邂逅の古狸達   作:robotomy

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別離(最終話)

ひとしきり笑うと老人が唐突に真面目な顔に変わった。

「儂がここに来た最後の理由じゃ」

老人は懐からメモの切れ端を取り出しテーブルに置いた。

「何じゃ、それは?」

メモにはある惑星の正規軍部隊名と男の名前が書いてあった。

「それは『霍乱』の時にキリコと一緒にいた元信者の居場所と名前じゃ」

「これをどうしろと?」

「その人物に今日のここで知り得た事を伝えて貰いたいのじゃ」

翁の目が思わず見開く。

「つまり、キリコにカプセルの件を伝えろと」

「さっき話した通り、奴の所在は不明じゃ。ただ、途中までその男が奴に同行していたと聞く。もしかしたら、この男が奴の行き先を知っていれば・・」

「何故、お前さんがそれをしない?」

「アレギウムに居ると何かと制限がある。ましてや『霍乱』の後では監視の目も厳しい」

「・・・分かった。どうにか連絡の手立てを考えよう」

「無理にとは言わん。連絡する、しないはお前さんの自由じゃ」

翁はそそくさとメモを上着のポケットに仕舞った。

 

老人の最後の用事が済み安心したのか、カップに残っていた冷えたコーヒーの残りを飲み干した。

「そんな冷えたものなぞ、飲んでもおいしくなかろう。直ぐ代わりを持ってこさせるわ」

と言った直後、

「ゴウト爺~~~!」

明らかに怒気をはらんだ声とともに突然部屋のドアが開いた。

「何で来てくれなかったの~~!ず~~~と待っていたのに!」

客人の事も忘れて、部屋に怒鳴り込んできたのはチクロだった。

その後ろからお目付け役だった女給頭が現れ、帰宅の挨拶を告げる。

「ただ今帰りました」

「ご苦労さんじゃったな。チクロ、買い物のほうはどうじゃった?」

二人を見ながら翁は買い物の成果を聞いた。

「もう最低よ!グレファは何にも買ってくれなかった!」

正確にはチクロは藍色の宝石をあしらったペンダントを一つ買っていた。

「旦那様からのお言いつけ通りの予算内で、と言ったのですが、チクロ様は何かと高価なものばかり欲しがりまして・・」

「高くないもん!あれぐらい皆持ってるよ!」

女給頭の言葉に娘はすぐに反応する。

「これだってそんなに高くないし!」

「300ギルダンは大金です」

首から下げたそのペンダントは明らかに10代前半の娘には高価過ぎる買い物といえた。

「やれやれ、チクロの言うことを聞いていたら店ごと買ってしまいそうじゃな」

「茶化さないでよ!私そんなにわがまま言ってないもん!ケチ爺!」

「チクロ様!」「チクロ、いい加減にしろ!」

「もういい!」

女給頭と翁の二人にたしなめられ、娘は癇癪を起して部屋を出て行った。

 

「まったく・・変なところはココナにそっくりじゃ・・」

翁は深くため息を吐いた。

家人の「微笑ましい」会話を再度見た老人はここが潮時と感じた。

「さて、用は済んだ。帰るとするか・・」

腰を上げる老人に翁は少し残念そうな顔で言った。

「そうか。・・長く引き留める理由はないが、もうじきバニラが帰ってくる。『霍乱』の経緯をもう少し話してもらうと助かるのじゃが・・」

「『霍乱』の事はアレギウムから硬く口止めされておる。フィアナの件も禁忌に近いことじゃが、事実確認のため、お前さんにあえて話したのじゃ。これ以上は聴かんといてくれ」

「・・分かった。ならば引き留めはせんよ」

翁が玄関まで案内する形で二人は部屋を出た。

中庭の見える廊下を半ば過ぎたところで老人が突然足を止めた。

「おお、そうじゃ。お前さんに言っておいた方が良い事があったわ」

翁は振り返ると老人は小声で話し始めた。

「グルフェーに一番近い『港』にギルガメス軍の一個師団が駐留しておったが、なにやらきな臭い雰囲気だった」

「ほう・・」

「これからどこかに侵攻する空気、独特の緊張感があった。その他はこれといって・・ああ、兵装全てが黒づくめだったのを覚えとる」

「それは『黒い稲妻旅団』じゃ。正式には第17パレギア方面軍戦略機甲兵団という」

「なんじゃ知っておったか。だが聞いた事のない名じゃなあ・・」

「編成されて10年かそこらの部隊じゃ。元はローラシル大陸北部におったが、急にこの近辺にやって来て強引に駐留するようになった・・」

「なるほど・・大方ポッと出の官僚が作った私設部隊というところか。マーティアルの権力が薄らいだこの時期に私腹を肥やさんとして動いたとなると・・・ここが危ないな・・」

「儂もそう感じた。実際少しずつだがここの統治に干渉し始めておる」

「ならば近いうちに軍事的干渉もあり得るか・・」

「『五つの薔薇』も警戒しとるから、直ぐには無いと思いたいが・・」

「『港』でこのまま駐留するには、ここは遠すぎる。あの動きは他の勢力をけん制しつつ、目ぼしい場所に移動する準備している段階だ。拠点が整備されない限りここには手は出さんはずじゃ」

老人の推察は正しかった。

「黒い稲妻旅団」が宇宙港とグルフェーの交通路を規制し、武力行使したのは、この時より2週間後の事である。

老人は忠告を続けた。

「それから、昨日から世話になっとる立法府でもちょっと気になる奴を見かけた」

「立法府で?」

「確か名前はギャッシルマンとか言ったかの?」

「・・奴か。最近街の若者の信頼を集めとる僧官じゃ」

「奴には何かギラギラした刃物のような・・野心めいたものを感じたが・・・」

「最近この地域の枢機卿の選挙に落ちたらしい。それを境に街の若者と積極的に接触し始めたそうだ。最近は夜な夜な集会を開いておるわ」

その情報の出所はバニラの次男ソルティからだが、翁はその事は敢えて言わなかった。

「そうか、もしギャッシルマンが街の若者を何かと焚き付けて事を起こせば、例の旅団のグルフェー侵攻は近くなるかもしれん・・」

「・・肝に銘じておこう」

「これで昼飯の礼はチャラでいいかな?」

老人はにやりと笑いながら言った。

 

どこからか、日の入りを告げる鐘の音が聞こえてきた。

間もなく日が暮れ、肌寒い空気に変わるだろう。

「おっと、帰るといって長話になったわい。今度こそ帰るとするか」

「達者で・・もうここに来ることはないか・・」

「数百光年離れた不可侵宙域じゃからな。もう会うことはあるまい」

老人は星が瞬き始めた空を見ながら言った。

「・・そういえばアレギウムにはどう帰るつもりじゃ?」

「『港』からはジアゴノへの定期便もあるし、不定期だが巡礼者のための船も出ておるから心配ない」

「砂漠はどうやって渡る?『港』までの乗り合いバスか?」

「通常の路線は何時閉鎖されるか分からんから、裏道を行くつもりじゃ。そのための『足』は一応確保してある」

あのホヴァトラックの運転手の顔が老人の脳裏に浮かんだ。

「明日に?」

「『足』の都合にもよるが、明日には出立する」

「そうか・・本当にこれでお別れじゃな」

「ああ、それじゃな」

老人は門をくぐると薄暗くなりつつある坂道をゆっくり下っていった。

翁は老人の背中が見えなくなるまで見送ると、踵を返して急ぎ自室に向かった。

 

「触れ得ざる者」を良く知る年寄り二人の邂逅は以上である。

しかし「触れ得ざる者」が覚醒した今、彼らの運命の歯車はもう一度動き出すことになる。

その事は砂漠の風だけが知っていた。

 

 

                                     〈終〉

 




構想2年、執筆9か月かけて何とか自分の空想が形になりました。
ゴウトとロッチナ、この二人がまともに会話することはなかったなあ、
とボトムズの作品を思っていたのが、この作品の執筆動機です。
戦闘描写は一切なく、ボトムズファンとしては物足りないとは思いますが、
二人の老人のやり取りを超がつくほどのベテラン声優さんの声で
脳内変換して読んで下さるようお願いいたします。
最後に、この小説を読み終えたら、「いつもあなたが」を聴いてみて
下さい。
涙が出るくらい良く合いますので・・(私もこの曲を聴きながら
創作していました)。


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