ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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難易度はイージーです

※公式のキャラの恋愛模様が好きな人注意
(特に空の境界)


ヤンデレ・シャトーを攻略せよ
ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 


「終わった……!」

 

 漸くだ。今回のイベント、高難易度のアヴェンジャークエストが漸く終了した。

 令呪は6日目のクエストで使っていたので最後のクエストは石を割る羽目になったが、何とかクリア出来た。

 

「さてさて……どんな会話が……」

 

 画面をタップしてメッセージを読んでいく。それが終わるとクエストクリア報酬の伝承結晶を貰う。

 これで次のストーリーやイベントまでレベル上げの日々に戻るのか……

 

『ふむ、取り敢えずはおめでとうと言っておこう、仮初めのマスター』

 

 アレ? なんでまたアヴェンジャーが?

 もしかして、バグ? 運営さん……しっかりしてくれよ……

 もう夜中の12時20分、クエストだけやったら寝ようと思ってるからバグならさっさと消そう。そう思って画面をタップした。

 

『せっかくだ。悪夢を乗り越えた褒美に、お前が今欲する物を叶えてやろう』

 

 ん? 先のメッセージとは違うな……もしかして、クリアしたらアヴェンジャー無料配布!?

 

「――って流石にそれだったら課金ユーザーが発狂するだろうからやりはしないだろう」

 

『お前の欲している物、ずばり愛だ。色欲とはまた違う、時には刃物となり、時には寝床の様にお前を優しく癒やすだろう』

 

「おう。彼女いない歴=年齢だし。欲しいな、愛」

 

『泡沫の夢だが、お前にそれをくれてやろう。しかし、忘れるな。俺はアヴェンジャー、善性な動機で動く様な者では無い事を……』

 

「もしかして次のイベントの告知? 不安なワードだらけなんだが……」

 

『待て、しかして希望せよ――』

 

 イベントの中で散々読んだメッセージを最後に、俺は眠りに落ちた。

 

 

 

「先輩? 気が付きましたか?」

 

 マシュ? アレ? 此処は何処だ? 何でマシュがいるの?

 

「夢の中ですよ、先輩」

 

 おおう、夢か。

 だけど、夢と理解出来る夢は初めてだなと思いながら、なんとなく自分の体を確かめた。

 

「……ん? この服装って……」

「はい、マスターの姿、カルデアで支給された礼装です」

 

 礼装だけではない。頭もボサボサな上に、眼鏡がないのによく見える……

 

「先輩はこの夢の中ではマスターですから」

 

 なるほど、俺の体はぐだ男の体になってるって事ね。納得だ。

 

「此処は先輩の欲する愛に溢れた監獄塔、ヤンデレ・シャトー、カルデアの女性サーヴァントが集まる場所です」

「……ゐ? 何か不穏なワードが……」

 

 ヤンデレ・シャトー? 先から気になっていたが、此処がイベントの背景の様な部屋なのは俺の目の錯覚ではないのか!?

 

「今日から3日間、先輩には愛の試練を受けてもらいます。此処に集まったヤンデレサーヴァントを上手く切り抜けて下さい」

「よーし、理解がまるで追いつかないぞー? つまりはどういう事だ」

 

 段々と頭が冴えて来て、同時に血の気が引いていく。

 これは、嫌な予感しかしない。

 

「これから3日間午前1時から、夢の中で先輩は監獄塔の中で複数人のサーヴァントから殺されない様に行動してください」

「先と言ってる事は変わんないね……ジャンルは?」

「アクション、もしくは恋愛シュミレーションです」

「登場人物は?」

「マスターの召喚した女性サーヴァントです」

 

 今年の1月中頃に始めた無課金で助かった……キャス狐とか師匠とか、ハロウィンエリザとか持ってないし、アルトリア顔はリリィ以外は持ってないから……

 

(アレ? 何か安心感が失くなって悲しくなってきた……)

 

「今日は3人の方々がこの塔にいます。それと、各サーヴァントに個室があり、無限ループの廊下があるだけですので、物理的に逃げたければひたすら前か後ろに走るだけです」

 

「何それ怖い」

 

「殺された場合のペナルティはありませんが、夢の中で手足を切断されダルマにされたり、体内で溶けていく肉片の感覚を夢が覚めるまで見続け味わうことになります」

「……ペナルティ無し?」

 

 それ軽く拷問の域だよね?

 

「先輩は幸運ですね。早起きなおかげで7時までの6時間で済む上に、現在の設定は男性ですから、襲ってくるのは女性サーヴァントです」

「……課金&昼起き&ぐだ子設定のユーザーさんのご冥福を心からお悔やみ申し上げます」

 

 それってつまり、男ならぐだ子に女体化した上に男性サーヴァントヤンデレ化……やべえ、FGO男性ユーザーが死亡する……

 

「あ、サーヴァントが死んだ場合、謎のバグとしてゲーム内のサーヴァントの霊基再臨が1段階下がります」

「おい!? それイベント限定キャラにも!?」

「はい! 私はレベルが下がるだけですみますが、他の女性サーヴァントは例外なく、1段階ダウンです」

 

 まさかのペナルティ!? ヤンデレ同士で争わせないとか、一気に難易度上がった!!

 

「いざとなれば令呪があります。では先輩! 私に愛されるまで、決して殺されない様に頑張って下さい!」

「っちょ、待って!」

 

 そう言って消えたマシュ。同時に部屋もまるでサーヴァントが消滅したかの様な光の粒子となりながら消え、薄暗い監獄塔の廊下へと変わっていった。

 

「…………さて、どうしよう」

 

 始まってしまった以上、ぼーっとしている訳にはいかない。まずは状況を確認しよう。

 

 俺の武器となりそうな物は、今着ているカルデア礼装とこの肉体のみ。普通の人間を超越した英霊、サーヴァントと戦うのも逃げ切るのも無理ゲーだ。

 

 ならば、この頭脳で切り抜けるしかない。

 生憎、キャラ知識はアニメUBWとゲームのEXTRAとCCC、そして本作FGOのみだが、俺の所持サーヴァントは大半がプロフィール全開放済みだ。キャラクタークエストはこなしていない者もいるかもしれないが、ヤンデレもそこそこ好みだから対処法も……

 

(浮かべばいいな……)

 

 まずこの廊下、歩くよりも動かない方が時間が稼げるだろう。

 

(体育座りでひたすら待機……)

 

 歩けば待ち構えているヤンデレに遭遇するのがお約束。此処はあちらから来るのを待とう。

 

(清姫来たらアウト……妄執ヤンデレ程恐ろしい物はない)

 

 さて、数秒か数分か、正確な時間なんか分からないがじっとして時間が過ぎるのを待っている。頭は膝に埋めてこちらの表情が見えないようにしよう。

 

「……主? いないのか?」

 

 落ち着いた声が数m先のドアを開く音の後に聞こえて来た。だが、顔を上げない。

 口調と声からして、この声はアサシン、最初のサーヴァント確定ガチャで引いた……荊軻だ。

 

「む、そこにいたのか主」

 

 すぐにこちらに気付いて近付いて来る。彼女は中国の始皇帝を殺しそこねた暗殺者だ。だが、足音は聞こえるし、気配遮断も使っている様子はない。

 

 良し、危険度は低そうだ。

 

 ヤンデレと言われて直ぐに包丁やナイフを連想するのは素人の考えだと、誰かが言っていた。

 

 一言にヤンデレと言っても種類がある。

 

 ずっと側にいたい依存系、自分だけ見てもらいたい束縛系、身の回りの世話を全てしてくれる世話焼き系、手の平で転がし愛でる支配系、好意が表れ過ぎている上に嘘嫌いな清姫(ノーマル)系等だ。

 キャラクタークエストやイベントの会話を見た限り、荊軻はマスターに頼られる関係でありたい世話焼き系に近いヤンデレの筈だ。

 

「け、荊軻……?」

 

 リアルなら絶対しないが、体育座りのまま顔を上げ、怯えた表情を浮かべる。

 これには幾つかの効果がある。

 頼りない所を見せる事で相手のヤンデレ属性を割り出す。

 依存系なら好感度が多少下がる。

 世話焼き系と束縛系なら保護欲がかきたてられ心配してくれるだろう。

 支配系と清姫ならこれ幸いと笑うだろう。

 

「主……! 大丈夫か?」

 

 ポニーテールと白い着物をゆらしながら早歩きでこちらに来た荊軻。

 心配しているのだろう。

 

「こ、怖くて腰が抜けたんだけど、助けてくれないか……?」

 

 そんな情けないことを言ったが荊軻は「あぁ」と言って手を貸してくれた。呆れた表情をしなかったので、恐らく世話焼き系で間違いない。

 

「どうだ、主? 今宵は我が部屋で一夜明かさないか?」

「ありがとう荊軻……もう暗くて見動きできないのは嫌だよ……」

 

 ――と言って目隠しと拘束は嫌だと言っておく。弱みを見せることになるが、荊軻の精神状態は今はまだ安定しているので問題無い。不満や怒りが溜まれば拘束も目隠しも遠慮無しでしてくるだろうが。

 

「さあ、入れ。今何か温かい物を入れよう」

 

 荊軻の部屋は長い歴史を持つ監獄塔とは程遠い、現代日本のアパートの一室だった。

 

(――使い回しか?)

 

 前のコラボイベントの背景と同じ、どう考えてもオガワハイムの一室だ。

 キッチン、トイレらしき扉、そして大量の酒。

 一応、食べ物やらまともな物もあるらしく、牛乳を温めながら荊軻がココアを作ろうとしている。

 が、それよりも目に入るのは部屋の奥の椅子、そして手錠。

 

「……マジっすか……」

 

 思わず呟いてしまった。周りにはハードな物は無いので捕まってもすぐに危険になったりはしないだろう。

 安心出来るわけではないが。

 

「主、できたぞ」

 

 電子レンジで温めた牛乳にココア粉末を入れ、混ぜながら俺に持ってきてくれた。その大昔の着物を着た暗殺者がココアを運んでくる姿はシュールだが、俺は喜んで受け取った。

 

「ありがとう……」

「……その礼に免じて許してやるが、ワザと怖がったりするな。助けてほしくば、主らしく、堂々と頼め」

 

 どうやらバレていたらしい。流石に、英霊を騙すのは難しいか。

 

「ああ、悪かったよ荊軻」

「――だが、ビクビクする主も中々そそられたぞ」

 

 ニヤッと浮かぶ笑顔が怖い。褒められている気がしない。

 な、何とかやり過ごさないと!

 

「っ、あっつ!」

「おい、大丈夫か?」

 

 ナイス俺! 焦って素でココアを冷まさず飲んだから話題を変えられそうだ。

 

「済まない、妙な事を言って主を驚かせたか?」

「だ、大丈夫……それよりも、荊軻は何でこの部屋に?」

「……主と私が共に暮らせる場所を望んだ結果がこの部屋だ」

 

 そう言って荊軻は視線を月の見える窓へ移した。

 

「窓からは美しい月も見える。聖杯を手にした暁には、それを杯(さかずき)に、2人で飲み明かそう」

 

 そう言って笑う荊軻だが、悲しみの色が浮かんでいた。

 

「主があの塔に囚われている時、柄にもなく怖くなった。あのまま眠り続けてしまうと思うと、胸が張り裂けそうだった」

 

 これはFGO内で主人公が眠って、アヴェンジャーと共に監獄塔を抜け出していた間の事を言っているのか?

 

「荊軻……」

「だが此処なら君とーー」

 

 コンコンっと、ノックの音が聞こえた。

 

「ーー無粋な客人か……」

「荊軻……」

「心配するな主、直ぐ追い返そう」

 

 そう言って立ち上がり、ゆっくり扉に近付く荊軻。見れば手に匕首を握っている。

 

(まずいまずいまずい! どうしよう!? このままじゃ間違いなく流血沙汰だよ!?)

 

 俺の混乱を他所に、荊軻は覗き穴から外を確認する。

 

「……早々に帰る事を勧めるぞ、破廉恥ネズミ」

 

「誰が破廉恥ネズミですって? アサシンとしては暗殺1つこなせなかったあなたの方が恥ずかしい存在でしょう?」

 

 速攻で荊軻が挑発したが、扉の向こうの相手が返してきた。

 扉から聞こえた可愛らしい声は恐らくマタ・ハリだ。

 スパイ活動が得意なアサシンで、その美しい肢体と言葉で様々な男を手玉に取っていたそうだ。

 

「ふん、そういう君は主に憧れを抱くことすらおこがましい存在だろうに」

 

 って、このままじゃ不味い! ひたすら言い争う不毛な口論が続いてしまう!

 

「ふーん、やっぱり、部屋から出てこないと思ったら、もうわたしのマスターと一緒なんだ……」

「何を言っている? 主は私の物だ。カルデアにいた時からずっとな」

「得意げに初召喚されておいて、初見のマスターが微妙な顔をしたらしいじゃない!」

「君も見た目がいいだけで、レベルが上がっても主に使われたことが無いだろう!」

 

 なんとか止めなくてはいけないが、もし下手に止めに入れば俺が殺されるか2人が殺し合うかのどちらかだと目に見えている。

 

「ーー荊軻、お腹減ったからご飯を作ってくれないか?」

 

 なので此処はあえて話題を180°変えてみた。

 

「む、主。済まない、今すぐ作ろう。何が欲しい?」

「サンドイッチかおにぎり!」

「了解した」

 

 荊軻は扉の向こうを鼻で笑う。次はマタ・ハリだ。

 

「マタ・ハリ、荊軻の部屋はお酒ばっかで炭酸飲料が無いからコーラとか持ってきてくれると嬉しいなー」

「マスター! 分かったわ! 良い子で待っていなさい!」

 

 世話焼き系にとっての最優先事項は俺の世話だ。マタ・ハリも多少の違いはあるが、荊軻と同じ世話焼き系、だと思う。

 

「主……?」

 

 キッチンに向かった荊軻は当然、マタ・ハリを誘った俺に怒りの目を向けている。

 

「ん? ごめん、コーラあった?」

 

 惚けてみる。

 

「……否、生憎用意していない」

 

 通用したようだけど、別のフラグが立った気がする。

 何が起こるかは分からないけど部屋を見渡してぼーっとする以外、する事なんてない。電子レンジの時間を見てみた。

 

(……もう2時45分……? まだ15分位しか立っていない気がするけど……)

 

 だがそれは朗報だ。後4時間と15分で目が覚めるという事だからだ。 

 

(流石に、時刻設定ミスとかじゃないよな?)

 

 荊軻の方を見る。どうやらおにぎりを作っているようだ。

 

(妙な物は入れてないよな? 薬とか、血とか……あ)

 

 何でおにぎりに匕首が必要なんですかね……?

 しかし、問い詰めればアウト。刺されて終わる。

 

「マスター、持ってきたよー」

 

 マタ・ハリが到着したようだ。

 

「荊軻、開けていいよね?」

「……」

 

 無言でニコリと笑う荊軻。怖い。

 

「じ、じゃあ開けるよーっと」

 

 ガチャリ、ドアを開けて数歩下がる。此処でマタ・ハリに攫われたら、荊軻と殺し合うのは目に見えているので攫われないように気を付ける。

 

 扉の向こうから現れたのはオレンジ色の服……と呼んでいいのか分からなくなるほど薄く、露出の多いストリッパー衣装の女性。間違いなくマタ・ハリだ。

 

「マスター! ご無事で何よりです!」

「うん。所で、コーラは?」

 

 直ぐにコーラの有無を聞く事で、マタ・ハリの好感度を下げ、荊軻にはあくまでコーラが欲しい事をアピールする。

 

「ちゃんと持ってきましたよ。もう、ワガママで可愛いマスターでちゅねー」

 

 しかし、俺の姑息な作戦はこの人に通用しない。

 更にこの赤ん坊プレイ、キャラクタークエストで見たが中々恥ずかしい。

 荊軻が睨んで、視線だけで「早く出て行け」と言っているのが分かる。

 

「それと、サンドイッチも! さあ、一緒に食べましょう!」

「飲み物だけ置いてさっさと出ていけ」

 

 荊軻が七首を手にそう言っている。

 どうする? 此処はマタ・ハリに帰ってもらった方が……

 

「ねえ、荊軻さん? 誰がわたし達の他にマスターを狙っているか知ってるかしら?」

「興味ないな。私がいれば誰が来ようと主を守れる」

 

「アサシンクラスの最後の1人は最初に最終降臨した両儀式らしいわよ?」

 

 此処でこの情報! しかし考えてみればアサシンクラスの女性で俺が持っているのは荊軻とマタ・ハリと式の3人しかいないので、人数的にも納得だ。

 

「……っく……」

 

(イベントキャラなので育てやすかったんです。許して下さい)

 

 もしサーヴァントのゲーム内での強さが此処で反映されているならレベル70の式に、最近最終降臨までいったレベル60の荊軻では勝ち目が薄いけどzマタ・ハリのレベルは30、2対1なら勝てるかもしれない。

 

(式、フォウの攻撃力もHPもカンストしてるんだけどね)

 

「……もしその情報が偽りなら覚悟しておけ」

「それじゃあマスター! ママと一緒にモグモグしましょーねー!」

 

 だが、この赤ん坊扱いは辛い。

 

「主、私の作った握り飯だ。食べてくれ」

 

 同時に差し出されたおにぎりの乗った皿とサンドイッチの入ったランチボックス。 

 メシマズでは無い事を祈って俺は迷わず両方手に取り、両方同時に一口食べた。

 

「ぁんぐ! ん…………うん! 美味しい!」

 

 ツナサンドにツナマヨおにぎり。俺の好みを知っていたのかは分からないが見事に被った。

 

「どう、マスター? どっちが美味しい?」

 

 顔を近づけそう聞いてくるが、その形相は凄まじい。

 取り敢えず今度は両方順番に食べる。

 サンドイッチ……おにぎり……おにぎり……

 

「うん、日本人ならやっぱり米だな」

 

 無難な答え。さて、反応は……

 

「……そう」

 

 怖い、静かなのが余計怖い。

 

「フン、主の好みもろくに掴めていないのか」

 

 荊軻さーん、挑発しないでくださーい。

 

「あ、コーラくれる?」

「はい、いまいれてあげまちゅよー!」

 

 マタ・ハリはランチボックスの中からコップを出して注いでくれた。

 

「何故コップを持ってきているんだ?」

「あら? 愚問ですね、杯くらいしか持ってなさそうなあなたを気遣ってあげたんですよ? マスター、次はこちらのタマゴサンドを食べて下さい!」

「鮭だ、食べろ」

 

 またしても同時に勧められた2食。

 順番に口に入れた。

 

「……ん、うま――っ!」

 

 おにぎりの後に噛んだサンドイッチを飲み込んだ。

 同時に、言い様の無い不安が込み上げてきた。

 

「ん? 汗が出ていますけど大丈夫ですかマスター?」

「む、大丈夫か主?」

「だ、大丈夫……」

 

 な、何だか急に、こ、怖くなってきた。

 

 そ、そうだよ。相手は英霊なんだ……

 

 俺なんかじゃ、抑えることすら出来ない強靭な存在!

 

 ヤンデレ? 殺し合い? あと4時間? 無理だ、止められる訳がない! 

 

「マスター、腕が震えていますが……」

「どうした、寒いのか?」

「っひい!?」

 

 俺は伸びてくる腕を払い退け、情けない声が漏れる。

 

(しまった! つい反射で……!)

「ごご、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」

 

 頭を床に擦り付けて、全力で謝る。

 

「あ、主?  一体どうした?」

「待ちなさい!」

 

 俺は必死に謝り続ける。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「監獄塔から脱出したばかりのマスターに、こんな場所でまともな精神状態でいてって方が難しいわよ。此処はわたしに任せて」

 

 俺の頭に、手が乗せられる。

 

「っ!? ごめんな――」

「大丈夫、私は、貴方を傷付けたりしないから」

 

 手が動いた。俺の頭を撫でる。

 その柔らかく、安心感を与えてくれる動きに、俺は体の力が抜けるのを感じ、顔を上げた。

 

「……よしよし、良い子でちゅねー。大丈夫、わたしは貴方のママでちゅよー」

 

 太陽の様に暖かくて、その手に触られるだけで安心出来て……

 

「……あら? 寝ちゃったみたいね。可愛いわ」

 

「……貴様、さては一服盛ったな?」

「あら? それはこちらの台詞です。効き目の遅い睡眠薬ですね?」

 

 まさかの二人共薬入りか……

 

「貴様の盛った薬よりも安全だろ? 精神に影響を及ぼす薬とは……」

「マスターは眠りましたし、もう遠慮はしない、ですか? 戦闘は苦手ですけど、遅れはとりませんよ」

 

 夢の中で寝たからと言って起きたりはしないようだ。

 

 だが、金縛りに合ったかの様に体が動かない。目が開かないから周りの情報は聴覚だけだ。

 

「覚悟しろ。貴様を殺して、主と添い遂げるのはこの私だ」

「生前に暗殺失敗した貴方に、私が捕まるわけないでしょ!」

 

 体を持ち上げられた。恐らくマタ・ハリだろうが、果たして逃げ切れるのか?

 

「――吐き気がする」

 

(えっ――?)

 

 聞こえたくない声が聞こえて来た。マタ・ハリとも荊軻とも違う声が聞こえた瞬間、俺の運ばれていた体は急にその動きを止めた。

 

(式来ちゃったー)

 

 泣きそうです。寝てなかったら涙目確定だ。

 それと同時に板が転がる音がした。

 恐らく直死の魔眼でドアを『殺』したのだろう。

 

(『』付ける所ってこれで良いのだろうか?)

 

「まったく……オレの部屋に来ないと思ったら捕まってるのか……何やってんだか」

「両儀式……! そこの破廉恥ネズミの情報は当たっていたのか……」

「悪いけど、そいつはオレが貰う。大人しく渡しな」

 

 寝てるから何も出来ない。

 

(あー、荊軻の降臨素材ってなんだっけ……)

 

 既に諦めムードである。意識があるせいで逆に起きる方法が分からない。体もピクリと動かない。

 

(かっなーしーみーのー)

 

「渡すとでも?」

「先輩方には悪いけど、オレとの力の差は理解してるだろう?」

「2体1で勝てるとでも?」

「――直死の魔眼」

 

(むっこー……)

 

「これならどうかしら!」

 

 俺が歌っている間に動き始めたマタ・ハリ。

 

「ーー効かないね」

「そんな! 煙を殺してるって言うの!?」

「っち!」

 

 3人ともアサシンとしての本領は発揮できない。なら、必然とより強く、早い者が勝つ。

 ッキィ、と金属音聞こえる。それぞれの武器で切り合ってるのが分かる。

 

「……分かっていたけど、宝具は殺しにくいな」

「ならば、私が先に貴殿をぉ――」

 

 声が遠ざかる。体が揺れる。

 恐らく、ドサクサに紛れてマタ・ハリが離脱したのだろう。

 

「ッハァ、ッハァ……」

 

 彼女の息切れだけが聞こえてくる。暫くしてガチャリと音がした。

 彼女の部屋に辿り着いたのだろう。しかし、式か荊軻のどちらかが追ってくるのは時間の問題だ。

 

「……ふっふ。呑気に寝てるなー」

 

 いえ、結構焦ってます。

 頬を突付かれているのが分かるが、ちょっとくすぐったい。

 

「ねぇ、マスター。少しだけ勇気、ちょうだい……」

 

 ……! ちょ、人が寝てるからってそんな……

 

「……っん」

 

 顎を優しく抑えられ、口に柔らかい物が重なる。

 本当に僅かな時間だが。

 

「……今度はマスターからしてくれると嬉しいな」

 

 重なっていた物が口から離れる。

 そして体をゆっくり降ろした。

 

「じゃあ、行ってこようかしら」

 

(マタ・ハリ! 行くな!)

 

 思わずそう思ってしまった。先まで警戒心全開だったのにキスされただけでこの手の平返し。

 なんて現金な奴なんだ、俺は。

 

「――見つけた」

 

 部屋の外から式の声が聞こえ、ドアが閉まると同時に何も聞こえなくなった。どうやら防音仕様らしい。

 

(……アサシンピース、まだ残ってたかな。ちゃんと、元に戻してやるからな)

 

 残念だが心配の対象は素材の在庫にあっさり変わる。俺とのキスで敗北フラグが立ったので最初から勝ち目は無い。

 

「……」

 

 しかし、こうも静かだと逆に不安になる。

 俺は今、目隠しされて拘束されている状態と大して変わらないのだ。

 

(夢の中で寝過ぎなんだよーさっさと覚めてくれー)

 

 勿論、出来る事ならこの悪夢から覚めたい。

 数分経った。確実に経った。

 

(わたしがーみてーる――はー)

 

 歌を歌って気を紛らわせながら、その曲の長さで時間を図り始める。

 

(ーなどーすこーしー)

 

 ……ええい! まだか! この曲の2番知らないんだけど!

 

(ひっとりー)

 

 ループする事にした。だがやはり飽きてきたので別の歌にしよう。

 

(さーいーたーさー――)

「――流石、手間取らせてくれた」

 

 漸くドアが開いた。聞こえたのは両儀式の声。

 

「マスターは……呑気にオネンネか。よっぽど強い薬だったのか、神経が図太いのか」

 

 呆れた声でそう言った。

 

「ま、丁度いいかな。今の内にマスターを愛でる準備をしよう」

 

 声色が嬉しそうだ。そして体が浮く。

 

(あ、また運ばれている)

 

 細みの女性に運ばれる自分を想像する。ああ、俺の童貞も遂に終わりか……

 

 正直、式は分からない。コラボイベントで登場した式は、同じ型月世界の作品だ。

 だがしかし、俺は原作どころかアニメも見てない。分かっているのは多重人格だったり、直死の魔眼持ってたり、Extraに登場したことだけ。

 ゲームでのマスターとは気が合う友人……がいい所の好感度しかなかったはずだ。

 

 またしてもドアの開く音。その後椅子に腰掛けられた様だ。

 

「さてと、後は……」

 

 またドアの音。式は何処かに出て行ったようだが、俺は動けない。

 拘束されている感じではなさそうだ。しかし、寝ているのだから何も変わらない。

 

 再びドアの開く音。

 

「……ふぅ。後は繋いで……」

 

 式の声が聞こえてくる。そしてカチャカチャと不安にさせる物音。あ、手を縛られた

 

「……良し。それじゃあマスターを起こそうかな。このまま愛でるのも悪くないが……」

 

 お前もか! またしても頬を突付かれる。

 

「おーい、起きろよマスター。早くしないと食べちまうぞー」

 

(起きたいけど起きれないんだよ!)

 

「しょうが無いなー」

 

 何かが流れる音に、僅かな水音。

 

「……冷た!」

 

 顔面に水をかけられた様だ。漸く体が動いた。

 

「おはよう、マスター」

「……アレ? なんで式が?」

 

 寝ている時に意識があったのは黙っておこうと思い、そう口に出す。

 

「大丈夫だったか? お前、あの2人に酷い事されたんだろ?」

 

 そう言って式が指差した方向には、アパートの一室の壁に繋がれた荊軻とマタ・ハリ。

 傷こそあるが、2人に致命傷は見られない。

 

「安心しろよ。オレはマスターが悲しむ事はしないよ。流石に殺していないさ」

「そっか……良かった……」

 

 式との好感度が低くて助かった。正直、セイバーの方だったらアウトだった気がする。

 

「――それじゃあ、マスター。対価を頂こうか。オレみたいな奴が、斬り掛かってくる相手を殺さずに戦闘不能にさせるのは結構骨が折れたからな」

 

 そう言って式が冷凍庫を開く。

 

「折角だし一番高い奴にするかな」

 

 式はストロベリーアイスを取り出して、スプーンを手に持ちこちらに来る。

 

「いま手錠は外してやる。逃げようとすればあの2人をすぐに殺してやるからな」

 

 物騒な脅しと共に手錠を解錠される。

 

「さて、マスター。オレにこのアイスを食べさせろ。口移しで」

「ああ、別にいいけ、っはぁ!?」

 

 な、何て言った!? 口移し!? そんな、ラノベみたいな事――

 

「当然、してくれるよな?」

 

 式は床に置かれていたコップに入っていた水を荊軻とマタ・ハリにかけた。

 

「……うっ」

「……いっ!」

 

 どうやら塩水だったらしく、2人の傷にしみているようだ。

 

「荊――」

「――マスター、今はオレだけ見てろ」

 

 お、おう……台詞だけだったら男よりも男らしい。

 

「ギャラリーがいた方がいいだろ? まあオレ個人として、マスターに手を出されてイラッとしてただけなんだけど」

 

 そう言って式は2人の後ろに回ってギャグボールを装着する。

 

(おおう、ここだけ見ればキマシタワーなんだけど)

 

「や、やめ――んー!」

「マス、ん、んー!」

「これでよし、と」

 

 式は手をはたくと、俺の元に戻ってきた。

 

「じゃあ、溶ける前に。ほら、口開けろ」

「……あー……」

 

 スプーンで掬われたアイスは俺の舌に乗せられる。

 甘酸っぱい味が広がるが直ぐに俺の口は閉められ、味など消し飛んだ。

 

「……ん、っん、っ……」

「っ!?」

 

 式の舌を入れられ、溶けたアイスと一緒に舌を滑られ、アイスが無くなってもそれは続いた。

 

「んー!? んー!」

 

 後ろで荊軻とマタ・ハリが何か叫ぼうとしているがそれよりも俺の味覚を襲う衝撃に気が行ってしまう。

 

「……ん、ん……っはー……癖になるな、コレ」

「っはぁ、はぁ……」

 

 興奮で鼻から息を吸うのも忘れてしまった。息を整えようとしている俺に、式はもう一度スプーン突き付けてきた。

 

「前から思ってたけど、マスターの焦り顔は最高だな。からかうのも愛でるのも、本当に面白い」

 

 クールでお人好しの筈の両儀式だが、ヤンデレになると完全にドSだ。拘束を外したり、邪魔者を殺さなかったりと何処か良心はあるようだが、それがドS具合に拍車をかけているようにも見える。

 

「ほら、もう一回。アイスが無くなるまで何度でもだ」

 

 荊軻とマタ・ハリが物凄い形相でこちらを睨んでいる。しかし、彼女達を殺させない為にも式に従うしかない。

 

「っん……ん」

 

「……ん」

 

「っ、ん、ぁ……」

 

 3回、4回、止まること無く続くディープキス。

 アイスは半分くらいカップの中で溶けているが、式は求めるのをやめない。このまま、永遠に続くのだろうか?

 

「これで5回目だな。じゃあ、6回――」

 

 が、それは唐突に下から放たれ始めた光で終わりを迎える。

 

「……ちぇ、もう時間か」

「マスター!」

「主!」

 

 式の手からスプーンが落ちる。それと同時に荊軻とマタ・ハリがこっちに来た。

 ギャグボールも手錠もすり抜け落ちた様だ。

 

「……もう直ぐマスターは目を覚ます。此処も、物から順番に消えていく」

「6時間にしては、随分短いな」

「夢の中の時間の進みはマスターが体感している時間よりずっと早いんですよ」

「私達は、この時間の為に生み出された幻影だ。どうか、この事は忘れてくれ」

 

 でも、どうしてこんな事に――

 

「まあ、折角だ。後2日間、楽しみながら生き残ってくれ。そうすりゃ、あいつもお前にワケくらいなら話してくれるさ」

「健闘を祈っているぞ、主」

 

 そう言って3人は笑い、彼女達の消滅と共に俺は目を覚ました。

 

 

 

「……朝か……」

 

 妙な夢を見た気がする。

 手には携帯が握られている。

 

「あ……寝落ちしたのか……」

 

 幸いにも充電器を付けたまま遊んでいたおかげで充電は出来ている。

 

「ん?」

 

“現在ストーリーガチャ、ピックアップガチャ、フレンドガチャが使用できません”

 

「おいおい運営……」

 

 それは駄目だろうと思いながらも、まあいいかと思った。

 

「……ん? 何でまあいいかって思ったんだ?」

 

 自分の思考に違和感を感じつつも、俺は学校に行く為の準備を始めた。




続編を書くかもしれませんが、キャラのリクエスト等は受け付けておりません。作者の持ちサーヴァントのみ登場する予定です。

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