とても申し訳ないのですが、今回はいちかわいい成分無しでございます。次の日まで期待せず待っててください。期待せず。
「じゃ、じゃあね数馬……」
「あぁ。ゆっくり考えろ」
ふりふりと適当に手を振って去っていく一夏を見送る。恋愛なんぞ男の時ですら経験したことのないあいつにとって、今の気持ちというのは簡単にすまないものがあるらしい。気持ちに気付いた後にはやれでも元男だのやれ蒼は自分のことを普通の友人だと思っているだのと言ってきた。全くなよなよしい。それでも元男かと叱責したくなった俺は悪いだろうか。まぁ、性格の問題というやつである。
『お前が好きならそれで良い。それが恋ってやつだ。俺は言ったぞ、迷うな』
『……で、でも』
『……はぁ。一旦帰って考え纏めろ。少なくとも俺はお前らがイチャ付こうがエッチしようが気にはしない』
『ッ!?』
お陰でそんなお節介まで焼いた始末。彼女とのデートを先延ばしにしてまでやってやったのにあのままじゃあ何となく納得いかない。いや、あまりこういう事に口出しすべきじゃないのは十分理解しているが。ただ、一夏の場合は自覚する可能性が薄すぎた。天性の鈍感が限界突破しているあいつに男相手の恋心の自覚など殆ど無理に決まっている。自分に向けられる好意すら気付かないのだから当然か。本当に面倒な
「……さて、と」
ポケットから携帯を取り出して電話帳を開き、もう一人の面倒な奴へ通話を試みる。実を言えばこれ自体があいつに頼まれたことであって、俺自身が率先的に行動した訳ではない。というか普通に考えて彼女とのデートより友人の悩みを優先させる男なんぞ先ず居ない。ここにちゃっかり居てしまっているが。結局俺もあいつらと同じ面倒な阿呆の一人。しっかりした人間とは到底かけ離れている。
『……も、もしもし数馬!?』
「蒼。多分もう大丈夫だ」
『ま、マジで? なら良いんだけど。一夏のやつ、最近なんか様子おかしかったからな。やっぱお前に頼んで正解だったわ。で、原因は何だった訳よ』
……こいつには言えないな。
「悩みごとだよ。普通のな」
『嘘ぉ~……なら俺でもいいんじゃないっすかね』
「乙女に関する問題だが」
『なら数馬が一番適任ですね!』
嘘は言ってない。ほら、一応現在進行形で一夏は乙女だから。そして熱い手のひら返し。やっぱり今でも女性耐性が低いのは直らないか。これでも一夏と話せてるから完全にゼロということではないと思う。尤も文化祭の時にチラ見した様子だと年上美人にはめっぽう弱かった。こいつまさか年上好きか。一夏が泣くぞ。
「用はそれだけだ。切るぞ」
『えっ。ちょ、待っ、待ってよ待って超待ってカズヤァ!!』
「カズマだ」
『数馬さん! ヘルプ! ヘルプミーなう!』
『蒼さん! なにやってるんですか!』
『電話だよ蘭ちゃん!!』
……弾の妹? どうして一緒に居るのか。というかこいつ今どこだ。てっきり部屋にこもりっきりだと思っていたが、珍しく外出でもしたのか。あの蒼が? 想像もつかない。引きニート予備軍の自称非リアでモテない童貞気取ってるガチ童貞でリア充を見れば始めに死ね、次いでうぜぇ、最後に爆発しろとか思う蒼がだぞ。ふむ。現実的にありえんな。つまりこいつまさか。
「……友人の妹と部屋でナニやってんだお前」
『違うわっ!? 馬鹿かお前!?』
『そこ誤魔化す必要ないですよね』
『蘭ちゃんしーっ! ちょっと静かに!』
「マジで何やってんだお前」
うん。一体こんなののどこに惚れ込むのか。俺だったら絶対無いわ。ただのヘタレチキン豆腐メンタル自称非リア(笑)な奴に惹かれる理由がいまいち分からない。地味に優しい時があるからそれにきゅんとでも来るのか? 絶対来ないわ。
『いや、あの、それがな──』
『蒼~? これ続きどこよ?』
『弾てめぇッ! 話を遮るんじゃねえ! 通話をしてんだろうがッ! あとそれは右の本棚の四段目!』
『サンキュー。いやぁ、流石新妹魔王。エロいわ』
『お兄キモ。サイテー。死ね。てか死ね』
『さすおにくらい言ってくれよ』
『さすが(にウザいから早く死んでほしいん)だよお兄!』
『ぐはっ(吐血)』
『おいこら人のラノベに血を吐くんじゃねえ!』
なんだこの漫才。
「……なぁ、切っていいか。いいよな?」
『いや、待ってよ数馬。ぼくしにそうです』
「そうか。良かったな。じゃ」
『オンドゥルルラギッタンディスカー──』
プツリ。潔く通話終了ボタンを押す。ふぅ、これで今日の用事は終わった。案外早くすんだせいか時間が余っている。これから家に帰ってゆっくりするか、それとも本来通りに彼女とデートでもするか。うん。悩むまでもなく後者にしようそうしよう。
「──あぁ、かなみか? ちょっと今から……」
◇◆◇
「さぁ、電話は終わりましたね?」
「……」
だらだらと冷や汗が大量に伝っていく。不味い。何が不味いってナニが不味い訳でも無いが不味いものは不味い。先ずはどうして蘭ちゃんがここに居るかなのだが、原因はベッドでラノベ読み耽ってるこいつの所為である。弾は余計なことしかしない。
「ほら、蒼さん」
すっと手を差し出してくる蘭ちゃん。エスコートでもされるんですかね?(すっとぼけ)それなら手を引くのは俺の方だと思うんだけど。まぁ、こんなクソ童貞にそんな事できる訳ないんですけどね。
「手、握ってください」
「かっ、勘弁して下さい……」
「もう! 弱気になりすぎですよ! そんなんじゃ一生女の人と過ごせませんよ!」
「それは嫌だけどこれもハードル高いよ!!」
まぁ、そういう訳である。文化祭で吃りに吃りまくる俺の姿を見た心優しい蘭ちゃんは世話になっていたからとのことで女性苦手克服の練習を手伝ってくれているのです。というか無理矢理やらされてる。俺が。向こうがやる気とかこの世界一体どうなってるの……?
「私を抱きとめたじゃないですか! 手を握るくらいやれるでしょ!」
「無理無理無理。ほら、俺の手って汚れてるから、神聖な蘭ちゃんの手なんか握れないんだ」
「別に犯罪とかしてないですよね。手汗とかも気にしないんでほら早く」
「実は俺、転生者なんだ」
「さっさとして下さい」
「うっす」
本当のことほど信じられないんですね。知ってた。何気に結構俺の深くにあることを伝えたんだけどなぁ。むしろ信じろって言う方が難しい。俺だって目の前の奴が異世界から転生したとか言ったら大人しく精神病院に連れていくからな。あとショック療法で殴る。記憶が飛んだらラッキーですね!
「……しかしこっちから行かなければいけないのは些かキツいものが……」
「面倒くさいですね
「ちょっと? そのルビはなに」
「ルビってなんですか
やだ、死にたい。
「そうだぞヘタレチキン豆腐メンタル自称非リア(笑)非モテ冴えない眼鏡系というより眼鏡が本体と言っても過言ではないクズでウスノロな男子中学生植里蒼くん」
「死体蹴りはやめろ弾」
「お兄キモい。死んで」
「蘭ちゃんも死体蹴りはやめたげてよぉ!」
なんだこの兄妹。外見は驚くほど良いのに中身が驚くほど残念すぎる。残念イケメンや残念美少女は大抵ラノベのメインキャラ。ソースは俺の私物。つまり弾も蘭ちゃんもメインヒロインと主人公になる可能性を秘めたダイヤの原石だった訳か。俺より主人公が似合いそう。そもそも俺って主人公なの?
「つーかさ、蒼。お前、マジでこのままだと駄目だよな」
「……まぁ、そうだけどよ」
「そんなんじゃお前を貰ってくれる人も貰ってくんねえぞ」
「先ず貰ってくれる人が居ないんですが……」
「居る。絶対居る。一人は居る。いいか、絶対だ」
「アッハイ」
なにこの無駄に凄い説得力。威圧感だけでゴリ押してるのにゴリ押し感が皆無。これが弾の能力か(異能バトル並感)。
「最初から諦めてんじゃねえ。俺だって、俺だってまだ、まだ諦めてねぇんだよ……ッ!!」
「お前はさっさとアキラメロン」
「いいや諦めねぇ! 俺が諦める時は死ぬ時だ!」
「無駄に格好いいのが腹立つ」
ただ彼女作りたいだけなのにガチ過ぎるでしょこの子。もっと余裕を持った方が色々と接点持てると思うんだけどなぁ。弾は普通にイケメンだし。
「……とにかく、諦めんな。お前みたいな奴がアタックするのは無理だろうから、せめて待ってろ。可能性を全部潰すんじゃねえ」
「待ってても変わんねーよ、ずっと」
「いいや変わるね。なんなら俺の毛根懸けてやる」
「言ったな。じゃあ俺は同人誌だ」
「男子って本当馬鹿ばっかり……」
ここに契約は完了した。と言っても、未来は決まっているがな。