提督に名前はいらない   作:仁良

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「提督が鎮守府に着任しました。これより敵艦隊の殲滅に入ります」②

 提督の執務室に入ると、大淀は深く溜息をついた。

「大淀……」

「言わないで」

「いや共有しようよこの気持ち。はぁ~」

 明石も息を吐いた。

「もういろいろ斜め上すぎて……とりあえず自分は身も心も女になったんだと分かった。男の美形にこんなにドキドキしちゃうなんてね」

「あのような(かた)が提督では……もうあの(かた)に身も心も捧げるしか……」

「極端な」

 明石は笑う。

「でも残念だったなぁ。記憶のモヤモヤが晴れるかと思ってたのに、あの顔で憂いげな表情やられたら追及できなかった」

「明石はきちんと受け答えできてたわよ。私なんて……ああもう、ちゃんと話すことを練習してたのに……」

「うん。ちょっと大淀はどもりすぎで無口すぎたね。なんでわたしがこんな説明までしてるんだろうって思ってたよ」

「うぅ……」

「お互い男に免疫ないからねえ」

「男性の乗組員を大勢乗せていたはずなのに……」

「あれは、言ってみれば細胞みたいなもんでしょ。女として接した男性は彼が初めてじゃない」

「変なふうに思われなかったかしら?」

「まあ、大丈夫でしょ。妖精世界を理解するのと、(いなづま)ちゃんの心配で頭がいっぱいって感じだったし。まさか目の前の部下が、女の本能を盛大に感じてる、なんて思ってないよ」

「やめて」

「でもさ、『お前を守ることが俺の全てだ』って、求婚されたと思っていいよね?」

「『お前たち』と仰ったのよ。捏造しないで」

「えー? あのときの彼の目にはわたししか入ってなかったと思うなー」

「仕事よ……仕事をするわ。あの方の助けとなるのが私の使命……」

「にひひっ」

 大淀は零式水上偵察機に意識を集中しはじめた。不測の事態があったとしても今の自分たちには何もできないが、後方支援担当としてこういう経験も積まなくてはならない。

「でもまさか、提督がお一人で出撃することになるなんて……」

「うん。強いとは聞いてたけど、さすがにあの発想は無かった。さっき言ったとおり、戦力的には全く問題ないと思うけどね。まあ初戦だし、お手並み拝見しましょう」

 執務室の中央には、零式水上偵察機から送られてくる映像が投影されていた。妖精世界の技術だ。

 そこには、敵の棲息地に入った提督が映っていた。

 彼は刀以外の武装を出すこともなく、立って水上を動いている。妖精と同じように、魔力によって浮力や推進力を得ているらしい。

「敵艦隊との会敵が予想され──」

 大淀が言い終わる前に、提督は抜刀した。

「え?」

『ひゃっほー! 記念すべき初勝利!』

 提督の傍で戦績妖精がはしゃいでいる。

 大淀が慌てて偵察機を操作すると、砲撃射程の遥か外にいる敵駆逐艦が両断されていた。

「な、なにあれ……」

 明石もあんな技があるとは聞いていない。射程も弾速も命中精度も、開幕爆撃や先制雷撃の比ではない反則技だ。

『完全勝利! 完全勝利! 完全勝利! いいぞいいぞ! どんどん斬れー!』

「え? え? どこ? 何?」

「進路から外れた位置にいる敵艦も斬ってらっしゃるわ……」

 提督の動きは剣術の型を思わせる。繊細、精密で、丁寧にすら見えた。

 そんな印象とは裏腹に、彼は容赦なく敵を殲滅しながら進む。

『なーなー。その刀って、チキュウで(いわ)くのあるモノなんか?』

 余裕のある戦況を見てとったのか、戦績妖精は屈託なく話しかけている。

『いや……こちらに来て最初に襲われたとき、適当に創った。眠っている電が一緒だったので、鋭く静かな武装が必要だったんだ』

『んあ? お前の戦闘スタイルってそれだけで決まったんか?』

『そうだ』

『それにしちゃ強いなー。最初からここまで使えるとは思わんかったぞ。私や明石には命中精度までは分からんけど、もし見えてたら数値が振りきれてるな』

『俺も最初は不安があったが、この体の性能はこんなものではなさそうだ。お前たちには感謝している』

『うへへー。お前を最適化したらそうなっただけだからな。気にすんなー』

 会話しながらも、提督は怪物たちを斬りつづけている。

 やがてその前に、羅針盤に乗った妖精が現れた。

『よーし、らしんばんまわすよー!』

『……なぜ回す?』

 明石も以前感じた疑問である。彼も言わずにいられないらしい。

『えいっ』

 羅針盤妖精は提督の問いを無視して、元気よく羅針盤の針を回した。

 提督の目が険しくなった。元が冷然とした美形なので、その表情には結構な凄味がある。

「そうだよね、羅針盤は回すものじゃないよね……」

 明石は提督に同情した。

『進行方向の真逆──やって来た方向を示すことはないのか?』

 提督は戦績妖精に訊ねている。

『そういうのもあるな』

『その場合はどうする』

『そっちに進む。「敵影を見ず」、一旦撤退だ』

『……本当に、こいつに従うしかないのか?』

『まあなー。……怒ってるか?』

『仲間たちの安全が()かっているんだ』

『妖精世界に暮らすうえで、いい言葉をお前に贈ろう。「気にしたら負け」!』

『……』

 彼のように真面目なタイプは、妖精世界では余計な心労が溜まりそうだと明石は思った。

『ここっ』

 ルーレットよろしく回っていた羅針盤の針が、ようやく止まった。

『……』

 提督は無心になることにしたらしい。黙ってそちらへ進みはじめた。

 剣舞が再開される。

 先ほどのやり取りが剣先に表れないあたりはさすがだ。一閃で確実に一体。時には複数の敵を葬っていく。

 彼我の距離は常に1キロメートル以上離れているのに、恐ろしく精細な剣技だった。妖精たちの言葉から、提督も元は人間ではないらしいと明石は漠然と考えていたが、どのような前身であればここまでの技倆(ぎりょう)が発揮できるのか分からない。

『あれか?』

『おー』

 今回はどうやら、妖精の気まぐれに付き合わずに済んだようだ。

 提督の視線の先に、それがいた。

 長く太い腕を口から生やし、全身に砲身を備えた、ひときわ(いびつ)な異形──軽巡ホ級だ。駆逐艦の倍の戦闘力をもつ、この海域の親玉である。

 その相手に、提督はゆっくり近づいていった。

 なぜあの剣閃を飛ばさないのか、明石はいぶかしむ。しかし、すぐに彼の狙いが分かった。

 彼は軽巡ホ級の砲撃を、あるときは障壁で弾き、あるときは回避し、あるときは刀で斬り飛ばしていった。出撃当初からの型のような剣舞といい、自分の能力を確かめるような動きだった。

 砲撃をものともせず静かに近づく彼は、軽巡ホ級には死神のように見えただろう。意志などないはずの怪物の動きに、明らかな恐慌が混じる。

 提督は軽巡ホ級とすれ違った。少なくとも明石には、ただそれだけの出来事に見えた。

 しかし彼が刀を納めると同時に、軽巡ホ級は細切れの肉片となって海に散らばった。何度斬りつけたのか、明石には全く見えなかった。

『聞こえるか? 周囲に敵影なし』

「あ……は、はい。見えています。お、お見事でした……」

 大淀も呆然として応えた。

『こちらに損傷、消耗はない。このまま進みたいが、構わないか?』

 損傷はともかく、消耗もない?

 明石が見たところ、艦娘の『燃料』『弾薬』に相当すると思われる『体力』『精神力』は、たしかに最大値から減っていなかった。

「提督は何をエネルギー源にしてるんですか?」

『お前たちを守るという想いだ。それが尽きることは無い』

 明石は大淀と二人して顔を覆った。この提督、完全に大真面目で本気である。

「それは……ええと、あ、ありがとうございます……」

 大淀は咳払いした。

「次の進撃地ですね? そこから一番近くにいる深海棲艦の群れは、南西に100キロメートルほど……元の世界でいう、南西諸島の入口あたりです。この世界の地形は地球とほとんど同じなんですが、妖精さんの体に合わせたのか、縮尺がおよそ十分の一になっているので」

『わかった』

「でも提督、いいんですか? 今から南西諸島まで行くとなると、電ちゃんが起きたとき傍にいてあげられませんよ?」

 この提督が電のことを忘れているとは思えないが、明石は念のため訊いておいた。

『いや、だいぶ感覚は掴めた。その距離なら往復で一時間もかからない』

「え?」

『羅針盤妖精は、これを持っていればどこにでも現れるのか?』

『おー。海ならどこにでもいるぞ。たくさんいるから、どれが出てくるかは分からないけどな』

『よし……大淀。偵察機を俺の手元に持ってきてくれ』

「は、はい」

 命令の意図が分からないまま、大淀は言われた通り零式水上偵察機を操作した。

 元の世界での十分の一スケールの零式水上偵察機が、彼の小脇に抱えられる。

『行くぞ』

 瀑布のような水しぶきが一瞬、映像を覆い隠した。

 巨大な水柱が遠ざかっていく後部カメラの映像から、提督が凄まじい推進力で加速しているのが分かった。

「偵察機より速い!?」

「うっそー……」

 ミニチュアとはいえ、妖精世界の産物だけあって零式水上偵察機の時速は200キロを超える。砲弾を(かわ)していたのもおかしいと思ったが、単純に彼の機動力が異常なのだ。

『おおお!? 待て、置いてくなーーー!!』

 戦績妖精の叫びを尻目に、提督は数秒で最高速度にのった。

 疾走しながら何体かの怪物に行きあったが、提督は全く速度を落とさず斬り捨てていく。砲撃では超高難度となる芸当だが、あのあたりは慣性の法則が働かない魔力の刃ならではの優位性だ。また、魔力による推進ならば振動もなく、体幹を真っすぐに維持できるため精密さが損なわれることもないらしい。

 提督は言葉通り、100キロメートルをおよそ20分で走破した。

『えー? らしんばん、まわすのー?』

 新たに現れた気だるげな妖精が言った。提督が持っている羅針盤に引かれているのか、偵察機を超える速度にも関わらず、彼の横で浮かんでいる。

『回すな』

『……ん』

 妖精は提督の言葉を全く聞いていない。構わず羅針盤の針を回した。

『なぜ回すんだ……』

『……あい』

 力がほとんど入っていなかったのか、針はすぐに止まった。

『……こちらだな』

 羅針盤妖精との関わりは諦めが肝心だと早くも悟ったらしい。提督は素直にその方向へ進路を変えた。

 怪物の群れが見えてくる。

『偵察機を放すぞ。いいか?』

「は、はい!」

 提督は零式水上偵察機を空に放つと、居合いの構えをとった。

 次の瞬間、進行方向にいた十数匹の怪物は斬り刻まれ全滅した。先ほどと違い、一切の手加減がない。

 肉塊の浮かぶ海を、提督は偵察機の速度に落として突っきる。

『俺は敵棲地の中枢に向かっているか?』

「あ、はい。大丈夫です。提督は運もいいのですね」

『……そうなのだろうか』

 運がいい、という言葉に応える提督の声は、なぜかつらそうに聴こえた。

 やがて見えてきた敵棲地には、百を優に越える深海棲艦がいた。

 しかし自分の有効射程の外側で止まった提督は『単純作業だな』と事もなげに言う。

 確かに彼にとっては、この距離から斬り潰していくだけの安全で簡単な仕事だ。万一接近されたとしても、この付近の敵が提督の装甲を貫くことはできない。

『少し時間がかかりそうなので、二人とも休んでいて構わないが……いや、今のうちに電の様子を見てきてもらえるか?』

「了解しました……」

 以前までの大淀なら自軍が戦っているときに後方支援を怠ることを良しとしなかっただろうが、それはそもそも艦娘の運用を想定してのことだ。この提督の場合、敵棲地の中枢に着いた今、大淀にできることはないし、明石による敵戦力分析も不要だろう。

 明石は執務室から出る前に、提督の詳細情報を確認した。

 

Lv12 耐久114/114 体力100% 精神力100%

攻撃力136 魔力143 対空117 装甲115 

回避381 対潜122 搭載12 索敵406 運50 速度:超高速 射程:超長 

 

「うひー。どんどん強くなってる……」

 この世界では、数値が10も上ならほとんどダメージが通らなくなる。出撃時のレベルが低かったことを鑑みても、提督の成長速度は尋常ではなかった。

 艦娘なら改造を施さなければ向上しない耐久値まで増えている。それにさっきは気づかなかったが、異常な値がいくつもあった。

「頼もしいはずなのに、どうしてこんなに不安になるのかしら……」

「存在意義が脅かされてるからでしょ。これじゃ艦娘がいる意味ないじゃない」

 提督に言われた通り、二人は浴場に向かった。道すがら話し合う。

「知り合いだって聞かされてたし、多分いい提督だろうとは思ってたよ? でもさすがにあそこまでは望んでなかったわ」

 あそこまで艦娘を大事に想っていて、あそこまで美形で、戦力としても圧倒的な完璧超人とは。

「私たちは後方支援が担当だからまだいいわ。これから仲間になる子たちは、あの方とどう接していくのかしら……」

「彼の(めかけ)になってダラダラ暮らすってのもアリかもね」

「明石」

「だ、だって、わたしたちのこと大切にしてくれるのは間違いないんだし……正直惚れたよ。女の器官にズギューンときた」

「風紀の乱れも怖いわ……」

「大丈夫なんじゃない? あの人、そっち方面はめちゃくちゃ堅そうだし。このハレンチな服見ても一切興味なさげだったでしょ」

「この服ハレンチなの!?」

「気づいてなかったの!?」

 ミニスカートの脇が大きく開いて腰が丸見えになっているような服が、どうしてハレンチでないと思えるのか。

「ど、どうしよう……服、替えたほうがいいかしら? あの方に、はしたない女だと思われたら……」

「そりゃわたしだって、前の世界で深い関わりがあったって聞いてなきゃ着替えてたけどさ……彼以外に男はいないし、第一わたしらはこの格好で生まれてきたんだから、いいんじゃない? これは妖精さんたちの趣味であって、わたしらのせいじゃないでしょ」

 明石は浴場に入り、電の様子を伺った。

 電はすでにこちらを見ていた。おずおずと口を開く。

「あの……」

「お目覚めだね。提督を呼んでこよう」

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