若きロサの邸宅にはもう一人の主がいた。
ロサの会社の後ろ盾として、また親代わりとしてロサの家族と共にこの邸宅に住んでいるその翁、ブルーズ・ゴウトが真のこの家の主と言って良い。
小間使いはその翁から自分達を尋ねる者がいれば、漏らさず連絡するよう言付かっていた。普段であれば、翁は面会予定の客人以外尋ねる者には合わず、遠方の商談相手も発達したネットワークで直接会わずに商談を済ませていた。
しかし数か月前よりその翁の態度を変え、地元の人間以外で自宅に尋ねる者にも気を配るようになっていた。
小間使いは門の老人にしばし待つよう告げると、内線で翁の部屋に連絡を取った。
自室のパソコンで取引商品の納品データを見ていた翁は小間使いの連絡を受けると、キーボードを操作し、ディスプレイをデータ画面から玄関の監視カメラの画面に切り替えた。
以前より用心して門や玄関付近に監視カメラを設置していたが、数か月前よりその画像を自室のパソコンで確認できるよう改良していた。
「こいつは・・・その男を儂の執務室まで通せ」
監視カメラの画像を見るなり、翁は小間使いに老人を邸宅に入れるよう指示する。
程なく門の扉が自動で開き、インターフォン越しに入門許可が出ると、老人は周りを見渡しながら玄関に向かった。
門より五分程度歩き、大邸宅の玄関に着くと、玄関前にはインターフォンの声の主と思われる、体格の良い中年の小間使いが立っていた。
小間使いは老人に深々と会釈した後、黙って老人を家に迎え入れた。
老人は門から家の廊下、階段と移動している間も、首を動かさず其処かしこに視線のみを這わせ、何かを探している様子だった。
小間使いの案内で老人は二階奥の部屋に通されたが、目的のロサの姿はいなかった。
老人が辺りを細かく見回していると、後ろから野太い男の声がした。
「三十年ぶりかの?」
老人が振り返ると、そこには七十をとうに超えたであろう恰幅の良い高齢の男が葉巻を咥えながら立っていた。
「何と・・」
ロサと同様、幾星霜を経て姿形は変わっていたが、何度となく「触れ得ざる者」を手助けしていた初老の男の事を老人は思い出した。
「あんたも生きておったのか・・」
昔の親友との再会ではなかったにしろ、「触れ得ざる者」に関わり生き永らえた人間が少ない事実を考えあれば、この二人の老人の再会は劇的かもしれない。
「お互い様じゃよ。てっきりクエントの爆発で死んだと思うておった」
「あんたらと一緒じゃ。儂も転送されたんじゃ」
三十三年前の不可侵宙域にあった惑星クエントは謎の大爆発を起こし、惑星住民及びその周辺にいたギルガメス・バララント両陣営の船団は全て消滅したと思われていた。
しかし実際にはクエントに居た人間全員がN六〇ガス星雲惑星ヌルゲラントに空間転送されていた。
クエント消滅の張本人も含めて。
かつて「触れ得ざる者」を追跡し、幾度となく敵として相まみえた二人にとって、三十数年を経て今でも二人の老人の間には何の感動を覚えていなかった。
そのためか、翁の口調も決して穏やかなものではなかった。
「で、何しにここに来たんじゃ? 言っておくがここにはキリ、」
咄嗟に老人が手をかざし、翁の言葉を遮った。
「今はその名を口にせんでくれ。訳は後で話す」
老人の態度にいささか苛立ちを感じながら、翁は応接用のソファに座るよう老人に促した。
ひとしきり部屋を見渡すと、遠慮なくソファに腰かけると老人は大きくため息をついた。
「紙とペンを貸してくれるか?」
翁は訳も分からないまま、言われる通りにペンとメモ帳を渡した。
老人は手早く文字を書くと向かいのソファに座った翁にメモを見せた。
『この部屋は盗聴の疑いがある』
「な!」
翁は言葉を失った。
何故この部屋が盗聴されていることが分かったのか?どこに仕掛けられているのか?
誰の仕業か?何の目的で?いや本当のこの男の言うことを正しいのか?
では正しいとして何故それを儂に告げる?
瞬時に翁の頭にあらゆる考えと疑念が駆け巡った。
黙り込む翁を見ながら、老人は話を続ける。
「そういうことじゃから、「奴」の名とその周辺の事は伏せながら話そう」
改めて翁が名を伏せて話し出そうとした刹那、
「ゴウト爺~~~~~~~」
突然部屋のドアが開き、甲高い声で一人の少女が部屋に飛び込んできた。
少女は来客ということもお構いなしに翁の後ろから抱きつき、半ば禿げた後頭部に頬を摺り寄せいていた。
「これ、チクロ!」
本来であれば孫同様のこの少女の抱擁は嬉しい限りだが、目の前の因縁浅からぬ人物の前では素直に喜べなかった。
「この前話した店に行く約束でしょ!早く行かないとバラザックのアクセサリーが無くなっちゃうよ!」
「チクロ!お客人の前だぞ!ご挨拶しなさい」
少女は翁に言われ、老人に対し恭しく挨拶したが、一瞬で翁への抱擁が再開した。
「ゴウト爺、早く行こうよ!」
「今話し中じゃ。もう少し待っていなさい」
「え~待てないよ!」
「本当にもう少し待っておくれ。直ぐに要は済むから」
「やだよ!この前もそう言って約束すっぽかしたじゃない!」
笑顔だった少女は顔を歪み、今にも泣きださんばかりになっていた。
「困ったの・・・・グレファ、グレファローズ!」
翁はインターフォンを通さず、大声で部屋の外へ直接声を掛けた。
間を置かず、老人を案内した中年の女給が現れると、翁とその女給は少女を連れて部屋から出て行った。
部屋の外では少女の甲高い声と女給のなだめ声が遠く聞こえていたが、10分程すると静かになった。
「やれやれ、参ったもんじゃ・・」
僅かの時間でも子供相手に神経を使い、憔悴しきった翁が部屋に戻ってきた。
「大変そうじゃな・・」
「バニラの一番下の子じゃ。まだネンネで参っとるよ」
「その割は嬉しそう見えたが」
「あいつらと30年以上付き合っとるからな。血は繋がってないが、本当の孫みたいなものじゃ」
微笑ましい光景を目の当たりにして、老人は僅かに心が揺らいだ。
自分が追い求めている事柄がこの一家を面倒に巻き込むのではないかと感じたからだ。
『既に過ぎたことだ。真実を知るのも大事だが、それは儂の自己満足だ』
自責の念が老人の腰を上げさせ、帰り支度をさせる。
「さて、あの嬢ちゃんが癇癪を起さぬうちに儂も帰ろうかの」
自嘲の笑みを浮かべて老人は席を立とうとした。
「気を回さんでいい。店にはここの女給頭について行って貰っとる」
翁は立ち上がる老人を慌てて制し、こう付け加えた。
「もっとも金づるがいなくなってチクロの方は不満だらけじゃが」
翁は女中頭が店の中で首を横に振る姿を想像しながらクスリと微笑んだ。
老人は翁の態度に内心ほっとすると、どっかとソファに座り込み、おもむろに口を開いた。
「なら単刀直入に言おう。32年前のあの日、お前さんはキリコら・・」
「お、おい!その名前は口にしたらいけないんじゃなかったのか?」
慌てる翁に老人は先ほど言いかけていた事を思い出した。
「おお、そうじゃった。お前さんが席を離れた時、部屋の中を少し調べさせて貰ったよ。盗聴はされておったが、その机の一番右の電話にだけ盗聴器が仕掛けられておった」
と机にある外線用の電話機を指差した。
「ただ受話器を上げた状態じゃないと機能しない型じゃ。受話器を上げなければ大丈夫だろうて」
翁は老人の語ることを全て信じている訳では無かった。しかしこの場で嘘をついてお互い何の得もないと考えると、老人の言葉を「今は」信じることにした。
「しかし誰が一体・・」
「それはお前さんらの問題じゃ。儂は知らん」
他人事とばかり答える老人の愛想のなさに、翁は礼の言葉を喉にしまい込みそうになったが、老人との話を円滑に進める以上、こちらも態度を軟化させることにした。
「兎に角、礼は言っておく。」
翁の態度にいちいち気に留めることのなく、老人は話題を切り出した。