俺の友達が美少女になったから凄くマズい。   作:4kibou

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ハジメテの。

 ぱちりと目が覚めた。酷くぼやける視界から、眼鏡が無いのに気付く。うむ。何も見えん。知らない天井かどうかも分からない。けれども背中にあたる柔らかい感触とかから、ここは旅館の一室にあるベッドの上であろうことを予測。そうじゃなかったら植里くんどこに居るのって話になっちゃうからね。てかそうであってくれ。

 

「蒼?」

「んだよ……一夏、か?」

「……うん」

 

 すっと声の方に視線を向ければ、恐らく一夏であろう人物が座っていた。不確定なのは眼鏡が無くて見えないからしゃーなし。声で九割そうだと思うんだけど、天災の声真似や高性能機械音声とかいうイタズラの可能性があるのだよ。天災怖い。

 

「はい、これ」

「ん? ……おぉ、さんきゅ」

 

 なんて思っていたところ一夏の方から眼鏡を渡してきてくれた。気遣いの出来る良い嫁さんですね。すっと差し出されたそれを受け取ってかける。これでもう何も怖くない(フラグ)。今一度鮮明になった視界に一夏の姿を捉えれば、ほっと安堵のため息が漏れた。あぁ──安心した(切嗣並感)。

 

「…………」

「…………」

 

 えっと、なにこの雰囲気(困惑)。落ち着かない。なんか知らないけど落ち着かない。こういう時は久しぶりに素数を数えよう。よし、素数。素数だろ。素数はみんな生きている。あれ、素数ってなんだっけ(混乱)。駄目だ余計酷くなってんじゃねえか馬鹿野郎この野郎。ちらっちらと瞳をバタフライさせていれば壁の時計が目に入った。五時過ぎか。スゲー寝てたんだな俺。

 

「……な、なぁ、一夏」

「……ん?」

「福音の操縦者は、無事か?」

「……多分ね。傷は酷いけど命に別状はないって千冬姉が言ってたから」

 

 おお、マジか。いやぁ、良かった良かった。ゼロ距離で強化状態のブレードぶち当てたから少し心配だったんだよなぁ。息があるのは確認したけどやっぱり気になるもんじゃない? ほっこりとしてふぅとまた息を吐けば、続くようにして一夏の方からはぁとため息が漏れる。どしたん?

 

「……蒼は、さ」

「お、おう?」

「昔から、だよね。自分の優先順位が低いの」

「……そ、そーっすかねー? あはは……」

「…………」

 

 じとっとした視線を向けられて目をそらす。やめてくれよ、そんなに見詰められるときゅんきゅんしちゃうかもしれないだろ。キモい。だらだらと汗を流しながら吹けない口笛をぴゅーぴゅーと鳴らしていると、いきなり目の前が真っ暗になった。え、ちょ、いや待てどういう状況かを冷静に把握しよう。うん。それが良い。閉ざされた視界。顔に当たる柔らかい感触。どこか覚えのある良い匂い。そして後頭部を押さえている腕らしきもの。ふんふむ。あっ(察し)。

 

「体」

「へ、へ?」

「体、どこも痛くないでしょ?」

「……ほ、本当だ」

 

 嘘だろオイ。あれだけじくじくずきずき痛んでた所が全くもって普通。違和感ゼロ。まるで最初から怪我など無かったみたいに回復してる。お、俺の細胞スゲー。まさか遂に転生者らしく隠されたチートに目覚めちまったのか。そうだ。そうに違いない!

 

「束さんが全部治してくれたんだよ。蒼へのご褒美とか言って」

 

 違った(絶望)。

 

「そっか……あの人が、なぁ」

「妙にご機嫌だったよ。なんでか知らないけど」

「そうかぁ……」

 

 そこはかとなく嫌な予感がするのは気のせいでしょうか。うん。気のせいだろ。気のせいであってくれ。天災様に目を付けられると平穏から遠退くってそれ一番言われてるから。

 

「もうこんな無茶、しないよね」

「……いや、分かんねぇよ。それは」

「蒼」

「あのよ、一夏」

 

 相変わらず頭を抱かれたまま答える。ちょっとどころか結構この体勢恥ずかしいんだけど、一夏は離してくれないだろうし。息が出来ないとかそういうのは無いんで別に大丈夫なんですがね。ええ、恥ずかしいだけで。

 

「別にさ、俺は皆を助けようとか、知らない誰かの為になんて思う奴じゃないのよ。ただ」

「ただ……?」

「その……なんつーの? 惚れた奴くらいは、救いてぇじゃん。……男的に、よ」

「蒼……」

 

 あー、うん。やべーわ。途中からもう羞恥心が限界突破してる。やだ、植里くん顔真っ赤。一夏の胸に埋めているので気付かれないと思いますが。いや、耳も真っ赤だろうから気付かれるか? どっちにしろヤヴァイ。どれくらいヤヴァイかと言うと母親にエロ本を見付けられた時くらいヤヴァイ。あれは、なぁ……(遠い目)。

 

「馬鹿。馬鹿だよ、蒼は」

「……悪かったな、馬鹿で」

「本当、馬鹿。馬鹿なんだから、もう……」

「…………」

「……そんなの、何も言えないじゃん……」

 

 それは言えてる。つーかこっちだって何も言えねーわ馬鹿。ボソッと呟くんじゃねえ。距離が近すぎて普通に聞こえてるっつーの。ったく、暑すぎて熱中症になるんじゃねぇのこれ。

 

「それは、こんな奴に惚れられたお前が悪いな」

「ほんと、馬鹿に惚れた私も大概馬鹿だよ」

 

 馬鹿同士で相性は良いだろうがな。こうやって抱かれてるのも嫌いじゃないし。……鈴には悪いけど、やっぱり一夏の腕の中が一番安心するわ。多分人間的にじゃなくて、俺の気持ち的に、だけど。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「随分機嫌がいいな、束」

「そうかな? ふふ、そうみたいだねぇ」

 

 岬の柵に腰掛けた状態でぶらぶらと足を揺らす女性。鼻唄を奏でる束の顔は月明かりに照らされている。いつもより深い笑みは、その心理を如実に表していた。にこにこ無邪気に微笑む姿はいつもと変わりない。ただ、いつものどこか退屈そうな雰囲気が掻き消えている。

 

「ちーちゃん。あっくんは凄いんだよ」

「……あぁ、そうだな」

「一人で軍用ISを相手に勝っちゃうんだ。凡人だのなんだのと言ってるくせに、君が凡人なら他はなんだって言うんだい? ってね」

「……あいつは、少なくとも普通だよ。自分のために動く分にはな」

 

 千冬はその近くの木に背中を預け、束とは逆の方を向きながら話す。決してお互いの方を向かない。向く必要がない。変に深く繋がってしまった間柄、別に見なくとも容易に想像が出来るのだ。向こうがどういう顔をしているのかなど。

 

「だよねぇ。でも、守る対象があると違う(・・)

「……」

「爆発的に跳ね上がるんだ。能力が。思考も、判断力も、全部が全部」

「……言っておくが、あいつは私の大事な家族だ。もし手を出せばお前であろうと──」

「それくらい分かってるさ。手は出さない。間接的にも、直接的にも。あっくんは死なさないし、殺させもしない」

 

 それは果たして安心と言えるのか。逆に言ってしまえば死にたくても死ねないという事だ。言葉を発したのが篠ノ之束でなかったのなら、もっとストレートに受け取れるに違いない。言ったのが天才だからこそ、天災だからこそ、余計に考えてしまう。

 

「でも、ちょっと一緒に遊ぶくらいは良いよね?」

「ちょっと、なら良いがな」

「ちょっとだよちょっと。ほんの先っぽだけ」

「調子に乗るな馬鹿」

 

 くすくすと束の笑い声が辺りへ響く。千冬は呆れた様子でひとつため息をついた。

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そうなんだ」

 

 吹いていた風が、一度強くうなりを上げる。

 

「私もそこそこ楽しいよ。そこそこ(・・・・)、ね」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「えっと……蒼?」

「…………」

 

 夜。旅館の部屋。夕食も特筆すべき事など無く食べ終わり、お風呂にも入り終わった今。俺と一夏はそれぞれ敷いた布団の上で向かい合いながら座っていた。尤も、今から何をするかなんてあっちは気付いて無いだろうけど。

 

「……ヘタレ、だよなぁ、俺」

「へ? あ、蒼?」

「駄目だ。俺はよ、駄目な男なんだ、一夏」

「ど、どうしたの?」

 

 すっとポケットから束さんに貰った小瓶を取り出して栓を開けた。ゴムだって持っている。どうかこいつを飲んだ後の俺がなけなしの理性でつけることを祈ろう。頼むぞビースト植里くん。つっても紛れもない俺自身なんですけどね。

 

「だから一夏。俺からこれだけは言っておく」

「な、なに……?」

「……エッチ、しよう」

「!?」

 

 ごくん。一気に飲み干す。うぐぉ。なんだこれクッソ変な味がするのに後味がさっぱりして気持ち悪い。あの天災まさか不良品を掴ませやがったのか!? あ、いや待てよ。うん。待て待て。ステイ。……これちょっとヤバイわ。

 

「……流石だな、束さんは。感謝するしかない」

「え、ええっと、その、あああ蒼!?」

「なぁ、一夏」

「うぇえ!?」

 

 動揺する一夏に優しく抱きつく。そういう所とか普通に可愛いよなお前。マジで俺の彼女で良いのかと悩んじゃうくらいだ。しかし本当凄えなこれ。ある程度の理性は残ってると思うんだけど、ちょっと性欲が抑えられなくなってるというか。うん。ぶっちゃけると本能の猛襲がヤバイ。

 

「……良いか?」

「え、えっと、その、それは……」

「嫌ならそう言え」

「…………良い、です」

 

 か細い声で返された言葉はより一層刺激してくる。どうしてそう煽るのが上手いのか。本当に無自覚なんですかねコイツ。狙ってやってんじゃねぇの。まぁ、どっちにしろ今は関係無いけど。

 

「良いんだな? 言っとくが俺は本気だぞ?」

「あ、その、ひとつだけ」

「なんだよ」

「……や、優しく、お願いします……」

 

 マジか、こいつ。

 

「善処する」

「ぜ、善処って──うわっ!?」

「まぁ、お前を粗末に扱うなんてありえんが」

「あ、蒼……」

 

 とさっと軽い力で一夏を布団に押し倒し、その上に被さるようにして顔を近付ける。覚悟は良いか? 俺は出来てる。大丈夫だ、ゴムの存在は忘れちゃいない。こればっかりはきちんとしなきゃあな。

 

「好きだ、一夏」

「う、うん。私も……だよ?」

 

 そうして俺と一夏は、ゆっくりと唇を重ねた。


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