「……なぁ、蒼。言ってはなんだが」
「ぜぇーっ、はぁーっ、げほっごほっ」
「強さが昔から一切変わってな……いや、むしろ弱くなったな」
「いわ、ないでっ、はぁーっ、げほっ」
その日の放課後。ISでの訓練は残念ながらすることができない。専用機は未だに天災が弄っており、学園の訓練機は全て貸出中。やべ、これ詰んだわー。とか思ってるところにティンときてやったのがこれである。原作一夏同様箒さんとのジャパニーズケンドー。無論初心者なので構えも何もあったもんじゃない。めっちゃ手加減してもらった。それはもう一目で分かるくらいゆっるゆるに手を緩めてもらった。それでも勝てなかった。当たり前だよこんちくしょう。なにこれ。くっそ重いんですけど。視界悪いし。もうやだ、ISやめる! 切実にそうしたいと思ったのは内緒。
「無理……駄目……死んじゃう……」
「口調が幼くなっているぞ」
「知らないよそんなこと……」
正直口調とかどうでもいいです。意味が伝わればそれでOKじゃないっすかね? 次に進もうぜなんじゃないっすかね? とにもかくにも辛い。ツラい。つらい。ちゅらい。心臓がバクバク言ってるし足はブルブル震えてるし腕も上がりそうにない。オデノカラダハボドボドダ! 慣れないことはやるもんじゃない。体力なんて受験勉強と天災ラボ拘束で減りに減っている。最早ゼロにまで等しいレベル。運動は嫌いです。汗でベタつくから。あとしんどいから。
「はい、お疲れ蒼」
「お、おう、一夏。ありが、とう……」
ぶっ倒れていたところへタオルとスポーツドリンクを持ってきたのは俺の嫁。……になる予定の一夏。このままなんの問題もなく俺が卒業できればの話だが。ちなみに両保護者の許可は既に得てます。うちの親は最初から乗り気だったし、千冬さんに至っては確定事項にまで達していた。その分裏切ったり別れたりしたら後が怖くてしょうがない。そしたら俺どうなるんだろ。よくて存在を消される。悪くて一生監禁とかされるに違いない。想像したら背筋にぞわっときた。
「はい、箒も」
「あぁ、ありがとう、一夏」
しかしながら汗が半端ない。これが輝く青春の汗ってやつか。違うな。俺から流れてるので多分一切輝いてない。輝く汗っていうのは女子が流してこそでしょうがよ。汗だくの美少女。よくない? いやぁ、それこそまさしく青春ですよ。輝く汗。なびく髪。ゆれるおっぱい。紛うことなき青春だな!(断言)世界の中高生男子の八割は変態。これ日本では常識だから。
「しかし蒼、本当に大丈夫か」
「な、なにが……?」
「オルコットとの試合だ。ISが補助をしてくれるとはいえ、お前がまともに戦えるとは思えんのだが」
「……確かに勝てる見込みはほぼ無いっすね」
そりゃ考えるまでもない。相手は世界でも有数の専用機持ち代表候補生。チョロインだのチョロコットだのセ尻アだのメシマズだの言われてようが歴とした実力者であることに違いはないのだ。つまるところ、ISをただ起動できるだけのひ弱な男の子植里蒼くんは童貞……間違えた到底敵うはずもなく。下手すれば開始五分でセシリアさんにイカされる(意味深)。あら? もうですの? あなたは随分と早いんですのね、みたいな。
「まぁ、精々全力で負けてきますから」
「む。男子たるもの最初から勝つ気が無くてどうする。いや、勝てないのは分かりきっているが」
「そうだよ蒼。微粒子レベルには存在してるって」
「励ますのか貶すのかどっちなんだ」
つーか一夏よ。お前もきっちり試合することになってんだぜ。そこら辺忘れてない? そう思った俺でしたけど一夏に限ってそんなことがある筈もなく。その後に箒さんときっちり手合わせを行い、なんと勝ちやがった。代表候補生になるための訓練とかで色々と運動はしてたらしいです。ぼくより強くて当たり前ですね。
「すげぇな一夏……」
「もしこいつが男なら私は惚れてるぞ。……む?」
「あ、あはは……一応今は女の子です」
箒さんしっかり。こいつ元男だから。しかもあんた惚れてたでしょうが。
◇◆◇
忘れたけど、いつかまだ天災のラボに居た頃。ふと気になってどうして俺がISを起動できるのかと聞いたところ、むふんとたわわに実った胸を張りながら束さんは言った。クロエさんの視線はゴミを見ていた。
「それはねー、あっくんの体に秘密があるのさっ」
「か、体っすか」
「そうそう。詳しくは体に埋め込まれた機械!」
……ん?
「え? いや、え?」
「ん?」
「束様。このヘタレ束様の胸をガン見してます」
「きゃー、あっくんのえっち♡」
「違うわっ!? いや、違うくはないけど違うわっ!?」
別にガン見してないよー。ちょっとチラッとさりげなく見ただけだよー。あおくん嘘つかない。大体俺みたいなヘタレがあんなぷるんぷるん揺れるおっぱい見れるわけねえだろうが。途中で恥ずかしくなって視線を動かせなくなるに決まってんだろ。いい加減にしろ。結局こいつ見てたんですね。ええ、実に良いおっぱいでしたよ。
「あの、何時から俺の体にそんなもんを……」
「あっくんが去年事故った時かな?」
「……まさか視力が悪くなったのも」
「あ、それは意図的にやった」
!?
「ちょ、あ、うえぇ……?」
「あっくんに眼鏡は似合うからね! 無理矢理にでもかけてもらおうと思って。てへっ☆」
てへっ☆じゃねーよクソウサギ。あんたがやっても可愛く見えるだけだから。つかふざけんじゃねえ。なにを勝手に人の視力奪ってくれてんの? 眼鏡とか慣れるまで超不便だったんですけど。訴えんぞコラ。無理だと思うけど訴えんぞコラ。この人の中ではこの人自身がルールだから意味ねぇな。
「というのは冗談で、それを埋め込んだらこう……なんかなっちゃったー、みたいなー?」
「ふわっふわか。理由ふわっふわか」
「まぁ治してあげるのも良いんだけど、私はそのままのあっくんが好きなので治しません! えへへ」
「治せこの天災」
俺の視力返して。快適なゲームライフを返して。
「天才だなんて……照れるなぁ、テレテレ」
「照れてる束様も可愛いですね、はぁはぁ」
「死ね。つーか死ね」
なんて茶番劇をしつつも聞き出せたことをまとめると、ワイの体にIS無理矢理動かせる機械が埋め込んであるから動かせるんやで! でも無理矢理やから普通の女の子より本領を発揮できんのや! 勘弁してな! ということらしい。例えるならマスターキー的な。切符的な。パスポート的な。分かんないけど。
「あの、それって俺がIS操縦者の中で……」
「うん。ダントツで弱いねっ!」
「唯一の男は最弱とか笑えますね」
最弱無敗なら良かった。
「だからあっくんにはとびきりの機体を用意してあげるよ。むふふ……☆」
あ、嫌な予感。
◇◆◇
「遂に明日だなー」
「そうだねー」
自室のベッドで横になりながらそう呟く。隣のベッドにいる一夏も同じように間延びした声で返してきた。なんか適当だな。別にいいけど。はてさてこんなことを言うのはお察しの通り、明日がセシリアさんとのクラス代表を決める試合の日だからである。ちな一夏とも対戦するんだろうけど、どちらにせよ勝てる気がしない。勝てるわけがない。むしろ勝てたら奇跡。今こそ奇跡を掴み取る時なんすかね。
「正直やりたくないわー」
「私は別にバッチ来いだけど」
おお、随分と好戦的だなお前。今に始まったことじゃないけど。何でも試合に勝ったら頭下げて俺を侮辱したことを謝らせるらしい。いつの間にそんなことを決めたのか俺は不思議でならないよ。セシリアさんが勝った場合は褒め称えなければいけないらしいが。
「……勝てないって分かってて何でやんなきゃいけねぇんだよちくしょう」
「千冬姉曰く、戦闘経験をつんで少しは自分の身を守れるようになれ、だから」
「それは分かってるけど。……絶対恥かくぞ」
圧倒的力量差に叩き潰される未来がありありと見える。確かに唯一の男性IS操縦者だったりそのくせ最弱だったりで学園内狙われる可能性ナンバーワンを誇る俺は自分のことくらい自分で守らなければならないってまでは分かる。分かります。分かるんですけど。
「……大丈夫だよ、蒼」
「なにが」
「蒼がどんなに無様でも、私は応援してあげるから」
「……地味にヒデェな、それ」
俺が無様なの前提かよ。確かに明日は凄く無様になりそうですが。願うはひとつ。どうか、どうかセシリアさんが余裕綽々の慢心せずしてなにが専用機持ちかとなっていますように。
「まぁ、あれだ。頑張って負けてくるわ」
「そっか」
「そうだ。……んじゃ、そろそろ寝る」
「あ、待って蒼」
なんだよ、そう言いかけて振り向けばそこに一夏の姿はなく。──いや、厳密に言うと一夏の姿が見えなかった。視界を覆うのは手入れのされている綺麗な肌色。それに気をとられるのも束の間、額に優しくなにかがふれる。うん。なにかってこれ、完全にあの、一夏の唇なんですけど。えっと、うん。一旦落ち着こう。
「い、一夏、さん?」
「ちょっとしたおまじない。明日、少しでも上手くいくといいね」
にこっと笑ってそう言う一夏。頬は若干じゃないくらい赤いですねぇ……。恥ずかしいならどうしてやったし。俺も恥ずかしいじゃねえか。ちくしょう。
「……お、おやすみっ」
「お、おう……」
……なんか、唐突に上手くいく気がしてきたわ。
セシリア「早漏」
蒼「あひん」
セシリア「ヘタレ」
蒼「いやん」
セシリア「死んでくださりません?」
蒼「イクぅぅぅううう!」
そんな展開は(多分)ないのです。