「……遅いな、千冬さん」
「そうだな……」
俺はコーヒーを、一夏はお茶をすすりながら呟く。かれこれ食事をとってから数時間。やはり気になっているからか、手元のそれは殆ど減っていない。というか冷めてしまって余計飲む気になれなかった。一夏の方はとちらり視線を向ければ、両手で湯のみを抱えてほっこりしている。可愛い。あと可愛い。外見だけを見れば。もうこいつずっと女の子のままでいいんじゃない?
「いや、そういう訳にもいかんだろ……」
「?」
俺の独り言に対してこてんと首を傾げる一夏ちゃん。何でもないかのようにコーヒーをぐいっと一気にあおり、ちょっと乱暴に置く。かたんと音をたてるカップ。朝から訳の分からんことだらけで混乱していた頭が、今更になってきちんと動き出した。よーしよし、よくやったぞ俺。是非ともご褒美が欲しいとねだれるくらいにはよくやった気がする。脳みそ起こしただけなのに何言ってんだろ……。うん。やっぱ混乱してるわ(混乱)。
「しかし、もう昼近くだぞ……」
「んー……。やっぱ千冬姉無理なんじゃ──」
と、一夏が諦めの台詞を口にしようとした時だ。ピンポーン、と聞き慣れた音が部屋に鳴り響く。来た。キタキタキタ、キタ━━━━━━! すまんちょっと予想以上に興奮してる。ごめん。ただ、これも仕方がないことなんだ。千冬さんは女性だから俺氏苦手。あーゆーおーけー? どぅーゆーあんだすたん? 解答は是非ともいえす、あんだすたん! を望んでおります。つまりどういうことかと言うと、一体どういうことなの……?(困惑)ええい、待て、落ち着け。つまり、苦手な人が来るときのドキドキと助けが来たドキドキが合わさって、もうドキがムネムネなんだよ!
「……ぁ、開いてます、千冬さん」
「一夏ァッ!!」
ばーん、とドアをぶち破って入ってきたのは世界最強のお姉ちゃんでした。やばい、何がやばいって顔が絶対ファンの皆様にはお見せできない。これは不味いっすよ千冬さん。主に俺へのダメージが。いやだってこんな状況待ち望んでた訳でも無いし、冷静に考えると女二人に男一人っていう状況だし、しかも一人はくっそテンパってるし、一人はTSしちゃって情緒不安定だし。ひゃー、これは想像以上にえぐいですぞー。ワイのメンタルが。何度でも言う。ワイのメンタルが。
「一夏!! 大丈夫──」
「千冬姉!! 俺だよ俺、分かる!?」
ぴたりと静止。それから凝視。じっくりことこと一夏ちゃんを穴が開くほど見詰める。ほっ、こっちへ矛先が全然向いてない。やったね、これで安心して二杯目のコーヒーが飲めるよ。ふぅ、やれやれだぜ。ラノベのやれやれ系主人公と承太郎さんの差はでかい。つまりテメーらに足りてねーのはオラオラなんだ。あと情熱と思想と理念と頭脳と気品と優雅さと勤勉さ。そして何より速さが足りない。
「一、夏……なのか……?」
「そ、そうだよ千冬姉。その、信じられないかも知れないけど、俺は正真正銘織斑一夏だよ!」
きゃーはっきり言っちゃう一夏ちゃんかっこいいー、すてきー、抱いてー。いや、やっぱやめて。先ず俺そんな頭悪そうな女子みたいな思考回路してないし。男だからどちらかという抱かれる方より抱く方だし。まぁ、生涯で一人抱けるかどうかも分かりませんがね! えぇそうですよ童貞ですけど何か。もうここまで来ると一周回って童貞で自慢できるレベルだよ。恥ずかしくねーよ。自分の貞操をここまで守りきってるんだぜ。むしろ尊敬してくれてもいいのよ。マジで言ってんのかって? んなもん負け惜しみに決まってんだろバーロー。
「──植里」
「ひゃい!?」
いきなり名前呼ばんといて下さい。びっくりしちゃって変な声出たでしょーが。同時に自己嫌悪で死にたくなっちゃうでしょーが。あと一夏、お前また笑ってんじゃねーよその胸揉むぞコラ。一夏と相対していた千冬さんがゆらりと揺れ、前髪で隠れた顔が此方を向く。えっ、何その状態。凄く怖い。つーか怖い。やめて、もう俺のライフポイントはゼロよ。食べても美味しくないよぉ!
「なんだ、こいつは」
「え、いや、その、い、いいい一夏です、けど……」
ギロン、と眼光が煌めく。ひえっ。お願いやめてぼく死にたくないよまだ生きたいよやり残したことがあるの
「なんだ、この──」
がしっと肩を掴まれる。痛い。いや、こう骨が折れるとかそういうのじゃなくて、切実にただ痛い。気付いたら肩が消し飛んでるんじゃないかってくらい痛い。え、それって結構ヤバめな肉体の危険信号じゃない? なるほど、つまりもう既に俺の体はボロボロなんだな。オデノカラダハボドボドダ!
「──可愛い生き物は」
………………は?
「ちょ、ま、待って。ちちち千冬さん落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか。ただでさえ可愛かった一夏が女の子になったんだぞ。女の子になったんだぞ!」
何故二回言ったし。
「男のままでも十分一夏は可愛かった。だが、女の子になってもここまで可愛いとは思わなかった。これは最早人間レベルのものではない。人間国宝レベルの可愛さだ。永久保存レベルだ。世界遺産に登録しなくては(使命感)」
「やめて! 確かに一夏は可愛いと思うけど、それは絶対面倒なことになるからやめて! というか千冬さんなら本気でやりかねないからマジで勘弁して!」
これはマズい。当初の予測とはかなり違ってマズい。取り敢えず俺が千冬さんと普通に話せてる時点でマズい。そして何より千冬さんの一夏に対する溺愛っぷりが物凄くマズい。何がマズいってさっきからマズいとしか言ってないくらいにはマズい。あれ? ここってかの有名なインフィニット・ストラトスの世界だよね? もしかして転生者のバタフライエフェクト的な何かでこうなったの? とにかくマズい。この焦り具合からして本当マズい。マズいマズい言い過ぎてもうマズいがゲシュタルト崩壊起こしそう。マズい? 何それ美味しいの?
「千冬姉落ち着いてくれ! もう千冬姉が頼みの綱なんだよ!」
「なんだ一夏。お前の願い事なら可能な範囲九十九パーセント国家権力を使ってまで叶えてやる。大丈夫だ安心しろ、うるさい政府の奴等も黙らせてやるから」
「じゃあこの体をどうにかしてくれ!」
「却下だ」
「なんでだよ!?」
うん。ちょっと予想してた。けどガチでそう言うとは思わなかった。これも俺のイメージが足りていなかったせいだろう。イメージしろ。君はこの言葉で何を思い浮かべる? 赤い外套のあの方が真っ先に出てきたそこの貴方。立派なfate脳です。ドラゴニックでオーバーロードを使うあの人を思い浮かべた貴方。立派なヴァンガ脳です。勃ち上がれ、俺の分身!
「ああもうどうすればいいんだよ!」
「どこぞの天災に連絡出来ればいいんだけどな」
「は? 蒼、何でだよ」
「十中八九この騒ぎを起こした張本人だろうから」
しんと静まり返る部屋。千冬さんが何がだと言うように眉根を寄せ、一夏が黙ったまま俯く。ちょっとその表情が見えなくなる角度やめてもらえませんかね。泣いてるお前の顔思い出して嫌なんだけど。
「それ先に言えよバカァ! いや、薄々感付いてたけど!!」
「ならいいだろ。つーか、冷静に考えてあの人以外にこんな事態は起こせないし」
「だよな、だよな! 千冬姉! 束さんに電話!」
「仕方がない。それならいいだろう」
取り出して二秒もかからず耳に当てる。えっ、なにいまの。指を動かしたところさえ見えなかったんだけど。頭おかしいんじゃねぇの本当。やっぱ織斑家って魔窟だわー。まじパネェわー。携帯の認識速度ギリギリの人間の認識速度を越えた操作って、それ実際に可能なんですかね……。いや、無理に決まってんだろ常識的に。
「もしもし、束か」
『もすもすひねもすちーちゃんおっひさー! 何々? この束さんにお電話とは珍しいねー。それで? 何か言いたいことでもあるのかい?』
「グッジョブ」
『そんな、お礼はいっくん──改めいーちゃんをIS学園に入学させてくれれば』
うん。最早察した。この流れ、もう誰にも止められない。例え隕石が降ってこようとも止まらない。天災ってそういうものだろ。というか千冬さんがこの調子じゃ何も出来ないって。
「確かに、一夏を下手な学校に入れて馬鹿な男に騙されてはいけないからな。その点あそこなら安心だ」
「俺嫌だよ!? IS学園って明らかに女子だらけじゃねーか!!」
「一夏、あきらメロン」
「嫌だよ絶対行きたくねぇよだって俺男だよ!?」
原作のお前は行ってんだよ(暴論)。
「それで、一夏を元に戻すモノはあるのか?」
「!! ち、千冬ね──」
『無いよ。作るまで三年はかかるね(大嘘)』
「私は最高の友人を持ったよ」
「ちっくしょう!!」
何これ。まさに混沌。こいはーかおっすーのーしもべなりー。別に恋じゃねぇけど。あとはどうでもいいけど話を振られるか否かのドキドキで俺のSAN値がピンチ。とりあえずあんたら一旦落ち着けよ。話はまだ終わってねぇんだっ!!
この作品にシリアスがあると思った貴方。そんなものは私が許さない。
結論:やっちゃったぜ。