「ふんふふーん♪」
そう鼻歌交じりにキッチンで料理をしているのは、先程まで焦りに焦っていた姿こそ違えど我が友人(♀)である。つまるところの織斑一夏。インフィニット・ストラトスというライトノベルの主人公。鈍感で唐変木でどうしようもないほど人の好意に気付かない、それはもうイケメンな男の子
「……そんなに楽しいか、料理」
「まぁ、嫌いじゃないし」
ふんふむ。何ともすばらな光景ですね。しかし残念かな、こいつの本性は男なのだ。しかも憎きイケメン。本来の性別だったとしても絵になるとは思うが、思春期の中学生としてそれを見るのはご遠慮願いたい。男が男の部屋に上がり込んで料理とか、それどこのBL漫画。加えて鼻唄までやってたら、パーフェクトアウトじゃあありませんか。うん。そう考えると失礼だがこいつがTSしておいて良かったと思う。絵面的にもこう……萌える方に傾いてくれたからね。エプロンは無いけれども。すまんな、俺は殆ど料理なんてしないんだ。自炊しなきゃとは思ってるんだけどなぁ……。
「なんつーか、本当すまんな。任せっきりで」
「いいさ、別に。気分転換にもなってるし」
なんて会話をする理由は、数分前のことにまで遡る。
◇◆◇
件の一夏が腹減ったなどと言ってきたので、仕方無く食事を優先することになった。とりまコンビニでいいかー、なんて軽く考えて立ち上がれば、近くに突っ立っていた一夏ちゃんから一言。
「どこ行くんだよ」
「え、いや……コンビニ?」
「は? なんで?」
如何にも分からんと言った風に首を傾げる一夏。いや、人がこの状況でコンビニに行く理由なんて限られてくるでしょ……。というか正直どうでも良くないですかね。俺がコンビニに行く理由とか。
「腹が減ったって言ったのはお前だろ。飯買いに行くんだよ」
「え? 作らねーの、飯」
「残念ながら俺にそんな主夫力は無いのです。……つーわけでちょっと行ってくる。何がいいよ?」
言った瞬間、一夏ちゃんから向けられていた視線が強くなる。え? なに、俺なんか気にさわること言った? ちょっと待ってくれよ、今のお前女性だから視覚情報には弱いの。許して。許してヒヤシンス。
「お前、まさか毎日コンビニ弁当かよ」
「馬鹿を言うな。そんな無駄遣いはしない。三、四日ほどはきちんとしたモノを食べるし、それ以外の日もカップラーメン一個とか、カロリー◯イトとウ◯ダーとか、そんなもんだ」
びしり、と一夏の体が固まる。つーかちょっと震えてない? 肩がふるふるしてない? フルフル。なに、ヴェアアアアアアみたいな叫び声あげるの? 怖っ。
「……今から俺が朝食を作る。それでいいな?」
「いや、でもそれは──」
「 い い な ? 」
「はい」
ごめんなさい、別の理由で一夏ちゃん怖いです。
◇◆◇
「あの時は命の危機を感じたぜ……」
「何言ってんだ蒼」
ほら、なんて言いながら俺の目の前に置かれたのは、織斑一夏特製の朝ごはん。白ご飯に漬け物、先程焼いていた魚にお味噌汁、おまけに卵焼き。ご飯とお味噌汁に関してはインスタントですけどね。うむ。人類の技術ってすげー。なになに、卵焼き? もちろん食べりゅ。
「しっかし食べ物が華やかだな」
「どんだけ偏った食生活を……だから体調崩すんだよ蒼は」
そりゃあ自覚するほどに酷いものですよ。すまんな、こちとら不健康を地で行く現代っ子なんや。カップラーメンマジで神。あれさ、固まってる麺を三つに割ったら三食一個で乗り切れるんだぜ! ただこれ、あんまやり過ぎると体壊すから。マジで体育の途中にぶっ倒れた時は死ぬかと思った……。あれから結構改善したと思うんだが、一夏的にはアウトだったらしい。なんでだ、きちんとした飯はちゃんと食ってるって言うのに。
「いや、朝起きたらいつも気分悪いし、朝食とかちゃんと作るの面倒だろ」
「それは不規則な生活をしてるからだ。いつも健康的にすごしていれば体の不調なんて殆どない」
ふん、なんて真面目な顔でそう言ってくる一夏。確かにこいつが体調崩したことなんて滅多に見ない。年中元気に女子へと笑顔を振り撒いてる。めっちゃキャーキャー言われてる。しかしそれを
「…………さっすが、この年で健康を意識してる奴は言うことが違うな」
「当たり前だろ。いい老後はいい生活から」
言い切って胸を張りながらぱくぱくもぐもぐ。こいつ食べる時まで姿勢良いのかよ……(驚愕)。いや、薄々気付いてはいたけれども。何故今更そんなことを気にするのかと言うと、胸を張ってるおかげで自己主張の激しいそれがもうわがまま。Tシャツだから余計に分かる。密着した時にもしやと思ったが、結構でかいんじゃないんすかねこれ。正直目のやり場に困って仕方ない。やめてくれよ、俺のSAN値が直葬コースだよ。もうやだ、凰さんに謝れよこの野郎。
「……気にしてもしょうがない、よな……」
「? 何がだよ。それより食わねーのか?」
お前さっきからそればっかだな。本当どうして気付かないのかなぁこの朴念仁。……いいや、最早考えても無意味だな。こいつが昔からそうなのは知ってるし。むしろ生まれる前から識ってる。元々織斑一夏ってキャラクター自身がそうなのであって、何もしなければこうなるのは必然なのだ。何もしないというより出来なかった自分に敬礼。お前のおかげで、数多の女子が救われたと思うよ……多分。ほら、告白が意味無いって分かって。
「じゃあ、いただきます」
手を合わせてぽつり。確かに不規則な生活を送る現代っ子だが、食べ物に関する感謝の念を忘れるほど馬鹿でもない。というか忘れたら一夏に殺される。無駄にそういうところ真面目だからこいつは本当お節介。トラブルメーカーでもあるが。尤も、振り回されるのは主に周りにいる俺達だけだがな! 駄目じゃねぇかオイ。巻き込まれ系転生者とか、そういうところで巻き込むんじゃない。もっとシナリオに関する場面でだな……いや、それこそ勘弁してほしいけど。
「おお、うまい」
「ん、そっか。なら良かった」
流石は幼い頃から家事を行ってきただけはある。マジでうまくてちょっと感動しちゃったじゃねーか。なるほど、これがおふくろの味ってやつね。一夏がおふくろとか、何それ男なのにぷーくすくす……なんて言える状況じゃないんだよな、現在進行形で。だって一夏ちゃんだもの。どこからどう見ても完璧に女の子ですよ。やったねちーちゃん妹が出来たよ! はてさて、それは本当に喜ぶべきなのか。いいや、喜ぶべきじゃあない(反語)。
「つーか、女になって真っ先に来るのが女苦手な俺のとこって、そこはかとなく悪意を感じるんだが」
「うっ……すまん。だって、身近で頼れるのがお前くらいしかいないし、家も一番近いし、何よりもう訳が分からなかったし……」
「あーすまんすまん悪かった、別にそんな困らなかったしいい、だからほら、あの、泣くなよ……」
お前いつからそんな涙脆くなったんだよ。千冬姉を少しでも助けてあげたい(キリリッ)とか言ってたお前はどこ行ったんだ本当。カムバック一夏くん。カムバック友人。こんなの織斑一夏じゃねぇ!(断言)……いや、気持ちとしては分からなくもない。朝起きたら女になってるとか、そんなもん混乱して泣いたとしても仕方ないだろう。おまけにほら……俺って冷静に見えるらしいし。内心凄い焦ってテンパってるんですけどね。何はともあれ、頼れる人がいたらつい溢れたのかも知れん。でも、美少女なので結構真剣に泣くのはやめてほしいです(懇願)。
「……そういや蒼。俺と喋るのは大丈夫なんだな」
「まぁ、外見はともあれ一夏だし。何より話し方がいつも通りだからな。これで女みたいだったらやば──」
「私のことは大丈夫なんだね?」
「──っひゃい!?」
びっくーんと自分でも驚くほど肩が跳ねる。手に持っていた食器を落とさなかったことだけは褒めてやりたい。だがその反応については忘れたい。ちょっと女子っぽくされただけでこれとか、やばい。ガチでへこむ。何で俺はISの世界なんかに転生させられたんだろう。軽く自己嫌悪に陥っている間、現状を作り出した元凶はどうしているのかと言うと。
「ぶふっ。っひゃい。っひゃいってお前ッッ……」
爆笑しておられた。
「てめぇ一夏この野郎……」
「あ、すまん蒼。醤油とってくれ」
「今それ言うか。あとここ人ん家だからな?」
飯を作ってくれたとは言え、許せないことはある。いやまぁ、醤油はきちんと渡しましたがね。