『もしもし蒼!?』
「よっ、一夏」
電話に出るなり勢いよく話し掛けてくる一夏。気持ちは分かるけど落ち着いてほしい。ちなみに俺が天災のラボに来て既に三日が経っています。最初は直ぐに帰してくれるだろとか思っていたところ、なんと身の安全が確保されるまで帰れないことを言い渡された。それも昨日。最初から言ってろやボケ。アホ。天災。お陰で受験のために携帯の電源を切っていた事とかが重なって見事に連絡の付かない行方不明の出来上がり。いや、束さんによると一部には伝えられてるらしいが。
『あ、蒼だよね? 本当に蒼だよね!?』
「あー……うん。まぁ、落ち着け」
『落ち着いてるよっ!』
「どう捉えても落ち着いてないんですが」
ちょっとこいつの周りに誰かいないの。千冬さんとか千冬さんとか千冬さんとか。もしくは千冬さん。全部千冬さんじゃねーか。それだけ千冬さんは有能ってことでもある。流石だぜ千冬ネキ。どこぞの天災とは存在意義からしてレベルが違う。俺主観の考えで。
『ど、どうしたの? つい昨日まで一切連絡取れなかったのに……』
「それに関してはすまん。携帯の電源切ったままだった」
『そ、そうなんだ。……それ、充電とか大丈夫?』
「一応束さんが簡易充電器を作ってくれた。ウイルスバスターと盗撮盗聴投影機能付きのな」
『す、凄いもの貰ったんだね……』
マジで凄いわコレ。いつも使ってる奴より二倍ほど早く充電してくれるし、束さんにどんなサイト見たのか伝わるし、束さんにどんな動画を見たのかも伝わるし、唐突に束さんのホログラムが投影される。マジで凄いわ。凄い心臓に悪いわ。やめろ。天災の姿には本能的恐怖を覚えちゃう一般人なんだから勘弁して。
『それで、どうしたの? 何かあったの?』
「あぁ、あれだ。生存報告ってやつだ」
『生存報告……』
「おう。植里蒼は元気に生きてますよー」
言えば向こうからくすりという音が聞こえる。うん。十分に落ち着いてくれたみたいでなにより。つっても本当にこれ伝えるためだけの通話なのでもう他に言うこと無いんですけどね。ほら、声聞いて無事って分かると安心できるだろうし。
『そっか……うん。良かったよ、本当』
「俺も生きてて良かったわ」
『なにそれ、ふふっ……あ、なんか涙出てきた』
「おう、マジかよ」
あれですかね。涙を流すくらい植里くんのトークが面白かったって事ですかね。おいおいやめろよ馬鹿、照れるだろ。てれてれ。そんなに持ち上げられると将来芸人になれるんじゃないかと夢見て結局挑戦するも売れなくて諦めちゃうかもしれないだろ。やだ、ネガティブ。
『だって、蒼の声聞いてたら、本当に生きてたんだって、思って』
「……うん」
『えっと、あの、嬉しくて、だからっ。その、別に悲しんでは無くて』
「分かってるよ。それくらい」
女になってからのコイツと一番長く過ごしたのは多分俺だ。男の時からでも二番くらいにはなる。そこに元々あった知識も合わせればご察しの通り。一番の理解者と胸を張って言える訳ではないが、絶対の味方くらいなら堂々と宣言できる。ここでも働くヘタレチキンメンタル。なんなのこいつ。働きすぎだろ。社畜か。もうそろそろ過労で倒れるんじゃねえの。
『ご、ごめっ……だ、大丈夫、だから。なんでもっ、ない、から……っ』
「あーもう。泣くなら泣け。別に誰も責めやしねぇだろ」
『うぇぇ……ひぐっ……蒼ぉ……』
「ったく……」
色々と溜まっていたに違いない。三日も連絡がとれなかったのだから当然だ。俺も少しの寂しさや物足りなさはあったが、こいつの場合はその比じゃないだろう。先ほど束さんの話題を出したときに反応しなかった事から一応どういう事かは知っているっぽいが。なんと言っても一夏は意外なことに結構……というかかなり愛が深い(オブラート)タイプだった。そこ、重いとか言わない。植里くんの死亡フラグが乱立しちゃうからやめなさい。冗談抜きでNiceboatしそう。
『ぐすっ。……ごめん。もう、大丈夫だから』
「無理すんなよ。色々と大変だろ」
『そうでもないよ。いつもの生活リズムは崩れてないし』
「ならいいんだけど」
実際、下手すると病んでる可能性も否めなくて電話掛けるのちょっぴり怖かったのよね。元男のTS美少女だと侮ってはいけない(戒め)。たったの数ヵ月でばっちり理解してしまいました。原作主人公とは思えないこれには戸惑うばかりである。もっと主人公の一夏って王道を行くハーレム王みたいな感じじゃなかったっけ。どこをどう間違えたらこうなるのか。もう一度最初から一夏を育成し直すとか出来ませんかね。出来ませんね。いや、天災に頼み込めばなんとか(錯乱)。
『ただ、いつ蒼が戻ってきてもいいようにずっと蒼の部屋で過ごしてたんだけどね』
「おお。…………え?」
『ほら、掃除とかしておかないと汚れちゃうし、使わなくても埃が溜まっちゃうからね。あ、勝手にベッド使っちゃったけど駄目だった?』
「い、いや、別に良い、けど……」
そこは問題じゃない。問題な気もするけど別に今は大した問題じゃないんだ。問題はこれが上位で通用するかだな……。違う。肝心なのは一夏が俺の部屋で寝泊まりしているということ。その理由が帰りを待ってという点に着目したい。普通なら忠犬みたいで可愛いと思うこの行為だが、当事者になった瞬間がらりと見方が変わってくる。具体的に言うとなにこの子怖い。
「お、お前、家には帰れよ。千冬さんが心配するぞ」
『大丈夫だよ、許可は貰ってるし。それに千冬姉は殆どいないから』
「そ、そうか……」
『あと、ここだと蒼が近くにいるみたいで安心するし』
「」
なんてこったい(白目)。これもう既に手遅れなんじゃないかと思ってきた。マジか。本当何が起きた原作主人公。女になったから女の織斑の血が騒いでるの? 千冬さんみたいに公式チートを地で行く超人になっちゃうの? やだ、俺の周りって強い人多すぎ……? これは守られちゃう系転生者の匂いがプンプンするぜ。
「……とっ、とにかく、お前は一旦家に帰れ。俺は無事だから。な?」
『蒼がそこまで言うなら……』
「そ、そうしてくれ。ついでにゆっくり休め」
『……? うん、分かった』
ついでが本音だとは言わない。今の一夏には本気でゆっくり休んで落ち着いて欲しい所存だ。テンションではなく精神的に。このまま俺が電話を掛けなかったらはたしてどうなっていたのか。想像するのも恐ろしく感じる。やべえ。同時に今日から開放されるまで二日に一回は一夏と通話することを心に誓う。じゃないと色んな意味で心配になるわ。
『そういうば、蒼って今どこにいるの?』
「知らん。多分電波の届かないところ」
『いや、じゃあどうして通話が出来てるって話に』
「俺が誰と居るか知ってるだろ?」
『あっ……(察し)』
天災はIS世界に対するジョーカー。はっきり分かんだね。どんな事態もどんな無理もどんな不可能もどんなラスボスだってこの一人で全てが片付く。尚キャラの扱い辛さはトップクラスの模様。その分強さは他より頭一つ抜きん出てる。あの人は格ゲーのキャラかなにか?
「今、色々と束さんがやってるらしいからな。少なくとも一週間は帰れそうにない」
『そうなんだ……。ちょっと、寂しいかも』
「あー……こうして電話は出来るから。なら少しくらい紛れるだろ?」
『……うん、そうだね』
柔らかい声音で一夏が返す。無事作戦は成功らしい。このまま適度に声を聞かせていけば一夏のサイコパス色相も綺麗になってくれるだろう。そう信じてる。
「そろそろ切るけど、なんか言う事とかあるか?」
『えっと……あ、そうだ』
「ん?」
ひとつ間を置いて。
『またね、蒼』
「……おう。またな」
……これ、二日に一回で済むかなぁ。
最近休息推奨コメントが増えてきて混乱してる作者です。ワタシタブンマダイケルヨ。一回妥協するとズルズル行っちゃうからやれるとこまでやる所存です。
つまり私の更新が途切れた日は「あ、こいつ遂に力尽きやがったな」とでも思ってください。多分その時は活動報告で何か言ってるハズ。