老人の返答に翁は驚きと怒りで問いただした。
「いったどういう事だ!フィアナのカプセルがメルキアに来るとは!」
「・・・・この件は・・」
老人の沈黙に翁はさらに責め立てる。
「もったいぶらずに話せ!」
老人はようやく思う口を開いた。
「・・詳しいことは訳あって話せん。ただ言えることは、フィアナの亡骸の入ったカプセルがある宙域から『故意に』こちらに放出させられたということじゃ」
「亡骸とは・・フィアナは死んだのか?それはキリコも知っていることか?」
「ああ、キリコは彼女を丁重に弔ってくれと頼んで、今は行方知れずだ」
老人の言葉には一部嘘があった。
赫い霍乱後、キリコはマーティアルのみならずギルガメス・バララント両軍からその動向を監視されていたからだ。
「それに『故意に』とは誰がそんなことを」
翁が更に問いただそうとした途端、
「しっ」
老人は唇に指を立て、翁の言葉を遮った。
「今回の件には、何らかの見えない力が関わっているようじゃ」
老人は何か畏怖の念のこもった返答をする。
「何らかの力って、まるで神がかっているようなことを・・」
翁の疑問に老人は目を細めて言った。
「キリコに関わった者なら推察できるじゃろうが・・」
「あっ・・・・『ワイズマンが・・・』」
翁はかつてキリコに聞かされていた「神」の名を思い出した。
「・・分かった。その件はこれ以上詮索せん・・」
二人の間に沈黙が生まれた・・。
しかし、その沈黙は5分と続かなかった。
「お話中申し訳ありませんが、お昼もだいぶ過ぎたので、お食事をお持ちしました」
突然部屋の扉がノックされると若い女給が大きな銀製の盆を両手に持って現れた。
盆にはサンドイッチと果実の盛り合わせ、取り皿が載せられ、二人が座っているテーブルに手早く並べられた。続いてもう一人の女給が高級な陶器のスープ鍋と椀を持って来た。
翁が壁掛けの時計を見ると針は午後2時を大きく回っているのが見えた。
「もうそんな時間か・・。ここらで休憩をするか」
「・・・よかろう」
両者とも会話に時間を忘れてはいたが、昼食を前にして二人は急に空腹を覚えた。
翁に勧められるまま、老人はサンドイッチを頬張った。
柔らかな白パンとライ麦パンのサンドイッチは合成ではない肉やハム、卵、野菜など多くの具材が挟まれ、この上ない美味だった。
またカットされた果物は彩も鮮やかで、口に入れれば採れたてと思う程新鮮だった。
翁がそれぞれの味を堪能しているのに対し、老人は殆ど感想を述べずに黙ったまま胃に詰め込む作業を繰り返し、十数分で食事を終えた。
一通り食事を終えると、それを見計らったように若い女給がコーヒーポット、カップを持って現れ、二人にカップにコーヒーを並々と注ぎ立ち去った。
老人らはカップの黒い液体の香りと味に感嘆の声を上げた。
老人の顔がほころぶのを見て、翁は口を開いた。
「どうじゃ、そのコーヒーはいけるじゃろう?お前さんも居ったクメンの豆じゃ」
「クメンの農産物を取り扱っていると聞いたが、これもその一つか?」
「ああ、砂しかないこの辺りでは熱帯の農作物は高値で売れる。コーヒー豆も同様じゃ」
「・・久しぶりに飲むな・・・アレギウムでは嗜好品はあまり手に入らないのでな」
「・・お前さん、アレギウムに居ったのか?」
「もう30年ほどになる」
「軍ではお偉方だったのに何故?」
「ギルガメスは別にして、バララントの階級はキリコを追うために予め用意されたものじゃ。それに・・」
「それに?」
「二人の顛末を人づてに聞いたら 軍にいるのが馬鹿らしくなってな・・。つてを頼ってそこに移り住んだ次第じゃ。」
「そうか・・」
コーヒーを飲み終え、一呼吸置いたところで翁が切り出した。
「そういえば、フィアナは何時?」
翁の問いに老人はゆっくりと答えた。
「あの『赫い霍乱』の最中、場所はアレギウム根本聖堂のメディカルルームと聞いておる」
「アレギウムで・・。『霍乱』の事は噂で聞いてはおったが、まさかフィアナまでアレギウムにいたとは・・」
「ある者が画策して半蘇生状態のフィアナをアレギウムに搬送、それを追って来たキリコが起こしたのがあの『霍乱』じゃ・・」
「そうだったのか・・」
「だが戦闘に巻き込まれて死んだ訳ではない。寿命が尽きたという事じゃ」
「寿命・・」
「『霍乱』の後で知ったことだが、フィアナの寿命は2年ほどだったらしい」
「2年!それであんなに弱っておったのか・・」
「そう、フィアナの寿命は尽きかけておった。だから二人はカプセルに入ったのじゃ。永遠に生きるために、な・・」
「スリープの原因はフィアナにあったことが分かった・・。しかし何故そんなに知りたがる?」
翁の問いに老人はどっかとソファに背もたれ、深く息を吐いた後に語り出した。
「儂はアレギウムで奴、キリコの行動を編纂する仕事に就いておる。30年近くかけて奴の誕生からコールドスリープするまでの行動や奴に関わった人物・組織の編纂はほぼ完了しておる。しかし、奴が何故カプセルに入ったかは謎じゃった・・。この銀河に君臨する力を持っていたにも関わらず・・」
ふい老人の脳裏に32年前の苦い思い出が蘇っていた。
目の前で神が殺されたあの日の事を。
「・・・」
急に黙り込む老人に翁は
「今回の件で謎は解けたか?」
その言葉に老人は我に返り、天井を仰ぎながら言った。
「ああ、ここでの聞き込みは些細なことじゃが、32年前の奴の最後の行動の編纂には必要なことじゃからな。これで儂の仕事も一区切りついたが・・・」
「が?」
老人は顎を引いて、さも翁に宣言するかのように言った。
「ここに来て奴は、キリコは覚醒した。何故32年経って今目覚めたのか、そしてどのような行動を取っていくのか、奴を追い続けなければならん・・」
「理由はどうあれ、余りにも長い道程じゃな・・」
「奴と関わった事が運のツキじゃわい。お前さんはその事は気にするな。」
老人はにやりと笑った。
「それに今回の件はフィアナのカプセルを見送った者として、カプセルの行方に興味もあったからな」
老人の言葉にすぐに答えず、翁は新たな葉巻に火をつけ、軽く煙を吐いた。
これまでの老人の行動を頭の中で整理したところで一つ大きな疑問が浮かんだ。
「しかし、分からんことがある。お前さんはそもそもフィアナを追っていたのじゃろ?
PSの寿命は知っていなかったのか?」
その質問に老人は少し不機嫌な態度で答えた。
「儂は上から命令されて動いていただけじゃ。PSに関する簡単な情報しか教えて貰っとらん」
「それにしても2年は短くないのか?」
「何かあった時の時限爆弾として遺伝子操作で短命にしている例もある。ジジリウムの放射線で生命維持をしていた点からみても長く生きることは出来なかっただろうな」
「そうか、何もかも知った上での行動かと思っておった」
「軍の最高機密を世に出さないことが最優先事項じゃからな」
「だからか、証拠隠滅は徹底的だったのは・・」
かつての情け容赦ない掃討作戦を思い出し、翁の目が険しくなった。
「PSの形跡を一切残すな、とのお偉方の命令じゃよ」
「・・お前さんには良心の呵責はなかったのか?」
「軍人に感情はいらん。上の手足となって命令を遂行するのみじゃ」
老人が今でも軍人風に胸を張るのを見て、翁は恨めし気に目を細めながら、
「おかげで儂らは2度死にかけたぞ」
老人は顎に手をかけて当時を思い出しながら言った。
「ああ、ウドにクメンか。今となっては懐かしい話じゃよ」
「アホ抜かせ!PS一人のために都市一つ殲滅させておいてよく言うわい!」
一瞬二人とも黙り込んだが、
「ふふ・・・」
「ははは・・・」
彼らの口からは笑い声が溢れていた。
数千、数万の人間が犠牲になった掃討作戦を笑うのは人が聞けば余りに不謹慎ではあるが、30余年の年月は老人たちにとって懐古的な笑い話に変えていた。