提督に名前はいらない 作:仁良
俺は約15キロメートルに伸びた知覚領域によって、先ほど通った海路をしらみ潰しに探っていた。
隣には戦績妖精が浮いている。彼女は俺が移動すると同時に、シーツの中から転移してきた。
「さっき根こそぎにしたから、さすがに敵は少ないなー」
「ついてくるのは構わないが、できるだけ俺の後ろにいろ。刀に巻き込むかもしれない」
「気にすんな。私らは真っ二つになっても一日あれば復活できるから」
「……言っておくが、俺は味方をそんな目に遭わせる気はない。ついてくるのなら守る」
「お前、やっぱ面白い奴だなー」
妖精は、うひひ、と笑いながら俺の頭に乗った。
「悪いが、南西諸島に行くときは置いていくぞ」
「今度は先に行って待ってるさー。私も一時間くらいで行けるからな」
敵の多い場所に一人で行くのは危険ではないかと思うが、自分で戦闘する気がないのなら、この妖精の魔力と障壁強度なら問題ないか。
「そういや、お前のあの速度はどうやって出してんだ? 魔力を噴射しただけじゃ絶対無理だし、空間転移の応用かと思って試したけどうまくいかん」
「その両方の合わせ技だ。連続で転移するよりは魔力の消耗が抑えられる」
「器用だなー」
「今は視認できない位置への転移が無理なので、苦肉の策とも言える。この世界と俺の親和性がもっと深まれば距離を伸ばせると思うが」
「やっぱそういうのが得意なんか。私らは見えないとこへも跳べるけど、200メートルくらいが限度だなー」
そんなやり取りをしながら、射程範囲にいる怪物型に刃を飛ばし続ける。
俺にとって皆の魂は宇宙空間での太陽のようなものだ。会話しながらでも、見逃すことなどありえない。ただ、深海棲艦に喰われた者は感知できなくなるため、敵は必ず斬って中身を確認しなくてはならない。
先ほどの出撃では200以上の怪物を斬ったが、中から出てきたのは天龍一人だった。おそらくああいった例はかなり希少なのだと思うが、可能性があるなら見過ごすことはできない。あのままずっと怪物の腹に彼女が閉じ込められていたら──そう考えるだけで恐ろしかった。
「難儀だなー。海域をしらみ潰しにするだけなら一ヶ月でいけるかもだけど、索敵に引っかかった敵を全部倒しながらだと何年かかるか分からんぞ。怪物型の元は外から流れこんでくる怨念だから、いくら倒しても全滅させるのは無理だ」
「……しかし、やるしかない」
「さすがに雑魚との戦闘ばっかじゃ飽きるなー」
俺の優先課題は長距離転移と、攻撃射程の延長か。敵は可能なかぎり迅速に殲滅しなくては。
何体目かの怪物を斬ったとき、これまで感じたことのない微弱な魂に俺は気づいた。
「……皐月?」
不安に捉われ、全力でそちらへ向かう。
怪物の残骸とともに、くすんだ色の魂が海に漂っていた。
「皐月!」
俺はそれを拾い上げた。
これが皐月であるのは間違いないが、
「どうなってる……? 助けるのが遅かったということか……?」
もし手遅れだったとしたら……皐月に二度と会えないのだとしたら……俺は狂ってしまうかもしれない。
「あー、すまん。話してなかったな。それは本人の魂じゃないし、艦娘にもならない」
妖精は俺の長い髪を体に巻きつけて浮いている。唐突な高速移動にはすでに備えていたらしい。
「なんせ原料はいくらでも流れこんでくるからな。怪物どもが無限に湧いてくるのと同じで、一回この世界に魂が登録されると、なんかの拍子で複製が湧いてくるんだ」
「複製……?」
「全くの偽物ってわけじゃないぞ。妖精世界で死んだ魂は、私らの集合意識が回収するんだが、複製が湧いたとき集合意識のところにいれば、複製に移って復活できる」
集合意識……この世界に来るとき俺の体を創ってくれた、妖精の神のような存在か。
「私ら妖精に比べたら、いつ復活できるかは運任せなとこがあるけどなー。ちょっと安心したか?」
「そうだな……」
それでも、彼女たちが苦しむところは二度と見たくないが。
「それも回収しとけ。艦娘が吸収すれば能力を強化できるぞ」
「本人の複製でなくていいのか?」
「おー。艦娘なら誰とでも融合するはずだ。一応お前もそれ吸収できるかやってみ?」
「……」
俺はその魂を取りこもうと意識する。しかし、何も変化はない。
「無理なようだ」
「やっぱお前は、艦娘とは根本的に違うんだなー。むしろ私らのほうに近いわけか」
「ああ。お前たちの魔法なら大抵は模倣できる」
「軍艦の守護って、そっちの神の本質からだいぶ外れてたんだろ?」
「……まあな」
「なのによくそこまで責任感もてるなー。私らには理解できん」
好感は持つけどなー、と彼女は笑って付け加えてくれた。
俺は引き続き海域を捜索した。
最初に来たときとは10キロメートル以上ずれて進んでいたはずだが、羅針盤妖精が指す方向に進路変更すると、再び親玉のいた地点に着いた。
「別の場所に行きたかったんだが……やはり面倒だな」
妖精世界の法則からすると、あの親玉もいずれ復活するのだろうが、今は最下級の怪物型が数体いただけだった。
無駄足か──そう思い
「どした? 海域の終点に羅針盤妖精は出てこないぞ。いったんさっきのとこに戻らんと」
「皐月……今度は本物だ」
俺は再び全速で皐月のもとへ向かった。
「うーん速いなー。らくちんだー。南西諸島も一人で行くより髪にくるまってたほうが良さそうだなー」
妖精は勝手なことを言っている。
ほどなくして、皐月の魂が視認できた。
「皐月!」
速度を落として近づくと、皐月はすぐに俺の胸に飛びこんできた。
「お前の気配を感じて来たんかな? お前の存在感は強烈だからなー」
皐月はそれを肯定するように明滅した。
「お前はあんま動かんほうがいいかもな。お前も妖精世界にいると分かりゃ、艦娘はみんなお前を目印にして集まるだろ」
「いや……それはあまり期待できない。お前が思っているほど親密な関係ではなかったんだ」
「向こうではずっと一緒にいたんじゃないのか?」
「彼女たちは俺のことは知らないはずだ。たしかに皐月は俺の気配を感じて、好意も向けてくれていたが、そういった者はごく一部だ」
「なんかそれって……嫌だぞ」
「嫌?」
「お前が寂しいのは、なんか嫌だ! こっちの世界ではもっと艦娘たちと仲良くしろ! な?」
「そうだな……」
『動かないほうがいい』と提案してきたことといい、どうやら本気で気遣ってくれているらしい。しかし、先程までの彼女の言動から、疑問も感じた。
「俺を戦わせたいのではなかったか?」
「私はお前のファンだぞ? 自分の欲を満たすだけなんて、ファンの風上にも置けないじゃないか。それに、お前の役に立てたほうが嬉しい!」
「そうか……ありがとう」
俺は大淀と連絡をとってから一旦陸地に戻り、皐月を艦娘にした。
光球のときから俺の懐を離れなかったが、少女の姿になった皐月は泣きじゃくりながらしがみついてきた。
「神ざま~、ごごどごなの~? ボグ、マジで死ぬがど思っだぁ~」
皐月は妖精世界に放り込まれてから、ずっと深海棲艦に追われる毎日を過ごしていたらしい。
たしかに、こちらへ真っ先に流されていったのは皐月たち駆逐艦だった。いたいけな彼女たちが今も襲われているかもしれない──そう思うと、すぐにでも海に戻りたくなる。
しかし──。
「怖い思いをさせたな……だが、もう大丈夫だ。今の俺なら、お前たちを守れる」
俺は皐月を抱き上げて鎮守府までの道を歩いていた。急ぐ必要はあったが、艦娘との対話も大切にすべきだという妖精の忠告に従おうと思ったのだ。
焦るのは後でいい。今は皐月との再会を喜ぼう。
「他の皆もすぐに集めてくるからな。しばらく留守にすることになるが、皐月の身に危険があればいつでも戻ってくる。信じて待っていてほしい」
「うん……」
鎮守府の正門についた頃には、皐月も落ちついていた。
「神さまってこんな顔だったんだね。メチャクチャかっこいいよ」
「ありがとう。皐月も可愛いし、凛々しいぞ」
俺は皐月の頭を撫ぜる。皐月はくすぐったそうに笑ってくれた。
「ねえ、神さまがここの司令官になったの?」
「そうだ」
「すごいや! ボクね、ずっと神さまのために戦えたらな、って思ってたんだ!」
「そうか……なら、これを渡しておこう」
「なんだい?」
「お前の魂の欠片……のようなものらしい。これを取りこめば能力が増す」
俺がそれを皐月の手に握らせると、魂の欠片は何の抵抗もなく皐月に吸収された。
「うん……強くなれたみたいだ。ありがとう!」
俺は皐月を腕から降ろした。
皐月を真っすぐに見て敬礼する。
「着任を歓迎する。不慣れな司令官だが、お前たちを守るという意志は決して揺るがない」
皐月も元気よく答礼した。
「皐月だよっ。よろしくな!」
俺は微笑む。外見相応の挨拶も好ましいものだった。
「俺が留守の間は、横須賀鎮守府の大淀にここの運営を任せている。皐月たちの主な任務は、輸送船団の護衛になるようだ。皆の命を支える重要な役目だが、これは皐月たち睦月型に頼ることが多くなると思う」
「まっかせてよ! 神さまが戻るまで、ボクがここを守ってみせる!」
「頼もしいな。活躍を期待しているぞ」
支えてくれる者たちがいれば俺はどこまでも強くなれる。そう実感できる、皐月の笑顔だった。
「うむうむ。よっしゃよっしゃ」
こちらの笑顔は、なぜか無性に頬を引っぱりたくなった。感謝はしているのだが。