提督に名前はいらない   作:仁良

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人型

 魂の捜索に視覚情報は不要であり、夜になっても行動に支障はない。

 だが、羅針盤妖精に従わざるをえないのは、やはり効率が悪かった。しかもこの先には、棲地の中枢に到達できる確率が1割程度になる海域もあるらしい。俺は陰鬱な気分になった。羅針盤妖精……。

「初日で20人も集まれば上出来だろ~……しかも助けた奴一人一人とじっくりたっぷり話してんだしぃ……」

 南西諸島では敵の数こそ増えるものの、やはり遠間から斬れば良いだけで、戦闘にすらならない。戦績妖精の希望に沿うものではないと思うのだが、それでもミノムシのように俺の髪に絡まりぶら下がって、何くれと話しかけてきた。この近辺は危険がほとんど無いため、俺も好きにさせている。

「しかし……俺は守護対象を全てこちらに連れてきたんだが、最適化にかかる時間は個人差があるのか?」

「そうだなぁ~……いまいち法則が分からんけど~……だいたいコストの少ない奴から……優先して創られてると思う~……」

 駆逐艦と軽巡洋艦しか見つからなかったのはそういう理由か。それでは、榛名がこちらに来るのは相当遅れることになる。この世界に来てから何度も思念波を送っているが、いまだに返事が無かった。情けない話だが、ありていに言って心細い。

 連れ出した者たちを保護したまま世界間移動できれば良かったのだが、この世界の機構上、それは不可能だった。

「う~……むにゃ……」

 しかし、先ほどから眠そうな声だ。

「おい、寝るな。落ちるぞ」

「ん~……」

 仕方のない奴だ。俺は妖精が体に巻きつけている髪をほどいて、彼女を掌に乗せた。

 鎮守府から少し距離があるため、もう一周しておきたかったが、今回はこれで帰ろう。

「んあー……? 今日はもう終わりかー……?」

「お前とこの子たちを送ったら、また戻ってくる。俺の体には食事も睡眠も不要らしいからな」

「私も、ついてくー……」

「無理をするな。もう休んでいろ」

「私だって……その気になれば……寝なくてもいいんだ……ただ習慣なだけで……むにゃむにゃ……」

「今日は助かった……ありがとう」

「……うひひ……気にすんなー……」

 妖精の声は、すぐに寝息に変わった。幸せそうな寝顔だ。

 俺はこの不条理な生き物が、わずか一日で大切な存在になっているのを自覚しながら、魔力の障壁で包み、懐に入れた。執務室には同じ軍服が何着か置いてあったが、そちらは明石に頼んでポケットを増やしてもらおうか。

 異質な気配の出現に気づいたのは、その時だった。

「……なんだと?」

 直前まで、そこには確かに何もいなかった。

 艦娘とも怪物とも違う気配が、深海の底から湧き出してくる。

「大井か。しかし、これは──」

 俺がそうだったように、その深海棲艦は海から産まれ出た。

「アアアァァ!!」

 絶叫する人型の深海棲艦──しかし、俺がその本質を読み違えるはずもない。彼女は確かに大井だ。

 顔の上半分は仮面で覆われていたが、その口元は整っており、細い上半身も明らかに女性のものだ。脚部と腕に備えられた魚雷発射管は、重雷装艦だった頃の大井を思わせる。

 彼女たちは艦娘としての姿を与えられてこの世界に来るはず。しかし、すぐに魂が侵され深海棲艦となって実体化する者もいるのか?

「ふにゃ~? なんだ~?」

 服の中から妖精が声を出した。

「なんでもない。眠っているといい」

「また雑魚か~? がんばれ~」

 こういった戦闘を見たくてついてきたのかもしれないが、自力で障壁も張れないのでは危険だ。音が届かないよう、空気振動まで遮断する障壁を妖精に張り直す。

「海ノ藻屑トナレェ!!」

 大井は呪いとともに魚雷を発射した。

 我が身もかえりみぬ攻撃だった。この近距離で爆発すれば、本人も小さくない損傷を負うだろう。

 俺は大井の背後に転移し、脚部の艤装を斬りつけた。

「!」

 しかし、音もなく、反動すら無に帰され、俺の刀は止まった。

 俺は地球で発現した際、守護対象に危害を与えられないよう、自分の在りかたを定めている。艦娘を斬りつけてもこういう結果になるだろう。

「艤装と一体化しているのか……」

 それは予想外だったが、攻撃が効かないことへの安堵もあった。

 たとえ魂や姿が変質していても、俺が守るべきものに変わりはないようだ。彼女たち人型の深海棲艦が怪物型に交じっていた場合、一緒に斬ってしまわないか不安があったが、それも杞憂であることが分かった。

 大井は憎しみに口を歪ませて俺を見ている。

「いいだろう……ここで全ての呪いを吐きだせ」

 

          §

 

 明石の仕事量は、提督の着任前と大差なかった。その負担が凄まじいことになっている大淀に、少々申し訳ない。

 鎮守府の戦力強化が明石の担当だったはずなのだが、あの提督には全く不要らしい。提督が帰還するたびに消耗の度合いを確認しているものの、一日戦い続けても体力・精神力は一切減少していなかった。戦績妖精が言うところの『序の口』とはいえ、あの調子ではこの先も明石の能力が必要になるのかどうか。

 今のところ明石は、艦娘の体調管理と戦力値の記録、それに妖精世界の先達として相談を請け負っていた。全員戦闘意欲はあるのだが、精神年齢が見た目相応になっている駆逐艦が多く、彼女たちをまとめるのは大淀も苦労するのだ。

 とはいえ、まずは順調な滑り出しだろう。

 (いなづま)は幼いながらも駆逐艦たちの先頭に立って頑張っているし、天龍もああ見えて面倒見がいい。

 提督も新参の艦娘たちとは丁寧に話していたし、雷や不知火にも謝っていた。これなら進言は必要なさそうだ。

 それでも今日は疲れた。提督や大淀には悪いが、次に彼が帰ってきたら、しばらく眠らせてもらおう。

 そんなふうに思っていると、後ろから声をかけられた。

「明石。起きていてくれて助かった」

 彼の声は耳に心地良い。美声というだけでなく、その口調や伝えられる意志には、ずっと昔から馴れ親しんでいたような──いまだに記憶がはっきりしないが、自分の魂は間違いなくそれを覚えていた。

「提督、おかえりなさ──」

 振り返った明石は、提督が横抱きにしているモノを見て硬直した。

 病的なほど白い肌。手足そのものが膨張したような有機的な艤装。美しくもおぞましい、人型の深海棲艦だ。

 その人外は放心したように口を半開きにして、脱力し提督に身を委ねている。

「邪魔するわよ」

 入渠妖精も工廠に入ってきた。

「この艤装は体と一体化していて、どうしても外せなかった。全弾撃ち尽くしたのは確認しているので危険はない」

 明石はその深海棲艦を()た。

 

雷巡チ級 耐久48/48 燃料0% 弾薬0%

 

「なるほど、無傷ですね……疲れて動けなくなるまで相手をしてあげて、優しくお姫様抱っこですか」

 軽口を叩きながらも、明石の声は少し震えていた。連れてくると聞いてはいても、いざ実物を間近で見ると、どうしても緊張が抑えられない。提督のせいでみんな感覚が麻痺しているが、彼女は人型の強さを誰よりも知っていた。

「そんなに怖がらなくても、提督の魔力で縛られてるから大丈夫よ」

「今回見つけてきた艦娘は直接居住区に行ってもらった。悪いが先にこちらを頼む」

「了解です……」

「艦娘と違って、魂と肉体が完全に融合しているわけではない。明石の言うとおり、この深海棲艦の生命を絶てば、おそらく魂は解放されると思うが……専門家の確認が欲しい」

「これは誰なんです?」

「大井だ」

「ああ……重雷装艦モードですか。向こうで使う機会のなかった魚雷をぶっぱなしたかったのかな」

「……大井の望みがそれだけなら、もっと楽だったんだが」

 提督は入渠妖精を見た。

「彼女は海から突然現れた。直前まで、間違いなく存在していなかったのにだ。艦娘として最適化された魂が、最初から深海棲艦として実体化することがあるのか?」

「怨念と一緒に流れてくるのだもの。強い負の感情を抱えた(ふね)は汚染されてもおかしくないわ」

「負の感情か……」

「思い当たることはない?」

「酷い戦争だったからな……心当たりは多すぎるほどだ」

「困ったものね……明石、まず工廠の機能で艤装を解体してちょうだい。こう不純物が多いと解析しにくいわ」

「深海棲艦にも使えるんですか? これ」

「もともとは深海棲艦を倒すための術式だったのよ。私たちは攻撃系の魔法が苦手だから、工廠に力場を集めて、しかも設置型の魔道具にしてようやく運用できたのだけど」

 提督はその深海棲艦を、明石には理解できない魔法陣の描かれた解体装置に横たえた。

「じゃあ、やりますよ? いいですか?」

「ああ」

 といっても明石のやることは、いくつかのアームを対象者に合わせて、『解体』のボタンを押すだけだ。

 深海棲艦が光に包まれる。なぜか金槌を鋼材に打ちつけるような音が鳴った。

 光が収まると、有機的な艤装は剥がされ、真っ白な手足が(あらわ)になっていた。

「ふむふむふむ……」

 入渠妖精は深海棲艦の上に乗って、頭から丹念に調べていく。

「提督の見立てどおりね。この状態なら、肉体が死んでも魂に影響はない。この器を砕けばすぐに魂が出てくるから、艦娘にしてやりなさい」

「よかった……」

 深海棲艦を解体装置から降ろしながら、提督は安堵の息を漏らした。

「明石。12センチ砲があったな? 貸してくれ」

「え? はい……」

 明石は言われるままに12cm単装砲を持ってきて、提督に渡した。

 12cm単装砲は最弱の艤装だが、艤装を解体された深海棲艦は見た目どおりの柔肌だ。充分に殺せるだろう。

 しかし当然、明石は疑問を抱く。

「あの、どうして……? 刀で刺せばいいんじゃ?」

「俺の刀は、お前たちを傷つけられないようにできている。姿が変わってしまっても同じことだ」

 深海棲艦に気を取られていたが、そのとき明石は初めて提督の異状に気づいた。

 

 精神力80%

 

 前回帰還したときまで1%の減少もなかったのに。

 この提督は本当に、艦娘のことを大切な仲間だと思っている。その仲間が狂って、自分に攻撃してきた。それはどれだけの苦しみだったろう。

 そして今、大切な仲間に砲身を向けなくてはいけない提督の顔は、深海棲艦に劣らない蒼白になっていた。

 明石は考えの浅かった自分を恥じた。

「ま、待ってください提督! そこまでして守ろうとしてるのに……あなたは、そんなことしちゃ駄目です!」

「……これは俺の責任だ」

「だって、そんなにつらそうじゃないですか!」

 明石は提督の腕にしがみついた。

「わたしがやります。これでも工廠の責任者ですから」

「明石……」

「提督は本当に強いですけど、たまには頼ってくれないと悲しいですよ? お願いです」

 彼は明石を見つめていたが、やがて12cm単装砲を降ろした。

「……すまない。大井を救ってくれ」

「任されました」

 明石は12cm単装砲を受けとった。

 駆逐艦以下の腕力しかない明石はその重さにふらつきながら、深海棲艦の心臓に砲身を当てる。

 ヒトの姿をしたものを破壊する嫌悪感も、仲間殺しの感覚も、特に湧かなかった。後ろの男性によって女の本能は刺激されているというのに、この精神のありようも艦娘としての『最適化』なのだろうか。

「大井さん、後でネチネチ言わないでね……」

 明石は目を閉じて引き金を引いた。肩が抜けそうな反動とともに、砲撃音と肉の弾ける音が工廠に響く。

 数秒後、目を開くと、セーラー服姿の少女が提督に抱きとめられていた。

「明石……それに入渠妖精も。本当にありがとう」

「気にしないで。私たちの利益にもなることだし」

「提督の力になれたなら嬉しいです」

 彼の「ありがとう」は心に染みいる。大淀は新参の艦娘のことで彼に礼を言われるたび舞い上がっており、毎回毎回喜びすぎだと明石は思っていたが、実際自分がその立場になってみると本当に誇らしい気持ちになった。

 

          §

 

 明石が大井を検査しているのを遠目に見ながら、入渠妖精は提督に話しかけた。

「……艦娘は怨念に汚染されやすい者が多いとのことだったわね。それに、魂の複製が核となった人型も出てくるはず。この先、人型はどんどん増えてくるわよ? 一体ずつ抱えて戻ってくるわけにはいかないでしょう。その場で魂を取りださないと」

「わかっている。次は自分で撃つ」

 明石が置いていった12cm単装砲を、彼は再び手にとった。

「携帯しにくいな……それに、やはり俺では艤装の性能を引き出すことはできないらしい。俺の力に干渉されない武器なら何でもいいんだが、小刀や拳銃があれば貰えないか?」

「そんな武器では深海棲艦の障壁は破れないわよ? まさか毎回、燃料切れで障壁が消えるまで付き合うつもり?」

「そうだ」

「あなたなら艤装解体の魔法も使えると思うけれど」

「一応試してみるが……俺の根源が彼女たちの守護にある以上、俺の力は一切効かないだろう。魂が変質していた大井も、俺の攻撃は完全に無効化してくれたので、安心していたところだ」

「あなたの安心には、自分の体調のことは全く入らないの?」

 入渠妖精は呆れていた。

「艦娘を連れていくという発想もないのかしら?」

「それは、彼女たちを確実に守れるだけの力を、俺が身につけてからだ」

「すでに充分だと思うけどね……ええと、深海棲艦を殺すための小型の武器? じゃあとりあえず、食堂のナイフでも持っていきなさい」

「人型の深海棲艦の急所は、人間と同じなのか?」

「そうよ。延髄を破壊すれば、苦しめずに殺してあげられるはず。心臓だと死ぬまでに数秒かかるから、ちょっと可哀想だったわね」

 彼は深海棲艦の亡骸を見つめた。

「……ねえ、さっきより酷い顔色よ? あなたが『やる』と言うならできるのでしょうけど、早いうちに艦娘を運用することをお薦めするわ」

「忠告に感謝する」

「とんだ弱点があったものね。まあ、あなたの強さはその想いゆえなのでしょうけど」

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