提督に名前はいらない   作:仁良

8 / 15
戦績妖精 ①

 戦績妖精はいつもの棲み家で目を覚ました。周りには微かに提督の気配が残っている。入渠妖精にでも訊いて、昨日はここまで送ってくれたらしい。

「うひひ」

 彼女はにやけ笑いをした。

 ──あいつは強いし、いい奴だ。本当に、期待以上の提督が来てくれた。これから毎日楽しくなりそうだ。

 外界の招かれざる客を同士討ちさせるという入渠妖精の計画を聞いたときは、「相変わらず陰険だなー」と思っていただけだった。戦績妖精は戦闘好きだが、それは純粋な力と力のぶつかりあいや、鍛えられた美技や、仲間たちとの友情努力勝利が見たいためであって、陰惨な戦いは嫌いなのだ。

 気が変わったのは、チキュウから流れてくる軍艦たちの魂と一緒に、超巨大なエネルギーが渡ってきたときだった。扱いを間違えれば妖精世界が滅びかねず、深海棲艦が出現した時よりも妖精たちのパニックは大きかったほどだが、戦績妖精はこの存在を知ったときから心躍らせていた。彼の意志はあまりに純粋で、悪意などは欠片も感じなかったし、異世界の超越存在が何を見せてくれるのかも楽しみだった。

 彼が提督として最適化されることが決まった時点で、戦績妖精は彼らの戦いに全面的に協力することにした。

 彼なら、たとえ陰惨な状況でも仲間たちを救ってみせるだろうし、理想の戦いも見せてくれるはず。そして彼が中心になるなら、悲惨な最期を迎えた魂でも、この世界で幸せにやっていけるはず。彼の魂には、そう信じられるだけの輝きがあった。

 戦績妖精はあらゆる戦場を見通す能力によって、チキュウで起こった大戦について調べ、艦娘たちに最適な艤装をリストアップした。世界中の深海棲艦のデータもすでに明石に提供している。今は必要なさそうだが、そのうち提督もこの有難みに気づくだろう。

 実際に提督に逢って、その戦いや意志に触れて、本当に彼のことが大好きになった。

 最初置き去りにされたときは腹が立ったが、あれも彼なりに安全を気遣ってくれたらしい。感情を読みとれる妖精という種族にとって、裏表のない彼の気性はとても好ましいものだった。あんなに強いのに、ちゃんとこちらの言うことにも耳を傾けてくれる。

『冷たそうに見えるけど実は優しい』男に、妖精たちはみんなグッとくるのだ。戦績妖精もその例に漏れなかった。

 彼の冷たげな美貌は集合意識の最高傑作であり、端的な口調と沈着冷静な佇まいは外見にぴったりマッチしており、あの無私の精神はもう優しいというレベルではない。自己中心的な妖精たちにしてみれば正しく神そのものだ。

 昨日の海域では雑魚しか出てこなかったが、提督と話しているだけで退屈しなかった。この世界に来たばかりの彼に、いろいろ教えてやれることが嬉しかった。

「うー、早くあいつに会いたいなー」

 最近は工廠で明石にちょっかいを出すのが日課になっていたが、今日は別の目的でそちらに行った。

「明石ー。提督が戻ってくるの、いつ頃か分かるかー?」

「あ……戦績妖精さん……」

 明石は男ものの軍服を膝に乗せて縫いものをしていた。この世界でそれを着る奴は一人しかいない。

「提督の服に何してんだ?」

「上着の内ポケットを増やしてほしいと頼まれて……仕立て直してるんです」

「おー、私の寝床だな。昨日なー、提督の奴、そこに私を優しく入れてくれたんだー。ふへへー」

「そうですか……」

「……なんか元気ないなー。艦娘がいきなり増えて大変か?」

「いえ……自分の馬鹿さ加減に自己嫌悪してるだけです……」

「そうかー? 明石はなかなかデキる女だと思うぞ?」

「あはは……提督はいつ戻ってくるか分からないんです。戻ってきたら、元気づけてあげてください……」

「うひひっ、そうだなー。あいつ、私のことが気に入ったみたいだからなー。私がいなくて寂しがってるだろ」

「……」

「よしっ。いっちょこっちから行ってやるか!」

 そうと決まれば戦績妖精の行動は早い。明石が何か言いかけたが、特に気にせず鎮守府の外に転移した。

「どっこっかなー♪ こっちっかなー♪」

 提督の莫大なエネルギーは、この世界のどこにいても分かるほどだ。深海棲艦に見つからないよう雲の上まで昇って、彼を目指してふよふよと飛ぶ。

 彼に教わった魔力噴射と空間転移の合わせ技も試してみた。何度目かの失敗の後、コツが掴めた。

「おー! 速い! 加速が凄い! うひひー!!」

 長距離を移動するときは、連続で使用できない空間転移よりも、こちらで加速を続けたほうが確かに速そうだ。妖精は質量が小さいだけあって、提督よりも速度を出せた。これなら置いていかれることもない。彼女は嬉しくなった。

 そのまま一直線に提督のもとへ飛ぶ。すでに台湾島を越え、南シナ海に入っていた。

「こんなとこまで来てたんか。遠出したなー」

 艦娘と交流する時間をとるようになったとはいえ、一分一秒を争う提督の姿勢は変わらない。これではあまり鎮守府に戻ってこれないだろう。

「こりゃー、ますます私がついていかんとな! あいつにはお目付役がいる! うん!」

 艦娘と仲良くするように言ったのは自分だが、彼を独り占めできる時間が増えるなら当然嬉しい。ウキウキしながら、さらに加速した。

 やがて見えてきた提督は、長い黒髪をなびかせながら戦っていた。

 あの髪はいろいろ便利だ。“髪”という生命維持に不要な部分を魔術的媒体にすることで、魔力の吸収、変換、放射すべてを効率的に行える。深海棲艦が死ぬと、元となった怨念は純エネルギーとなって霧散するのだが、今も提督の髪はそれを吸い上げていた。彼の力が一向に尽きず不眠不休で戦えるのは、本人のエネルギーだけでなく、集合意識からの贈り物であるあの髪のおかげだ。そして戦績妖精にとって最も重要なことだが、あの髪はくるまりやすくて良い匂いがして、やたら居心地がいい。

 眼下で提督を攻撃しているのは、空母ヲ級と重巡リ級がそれぞれ二体ずつだった。怪物型は全て、綺麗に両断されて提督の糧となっている。

 提督は、空母ヲ級が放つ艦載機を片っぱしから斬り墜としているが、人型に対しては刃を向けていない。

「人型四体相手に慣らし運転か? ようやるわー」

 さすがにこの状況では近づけない。しばらく彼の戦いぶりを眺めることにする。

 彼は障壁の展開範囲を最小にし、砲弾や銃撃を紙一重で避けつづけていた。

「うわっ、すげっ。よくあんな避け方できるなー」

 上からだと髪に隠されて提督の表情は分からないが、特に焦ることもなくいつもの無表情で戦っているのだろう。

「うー、あいつの顔が見たいなー」

 思えば、朝起きたときからずっと我慢していたのだ。戦績妖精はふらふらと、提督の正面側に進んでいった。

 ベテラン観戦者を自負する彼女にはありえない失態だが、提督があまりに余裕で戦っているので気が緩んでいた。

 彼女は、提督が今まさに斬ろうとしていた艦載機との射線上に入ってしまった。

 提督の動きが一瞬硬直する。

「あ」

 そこに重巡の砲撃が放たれた。

 提督は咄嗟に身をひねって直撃を避けたが、障壁には僅かな損傷が入った。

「ご、ごめーん!」

 戦績妖精は慌てて高度を落とし、提督の背後に回った。

 幸い、敵の攻撃はすぐ撃ち止めになった。

 燃料切れで四体の障壁が消失すると同時に、提督の姿は巨大な水柱を残してかき消える。

 直後、四体の人型は、首から青い血を噴き出して倒れた。

「……やっべー、ますます速くなってる……動きが見えないぞ? どうしよう……」

 動きが見えない、つまり観戦できない。それは戦績妖精の存在意義に関わる問題だ。

「まあいいか! カッコイイから!」

 初動と残心しか見えない動きも、ある意味優雅である。すぐにそういう結論を出した。

「提督ー!」

 戦績妖精は後ろから提督の頭に飛びついた。

「すまん! 私としたことが初歩的なミスを! もうしないから許してな?」

「いや……お前は悪くない」

 相変わらず提督は優しかった。

「おーし! じゃあ、今日も元気に敵を殲滅! だな! 一緒に行くぞー」

「……」

 しかし提督は俯き加減のまま動かない。

「どした? もうちょいこのあたりで戦うか? それともカムランまで行くか? ああ、心配しなくていいぞ。次からは邪魔にならないとこで見てるからな」

 昨日はまだ良かったが、人型との戦いでは、自分が髪にぶら下がっていると動きが妨げられるだろう。

「すまない……しばらくお前は連れていけない」

 戦績妖精は目をパチクリさせた。一瞬、何を言われたのか分からなかった。さっきの失敗は気にしてないようだったのに。

「な、なんで?」

 上から提督の顔を覗いた。その顔色を見て、彼女は悲鳴をあげそうになった。

「な、なんかあったんか? さっきの、ケガはしてないよな!?」

 急いで提督の状態を確認する。その結果に彼女は愕然とした。

「せ、精神力20%!? なんでだ!? 一日中戦っても減らなかったのに!」

「……深海棲艦となった仲間を救うには、一度殺す必要があるらしくてな」

 提督は感情を表に出さない。けれどその声から、妖精には(うち)に秘めた感情が伝わる。

 なぜ今まで気づかなかったのか。彼の心は、ほとんど絶望に塗り潰されていた。

「て、提督……」

 あんな姿になっても、彼にとっては仲間なのだ。

 彼は元の世界でも珍しいほどの善神だったのだろう。その彼が何十年も守り続けてきた者たちだ。姿形は関係なく、魂そのもので同一存在と判断してしまうのも当然かもしれない。

 周りに倒れている深海棲艦の死体も、仲間の死体に見える──彼の感情からは、そんな地獄絵図が伝わってきた。

 けれど彼は、どんなに精神が抉られても自分の責務を果たそうとする。あまりに心が強すぎるから、ここまで自分を追い込んでしまうのだ。

「それで、ずっとこんなふうに人型と戦ってきたんか……?」

 この海域まで来ると、人型もかなり増えてくるはずだ。

「ああ……彼女たちも、助けることができて、よかった……」

 深海棲艦から解放された魂は、すぐには意識が戻らないらしい。提督は一つ一つ拾い上げて懐に収めていく。

 複製の魂が二つと、本体が二つ。

「艦娘も連れてこい! 明石は人型見てもお前みたいな反応はしなかったぞ?」

「そうだな……艦娘なら問題なく戦えるだろう」

「おー。お前が前線で戦いながら指揮すればいいんだ!」

「……しかし今はまだ、怪物型と一対一でも苦戦するような者ばかりだ。とても連れてはこれない。鍛えている時間も、今は無い……」

「あ、あぅ……私、私は……」

「もうお前のことは、大切な仲間だと思ってる。巻き込むのが怖いんだ……今の俺では、お前を気にかける余裕を持てない」

「だ、大丈夫だ! 見ろ、この無敵障壁!」

 妖精は自分を中心に球形の障壁を張ってみせた。

「な? な? 小型ゆえの超硬度! 砲撃なんてつるんと受け流すフォルム! 装甲値1000、回避力2000の無敵形態だ! こんなの誰にも倒せないぞ?」

「だが俺なら斬れる」

「……!?」

「斬れてしまうんだ……それが怖い」

 たしかに、魔力の刃に装甲は無意味だ。

 自分の強さも弱さも認める彼は、どこまでも真摯だった。

「何人もの仲間に刃を突き立てている俺の傍に、大切なお前を置くことが怖い。お前に刃を飛ばしかけたとき、俺は心臓が止まるかと思った。……お前は何も悪くない。全ては俺の弱さのためだ」

「そ、そんな……そんなふうに言われたら、私はどうすればいんだよぅ!」

「昨日は本当に助かった。もし許してもらえるなら……鎮守府にいる間は仲良くしてくれると嬉しい」

「う、うー! うー!」

 涙を零しながら、提督の頭をぺちぺちと叩く。

「俺がもっと強くなれたら……その時はまた一緒に行こう?」

 優しい言葉さえも腹が立つ。

「うるしゃい! ばーか!」

 言い捨てて、そこから姿を消した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。