提督に名前はいらない 作:仁良
射程限界域から続けざまに魔力の刃を放っていた提督は、両断した敵から飛び出てきた光球に気づいた。視覚化できるようになったのはこの世界に来てからだが、その気配は彼がよく知る、艦娘の魂だ。
何体かの怪物の視線が、提督からそちらに移った。
想定外の事態に、対応を一瞬思案するが、彼女が標的とされたなら是非もない。妖精たちが使っているのを見て覚えた、短距離の空間転移により、光球を守る位置に一瞬で移動する。
同時に広範囲の剣閃を放ち、光球に群がる敵を一掃した。
だが、棲地にはまだ数十体の敵が残っている。
「天龍! 服の中に入っていろ!」
魂の状態で声が聴こえるかどうか分からなかったが、守る意志だけでも伝われば良いと考え、彼は声をあげた。
幸い、光球はすぐに彼の懐へ飛び込んできた。
「よし」
即座にその場から退く。
その時、通信機から連絡が入った。
『提督。
「わかった。すぐ戻る」
彼は刀を鞘に納め、魔力の集中と増幅を始めた。
敵が包囲の輪を狭めてくる。だが遅い。
充分な魔力を練り、刹那に十連の剣閃を放った。
怪物たちに逃げ場はない。
巨大な閃光の帯と化した十の刃が、怪物群を引き裂いた。
それが通り抜けた後、棲地で動くものは提督一人だった。
「もう大丈夫だ。来るのが遅れてすまなかった」
彼は光球に声をかける。胸元から半身のみを出した光球は、それに応えて元気に明滅した。
提督の頬が緩む。
「一緒に来てもらえるか? 仲間たちも待ってる」
光球は再び明滅する。了承の意志が伝わってきた。
彼はその場に艦娘の魂がないことを慎重に確認した後、後方に待機させていた零式水上偵察機を拾い上げ、鎮守府への帰還を開始した。
§
提督が案内された居住区の一室では、電が寝台に身を起していた。
そこには戦績妖精も戻ってきていた。頬を膨らませ、立腹を示している。
「私を置き去りにしたのは許せんが、凄い勢いで勝数が上がってるので、それでチャラにしてやろう」
「……そうか。ありがとう」
「最初の出撃で南西諸島沖のシーレーンまで奪還するとはなー。この調子でやってくれい」
「それが彼女たちの為になるなら」
電の寝台の前には椅子が用意されている。大淀に促され、提督はその椅子に座った。
「司令官さん。さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
電は可愛らしく頭を下げた。
「覚えているのか?」
「怖い怪物に追われていて……司令官さんに会うのがもう少し遅かったら食べられてたと思います。そのせいで、目が覚めるのが遅くなってしまって……」
「無事で良かった……」
彼は微笑んだ。玲瓏たる美貌が、心からの安堵が伝わる柔らかいものに変わる。
三人の艦娘はその顔に見惚れた。
「ここでの生活については、そちらの二人に訊いてくれ」
「は、はいなのです」
その時、彼の懐から飛び出た光球が、彼の周りを飛び回った。
「体が欲しいという意味か?」
光球の動きはそれを肯定するように激しくなる。
「なら、ゆっくり俺の手の中に来い」
彼は手をかざし、光球を包む。
光球はすぐに人の形をとり、剣を持つブレザー姿の少女となった。
「刀で遠くを斬るアレ! 教えてくれ!」
軽巡天龍の第一声はそれだった。
「剣を教えるのは構わないが、その前にこちらからも聞きたいことがある。電にもだ」
「はい?」
「なんだ?」
「魂だけの者が二人いるんだが、艦娘にしてもいいと思うか?」
「え……それはもちろんなのです」
「あの状態じゃ何もできねえし、体があったほうがいいだろ。それに、ほっといたら深海棲艦になっちまうかもしれねえし」
「……何?」
「深海棲艦だよ。あんたが斬りまくってた奴ら」
提督は椅子を蹴たてて立ち上がった。
「俺が斬っていたのは、お前たちの魂か?」
「あ? い、いや違う。あれ自体に魂はない。意志も何にもない、妖精世界産の化物だ」
天龍は気圧されたように後ずさったが、提督は安堵の息をついた。
「オレらの元仲間が堕ちた奴はみんな人の形をしてるよ」
「人の形……?」
彼は明石と戦績妖精を見た。
「さっき話した戦艦ル級のようなタイプです」
「それはどうすれば元に戻る?」
「ん? 知らんぞ。この世界に元々はいなかった存在だからな」
「断言はできないんですが……深海棲艦という器を砕いてやれば、それに囚われてた魂を取り戻せるんじゃないかと」
「さっきの状況と同じと考えていいのか?」
今度は天龍を見て、彼は訊いた。
「どうだろうな……オレは深海棲艦になってたわけじゃねえし」
「……明確な前例がないのは怖いな。最初の人型は丁寧に捕縛してくるので、明石に任せていいか?」
「アレを丁寧に捕縛するとか言う提督のほうが怖いですが……わかりました」
「連中もやってることはサカナの化物と同じだけどな。とにかく目についたものを片っぱしから壊してる」
「その通り、迷惑してんだ。お前らの仲間だろー? なんとかしろ」
天龍の言葉に追随する戦績妖精はあくまで偉そうだった。
「確かに。一刻を争う事態だ」
彼は窓に向かった。
「工廠にいる二人を艦娘にしたら、すぐに再出撃する。皆の魂を助けなければ」
大淀と明石は予想していたため驚かなかったが、電と天龍は目を丸くした。「うっひょー、こいつサイコー」と悶えている妖精は全員が無視する。
「司令官さん、帰ってきたばかりですよね? 大丈夫なのですか?」
「全く問題ない」
「おい、剣を教えてくれる約束は?」
「悪いな。仲間を全員助けてからだ」
「全員って……いつまでかかんだそりゃ?」
「法則はおおむね分かった。お前たちがいるのは旧日本軍が交戦した海域だろう。一ヶ月ほどで全て探し終わるはずだ」
「あの、提督……その間、お休みは?」
大淀はおずおずと訊いた。
「お前たちは適度に休息をとってくれ。その調整は大淀に任せる」
「はい……あの、そうではなくて、提督も出撃から戻られたら、お休みが必要ですよね?」
「そんな時間はない」
「らめぇぇぇっ! 戦績がイっちゃうっ! ぶっ通しで昇りつめちゃうぅっ!」
「うるせえ!」
「ぶぎゅっ?」
天龍は妖精にシーツをかぶせ、部屋の隅に転がした。
「大淀。居住区には何人収容できる?」
「あ、はい。100名までです。入渠妖精さんに言われて、受け入れ態勢も整えておきました」
「助かる。だが、仲間全員が実体化するとなると、600人以上の部屋が必要になる。今はまだいいが、艦娘が増えたら順次、妖精と相談して拡張を進めておいてくれ」
「はい」
「新しく来る艦娘たちへの対応も、大淀が中心になって行ってくれ。負担をかけることになって悪いが……」
「い、いえ……提督のお役に立てるなら……」
「ありがとう。無線は持っていくが、偵察機での追跡は、俺が指示を出すまでは不要だ。皆も艦娘の受け入れのために協力して動いてほしい」
「あー、すまん。もちろん協力はするが、一ついいか?」
天龍は軽く手を挙げた。
「海で見たときからおかしいと思ってたんが、なんで提督が一人で戦ってんだ?」
「お前たちを守ることが俺の役目だからだ」
「戦うのはオレらの役目だろ。それとも、この世界の提督はこれが普通なのか?」
「普通だ」
「普通じゃないですよ」
「すみません、私も普通ではないと思います……」
明石と大淀に言われても、提督は怯まない。
「悪いが、今はこの点について議論している時間は無い。お前たちも激務が続くと思うが、よろしく頼む」
彼は窓から工廠の位置を視認し、その座標に自分の体を送った。
「……呆れりゃいいのか尊敬すりゃいいのか怖がりゃいいのか分からねえ。オイ先輩、オレは何をすればいいんだ?」
「天龍さんと電さんには、妖精さんたちの輸送船団の護衛をお願いするつもりです。まずその体に慣れてください」
大淀はすぐに応えた。相手が提督でなければ口ごもることもない。提督がいきなり姿を消したことについても、彼なら妖精たちの魔法も使えるのだろう、と達観していた。
「わかった。あんたはまともそうで助かるよ。遅くなったが、よろしく頼む」
一同は敬礼し合った。
「じゃあ、わたしは工廠の二人を迎えに行くね」
「オレも行くわ。武器が欲しい」
明石について歩きながら、天龍は頭を掻いた。
「チクショー。あの技を教わるのは早くても一ヶ月後かよ」
「教わっても、提督と同じことができるのかなあ……」
明石は無慈悲に言った。
「わたしは艦娘の機能はだいたい分かってるけど、あんな技は知らないよ?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ。あの技には夢が詰まってんだよ」
「うん……まあ、向上心を持つのはいいことだね」
工廠に着くと、二人の艦娘がうなだれていた。
「不知火に何か落ち度でも……?」
「司令官が……頼ってくれない……」
天龍は顔をしかめた。
「め、めんどくせえ……」
「うーん、艦娘には精神面のメンテも必要になるよね……提督に進言しないと駄目かな……」
部屋に残された電も、寂しげに俯いていた。
「……司令官さんとちっとも話せなかったのです」
「電さんのことをとても心配してらっしゃいましたよ。先ほども、電さんが目覚めたと聞いて、遠くから大急ぎで戻ってこられましたし」
「あ……そうなのですか。えへへ……」
「今日は着任当日ですし。もうしばらく経てばゆっくり話せる余裕も出てくるでしょう」
大淀は優しく言った。
「提督のお力になるためにも、早く動けるようになってくださいね」
「はいなのです」
「工廠にいる内の一人はあなたの姉妹艦ですから、こちらに来てもらうように連絡しておきます。駆逐艦の雷さんですが、同室でいいでしょう?」
「雷ちゃんにまた逢えるのですか? 嬉しいのです!」