ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
2019年のバレンタインデー、他のマスターはどう過ごしたのでしょうか……? 陽日さん、続投です。
「っか、間一髪……! いや、何回か死んだか?」
2月14日、バレンタインデーの洗礼を受け何回か死んで目を覚ました俺はベッドの上で頭を抑えた。
「げっ、エナミから電話が……もしもし?」
『せんぱーい? 夢の中で他の女からチョコを受け取りましたね? ふふふ、先ずは私のチョコレートでお口を洗浄しないといけないですね?』
「……変なもん入れてないだろうな?」
『安心して下さい。市販品です!』
「……何が?」
『市販品です!』
今日こそ俺の命日になりそうな予感を感じて、俺は思わず視線を窓の空へと向けた。
「……空、青いなぁ」
『先輩! 可愛い後輩が風邪を引く前に家に入れて下さい!』
「はいはい……」
誰か、俺と同じ苦しみを味わっている奴がこの空の下にいるのだろうか。
そんな現状は何も変わらない事を考えながら俺は玄関へと向かうのだった。
始まる前から終わりまで憂鬱な気分だった切大とは違って終始この日を楽しみにしていたマスターもいた。
「ふぅ……!」
完璧なまでに就寝準備をした上で3度の礼を自分のスマホにする男、山本がいた。
「お願いします……! 神様仏様エドモン様……!」
「どうか……」
「どうか、モーさんのチョコレートを、この手に……!!」
しかし、この動作は既に数回も繰り返されている。
この男、悪夢を見るのが楽しみ過ぎてベッドに倒れ、数分経っても寝れずに起き上がり祈りを捧げてベッドに戻るを何度もループしているのだ。
「よ、よし、今度こそ寝るぞ……! 睡魔も体力も限界だ……!」
「っは……フハハハ、戻ったぞ!」
正月元旦に新品のパンツを履いたような清々しい気分だった。
いつ寝たのか分からないが兎に角僕はまたこの素敵な空間へとやって来れたのだ。
「早速、モーさんを探さないと!」
「誰を探すって?」
聞きたくて仕方の無かった声に慌てて振り返ると、そこにはアーサー王の遺伝子を受け継ぎ生まれたホムンクルスであり、名剣クラレントを振るう、身長154cm体重42kg、爪の先から頭のてっぺんまで覆う鎧の姿も格好良くて好きで、兜だけ脱いで顔を出しちゃってる姿も大好きで、鎧を脱ぐとおへそ丸出しと言うか上半身は胸当てだけなのめっちゃエッチだし、肩が完全に露出しててドスケベだし、でもそれを言ったら顔を真っ赤にしてクラレントでぶん殴るご褒美をくれそうだし、何だったらその後侮蔑の視線でこっちを睨んでくれてもいいし、女の子らしく恥ずかしがって肩を隠したりしたらそれはそれでキャラ崩壊に失望しながら勃っちゃうし、そう考えると全ての動作仕草に二通りのパターンがシュレディンガー的に同時存在するという100年前から気付いておくべきだった新事実にショックを受け、だけどやっぱり男勝りな反応が王道だし、それ以外の反応は邪道で地雷だけど死ぬ訳ないと油断して踏みまくった果ててで結婚とか有り得ないシチュエーションの原爆起爆して闇に堕ちた末にやっぱりそれは幻想だよなと我に返って、ガサツな姿を拝みたいモードレッド!
モードレッドじゃないか!
「本物のモードレッド!」
「お、おう、本物だぜ……? なんか、数秒くらいこっち見て止まってたけど大丈夫か? 具合が悪いならマイルームまで運ぶけど――」
――何だとぉ!? 運ぶ!? 男の僕をモーさんが!?
「お願いします!」
「あ、うん。普段以上に興奮してるのはスゲー分かった」
モーさんの手が触れた。僕を傷付け無い為か鎧をサラッと脱いで例のエチエチな姿で僕を運ぶ。
さあ、どう持っていく!? やっぱり肩に担がれて荷物みたいに持っていくか!? いや、モーさんの筋力なら横脇に抱えて行くのも難しくないだろう……! さぁ、どうやって――
「よし、行くぞ」
(――お姫様だっこだとぉぉぉぉぉ!?)
「モーさん、エロいよぉ……!!」
「はぁ!? 急に何だよ!?」
だって、だって……!
「すぐに横に肩があるんだよ! 抜き身の! モーさんの露出狂! 僕はそんなサーヴァントに育てた覚えは無いよ!」
「マスター……何か悪いもんでも食ったか? それと、モーさんって呼ぶなっつたろ?」
モーさんの指が軽く僕のデコを叩いた。
「……え? な、なんでデコピン?」
「モーさん呼びした罰に決まって……何だ? 痛かったのか?」
「う……う……モードレッドが、クラレントで殴りかかって来ない……!」
「そこまでする訳ねぇだろうが!」
余りのショックで泣き出した僕をモーさんはマイルームまで運んでくれた。エッチだったけど嬉しかったのでまた惚れ直してしまった。
「ほら、降ろすぜ」
ベッドに優しく降ろすイケメン動作にときめいていると、彼女は不意に1つの箱を差し出してきた。
「まあ、ここに連れてきたのはコレの為でもあるんだけどな。今日はバレンタインデーだから――」
「待って! モードレッド、待って!」
しかし、僕はそれを手で制止した。
「……何だよ。普段はあんだけ騒ぐくせに、やっぱりオレみたいな男女のチョコなんざいらねぇって――」
「――そんな訳ないでしょ! それを貰ったらカルデア百周しながら全男性サーヴァントと職員に自慢しまくって嫉妬されながら悠々と帰って押入れの奥底に仕舞って家宝にする気しかないよ!!」
「…………」
「だけど!? だけどだよ!? モードレッドのチョコはそれじゃないよ!? そんな前もって準備して渡す様な乙女チックな物じゃなくて、適当にポケット漁ったら出て来たみたいな食い掛けのチョコをパッとその場で渡すみたいな――痛ぁ!」
突然僕は左頬を殴られ床に叩きつけられた。
「も、モー……さん……?」
「……マスター、なんで本人の前でモードレッド語ってんだよ? オレはお前の知ってる行動しかしない浅いヤツだってか?」
「っあ、いや……」
「確かにオレは叛逆の騎士モードレッド、狂犬とだって呼ばれた事もある。
けどな、仕えた主に剣を向けるほど見境なしじゃねえよ」
その言葉に自分の浅はかさを思い知った。だが、俯く視線の先に真っ赤に包装された箱が差し出された。
「解釈違いだこの地雷野郎!
四の五の言ってないで受け取りやがれっ!」
「モー……ドレッド……」
自分の心の狭さに泣き出しそうになりながらも、差し出されたチョコを受け取った。
「――」
その先には、勝手に有り得ないと思っていた彼女の満面の笑みがあった。
顎を動かして食べる様に促される。
僕はその後ろに貼られていたシールを剥がし、包装紙を取って箱を開けた。
中はアルミホイルに包まれたトリュフが何個か入っており、その1つを口に運んだ
「……うまい、美味いなぁ……」
「だろ? マスターの為に作ってやったんだ。食わずに飾るなんて言うなよ」
「うん…………?」
涙を拭いてからもう一つ食べようと取り出すと、モードレッドの指がそのチョコをつまんだ。
「生憎、食べかけは用意しなかったからな」
「え――んんっ!?」
殴られた時以上の衝撃が僕の全てを吹き飛ばした。
「んっ、ちゅん……ぁ」
唇が甘い、舌が甘い。味覚がそんな単純な味ではなく感触を求めて舌を動かす。
「んん……! っちゅぅ、んぁ……はぁっ」
視覚は視覚に近付き過ぎた彼女の顔が上手く映せなくてチカチカしている。
理性だけが今にも支えを失いそうだ。
「……どう、だぁ? これで……良かったか、マスター?」
そう聞いてくるけど慣れない事をしたせいかモードレッドの息は荒く、顔が赤い。
その姿はズルい。
僕は自ら理性の壁を壊してモードレッドを抱きしめた。
「んぐ……! ま、マスター!?」
「駄目だって、モードレッド可愛過ぎだって……!」
あ、ヤバい。思わず禁句を……否、構うもんか。
「普段クールなのにそんな顔したら可愛いに決まってるじゃん! もう無理、モードレッドと付き合いたい! 彼女にしたい! 女の子扱いしたい!」
「……え、オレとマスターって付き合ってなかったのか?」
残念ながら僕は悪夢の事をあまり覚えていない。だが、モーさんが泣き出しそうなのを見て慌てて話を合わせた。
「……ん……!? も、勿論付き合ってるよ!?」
「そう、だよな……」
「今のは言葉の綾だ! 結婚したいって言いたかったんだ!」
「け、結婚……!?」
モードレッドは驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
「結婚……へへへ……結婚かぁ……」
気分が良くなってきたのか、モードレッドから段々男成分が失くなっている。
僕は我慢出来ずにモードレッドの頭を撫でた。
「なぁ、マスター?」
「何?」
「もう一回、キスしていいか?」
「うん、良いよ」
こうして、僕達は時間が許すまで甘い時を過ごし続けた。
「……モードレッド?」
次の日の夢の中でも、モードレッドが最初に現れた。
「モードレッド!」
次の日も、その次の日もモードレッドだけが現れた。
そのたびにデートしたり、一緒に寝たり、ゲームをしたり、兎に角一緒の時間を過ごした。
だが、ある日モードレッドが少し遅れて現れた。
「わりぃ、遅くなった」
「別に良いけど……どうかしたの?」
「いや、別になんでもねえよ」
そっか。
僕は気にしない事にした。
例えモードレッドの頬に血が残っていようと。
彼女の手の平に付いた血が、不自然に途切れていても。それに繋がる血の跡がクラレントの柄に付着したとしても。
「モーさん大好き」
「モーさんは止めろって……
……オレも、大好き」
この後も暫くモードレッド以外のサーヴァントを見なかったとしても。
「部長、部長」
「んぁ……? Xオルタか?」
コクリと目の前の後輩は頷いて見せた。
どうやらまた俺は奇妙な夢の中にいるらしい。
「今日はどうした? なんか、教室の中みたいだが、誰もいねーし」
「今日はバレンタインデーです」
「そうか、バレンタイン……で、なんだ? 俺にチョコでも用意してくれたか?」
「モチ、です」
そう言ってXオルタは俺にプレゼントの包みを渡してきた。
渡す時の言葉は中身と掛けて来たのか、チョコ大福だった。
「じゃ、遠慮なく……んまぁ!」
手作りの様だが、白餅の中に入れられた抹茶チョコは絶品で、俺が2つ目を手に掴むのに合わせて目の前の机にXオルタは湯呑を置いてくれた。熱々のお茶が湯気を出している。
「んーうま!」
「満足して頂けたでしょうか、部長」
「おう!」
俺はお茶を啜りながらも、教室の外に意識を向けた。どうやら、何時もの新聞部のメンバーも現れ始めている様だ。
ならば、ここは部長として――
「――食べ比べしてやらないとな」
「……」
残りは後で食べようとチョコ大福の包みを閉じて鞄にしまい、俺が席を立つと同時に後ろから机が崩れ落ちる音が聞こえてきた。
「……部長、まさか、私以外の女子生徒と会うつもりですか?」
「そのつもりだが?」
「……行かせません」
手に持った宝具とやらは既に机と椅子を真っ二つにしており、これは後で先生に菓子折り持って土下座しなきゃなと思いつつ、俺は教室の扉に急いだ。
「っげ、鍵が――!」
後方から迫る斬撃を咄嗟に回避し、転がって距離を取った。
「危ねぇな!」
「躱しておきながら言いますか」
教室の鍵は――まあ、考えなくても分かる。Xオルタの奴が持っているに決まってる。
「なら叩きのめしてでも奪ってやるさ! バレンタインデーに両手一杯のチョコを貰うのは男の夢だからな!」
「そんなモノの為に、私の想いを無視するんですか?」
「いや、そもそもお前のソレは重いだけ――うおっ!?」
下らない事を言っていたらこちらの体を真っ二つにする程の出力の刃を振りかざして来やがった。
「部長のその横暴さに私はあずきバーを思いっきり噛んだ時以上の悲しみを抱きました。端的に言うとふざけんなコノヤロー、です」
「オーケー……こちとら他のマスター連中から一級地雷処理班(起爆科)とか言われてんだ……うん? この称号は果たしてこの場面で通用するのか?」
()を付けた奴らにはいつか鉄拳制裁をしてやろう。うん。
俺はXオルタが切り裂いた机の足を手に取った。
少々軽いがまあ、無いよりましだ。
「俺を独占してーなら、本気で来い!」
その後の結果を言えば、Xオルタの頭にたんこぶが1つ出来たと言っておこう。
断っておくと、流石に金属部分で叩くのはやり過ぎなので、ゴム部分で殴ってやった。
「痛いです。酷いです。理不尽です。DVです」
「家庭内じゃなくて学校内だけどな」
「部長は私の恋人なのでDVで間違いありません。でも私はそんな部長に依存して離れる事の出来ない哀れな女なのです。しくしく」
「物騒なモン振り回してたのはお前の方だろうに」
「それを受け止める机の足ってなんですか? 最初に切り裂けましたよね?」
俺の知った事か。気合が足りなかったんだろ。
「そんじゃ、チョコを貰いに行きますか……の前に、疲れたから糖分補給だな」
俺はチョコ大福を取り出した。あと3つある。
Xオルタは何処から手錠を取り出してこちらの隙を伺っていたが、大福を見て動きが固まった。そしてすぐに彼女の腹から音が鳴る。
「……」
「食べるか?」
「……は、はい……頂きます……」
流石に自分の作った物を貰うのは恥ずかしかったのか顔を真っ赤にするも、正直に答えた。
「ほら、あーん」
「あー……ん……」
自分で作った癖に、否、作ったからこそか、随分と美味そうに食べるな。
「……本当は、部長に全部食べて欲しかったんですが……私のお腹が空いたのは部長のせいなので、仕方ありません」
「そうかい。確かに仕方ねぇーな」
「…………部長」
「んー?」
「他の女子からチョコ、貰いに行きましょう」
「なんだ、気が変わったか?」
「いえ、残りの大福をしっかりと部長に食べて貰う為に、私が他のチョコを頂きます」
「それ、お前が単に食いたいだけじゃ……」
「部長の身を守る為に、私は苦しみに悶えるかもしれない毒見役に徹すると決めたんです。ご安心下さい」
その後、こいつは本当に俺の代わりにおでんチョコの牛すじを食べて苦しみ、媚薬入り高級和菓子を食べて肩で息をする羽目になるのだがそれはまた別の話だ。
ある日、ゴツゴツとした石の床の上で目が覚めるとそこには熊がいた。
「グォォォ……!」
「……なんだ白熊か」
なのでもう一回寝た。
「…………あーの、マスターさん? 寒くないの?」
「イリヤか。大丈夫大丈夫、俺は暑かろうか寒かろうが寝られるのが特技だから」
「…………」
随分おとなしいイリヤだな。いや、それならそれで好都合だが……ん、体を触られるとくすぐったいなぁ……
「マスター、起きて。風邪、引いちゃうよ?」
「心配無用だイリ――つめひゃい」
「他の女の名前で呼ばないで。じゃないと、もっと冷たくするわよ?」
背中を吹き通った風に眠気を奪われ、その目でサーヴァントを見た。
「……白いイリヤ」
「もう、その名前は別のサーヴァントよ。私はシトナイ。イリヤスフィールの体ではあるけど、私を呼ぶ時はシトナイよ」
「シトナイ……んん、ややこしいなぁ」
個人的にはイリヤの名前で統一したいが、しょうがない。シトナイと呼んであげよう。
「それで、マスターは今日、何の日か知っているかしら?」
「今日? ……分かんないな」
分かんない。2月……13日だけ?
「今日はもう2月14日、バレンタインデーって言うんでしょ?」
「ああー……なるほど」
縁がない……と言うより毎年貰うまで気付かない奴だ。
「だからね、ちゃんとプレゼントを用意したの。先ずは私の部屋に行きましょう。
シロウ、お願い」
シロウと呼ばれた白熊は俺に近づくとその手で俺を背中に乗せた。
その白い毛は意外な迄にフワフワだった。寝心地良過ぎだ。
(すっごーい……これがバレンタインデーのプレゼントかぁ、めっちゃ嬉しい……これなら是非ともお返しにイリヤとクロエの膝枕をプレゼントさせて頂こう)
「行くよ、シロウ」
「グルル」
僅かに動き出したけど、これくらいの揺れなら寧ろ眠気を誘うのに……ちょうど、良い……
「さぁ、着いたわ。ここが私の部屋! 鬼ランドの時に使ってた山小屋を再現してるんだけど、暖炉があって暖かい……マスター?」
「……ぐー……すぴー……」
「し、シロウの上で寝てる……
しかも、随分気持ち良さそうね……シロウ!」
シロウは部屋のベッドまで歩き、その横でニ足で立ち上がった。
「落ちないわね……」
「グルゥ……」
引っ張られた毛が痛いシロウは四足歩行に戻った。
「マスター、起きなさい」
シトナイは若干苛立ってるが、陽日にとってシロウの毛皮は奇跡のベッドであり、手放したりはしない。
(……ちょっと、聞いてた話と違うじゃない。
マスターさんに膝枕や抱き枕にされてイチャイチャする話じゃなかったの?
……何が寝ているマスターが可愛いよ! 女神達は黙ってて!)
シトナイ、否、依代の少女は内なる神々に怒っていた。
「……んにゃん……」
「シロウ!」
多少乱暴に体を振ってみるが振り落とせない。段々、冷静さを失ってきた依代の少女の精神はヤンデレ・シャトーに影響され始める。
「……シロウ? 貴方、私を裏切る気なの? マスターは私の物よね? 貴方、放すつもりは無いの?」
ずっとマスターに抱き着かれているシロウに嫉妬し始めた。
「グルル……」
「落ち着いてって、貴方は良いじゃない。 マスターに布団扱いでしょ。
私なんて、抱き枕にも膝枕にもされないのよ!」
プンスカと見た目相応な少女の様に地団駄を踏む彼女だが、シロウは心の中でなんでさとため息混じりに思うと、そっと彼女に近付いた。
いつもなら手を舐めるなりして彼女に忠誠を示しているが、今回は彼女の足の間に頭を通して下からその体を持ち上げた。
「っきゃぁ!? な、何するの――あ」
シトナイは目の前で寝息を立てる陽日に気付いた。
「そ、そうよね……シロウは、良い子だもんね」
やれやれと言わんばかりに口から息を吐くと、白熊の身でも2人は流石に重いのか、立つのをやめて床に倒れた。
「マスター……そうだ、もう一度背中に」
シトナイは背中に冷たい風を走らせた。
しかし、陽日は大きく寝返りをするだけで起きない。
「……もう、今日はバレンタインデーなのに……」
シトナイは用意したチョコを取り出すが、渡す相手は眠ったままだ。
「……もういいわ。だったら、寝ているマスターから色々と奪ってやるわ! 童貞とか初めてとか……!」
そう言って寝ている陽日の顔を良く見た。ぐっすりと寝ている。サーヴァントに襲われそうだとは露にも思っていない穏やかな寝顔は、まるで赤子の様だ。
「……やるわ……!」
シトナイの手が陽日の寸前で……止まった。
「……はぁ……なんでこんな呑気に寝ていられるのかしら……こんな状態のマスターさんに手を出せる程、私の善性は低くないわ」
シトナイはチョコをベッドの横に置いてから、シロウの上に戻った。
「別の私は抱き枕になったかもしれないけど、本当に添い寝したのは私がきっと初めてでしょう?
ふふふ、手を繋いで恋人みたいで……暖かい」
「……ずっと、ずっと……この時を……! 待っておったぞ、マスターよ……!」
「ね、ネロ……!?
え、此処もしかしてヤンデレ・シャトーかぁ!?」
一年程前にアヴェンジャークラスのサーヴァントを全員集めた俺は楽しくも危険の潜むヤンデレ・シャトーの悪夢から開放された……筈だったが、2月14日のバレンタインデーに白い花嫁姿のローマ皇帝、ネロ・クラウディウスと再会した。
「この不届き者め! 余を残して立ち去りおって!」
そう言いながらも抱き着いてくるネロを躱さずに、彼女らしい黄金と真紅の豪華な部屋の景色を見渡して懐かしんでいると手首にひんやりとした硬い感触を感じた。
「もう何処にも行ってはならんぞ……?」
俺の右手首に手錠を嵌めたネロは自分の手を俺の手に重ねて、まるでその存在を確かめる様に撫でている。
「だが、そなたが帰ってきて余は本当に嬉しい!
本来なら罰として牢に閉じ込めて余が直々に折檻してやるつもりであったが、この喜びの時間を愛の為に過ごすべきだ。マスターもそう思うであろう?」
「そ、そうだな……」
久し振りのシャトーでちょっと何をすれば良いのかと困惑気味ではあるが話を合わせておこう。
「良し良し。どうやら、マスターも余と会えなかったのが寂しかったと見える」
ネロは机の前に立つと2つのワイングラスに真っ赤なワインを注ぎ入れた。
「さぁ、乾杯をしよう」
「いや……俺は未成年だから飲めないんだが……」
「む、そうかそうか。マスターの時代は面倒な決まり事が多かったな。
……しかし、生憎酒の類しか用意していない……このままでは余の花嫁としての面目が立たん」
そう言うとネロは宝具である剣を取り出した。
「え、なんでそれを……?」
「何、余とそなたは夫婦である。ならば、この体に流れる血液は夫であるマスターには水に等しいであろう? 色も赤くてワインにピッタリだ」
それを聞いて俺は頭から血がサーッと引いていくのが分かり、慌てて彼女を止めた。
「待って待って! 駄目だ駄目だ!」
「? しかし、このままではマスターの飲み物が……」
俺は机に置かれたワイングラスに手を伸ばし、今まで飲んだ事がなかったフルーティーな味わいと隠し切れていないアルコールの苦味を笑顔で誤魔化しながら半分ほど飲んでみせた。
「――っぷはぁ! 大丈夫大丈夫、全然平気――っ!?」
強がって見せようと思っていた筈なのに、何故か全く力の入らなくなった俺の膝はそのまま崩れ落ちた。
「これ、って……!」
「……」
思わずネロを見上げた。
彼女の顔は、部屋の明かりのせいなのか、影で覆われた光の無い微笑みを浮かべている。
「ネ、ロ……!?」
「マスター……どうした? 酔っ払ってしまったか?」
俺の声を聞いて、彼女は心配そうな表情と声色を出した。
「大丈夫だ。そなたの妻がちゃんと面倒を見よう。まずは、ベッドまで運ぼう」
力が抜けて全くもがけない俺をネロは両手で持ち上げ、部屋にある以前も彼女と寝た事のあるキングサイズのベッドに置かれた。
「うむ、度数が強過ぎたか……」
ワインを眺めながら彼女はそう言うが、明らかに違う。筋弛緩剤の類を盛られたか。
「仕方あるまい。酔いが覚めるまで余が側にいよう」
そう言って俺の隣にネロが入り込んできた。
「ネロ……! なんの、つもり……!?」
「マスター? まさか、余が何か盛ったというのか? 違うぞ、マスターが酔っ払っただけだ」
「いや、そんな訳……!」
「ううぅ、確かに祝いの為にとワインを用意したのは余であるが、初めて酔ったのを余が何かしたと疑うのか?
余は悲しい……」
……まあ確かに。よくよく考えれば、俺は人生で一度も酒を口にした事はないのでこの状態が酔いのせいではないとは言い切れないけど。
「では、罰として手を繋いでやろう。
どうだ、嬉しいであろう?」
「って、結局認めるのか!?」
やっぱり盛られていた。
「当然だ。これ位、余をほったらかしにしたマスターには必要であろう」
握られた手に、更に力が込められた。
「許さぬからな。
余はそなたを絶対に許さぬ。マスターがこの悪夢に訪れず、何をしていたか、誰と出会っていたかなどこの際どうでも良い。
ただ、余と会わなかった事は決して許さぬ」
「お、おいネロ……?」
まずい、明らかに様子がおかしい。
「今更遅いぞマスター。もうそなたの体は動かない。余の指が触れるのを妨げる事も出来ず、そのまま体を弄ばれてしまっても拒めない」
ネロはその言葉を証明するかの様に俺の顔に触れ、耳元に口を近付けて囁く。
「このまま、交わろうか……?」
「ッ……!」
そう言われると思わず体が反応してしまう。
しかし、彼女は確かに強引で我儘なサーヴァントではあったが、薬を頼る程見境無しでも無かったはずだ。
強いて言えば惚れ薬とかなら面白いと言って使うかも知れないが、こんな拘束の為の薬品は使ってこなかった。
(それだけ病みが深いって訳か。
だけど、その声で囁かれると……うん、これはそろそろ負けていいのでは?)
もう半分堕ちている気もするが、もう少しだけ状況把握に努めよう。
(そもそもバレンタインデーなのに普通のヤンデレ・シャトーみたいになってるのはなんでだ? 案内役のアヴェンジャーもいないし……)
見える限り部屋の様子を見て、もう1つ気が付いた事がある。
(ドアが……無い?)
つまり、仮に今彼女の拘束から逃れてもい部屋からは出られない。
(こんなサーヴァント1騎に有利な状況なんてアンリ・マユのシャトーでもなかったんだが……)
完全にスイッチが入ったらしく、その手は花嫁衣装の中央にあるジッパーへと伸びている。
「マスターは自分で脱がしたいか? しかし、今はこれを握る力も無いであろう。後日機会を設ける故、今はただ眺めよ」
肌色の谷間が見え、見えそう……じゃなくて!
(皇帝特権! ネロはスキルでアヴェンジャーになって、俺をここに呼び出したんだ!
そう考えれば、今この状況にも説明が……むぐ!?)
顔が彼女の持つ双山に埋められた。
「じーっとこの胸を恋しそうに見られては、抱擁せざるを得まい。本当に、愛いマスターよな……だが、甘やかし過ぎも良くはあるまい。あと、もう少し……もう少しだけ堪能せよ」
(あー……天国ぅ……アヴェンジャーとしての側面を削ぎ落とすとかどうでも良くなって……)
「……随分、穏やかな表情よな。余は……うむ、夫の帰りを待つのも……妻の役目か」
「……な、なにー!? 今まで見ていたヤンデレ・シャトーは!?」
突然目覚めた俺は余りの出来事に思わずおっさんがラーメンを食べている幻覚が見えた。元ネタ知らないけど。
「えー……こんな唐突な終わり方あるか? 皇帝特権が終わったのか?」
一体どうやってヤンデレ・シャトーが終わったのか、検討も付かない。
「……はぁ、どうなってんだか」
だけど、ヤンデレ・シャトーは見れた。きっとまたその内見える様になるだろう。
取り敢えず、机の上のチョコレートは朝食代わりに頂くとしよう。
「うぇーん! 余は寂しかったぞマスター! こんなに長く妻を放って何処へ行っておったのだ!?」
「一日しか経ってないんだけど!?」
最後のマスターはゆめのおわりにて登場しました名無しの主人公です。詳しくは過去話を参照して下さい。
次回は3人目、ハーメルンにて当選しました デジタル人間 さんです。そろそろ水着が来るのでそれまでには投稿したいです。
作者はインドでお医者さんと戦闘中ですので感想などでのネタバレはお控え頂けると幸いです。