「笑えない冗談ね。ぶっ飛ばすわよ」
「えっと、冗談じゃないんだけど……」
「そもそも一夏はそんな喋り方しないわよ」
「これには深い訳があって……ね? 蒼」
「そうよ。アンタからも何か言ってやりなさい」
「……」
いやーそれが冗談じゃないんすよね、コレ。信じられないだろうけど真実なんです。一夏くんは一夏ちゃんへとなってしまったんです。後戻りは既に出来ない。つーかする気がない。一夏自身。全く、こんな事態に誰がしたんだか。そいつは一回殴られれば良いと思う。面倒ごとばっか増やしやがって。さぁ、殴れよ(自白)。
「なに黙ってんのよ、ねぇ」
「……すいません鈴さん」
「ちょっと、ふざけるんじゃないわよ」
鈴ネキの声が震えてる。もうやだ、俺これ以上言いたくねえよ。一夏が女になっていて、しかも既に恋人がいるだなんてこの人に言いたくねえよ! 付け加えるとその恋人は現在進行形であんたが肩を掴んでいる男だってことも! ちくしょう! 誰がこんな卑劣なことをしやがった! 分かってるぞ、オラ、出てこいや天災!
「……嘘、よね?」
「……すまん」
「何かの悪い夢……よね?」
「鈴ッ……一夏は……もう……」
織斑一夏(♂)はもう、居ないんだ。
「そんな……ッ」
「くっ……一夏(♂)ッ……」
「一夏(♂)ぁ……おまえは、どうして……」
「ちょっと? 私まだ生きてるんだけど?」
はい。こんなにお通夜ムード漂ってますけど一夏は元気に生きてます。むしろ男のときより元気とも言えるレベル。主に身体能力の面とかはね! てかちゃっかり乗っかってるんじゃないよ箒さん。あんたが突っ込まなくてだれがツッコミ役をするというんだ。ボケにツッコミを入れない会話はカオスになりがちだと習わなかったのか全く。
「そう落ち込むな、ツインテ娘」
「凰鈴音よぉ……」
「凰。私の話を聞いてもらえるか?」
「すんっ……なんなのよ……」
立ち上がり星の光り始めた夜空を見上げる箒。風になびく髪が月光に照らされ、奇妙な静寂がその場を包み込む。驚いた。何をかと問われれば、横から見る彼女の表情はなんとも儚げで、まさに闇に溶け込むのではないのかと思わせる。さぁさぁと吹く風の音だけを耳が拾うなか、ぽつりぽつりと、彼女は小さな唇を動かし始めた。唐突な厨二小説感に草不可避。
「あれは今から36万……いや、数週間前のことだったか」
「大分最近じゃない」
「まあいい。私にとってはつい昨日の出来事だが、君たちにとっては多分明日の出来事だ」
「頭おかしいんじゃないのアンタ」
少女──凰鈴音と名乗った──の言葉には答えず、女は変わらず夜空を見上げながら呟く。それは居なくても構わないと思っているからか、もしくはこの少女が自分の話を必ず聞くと確信しているからか。どちらにせよ女の物語は止まらなかった。確かに存在感はしっかりとしている。なのに、どうも見失えば消えてしまいそうでままならない。少女はそう思い、ゆっくりと女の話に耳を傾けた。
「別に思ってないわよ」
「彼には72通りの名前があるからなんて呼べばいいのか」
「誰よそれ」
「確か最初に会ったときは『一夏』。そうあいつは最初から言う事を聞かなかった」
「72通り無いじゃない」
他にはソウル=イーターだったりダリル・ヤンだったりメルエムだったり月島蛍だったりスマイルだったりetcってやつですね。分かります。いや分かんねーよ。誰だそいつら。絶対IS時空じゃないんですけど。なんなの。シンクロ次元とかそういったものがこの世界にもあるの? 宇宙の 法則が 乱れる!
「私の言うとおりにしておけばな、まぁいいやつだったよ」
「既に過去形なのね……」
「そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない(一夏♀)」
「大丈夫じゃない、大問題よ」
神は言っている──ここで死ぬ定めではないと──
「とまぁそういう訳で」
「どういう訳よ」
「凰。諦めろ、私はそうした。抵抗するだけ無駄だ。なんせ一夏には蒼という恋人も居るのだから」
あっ、おい待てぃ(江戸っ子)それは言っちゃ面倒なやつだゾ。果てしない絶望に苛まれていた鈴の瞳が俺を捉える。瞬間ッ! 蒼の体には衝撃が走ったッ!! まるで心臓を直に握りしめられたようなッ!! 強い力で圧迫されたかのような感覚ッ!! 蒼は
「……ねぇ、蒼。アンタ、どういうこと?」
「い、いや。待て、落ち着け鈴」
「一夏と? アンタが? 付き合ってる?」
「は、話し合おう。まだ間に合う」
近付いた鈴に胸ぐらを掴まれてぐいっと引き寄せられる。ぐえっ。ちょっと、喉が絞まって変な声出そうになっちゃったでしょーが。俺がヒキガエルとかいうアダ名付けられたらどうしてくれんの。ヒッキーじゃあるまいし。なんてふざけている場合ではない。間近で見る鈴さんの顔がマジ怖くてしゃれになんない。いやぁぁぁあダレカタスケテー。
「嘘? 本当?」
「う、嘘で──」
「蒼……?」
「ほっ、ホントですッ!!」
脅しではなかった。ただ純粋に不安そうな声音で、悲しそうな顔をした一夏が名前を読んだだけ。それはズルいだろお前。そんな顔されたら嘘って言えねーじゃん。俺が殴られるくらいなら良いかと思っちゃうじゃん。やめろよ、男ってそういうのに弱いんだぞ。
「……歯、食い縛りなさい」
「はっ、ハィィィイイイ!」
「スゥー……ハァー……。撃滅のォ!!」
腹に来るぞ! 気を付けろ! ……あれ、歯を食い縛る意味なくね?
「セカンドブリットォォォオオ!!」
「ぶほぁっ!!」
「あ、蒼が吹っ飛……なんかデジャブ」
「あいつはこういう運命だ。気にするな」
ISを使われないだけマシ。そう思うことでこのジンジンとした痛みもなんとか耐えられそうだ。もし使われていたら今ごろ土手っ腹に風穴ぶち開けられてたね。生きてるって素敵。それだけで周りの景色が煌めいて見える。あはは。あ、あそこにいるのは死んだじいちゃん。待ってくれよじいちゃん。俺もすぐそっちに……あ、駄目? そりゃそうですよね。
◇◆◇
「いてて……鈴のやつ、本気でやりやがって……」
「あはは、ドンマイだよ蒼。理由は分からないけど」
その後。一夏が女になった経緯やら一夏の喋り方が変わった理由やら一夏のおっぱいが大きいことやらを全て話して中国四千年の歴史を身に刻まれた俺は心身共にボロボロの状態で寮の部屋についた。一夏に関しては無傷ですよ。無傷。明らかな差別意識を感じますねぇ……。やはりIS世界の男は不憫。ちなみに余談だが去り際に箒と鈴が固い握手を交わしていた。二人とも妙に達観した表情だったとだけ言っておこう。
「大丈夫? 湿布貼ろうか?」
「あー……うん。頼むわ、訓練の分もあるし」
「ふふっ、了解」
こんな場面を教師モードの千冬さんに見られたら軟弱者とか言われるんだろうなぁ。平常時だと少しは休めよくらい言ってくれるのに。なんというか、仕事とプライベートの切り替えがしっかりしてるというか。私情を仕事に持ち込まないというか。尚、一夏に対してだけは特別な模様。
「はい。持ってきたから上脱いで」
「おう」
毎回思うんだけどこの制服着るのも脱ぐのも面倒極まりない。なんなのこのベルト。なんか制服の上にしてる意味でもあんの。無くてもいいじゃない。ぶっちゃけ中学時代の学ランが楽だったのもある。ネクタイとかそういうのはつけなくて良いしボタンぱぱっとやるだけで着脱も終わるし。
「ん。これで良いか」
「大丈夫……ってうわぁ、背中に痣できてる」
「マジかよおい……あの野郎」
鈴、許すまじ。大方殴り飛ばされた時に背中をうったのでそのせいだろう。結局受け身取れなかった俺の責任とも言える。これだから貧弱なやつは。
「前は大丈夫?」
「ん? あぁ……目立った外傷はない」
「じゃあここと……ここは?」
「──ッ!?」
つんつんと突付かれて刺激が走る。いやん、そこはダメェ! ビクンビクンと陸にうち上げられた魚のように悶えていれば後ろからごめんごめんと謝罪の声が聞こえた。別に良いって一夏。悪いのは貧弱な俺だから。
「こっちも鈴の時に?」
「それは多分訓練でやったんだろ。ほら、お前にフルボッコにされた時」
「あ、あはは……ごめんね?」
「俺はむしろ良い経験だと思ってる」
こうやって痛め付けられて人間は強くなっていくんだなと思いました(小並感)。ISの絶対防御も完璧ではない。幸いなのは最低限の命が保証されているところ。擦り傷にも満たない怪我ですんで良かった。
「……ふぅ。いいよ、蒼」
「おう。サンキューな」
言ってさっさと制服を羽織る。ずっと上半身裸のままでいるのも恥ずかしいでしょうが。他の女子と比べたらまだマシな方だけど。一度ばっちりお風呂の世話とかされちゃってますもんね。
「……背中」
「あ?」
「前より大きくなったね」
「……知るかよ、そんなこと」
夏休みのあれを思い出しちゃうからやめなさい。俺的にもう黒歴史認定されてるから。パンドラの箱みたいなもんだから。
モッピー「ナカーマ(・∀・)人(・∀・)」
鈴ちゃん「ナカーマ(・∀・)人(・∀・)」
赤信号
みんなで渡れば
怖くない