提督に名前はいらない   作:仁良

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明石

 大東亜戦争末期、工作艦明石はパラオで空襲を受け、絶え間なく続く爆撃になすすべなく大破炎上した。

 轟沈は免れたものの現地に放棄され、やがて意識を消失してからも、痛みと絶望の記憶は魂に刻まれ明石を(さいな)んでいた。

 ただ、その間ずっと誰かに寄り添われ、謝られていた気がする。狂わずにいられたのはその“誰か”のおかげだったと、後になって明石は思った。

 長い長い年月、どことも知れぬ空間を漂っていた明石に転機が訪れたのは、どこか別の場所に引き寄せられるのを感じはじめたときだった。それでも“誰か”はずっと傍にいてくれたし、抗う気も起きず、明石は流されるままでいた。

“誰か”はゆっくりと意志を伝えてきた。

 

 皆の魂も別の世界に流されている。これは俺では止められない。

 俺の守護を完全に失えば、狂う者が出てくるかもしれない。

 俺も向こうへ行かねばならない。

 一緒に来てくれ。

 今度は絶対に守る。

 

 意味はほとんど分からなかった。

 ただ明石は、この“誰か”と離れたくないと思った。それだけを、強く想った。

 

 ──ありがとう。

 

 次の瞬間、“引き寄せられる”力に“連れ出される”力が加わり、明石の魂は世界を越えた。

 

          §

 

 明石は寝台の上で目を覚ました。

 軍艦である自分に配備されていた堅い寝台とは違う、簡素ではあるが適度に身を沈みこませる柔らかい布団だ。

「どうなってるの? この体、女の子……?」

 桃色の長い髪に、柔らかくしなやかな手足。胸のふくらみから、自分の体が人間の女性となっていることに気づく。

「わたし、パラオで攻撃されて、その後……あれ?」

 なぜか、あれから長い時間が経っているという認識があった。とても苦しいけれど、同時に暖かく守られていたような──。

「あなたは明石……? 工作艦の?」

 隣の寝台を見ると、眼鏡をかけた黒髪の少女が身を起こしている。彼女を見たとき、横須賀鎮守府の軽巡洋艦の名がなぜか浮かんだ。

「大淀……?」

「目が覚めたようね」

「え?」

 大淀とは違う声だ。最初明石は、その声をかけてきたのが誰なのか分からなかった。

 視線を巡らすと、枕元に掌ほどの身長の小人がいた。二頭身につぶらな瞳で明石を見つめている。

 明石の知識は非常に限定されていたが、それでもこんな生き物が地球上に存在しないことくらいは分かる。

「私は入渠妖精。あなたたちが壊れたとき治してあげるのが仕事。今はどう? 機能不全を起こしてない?」

「な、な、な……」

 明石の思考は全く追いつかない。

 小人は首をかしげた。

「ステータスは混乱。現状の把握もできそうにないか……困ったわね、落ちつくまで待った方がいいのかしら」

「こっちはもう実体化してるんか? さすがに非戦闘員は早いなー」

「うわあ!」

 新たな小人が明石の足元に突然出現した。

「この子は戦績妖精。戦闘狂。ただし観るほう専門」

「褒めるな褒めるなー」

 その小人はけらけらと笑った。

「提督の奴はあと一週間くらいかかるらしいなー」

「ちょうどいいんじゃない? 鎮守府の整備を済ませておきましょう」

「どんな姿で出てくるんかな? 楽しみだー」

「集合意識のすることだから……一応、『妖精の誰もが好感をもつ』という条件は満たしているはずよ」

「まー、強いことは間違いないんだから、私はそれだけで満足だ」

「それが分かってから急に乗り気になったわよね……」

「ちょっと、あの、いいですか……?」

 大淀がおずおずと声をかけた。

「もう少し分かりやすい説明をお願いできないでしょうか?」

 二人の小人は顔を見合わせた。

「うーんとな? お前らの世界からヤバいレベルの怨念が流れ込んできた。これはお前らの元仲間なんで、責任もってお前らに倒してもらいたい。オーケー?」

「やること自体は元の世界と変わらないわ。戦力を強化し、敵を撃つ。それだけよ」

「私は提督無双が見たい!」

「ちょっと待って。お願いだから整理させて……」

 明石は頭を抱えた。

「うーん、突然すぎたか? まあ悪いようにはしないんで、ちょっと休んでろ」

「彼女たちはともかく、提督には戦うための強力な動機があるし、最悪、彼一人でも問題ないわ」

「そこまでか!? そこまでなんか!?」

「まさか正面海域全体を使うことになるとは思わなかったわ。とんでもないキャパシティよ」

「うひひっ、早く会いたくてやきもきするなー」

「じゃ。お腹がすいた頃にまた来るわ。その時には気分を落ちつかせておいてね」

「私は提督を見にいく!」

「変な要素が混じるからやめて」

 二人の小人は最初から最後まで言いたいことだけ言って姿を消した。

「…………」

 明石には話が全く理解できなかった。大淀も同じようだ。

 ここはどこ? なぜ自分たちが人間に? あの生き物は何? それに『提督』とは?

 

『入渠妖精』と名乗った小人は言葉通り、それからしばらくして現れた。

 部屋に(しつら)えられた食卓に前触れなく食事と小人が出現しても、もう明石と大淀は驚かなかった。

 とにかくこの生き物に会話の主導権を渡してはならないと悟った二人は、事前に話し合った自分たちの疑問を単刀直入に訊いていった。

「ここはどこですか?」

「鎮守府よ。あなたたちの世界では横須賀にあたる位置ね」

「ここは私たちのいた世界とは違うのですか?」

「大きな意味ではそうとも言えないけれど、あなたたちの感覚では全くの別世界ということになるかしら」

「私たちには軍艦だった頃の記憶があります。どうして人間の姿になっているんですか? それとも記憶のほうが間違っているのでしょうか」

「記憶に間違いはないわ。あなたたちがヒトの形になったのは、チキュウから妖精世界に来る過程で、存在の構成が最適化されたからよ」

「サイテキカ?」

 大淀は明石を見た。

 それまで明石は質問を大淀に任せていたが、疑問を受けて口を開いた。

「『最適な状態に近づける』って意味の最適化だね。この妖精さんたちがこの世界の主な住人だとしたら、軍艦だと巨大すぎて武骨すぎるってことなのかな。あと、その謎言語が理解できるし話せるのも、最適化の効果?」

「そんなところよ」

「妖精の世界か……まあ、どうせ解体された身だし、元の世界に未練もないけど」

 明石が多少なりとも心を残すのは、記憶の片隅にある“誰か”だけだった。

 入渠妖精は「ふむ」と頷く。

「混乱からすぐに復帰したし、状況への適応も早い。なかなか優秀ね。これなら提督の補佐も務まるでしょう」

「その『提督』がこの鎮守府を監督なさるのですか?」

「そう。敵と戦ってもらうためにね」

「敵とは?」

「戦績妖精がちょっと話したでしょう? 怨念に取り込まれた、あなたたちの元仲間よ。ついでに怨念のほうも消してもらいたいわ」

「そこが今ひとつ分からないんですが……ちなみに、戦うのを拒否したらどうなります?」

 明石は一応訊いてみた。

「この食事だけど」

 妖精は食卓を示した。

「原料は、重油と火薬と鋼材とボーキサイトよ」

 人の食事を摂ったことなど無いためそう言われても拒否感は湧かないが、それらの原料から、今も皿の上で湯気をあげているこの食事が作れるようには思えなかった。

「あなたたちの体はそういった原料以外受けつけない。そして、それを人の身で摂取できるよう加工するには、私たちの魔法が必要」

「拒否権はないってことですね?」

「私たちは別にあなたたちを召喚したわけではないの。たまたまチキュウと妖精世界の位相が重なったから、魂との親和性が高いこちらに引き寄せられたのでしょう。あなたたちの仲間も大量に流れこんできて、正直迷惑してるのよ。協力者になりうると思ったからこの部屋に保護したし、あなたたちの状況も説明したけど、同胞にならないなら食事や宿を提供する理由もないわよね?」

「ごもっともです」

 少なくとも提督が来るまでは、この妖精の言うことに従おうと決めた。

「提督はどんな人なんですか?」

「それは、あなたたちのほうが詳しいと思うわ」

「わたしたちの知ってる人?」

「数十年の付き合いだったようだけど……覚えてないの?」

「思い当たることがあるような……」

 明石は大切な“誰か”にもう少しで届きそうなもどかしい想いに囚われ、言葉を詰まらせた。

「質問がそれだけなら、さっそく仕事に入ってほしいわ。提督が来るまでに体制を整えておきたいの」

「はい……」

 

 それから明石は大淀とは別々に、鎮守府の運用方法を学ぶことになった。

 明石が任されたのは兵器開発や艦娘(かんむす)──妖精は明石たちをそう呼んでいた──の整備を行う工廠だった。そこで明石は、宙に浮かぶ二つの光球を見せられた。

「これが艦娘の魂よ」

「どうすれば人の姿になるんですか?」

「さあ? 魂がこの世界に渡っているということは、すでに私たちの集合意識が艦娘としての形を与えたということ。なのに変化しないのは……おそらくだけど、『提督』というトリガーが必要なのかも」

「あれ? でもわたしたちは最初からこの姿でしたよね?」

「それこそ分からないわ。それを調べるのもあなたの仕事よ」

「兵器開発もなんとかならないんですか? 資源に魔法をかけるのはいいんですけど、何ができるかは運次第って……あの開発妖精さんたち、真面目にやってるんですよね?」

「それも分からないわ。専門外だもの」

 妖精たちはあまりに自由であり、まともな答えが返ってこないことも多い。入渠妖精はかなりマシな部類に入る。彼女が分からないと言うなら、本当に手探りでやっていくしかないようだ。

 

 艦娘となった明石にはいくつか特殊な能力が宿っていた。そのうちの一つが、損傷の度合いや戦闘力が数値化して見えるというものだ。

 魔法文明を築いている妖精たちからみても希少な能力らしく、このことを知った入渠妖精は初めて驚きを見せた。

「あなたの艦艇修理能力は私の劣化版だけど、その魔眼には戦略的価値があるわね……意外だったわ。ただのピンクだと思ってた」

 ただのピンクって何、と思ったが、不愉快な答えが返ってきそうなので訊くのはやめた。

 妖精たちの中では戦績妖精だけがこの力を持っており、そのため明石はあのやかましい妖精に妙に(なつ)かれることになった。

「見るだけで戦力が分かるのは便利だなー。私だって魔法を撃ちこまないと詳しいデータは分からないぞ」

「役に立てることがあるのは嬉しいですね」

「なー、ちょっと外に繰り出してみないか?」

「なんでですか。今みたいに偵察機で見ればいいでしょ」

「臨場感が大切なんだ。私はちょくちょくデータ集めに行ってるぞ?」

「死んじゃいますよ。勘弁してください……」

「ほら、こいつが戦艦ル級。このあたりでは最強だな」

「うわ……たしかに、段違いに強いですね。こんな敵に勝てるんですか?」

「まだまだ序の口だ。この程度でビビってたらこの先やってけないぞー」

 こんなふうにして、妖精世界の法則やそこでの戦い方なども学びながら一週間を過ごし、そして提督着任の日がやってきた。

 

           §

 

 工廠で作業をしていた明石は、ふいに彼方から押しよせてきた圧倒的な存在感と、どこか懐かしい気配に胸を詰まらせた。

「これって……!」

 すぐに工廠を出て、気配の元に走る。

 中央棟からは大淀も走ってきた。

「この感覚、確かに知ってる!」

「そうね!」

「行ってみよう!」

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