はどうやら俺限定らしく、この距離まできてようやく深海棲艦の位置を把握し、そちらへ方向を変えた。

 俺の身長の倍ほどもある眩い光球が海から飛び出す。戦艦ともなると、魂の質量も増すのか。そういえば、俺の魂は鎮守府正面海域を覆うほどだったと戦績妖精が言っていた。

 榛名はそのまま、物理的衝撃を伴った突撃をかけた。

「ガァッ!」

 重巡リ級の障壁は艤装もろとも一撃で砕け、その半身を抉りとった。

 実体化せずにあんな攻撃ができるのか。百年の戦闘知識を保持する榛名ゆえなのだろうが、榛名も相手も、あれで魂への損傷が無いのか不安になる。

 俺は彼女たちの傍に転移した。

“榛名、もういい。こちらへ来い”

“主様”

 榛名は俺に寄り添ってくる。

“状況は後で話そう。先に彼女たちの相手をする。しばらく一方的に攻撃させるが、手は出さないでくれ”

“はい……”

 重巡リ級は無力化され、あの旗艦も普段通り戦えば脅威にはならないだろう。

 俺は先程より落ち着いている自分に気づいた。消耗は酷いが、眩暈も吐き気も収まっている。

 後ろに榛名がいるおかげだ。守るだけでなく、背中を任せられる相手が。

 なるほど、たしかに俺には共に戦える仲間が必要だったらしい。俺を支えてくれる者たち──特に、俺の罪を思いだしてなお、あそこまで気遣ってくれた明石のためにも。俺は榛名を頼らねばならない。

“榛名……来てくれてありがとう。お前はいつも、一番助けてほしいとき傍にいてくれる”

“主様、そんな……榛名にはもったいないお言葉です”

 人型三人が攻撃してくる。その動きは止まって見えた。

 砲弾も艦載機も、放たれた先から斬り墜としていく。

“凄い……”

 人型三人は攻撃の効果が無いことに疑念を浮かべているが、目の前に敵がいれば攻撃を止められないのが深海棲艦の習性だ。

 彼女たちは20秒ほどで全弾を撃ち尽くした。エネルギーが攻撃に転化されたことで、障壁が薄れていく。

 ここからが一番つらい作業だ。

 しかしおそらく、これが最後だ。

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