提督に名前はいらない   作:仁良

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「提督が鎮守府に着任しました。これより敵艦隊の殲滅に入ります」①

 陸に着くと、同じ服を着た二人の少女が俺を待っていた。

 姿形は異なっても、俺が彼女たちを見間違えるはずがない。

「大淀……明石……」

「やっぱり、わたしたちのことを知ってる……?」

「あの、提督……ですよね?」

「提督……? 俺がか?」

 大淀にそう応えてから、考え直す。人の身となった今、この世界での自分の立ち位置を。

 海に生きる彼女たちを支え、守る者。

『提督』という呼称は確かに相応しいものに思えた。先ほどまで意識していなかったが、肉体とともに与えられた服も、旧日本海軍の軍装だ。

「そうだな……俺は提督だ」

 二人は敬礼をした。

「け、軽巡大淀です。鎮守府の運営はどうぞお任せください」

「工作艦明石です。艦娘をサポートしますね」

 カンムス──艦の娘か。

 俺は(いなづま)を片手で抱えなおし、答礼する。

「よろしく頼む。俺には名前が無いので、不便かもしれないが『提督』とだけ呼んでくれ」

「名前が無い……?」

 二人は不審な顔をした。

「たしかに、『提督』ということ以外、何も分からないですが……」

「記憶を失ってるってことですか? 修理します?」

 明石が何やら物騒な訊き方をしてくる。

「いや、こちらに来てしばらくは記憶の混乱があったが、もう大丈夫だ。お前たちの前身(ぜんしん)は一目見て分かった。俺の名はもともと存在しないだけだ」

「……あの、提督は、わたしたちの知ってる人ですよね? すいません、はっきり思いだせなくて……」

「……」

 明石の言葉にどう返答したものか分からなかった。

 この際、全てを話して謝罪するべきか。しかし、それは俺の一方的な感情に過ぎない。混乱させてしまうだけだろう。彼女たちが俺のことを知るはずがないのだ。気配は感じてくれていたようだが……。

 俺の沈黙を困惑と見てとったのか、明石はすぐ笑顔に戻った。

「まあ、わたしたちもこんな姿で生まれ変わってるし、何が起きても不思議はないですね」

「……」

 俺は頷くことしかできなかった。

「まず電を休ませたい。案内を頼めるか?」

「はい」

 鎮守府を模した敷地内に入ると、二頭身の生き物がそこかしこで動き回っていた。こちらを見て騒ぎはじめている。

「あれがこの世界の住人か」

「はい。妖精さんです」

 再び明石が応えた。『提督』の補佐役として、鎮守府の説明は大淀がするのだと思っていたが、ここではそういう役回りなのか。

「この世界には、わたしたちの知ってる人類はいないみたいです。代わりに妖精さんが暮らしてます。つまりここは、妖精さんの世界ってことですね」

「……あいつらがお前たちを引き寄せたのか?」

「わたしも最初はそう思ったんですが、どうも違うみたいです。ただ、妖精さんたちには敵がいて、それを倒すためにわたしたちの力が必要らしいですよ。後で提督も話してみてください」

「そうだな……まず、ここの統率者に会う必要がありそうだ」

「あ、いえ、妖精さんに統率者はいないです。みんな好き勝手に暮らしてますから。鎮守府にいる妖精さんたちはこんな建物を作ってくれるだけあって協力的なんですが、外の海に出ると……たとえば羅針盤の妖精は、ほとんど言うことを聞いてくれません」

「羅針盤の妖精?」

 妖精に関する知識も、俺の名前と同じく、もともと存在しないという感覚だ。やはり俺の常識は、電たちが軍艦として生きた世界のものが基準となっているらしい。

「着きました。ここです」

「……浴場だな」

「今は誰も使ってないので、提督も電ちゃんを抱いたままついてきてください」

 浴場で何をするつもりなのか分からないまま、明石について中に入る。大淀は廊下で待つことにしたようだが、妖精が一人ついてきた。

 広い浴場の中は、幼児用の玩具が散らばっているかと思えば、ティーセットや酒棚までが備わっている、奇妙な空間だ。

「あれは妖精たちの私物か?」

 大淀や明石の物だとは思いたくなかった。

「そのうち必要になるからって、ここを造るときに集めてきたみたいです。ああいうのが好きな艦娘もいるってことじゃないですか?」

「そういうことか……」

 睦月型の駆逐艦や、金剛、隼鷹を思い出す。あの面子が一堂に会するとなると、未来が混沌としすぎるような気もした。

「見たところ電ちゃんに損傷はないですが、一応入渠させますね。このお湯につかってれば、艦娘ならどんな怪我でも治ります」

「なるほど」

 意識を失った艦娘用に使うらしい、体を固定する器具に電を乗せ、服を着せたまま湯船に沈めた。

「よし。後は妖精さんに任せとけばいいでしょう」

「大事な仲間の体なんだが……それで大丈夫なのか?」

「あら、ご挨拶ね」

 電を診ていた銀髪の妖精が、容姿に似合わぬ妖艶な声で振り向いた。

「入渠妖精さんは100%の仕事をしてくれる数少ない妖精さんです。大丈夫」

「そうか……失礼した」

「よろしくね提督」

 入渠妖精は微笑んだ。

「ただ、残念ながらあなたの傷だけは治せないの。出撃するときは気をつけて」

「わかった」

 俺は電の様子を見ながら浴場を出た。

「心配そうですね?」

 明石は嬉しそうだ。

「そうだな……立ったままで悪いが、話の続きはここでさせてくれ」

 電に何かあった時はすぐに駆けつけたい。

「提督は電ちゃんをどうやってあの姿にしたんです?」

「元は小さな光だったが、近づいてきたそれに触れると、今の電の姿になった」

「やっぱり提督でないと駄目なのか……わたしたちが触れても何ともならないですからね。工廠に魂だけのが二人いるんですけど、艦娘にしてやってくれませんか?」

(いかづち)と不知火だな……しかし、電に話を聞いてからだ。どちらの状態が幸せなのか、俺には判断がつかない」

「なるほど……提督はそういう考え方をするんですか。艦娘としては嬉しいですけど、戦力強化担当としては頭が痛いですね」

「お前たちはどうやって今の姿になった?」

「わからないんですよ。気づいたときはこの姿でした」

 明石は首をかしげる。

「攻撃能力の有無……だったのかな? わたしたち二人の共通点は、後方支援が担当で、その時点での戦闘力が皆無なことでしたから。ただ、提督に会った途端、成長限界が大幅に上がりましたし……戦闘力のある艦は、提督から力をもらわないと体を構成できない、とか。まあ、推測ですけどね」

 その時、自分の頭部ほどもあるメダルをぶら下げた妖精が、中空に突然出現した。

「提督かー!?」

 満面の笑顔で俺の頭に飛びついてくる。

 悪意は感じなかったため避けることはせず、好きなようにさせた。

「おー! どっからどう見ても提督だな! これぞ提督! まさに提督だ! わははっ! 会いたかったぞー!」

「戦績妖精さんです。戦闘が大好きで……提督が着任するのを一番楽しみにしてました」

「……よろしく頼む」

 俺は無条件の好意に慣れていない。端的ながらも、冷たく聴こえないよう努力して言った。

「期待以上のチートキャラだな! 状況は最悪だが、お前なら何とかしてくれそうだ!」

「戦績妖精……この世界の状況について説明してもらえるのか?」

「しかも最初からヤる気か! 話が早いなー」

「俺には彼女たちの安全を確保する義務がある。そのために必要なら戦闘も行う」

「安全の確保かー。とりあえずここは比較的安全だが、この状況が続くと艦娘は飢えて死んじまうかもな。私らの何倍もエネルギー使うみたいだし? 外海は敵に封鎖されてて物資が手に入らないんだ」

 なるほど。生きるために戦闘が必要らしい。

「敵とは、鮫の化物のような奴か」

「そうそれ。深海棲艦って呼んでるけどな。お前らの世界の魂があれと結びついて、すっげー厄介なことになってる。私ら妖精は戦闘向きじゃないんで、お前らみたいなプロフェッショナルに来てほしかったんだ」

「……彼女たちをこの世界に引き寄せたのは妖精ではないと聞いたが?」

「妖精世界に怨念や魂が流れてくるのは自然現象だなー」

 そこで妖精はまた、満面の笑顔になった。

「お前だけは別だけどな! お前がこっちに来たのは、お前がそう望んでくれたからだ!」

「なるほど、納得した」

 俺は手をかざし、長刀を鞘に納めた状態で顕現させた。

「さしあたり、この付近の怪物を殲滅すれば、彼女たちは安心して暮らせるわけだな」

「刀型の艤装……? あの、それで何を……?」

 大淀は俺の記憶よりも随分無口になっているが、この時は心配そうに訊いてきた。

「少なくともこの世界では、お前たちを守るのが俺の役目だ」

「ま、まさか、妖精さんたちが言っていたのは本気なんですか? 提督が戦うと……!?」

「ほら、これ持ってけ」

 妖精が指を振ると、今度は俺の前に羅針盤が現れた。

「ここの海はそれなしじゃ目的地に辿りつけない。片っぱしから斬るのもいいけど、できれば親玉を潰してほしいからな」

「ただの羅針盤……ではないな」

「おー。それはポケットにでも入れときゃいい。海に出たら羅針盤妖精がくっついてくるから、そいつらの指す方向に進んでくれい」

「羅針盤妖精……言う事を聞かないとのことだが」

「そうだなー。あいつら気まぐれだから、ちゃんと連れてってくれるかは半々ってとこだろなー」

「仕方ないな……では行ってくる」

「お、お待ちください! せめて何人か艦娘を集めてから!」

 大淀は俺の前に立って言った。

「不要だ。どちらにしても、安全が確保できるまでお前たちを戦わせる気はない」

「そ、そんな! 明石も止めて!」

「いやぁ、これ心配いらないと思うよ?」

 大淀とは対照的に、明石は楽しそうだった。

「ほら、わたしって戦力が数値化して見えるでしょ?」

「え、ええ」

「で、このあたりで最強の敵も見せてもらったんだけどさ、そのときのデータがこれよ」

 明石は懐から取り出した帳面を示した。

 

戦艦ル級 耐久90 火力92 雷装0 対空70 装甲70

 

「そんで、今、刀を取りだした提督の戦力はこう」

 帳面に書き加えていく。

 

提督 Lv2 耐久105 攻撃力128 魔力136 対空110 装甲107

 

「うそ……提督ってこんなに強いの?」

「わたしも提督見たとき、それ思った。『攻撃力』と『魔力』ってのがそのまま『火力』『雷装』に当てはまるのか分からないけど。少なくとも装甲以上の火力がないとダメージは通らないんだから、この近辺で最強の敵でも、提督には敵わないってことよ」

「まだ体に慣れてない状態でこの数値だからなー。成長限界もないから、どこまで強くなるか私にも分からん。うひひっ、そのうえエグい特殊能力もいろいろ持ってるな。この世界でこいつを殺せる存在は、ちょっといないんじゃないか?」

「提督って何者なんですか?」

「お前たちを守る……それが俺の全てだ」

 明石を見つめて、そう応える。

「電の数値も教えてくれ」

「う……これです」

 

電 Lv1 耐久15 火力10 雷装27 対空12 装甲6

 

 やはり、容姿そのままの少女になったとしか思えない。雷や不知火が実体化したとしても同じ水準だろう。

「目いっぱい強化すれば、一応これの3、4倍に伸びるんですけどね」

「さっきの話に出た戦艦がいるような場所に、あの子たちを送りこむことはできない。やはり俺が行く」

「わたしも現段階ではそれが最善だと思います。大淀もいいよね?」

­「そうですね。提督に危険がないのなら……」

「じゃあ、これ通信機です。一応、大淀が偵察機で追跡しますから」

「うーし! 話は決まったな? じゃあさっそく戦闘だ! 出撃出撃!」

 妖精が背中を押してきた。俺はそれに逆らわず移動を始める。

「くれぐれも、電のことをよろしく頼む」

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