提督に名前はいらない 作:仁良
今日一日は部屋で休むことを厳命された。今度ばかりは俺もおとなしく従った。
隣にしつらえられた小型の寝台では、戦績妖精が横になっている。
「ごめんな……肝心なときに役立たずで……」
「戦績妖精さん、演習場でみんなに提督の映像を見せてくれてたんですよ。魔力の使いすぎで倒れちゃったんですけど……提督が榛名さんを見つけたのはそのあたりの時間だったみたいですね」
妖精にとって魔力は生命力と同義のはずだ。それが無くなることは死を意味する。
「お前、どうしてそこまで……」
「うへへ……お前のことが大好きだからだ……」
「俺もお前のことが大好きなので、無理をされると悲しいぞ」
「お互いさまだろー……ちょっとは私たちの気持ちが分かったか……?」
「……すまなかった」
「大淀とか電ちゃんとか他にもたくさん、見舞いに来たいって子たちはいましたけど、今日だけは遠慮してもらいました。本当に、しっかり休んでくださいよ?」
「ああ……今日からは毎日睡眠をとることにする」
「戦績妖精さんも、すぐ寝てくださいね。提督の傍にいたいって、無理を聞いてあげたんですから」
「うん……寝る……むにゃ……」
「ふふ……じゃあ提督、おやすみなさい」
「ああ」
明石と、ドアの傍にいる榛名に頷いて、俺は再び目を閉じた。
§
「これは、想像以上につらいわね……こんな気持ちに慣れないといけないのかしら……」
彼らから目を逸らして、榛名は口の中で呟いた。
先ほどの彼と明石のやりとりにも疎外感を抱いたが、あんな小人と好意を伝え合っているだけで、ここまで
明石や小人の愛情は明白だが、彼のほうにはどう見ても恋愛感情など無い。彼のありかたは百年前から変わっておらず、その言葉に下心は一切ないのだから、「仲間に優しい言葉をかけるな」などと言えるはずもない。そもそも、彼を夫とみなしているのは自分の勝手だ。
「大好き」と言い合う彼らを、明石は微笑ましげに見守っていた。あんな小人に嫉妬するのは確かに異常だ。あれは女というより、ペットのメスではないか。
それでも、あの素晴らしい愛の体験の後に、他の女と共寝されるのは、榛名にたまらない不快感を与えた。
小人を同じ部屋に入れることに関して、明石たちは
たった四日であの有様だ。これから彼に惹かれる女はもっと増えるだろう。彼を内面を知れば、誰でも愛してしまうに決まっている。彼のことを魂の奥底まで知り尽くしているのは榛名だけなのに。
榛名は感情が彼に伝わらないよう、全力で自制しなくてはいけなかった。距離をおいて、彼らのやりとりを見ないように聴かないようにしながら、感情を無にした。彼ならいずれ気づくだろうが、こんな気持ちを真っすぐに向けたくはなかった。
「榛名さん、お待たせしました。じゃあ工廠で検査を……うえぇ!?」
明石は榛名を見て奇声をあげた。
「……なんでしょうか?」
「榛名さん、レベルが100になってますけど……こっちの世界に来たばかりなんですよね?」
「はい」
そういえば明石は、相手の戦力が見える魔眼持ちということだった。先ほどまでの明石は彼しか目に入っていなかったし、まともに向き合って話をするのはこれが初めてだ。
「と、とりあえず工廠に行きましょう」
二人は工廠までの道を戻っていく。
「その、桜の花びらみたいなオーラは何なんです?」
「先ほど注いでいただいた提督のお力ですね。守られている感じがします」
「他にそんなオーラを出してる艦娘はいないんですが……どうして榛名さんだけ?」
「……」
話すべきか少し悩んだ。しかし明石は好奇心で訊いたわけではなく、戦力強化に必要な情報を確認しているだけだ。それを拒否するのは彼の意に沿うものではないと思う。
「榛名は元の世界でも意識を失うことなく、あの方のお傍にいました。百年間いただいてきたご加護が
「す、凄いですね……それってもう、神の眷属じゃないですか?」
極めて正しい認識だ。彼に限界まで力を注がれて実体化した榛名は、もはや守護の対象とはいえない。それが分かる明石も、彼について思い出せるかぎりのことは知っているらしい。明石は驚いたようだが、そこには戦力増強を喜ぶ気持ちしかなかった。
「そうですよ! 榛名さん、即戦力じゃないですか! じゃあ提督はもう、人型と戦わなくていいんですね!?」
「はい。あの方を苦しめることは、榛名が許しません」
「やったぁ!!」
明石は感極まったように何度も頭を下げてきた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「は、はい……」
純然たる感謝を向けられて、榛名は反応に困った。榛名が彼を支えるのは妻として当然のことであり、他の女がそれに礼を言うなど、本来なら侮辱に等しいのだ。むしろ自分が礼を言わなくてはいけない。「四日間、夫を助けてくれてありがとうございました」と。
「そっかぁ……やけにあっさり休んでくれたと思ったけど、榛名さんのおかげだったんだ……良かったぁ……ほんとに良かった……」
明石はまた涙ぐんでいる。よく泣く娘だ。それとも、それだけ彼を強く想っているということか。なのに、百年も共に過ごしてきた榛名への嫉妬はないらしい。
明石は純粋に彼の安全だけを望み、彼の力になれることを喜んでいる。彼への愛に関して、他の女に敗北感を抱くなどありえないが、彼からの愛情すら求めない健気さは、今の榛名には無いものだと認めざるをえなかった。
工廠に着くと、明石は帳面に何やら記録してから、隅に並べられていた偵察機の一つを持ってきた。
「艤装は出せますか?」
艤装、と榛名が意識すると、ダズル迷彩の施された35.6cm連装砲が顕現した。
「これもどうぞ。戦艦は射程が長いので、偵察機を利用しての弾着観測が効果的だそうです。搭乗員の妖精さんは、必要になったら出てきますから」
艦娘という存在は、艤装の出し入れや受け渡しが自在にできるらしい。
「演習をさせていただけますか? あの方を確実に守れるように」
「あ……すいません。演習は戦績妖精さんの担当なんですよ。榛名さんの相手ができそうな艦娘もいないですし……」
「体を動かして、艤装を試すだけでも構いません」
「そうですね。じゃあ行きましょうか」
「……ただ、一つ確認しておきたいのですが。この世界にいる男性は提督お一人、ということで間違いないでしょうか?」
集合意識にも訊いたことだが、念のため艦娘の主観からも裏付けをとっておきたかった。
「ええ。妖精さんも全員女性ですし。深海棲艦には性別の分からないのがいますけど、少なくとも男性ではないみたいです」
「なら、いいです。ありがとうございます」
「他に男がいたら、服着替えます?」
「はい。この服は露出が多すぎます。あの方以外の男性には死んでも見せられません」
「ですよねー、わたしも最初それ思いました。見てくださいよ、このエロス溢れる服! 提督が可愛いって言うから着てますけど、これを他の男にまで見せてたら痴女ですよね。榛名さんもスカート短いけど、清楚な雰囲気でいいなあ」
「……提督はみなさんのことを、綺麗とか可愛いとか、わりと頻繁に言う感じでしょうか?」
「うーん、そうですね……それだけ聞くと酷い女タラシみたいですけど、わたしがスケコマシって言ったのは本気じゃないですよ。提督は素直なだけで、変な下心とか無いですし。そもそもあの人、半分は魂のほう見て言ってますし」
「……はい」
明石は彼のことを理解しすぎていた。
人の身で水上に立つのは初めてだったが、特に不自由はなく、鎮守府から演習海域への移動も自然にできた。
演習海域には大勢の艦娘がいた。
「みなさーん! 榛名さんです! 戦艦の榛名さんが来てくれましたよー!」
「あの、明石さん……」
明石はさっきからご機嫌だ。
「うわぁ、榛名さん綺麗ですね……艤装も凄い」
「初霜さん、お久しぶりです」
大戦では一、二度の関わりしかなかった者も多いが、日本海軍で榛名を知らない者はいないし、榛名も主が献身を注ぐ相手は全て覚えている。
初霜は、リンガ泊地から日本に帰還する際に護衛してくれた駆逐艦だ。初霜も彼のことを認識しており、轟沈を免れて終戦を迎えていた。彼や榛名と同じ美しい黒髪は偶然だろうか?
初霜は声をひそめて続ける。
「神様とはもうお話しできました? あの方がここの提督をしてくださってるの、張り合いがでますよね」
「ええ。本当に……」
というより、榛名は彼のためにしか戦わない。
「榛名が来ちゃったかぁ……私たちの出番はあるんでしょうね?」
「戦艦では入れない海域もありますから、訓練は無駄にならないですよ」
相変わらずの足柄を、明石がなだめている。
皆、あの絶望的な戦争を共にした仲間たちだ。……そう、終戦までは思っていたのだが。
「基礎訓練からやってみましょうか。能力値を見るかぎり、必要ない気もしますけど」
「何をすればいいですか?」
「あそこに浮標があるの分かります? まず、あそこまで行って、戻ってきてください」
100メートルほどを往復するだけだ。
榛名は浮標に向かって進み、少しずつ加速していった。
基礎というだけあって、艦娘の速度を測る距離としてはかなり短い。最高速度の遥か手前で折り返し地点に着いた。
試しに、急制動から反転し、艤装と魔力を全開にして加速する。
限界ではないが、50ノットは出ているはずだ。それでもバランスは崩さなかった。
開始地点にいた艦娘たちは慌てて、榛名の進行方向を空けた。
しかし榛名は水しぶきが散らないよう、魔力でわずかに体を浮かせて制動をかけた。
「すごーい!」
「え? どうやって体浮かせてるの?」
艦娘たちから、どよめきと拍手が起こる。
「この重装備で駆逐艦より速い! 魔力が109もあるから、もしかしたらと思ったけど、やっぱり榛名さんも提督と同じことができるんですね!」
明石はメモを取りながら興奮して言った。
「次は的当てをしてください。今度はあっちの浮標です」
およそ300メートル。この程度の距離なら砲弾の減衰もなく、弾着点の観測による修正射撃をするまでもない。
波の揺れを避けるため、再び体を浮かせた。
35.6cm連装砲に力を集中する。狙いを定め、意識で発射装置を押した。
──主砲、砲撃開始。
轟音と閃光。
光をまとった砲弾は、重力や空気抵抗を無視して一直線に飛び、浮標を四散させ、水平線の先に消えた。
再びどよめきが起こる。
「火力や装甲や機動力に、魔力を上乗せできるんですね!」
明石は目を輝かせて近づいてきた。
「その魔力は、どうすれば使えるようになります?」
「……」
榛名は再び、話すことをためらった。先ほどより強い葛藤がある。しかし、いずれは分かってしまうことだ。
「……提督のお傍に長くいれば、おそらく……使えるようになると思います」
その言葉に対する艦娘たちの反応は劇的だった。
「榛名さんと提督はどういう関係!?」
「司令官てホントに何者なの!」
「よし! 提督のところへ行くわよ!」
「待って待って足柄さん! お願いだから今日は休ませてあげて!」
明石は足柄がひるむほど必死な顔で押しとどめている。
「別になんにもしないわよ。傍にいるだけで強くなれるんでしょ?」
たしかに、ある程度の強さまではその考えで間違いはない。しかし、本来軍艦には『魔力』という概念が無いため、それを使うには彼と心から愛しあい、魂が常に繋がっていると実感できるほどの絆が必要だ。彼の愛情を求められるよりは、『強くなりたい』という動機で近づかれるほうがましなので、榛名はそこまで説明しなかったが。
「ええと……そうだ足柄さん! 榛名さんと演習してみませんか? ライバルですよライバル!」
「今の実力差が読めないほど馬鹿じゃないわ。私は勝利が好きなの! そしてそれ以上に、自分が強くなる瞬間が好き!」
「じゃあ、重巡四人と軽空母二人で! 性能が高い深海棲艦に、複数であたる状況を想定して。やってみましょう!」
「この艤装を使って、ですか?」
榛名は明石に訊いた。対戦演習は構わないが、自分の火力では彼女たちを殺しかねないのではないか。
「大丈夫。深海棲艦みたいに怨念を撃ちだしてくるような攻撃でなければ、艦娘の体に傷はつかないです。服は破れますけどね」
──怨念。
「すみません……対戦はやめておきます」
「そ、そんなぁ……」
今の自分の攻撃は、艦娘に通じてしまう予感があった。
榛名は訓練を続けるため、明石たちに背を向けた。
──主様に愛されている、あなたたちが憎い。