六月初旬のとある日曜日。色々と面倒な手続きを行ってついに迎えた今日は少し特別だ。久々に味わうシャバの空気はたまりませんな~。あそこ刑務所ちゃうけど。いや、最近似たようなもんじゃないかと考えてしまう俺がいる。世界最強の看守サマもいますし。
「くそがぁっ! 鈴てめぇ!」
「なによチワワ。あたしとやるわけ?」
「だから誰がチワワだ! ふざけんな!」
「キャンキャン吠えて躾のなってないチワワね」
「ぶっ殺す」
わーきゃんわーきゃんと騒ぐ小型犬と小型美女。どこがとは言わない。言ったら殺される。はてさてここはIS学園の外、五反田家である。五反田食堂とも言う。こうも暴れていて苦情とかは無いのだろうか。あるんだろうな。多分。俺は怒られるのが嫌なんでゆっくり読書にいそしむとしますか。いそいそ。
「賑やかだね、蒼」
「そうだな、一夏」
「……ねぇ、蒼」
「なんだ、一夏」
「本じゃなくて私を見て欲しいかなって」
「お前じゃなくて文字を見たいかなって」
言えば目に見えてむっとする一夏。ちょっと落ち着けよお前。不機嫌オーラが溢れ出てるから。うちの嫁は読書も許してくれないのか。そうじゃなくて読むタイミングなんだよなぁ……。
「冗談だって。ほら、そんな顔すんな」
「頬っぺたつつかないで」
ははは、こやつめ。そんな思いを込めてツンツンしてやった。反省はしてない。後悔もしてない。これ、柔らかくてクセになりそうなのよね。頬っぺたで思い出したけど肩をトントンして振り向いたところへ事前に立てていた指をぶっ刺す遊びが一時期流行っていたっけ。あれやられると無性にイラッとするのよね。
「ああああ!! 滾る! 滾るわぁ!! この
「い、いやぁぁぁあ! 鈴さんお助けーッ!!」
「大丈夫よ──痛みは一瞬だからぁ!!」
「大丈夫じゃねえーッ!!」
弾、うるさい、黙れ。お客さんがいたらどうするのよ店の息子さん。売り上げ落ちたらお小遣い減らされるんじゃないんですかね。全くもってけしからん。俺なら必死こいて手伝うぞ。金のために。
「……蒼って時々意地悪だよね」
「すまんすまん。そういじけるな」
「そこもまぁ好きなんだけどさ」
「うぐっ……」
どうも、ストレートな言葉に弱いヘタレです。てかそうぽろぽろ好きとか言うんじゃありません。ワイの心臓が張り裂けそうになるから。弱っ。流石は世界唯一の男性IS操縦者にして世界最弱のIS操縦者。一点に特化しすぎた機体のおかげでもう何も言えません。そういやこいつあの無人機乱入事件以降よく恥ずかしい言葉を吐いてくるのよね。なに? 仕返しのつもり? ばっちり効いちゃってるので勘弁してください。
「あれ? どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
「……口元ニヤついてんぞお前」
「狙ってるからね」
「ついに自白しやがったなテメェ」
じとーっと薄目で睨んでやれば笑って誤魔化された。流すのが上手くなりやがって。あんまり弄りすぎると俺だってキレるよ? キレちゃうよ? 普段怒らないやつが怒ったら怖いって知ってるか? つまり俺は怖いんだ。俺は怖いんだぞー、がおー。怖そう(棒)。
「数馬っ、数馬っ!! 助けてッ!!」
「まぁ落ち着け鈴。話をしよう。あれは今から──」
「そのネタは既にやったわ。盛大に吹き飛びなさい、このクソロリコン」
「馬鹿なッ!?」
あ、数馬が巻き込まれた。まぁいっか。こっちに被害はきてないし。なにより数馬だし。弾の話によると年中彼女とイチャイチャして毎日一回は殴らないと気がすまないらしい。そのせいか最近パンチ力が格段に上がったとかなんとか。弾の嫉妬心やべー。多分要因にはちゃっかり俺も入ってるんでしょうが。
「ふふっ……でも、さ」
「あん?」
「こういうの、良くない?」
「……あぁ」
確かにそう思う。平和に、日常的に、いつも通り。他愛ないことで感情を揺らして、何気ない一日を平凡に過ごす。それが凄く恵まれた環境だということを嫌でも理解させられる。五月にあった乱入事件のせいもあるだろうし、学園にいたというのも少なからず理由になっている筈だ。訓練ばかりの毎日は辛くて挫けそうだし、天災の考えは良く分からないし、千冬さんは怖いし。
「そうだな……とても良い」
「数馬ぁ! 死ぬぞお前! おい!」
「大丈夫だ、下がってろ弾。そして見てろよ鈴。これが! これだけが!」
「遅いッ!!」
「俺の自まぶふぁっ!!」
「カズマァァァァァァァッ!!」
「お兄うるさい!」
この
◇◆◇
そうこうして迎えたお昼なのだが、折角なのでご馳走になることにした。悪い気もするが好意を無下にするのも心苦しい。残り物ですから遠慮する必要ないですよと蘭ちゃんも言ってくれたし。
「うん。あれだな、カボチャが甘い。美味い」
「だね。これ美味しいよね」
「相変わらずね、アンタんとこの味」
「甘いのは良い。子供が喜ぶ」
「俺は正直売れ残ってとうぜ」
言ってる途中でスコーンとお玉が弾の側頭部にクリーンヒットした。余計なことを言うからだ。くっ、無茶しやがって……。ちなみに投げたのは五反田食堂の大将にして一家の頂点、五反田厳さんである。特筆するべきことはげんこつが千冬さん並みに痛いくらいか。八十年以上生きた男の重さってやつかね。カッケエ。
「嫌なら食わんでもいい。下げるぞ」
「美味しくいただきますっ!」
「おう、食え」
やっぱり弾はアホだなぁ。一連の流れを見た蘭ちゃんがやれやれと首を振って「これだからお兄は……」みたいな表情をしている。なるほど、こうして駄目な兄の背中を見て育った結果がこれか。どうりでしっかりしている訳である。妹より優れた兄など存在しな……圧倒的に優れている人がいましたね。「分解」と「再成」のお兄様。さすおに。
「……で、蒼。気になってたんだが」
「な、なんだよ、そんなに詰め寄って」
ちょっと顔が近いんだけど。男の顔が近付いたところで何もトキメいたりしないしトゥンクなんて効果音も出ない。むしろイケメンフェイスを前にして殺したくなってくる。死ね。イケメン死ね。男の敵は女ではなくイケメンなのだとどうして理解できないのか。
「どうなのよ、女の園。いい思いしてるか?」
「は? いや、お前馬鹿なの? どうしてここで話すの?」
「いいから。さっさと言えよ」
「ちょっと待てだから──」
カチャリ、と誰かが箸を置く。いや分かってる。俺の隣の人物だ。つまるところの織斑一夏。あはは、なんだろうこの流れ出る冷や汗は。嫌な予感しかしない。心当たりなんて微塵もないのに。
「いい思いしてるよね、綺麗な女の子と仲良くなって」
「マジかよ最高じゃねえか蒼」
「しかもセシリア……一部の女子からはお茶の誘いまで」
「マジかよ最低だな蒼」
ここまで綺麗な手のひら返しがあるとは思わなかった。チワワ程度がよく噛み付いて吠えてくれるな。弱い犬ほどよく吠える。
「いや待て。それはあくまで交遊関係だろ。お前だって容認してんじゃん」
「まぁね。流石にそこまではしないって」
いや、お前の場合は本気でしそうで怖いんですが……。
「なんだ、結局恋人同士でイチャイチャかよ。つまんね」
「ホンットクズいなお前」
「別に面白さを求められても……」
「だからお前は彼女が出来ないんだ」
「これだからチワワは……」
「さすがお兄。クズすぎて軽く引くよ」
その場にいた全員からの罵倒を受けて弾が崩れ落ちる。ざまぁメシウマ。五反田の不幸で今日も飯が美味い。そんな下らないことをすぐ考え付いてしまう俺もなかなかのクズ思考。やはりこの世にクズは多かった。
「くそがぁ……俺だって、俺だって本気出せば彼女の一人や二人くらい……」
それはあれですね。例えるならファーストドローで事故った日。『明日から本気出す』
ウチの主人公
ISの世界に転生した。明日から本気出す。
転生特典がなかった。明日から本気出す。
一夏と仲良くなった。明日から本気出す。
幼馴染みズと会った。明日から本気出す。
中学に無事あがった。明日から本気出す。
一夏が女になった。明日からいちかわいい。
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