ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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お待たせしました。今回で3周年記念企画は最後になります。当選者は ほっしゃん☆☆ さんです。


※今回は百合要素がありますので苦手な方はご注意下さい。


ヤンデレ後輩の同級生 【3周年記念企画】

ヤンデレ

 

「先輩……ああ、今日もかっこよかったなぁ……」

「白嗣ちゃん、よだれ出てる」

 

 私はハンカチを取り出して友達の衛波白嗣ちゃんの口を拭いた。

 

「桜ちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。また例の先輩の事?」

「うん……だって、何処からどう見ても素敵で……」

 

 確かに。余りに白嗣ちゃんがお話するから気になって私も何度か目にした事があるけど、確かにかっこよかった。

 

「うん、本当にかっこいい――」

「――桜ちゃん? 同感だけど私の先輩だよ?」

 

 友達同士なのに白嗣ちゃんの視線は一瞬で怖い物に変わった。幾ら私がイケメン好きでもこの娘の一途さには負けるし、手を出そうものなら殺されるだろう、一切の容赦なく。

 

「そ、そうだね……」

「それにー、桜ちゃん、昨日も告白されたじゃん。一個上の先輩――」

「――ち、違うから!? あの人、女だし!?」

 

 嫌な事を思い出させて来た。まさか、放課後に校門で女子に告白されているのを白嗣ちゃんに見られていたなんて……

 

「……と、所で、あのゲーム……FGO、だっけ? イケメンがいるって聞いて始めたけど、全然召喚できないんだけど……どうして?」

「さぁ? 私は割と出てるし……桜ちゃん、ミーハーだから物欲センサーにでも引っ掛かってるんじゃないかな?」

 

 そんなぁ……ストーリーで見たジークフリートさんとか、ホームズさんに会いたいのに……

 

「うーん、女の子ばっか出るしみんな可愛いからそれはそれで……だけどやっぱりイケメンが欲しい! 昨日引いたピンク髪娘も可愛いけど、女の子だし!」

「まぁ、ピックアップでも待ってれば良いと思うよ」

 

 彼氏さん熱が冷めて白嗣ちゃんからドライな返事しか帰って来なくなっちゃった……

 

「あ、そうだ。あのゲームだけど、1つ気を付けた方が――」

「――全員、席について下さい。授業を始めます」

 

「あ、はい! じゃあ白嗣ちゃん、また後でね!」

「うん」

 

 結局この後、白嗣ちゃんはいつも通り岸宮先輩を追いかけてしまったので、彼女の言いたかった事は聞けず仕舞いだった。

 

 

 

「始めましてだな、俺は――」

「わぁ!! イケメン! イケメンさんだぁ!!」

 

 眠っていた筈の私は白髪のイケメンさんに驚いて飛び上がった。

 クールなイメージで鋭い目がちょっと怖いけど、顔が整っていて睨まれるだけでドキドキする。

 

「ふん、随分と俗っぽいマスターの様だな……

 あまり喚くな」

 

 右手で口を抑えられ、耳元で囁かれてしまった…………これは黙るしかない。

 

「ふぁ、ふぁい……」

「良し。これからこの夢の説明をしてやる――」

 

 

「――え、でも私のサーヴァントって全部女の子なんだけど……」

 

 イケメン……復讐者さんがこの夢が一途な自分のサーヴァントに迫られ襲われる悪夢だって教えてくれたけど、私に異性のサーヴァントなんていない筈なんだけど……

 

「ならば、精々同じ女に喰われん様に逃げ回る事だな」

「え、女の子が襲ってくるの!?」

 

「当然だ。お前は古今東西、数多の英霊達の主だ。足掻いてみせろ」

 

 じょ、冗談じゃない……!

 私は、本当にイケメンが好きで、イケメンになら乱暴されても良いとか常日頃思っているだけの夢女子で、そっちの気は無いんです!

 

「か、勘弁してくれませんか!?」

「――賽は投げられた。後戻りは出来ん!」

 

 私の懇願は復讐者を名乗るイケメンに冷たくあしらわれて、ヤンデレ・シャトーと呼ばれていた悪夢の中に放り込まれてしまった。

 

 

 

「う、う……あの復讐者さん……

 えへへ、かっこよかったなぁ……だけど、此処は?」

 

 辺りを見渡すと、床も壁も石造りで暗いだけの廊下が続いていてよく見えない。

 今にも暗闇から何か出てきそうで、怖い。

 

「や、やっぱり……先のイケメンさんに付いてきて欲しかったなぁ……うひゃっ!?」

 

 急に聞こえてきた足音に思わず声を上げてしまった。

 

(どうしよう。見つかったら襲われるって言われたばっかりなのに!)

 

「マスター! こっちから声が聞こえて来たかな?」

 

 そんな声と共に足音がどんどん近くなる。

 逃げようと立ち上がって足音と逆の方向に駆け出したけれど、聞こえてくる足音はどんどん近くなる。

 

「あ、いたいた! おーい、逃げないでよ、マスター!」

 

 近くなって漸くその正体に察しが付いた。

 

「あ、アストルフォ……ちゃん!?」

「うん、僕だよ! ねぇ、逃げないでよ!」

 

 聞いていたよりもまともそうなアストルフォちゃんに、私の足は思わず止まった。

 

「アストルフォちゃん」

「うん? どうしたのマスター?」

 

「……えーっと、私を食べたり、しない、よね?」

「うん、そんな事しないよぉ?」

 

 そう言って歯を見せながら笑う彼女を見て、そっと胸をなで下ろした。

 

「そうだよね……いくら夢だからって、私が女の子にモテモテになったりしないよね?」

「? 他のサーヴァントはみんなマスター大好きなバーサーカーだよ?」

 

「え!? 嘘、逃げないと!?」

「大丈夫だよ! なんたって僕、シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォが付いているんだから!」

 

 アストルフォちゃんはそう言って私を両手で抱き上げて……!?

 

「さぁ、行くよ!」

「あ、アストルフォちゃん……!? これ、お姫様だっこ!」

 

「うん? マスターは、お姫様でしょ?」

 

 女の子とは思えない跳躍で大きく移動しながら向けられたその笑顔に、私は初めて同性にときめいて――そ、そんな訳ない!

 

「あ、ありがとう……」

「えへへ……のわぁ!?」 

 

 しかし、アストルフォちゃんが着地したと同時に何かが私の上を通って彼女の顔にぶつかった。

 

「いっ……だ、大丈夫アストルフォちゃん? って、気絶しちゃってる!?」

「う、うーん……」

 

 彼女の上には何かが乗っている。

 よく見ると、それは……イルカだった。

 

「え……イルカ? な、なんで――」

「こーら、リース! マスターがびっくりしてますよ? 帰りましょうね?」

 

 空を泳ぐ意味のわからないイルカは聞こえてきた声に従って、帰り際にアストルフォちゃんの顔を叩きながら帰っていた。

 

「あ、アストルフォちゃん!? しっかりして!」

「僕もー食べられないよー……」

 

 寝言みたいな事を言って倒れたままのアストルフォちゃんをなんとかしようと手を伸ばしたけれど、それよりも早く肩をガシッと掴まれた。

 

「へぇあ!? じゃ、ジャンヌ!?」

「ふふ、そうです。ジャンヌ・ダルクですよ」

 

 ビーチでも無いのに黒い水着、その上に

水色のパーカーを羽織っているその姿は、水着になって普段よりもはっちゃけている聖女ジャンヌ・ダルクだった。

 

「あ、姉ビームの人……!」

「い、いえいえ! あれは今回は封印してますから!」

 

 封印、しているの?

 

「ええ! 真っ当に、マスターと愛を育みたいと考えています! ですから、どうかご安心を」

「女同士なのに、真っ当なの?」

 

「勿論です! 愛し合う者同士ならばどんな障害があろうと正当な物です!」

「ごめんね、ジャンヌ……私、普通に男の人が好きで――」

 

「――ええ、ええ。マスターは真面目な方ですから、まだ人間の当たり前の形に囚われているんです」

 

 なんかこの人、危ない宗教みたいな事言ってない!?

 

「きっかけさえ有れば……きっとマスターはもっと自由な考えを得ますよ」

 

 そう言って私の体を床に押しやり顔を近付けてくる。

 頬が真っ赤で、まだ初秋なのに息が薄っすら白く見える程熱を持っている。

 

「こ、来ないで……!」

「大丈夫ですよ……一夏の過ちであっても、その後に真実の愛が芽吹けば……」

 

 間違えてる事前提で唇を近付ける彼女は同時に両腕を怪しく私の腰へと向けてくる。

 

「や、やめて……! 本当に、駄目だって……!」

「ああ、可哀想に。今すぐ、全身で慰めて差し上げます」

 

 顔を抑えていた両手で彼女の両腕を握った私に、もうこれ以上守る手段は――

 

「マスターから、離れろぉ!」

 

 叫び声と共に振られた槍はジャンヌを横から強打し、彼女の足は動かなくなった。

 

「う……ゆ、油断しました。ルーラーであれば、接近に気付けたのに……」

「このハレンチ聖女! ジーク君にマスターと浮気してるって言い付けてやるからな!」

 

「ふふふ、ジーク君は元の私に譲るので無問題です……っがく……!」

「これだから複数霊基持ちは嫌なんだ。 

 ……マスター、大丈夫? 怪我とかしてない?」

 

「う、うん……あ、ありがとう」

 

「……本当、初めてが奪われてなくて良かった……」

 

「?」

 

 アストルフォちゃんは何か言ったけど、私にはよく聞こえなかった。

 

「さ、他のサーヴァントが来る前に僕の部屋に行こう!」

「う、うん……きゃぁ!?」

 

 立ち上がった瞬間、突然の突風に私は驚いてまた倒れそうになった。

 

「よっと」

「あ、ありがとう……い、今の凄い風……だったよね?」

 

「うん、大きな魔力同士がぶつかった……多分、サーヴァントが戦ってるんだ」

 

 そう言って、アストルフォちゃんは先まで進んでいた道に背を向け、私を抱えて走り出した。

 

「え、こ、こっちで大丈夫なの!?」

「うーん、遠くはなっちゃうけど、流石に巻き添えはゴメンだからね」

 

 そう言って長い廊下を走っていたアストルフォちゃんは、下へ続く階段の前で止まった。

 

「よし、着いた」

 

 一度私を降ろしたアストルフォちゃんは満足そうに階段を眺めた。

 

「この階段は?」

 

「うーん、この塔って結界みたいな物でね、向こうの端とこっちの端はどっちも繋がっているんだ」

「え?」

 

「つまり、此処を降りれば僕の部屋に着くって事! さ、行こう」

 

 そう言って階段を降りようとしたアストルフォちゃんだった。けれど、彼女の足元は突然砕けた。

 

「のわぁ!?」

「今度は何?」

 

 飛んできた時はよく見えなかったけど、矢が石の壁にヒビを入れながら刺さっていた。

 

「ふふふ、漸く見つけました。ご無事ですかマスター?」

「あ、貴女は……源頼光さん!?」

 

 矢の放たれた方角へ振り返ると、そこには日本の英霊である頼光さんが立っていた。

 彼女は英霊として頭一つ抜けた強さは勿論だけど、それ以上に印象的なのは彼女の性格。

 

「あっぶないな……でも、マスターは渡さないよ?」

「ああ、いけません。いけません。

 マスター、お友達を作るのは結構ですがそんな趣味の悪い方は……母、許しません」

 

「趣味が悪いだって!? 失礼しちゃうな! 流石の僕も怒るよ!」

 

「あら……申し訳ありません。ですが、貴方にはこれ以上、私の子に近付かないで頂きましょう」

「子だって? おままごとをするには大き過ぎるんじゃないかな、オバサン!!」

 

 その言葉に私は思わずアストルフォの方を振り返った。

 

 だけど、それより早くアストルフォは吹き飛ばされて階段の下の暗闇へと消えていった。

 

「ふふふ……全く、失礼な方でしたね」

「頼光……さん?」

「ご安心を。我が子の前ですから、殺してはいません。ええ、死んでおりません」

 

 頼光さんは心底残念そうにそう言った。

 

「ですが、今は放っておきましょう。さぁ、マスター。母の手を取ってください」

 

 差し伸べられた手を拒絶するのは流石に怖く、私は恐る恐る掴んだ。

 

「立って下さい。行きましょう」

 

 私はそのまま連れられるまま、彼女の部屋に歩いていった。

 

 

 

「……あ、あの頼光さん……これは?」

 

 部屋に着いて直ぐ、私は左右の手首を縄で縛られてしまった。

 

「言ったではありませんか? 私は独占欲が強いんです。そんな母を独りにしたのですから、このお仕置きは当然です」

 

 壁に刺さっている金具で繋がっている縄は私の力じゃ道具も無しに外すのは無理そうだ。

 

「で、でもこれじゃ何も出来な――」

「――しなくて良いのです」

 

 頼光さんの瞳が妖しく輝いた。動けない私の前に立った彼女は私の頭を撫でた。

 

「なにもしない。なにも出来ない。ですから、母が何でも致しますので心配せずに罰を受けなさい」

 

 そう言って彼女は嬉しそうに私の頭を撫で続ける。

 

「では、母は腕を振るいますので、少々お待ち下さいね?」

 

 そう言って彼女は台所に向かった様だ。

 

「……どうしよう」

 

 一人残された私は、やっぱり動けない。

 

「……うーん、だめだぁ」

 

 気晴らしに部屋を眺め始めた。

 すると、段々そこに見覚えがある気がしてきた。

 

「……あ、そっか。私が知らなくても、ちゃんとカルデアのマスターなんだ」

 

 此処で頼光さんと一緒に添い寝したり、清姫ちゃんや静謐のハサンちゃんが乱入してきた記憶が思い浮かぶ。

 

「……うん、カルデアでも……女にだけモテモテかぁ……」

 

 どっちの自分もイケメンに縁が無くて嫌になる。

 だけど、それで一つ疑問が消えた気がする。

 

「つまり、ゲームの主人公と同じになったから私は狙われている……でもそれって、やっぱり私は皆が好きになってる私じゃないんじゃ……」

「そんな事はございません」

 

 そこに、頼光さんがお盆に料理を乗せて帰ってきた。

 

「普段のマスターも、今のマスターも、魂は一緒です。誰に彼にも優しく、女子にも好かれる素敵な我が子です。

 変わってしまったのは寧ろ私達の方です」

 

 床にそっとお盆を置くと、頼光さんはその豊満な胸で私の顔を包むように抱きしめた。

 

「こうやって、他の方が触れるのは我慢ならなくなってしまいましたから……」

「よ、頼光、さん……くるひぃ、でふ……」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 徐々に力が込められて息が出来なくなった私を、漸く頼光さんは放してくれた。

 

「さあ、母と一緒に食事ですよ」

 

 味噌汁、ご飯、鮭の焼き物に漬物と、旅館で出る朝食のような癖のないメニューが並べられているけど……

 

「はい、あーん」

「うう……あ、あーん……」

 

 やっぱり、縛っている私を解放はしてくれない様だ。

 箸で運ばれる物を、よく噛んで食べ続けた。

 

「……母は大変嬉しいです。ちゃんと全部食べてくれましたね」

「は、はい……」

 

 そんなに多くはなかったから食べれた。だけど……

 

「……」

「どうしました? 足が動いていますが……」

 

 恥ずかしい、けど……我慢が……!

 

「あ、あの……トイレに……行きたいです……」

「あらあら……それは困りましたね」

 

「お、お願いです……縄を、は、外してください……」

「ですが、今はお仕置き中です。あと30分待って下さい」

 

「そ、そんな……う……漏れちゃい、ます……」

 

 頼光さんは笑ってこっちを見てる。

 恥ずかしいけど、それよりその顔が怖い。

 

「大丈夫ですよ。此処には母しかいませんから」

「だ、大丈夫じゃないですよ! お願いです、これを外してください!」

 

「もう、女の子がそんな……はしたないですよ?」

「そ、そもそも……これ、頼光さんのせいじゃないんですか!?」

 

「ええ、我が子の健康を思って尿の流れが良くなるお薬を入れました」

「じゃあ、トイレに……」

 

 首を横に振った彼女を見て、私は思わず涙目になる。

 

「う……うぅ……酷い、です……」

 

「泣かないで下さい……母は悲しいです。

 もしマスターが私の言う通り、他の女と喋ったり触れ合っていなければ……私だけの子でいて下されば、今頃こんなお仕置きをしなくて済んでいたのに……」

 

 限界寸前の尿意をなんとか抑えているけど、30分なんてとても耐えられない。

 

「ですから、心を鬼にして罰します。

 安心して下さい。我が子のおもらしの始末は母が行いますからね? ええ、勿論誰にも喋ったりしませんよ」

 

 うぅ……この人は、私の……恥ずかしい姿を見て……それで母親になろうとしてる……

 

「そうでした。衣服が濡れるのは困りますね? 下を脱いで差し上げましょうか」

 

 駄目……今、触られたら……!

 

「だ、誰か……! 助けてぇ!」

 

 

「――はいっ! その祈りに答えましょう!」

 

 瞬間、頼光さんが倒れ、私の手を縛っていた縄が切れた。

 

「貴女は……!」

「新免武蔵、推参!」

 

 日本を代表する大剣豪……だけど、その手には刀ではなく、槍が握られている。

 

「っく……! これは……!」

「ごめんね、頼光さん。貴女くらいの強敵相手には手段なんか選んでられないから」

 

 アストルフォちゃんの宝具で転ばせた様だ。そして、武蔵さんは部屋の奥を指差した。

 

「厠はあっちだよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 私は急いで駆け込んだ。

 よかった、間に合った……!

 

 

「それじゃ頼光さん、悪いけど退場して貰います」

「マスターは私の……私の子だぁ!! 貴様に、やるものかぁ!!」

 

「うん。貴女のした事はともかく、その愛情だけは本物ね。

 だけど、源氏の鬼神である貴女が化物に堕ちるのは見るに耐えないわ」

 

 

 

「……マスター、もういいかしら?」

「うん、ありがとうございます!」

 

「良かった。じゃあ出よっか」

 

 そう言った武蔵さんに背中を押されて私は部屋の外に連れ出された。

 

「あの、頼光さんは……」

「大丈夫! もう追ってこないよ」

 

 武蔵ちゃんの言葉が意味する事がわからない程子供じゃないけど、私は黙って頷いた。

 

「さ、行こう」

「――セイバー発見! 抹殺します!」

 

 だけど、今度は何か青い光がこちらに向かって飛んできた。

 

「あっちゃー……見つかっちゃったかぁ」

 

 武蔵ちゃんは私の前に出て刀を抜いた。

 

「っむ、マスター! 最優先保護対象を発見!」

 

 青い光の正体は、謎のヒロインX(っていう名前で良いんだよね?)……ヒロインXちゃんだ。

 

 確か、自分をセイバーだって呼ぶおかしなアサシンだった筈だけど……

 

「……斬る!」

「っち、先の決着を着けてやりたい所ですが、マスターがいるなら別です!」

 

 そう言って彼女は持っていた剣をしまい、小さな銃を取り出した。

 

「発射!」

 

 そこから私目掛けて子供の玩具の様な白い手が飛んできた。  

 

「こんな物!?」

「甘いですね! 対セイバー兵器にそんな刀が通るとお思いか!」

 

 武蔵さんの振るった刀で斬れる事も、止まる事もなく白い手が私を掴んで、直ぐに縄が縮んでヒロインXちゃんの腕に捕まった。

 

「っきゃぁ!?」

「マスター!?」

 

「ふふふ、これで私が最強のセイバーになる為に必要なモノが揃いました……では、さらば!」

 

 そう言って忍者の様に煙玉でドロンと音を立ててその場から離れた彼女は、私の口を塞ぎながら何処か暗い場所に屈んで隠れた。

 

「……何処に消えた……!?」

 

 武蔵さんの声がしたと思ったら、足音が遠く離れていった。

 

「……ふう、床に隠れる忍術にマジックハンド……先程のチャンバラがなければセイバー率が乱れてしまう所でしたね……」

「やっぱり、アサシンなんじゃ……」

 

「よし、ではマスターを部屋に……と思いましたが、よくよく考えたらこのヤンデレ・シャトーで私、部屋を貰ってません!」

 

 そう言ってどこかへ飛び続けていた彼女は急ブレーキをかけた。

 

「仕方ありませんね。では、此処はマスターの御力で最強のセイバーになって某武蔵をぶっ倒してしまいましょう!」

 

「わ、私……?」

「ええ! 古今東西、老若男女! 主人公はどんな巨悪にも打ち勝つものです! なので、マスターに愛を誓って結び合う事で私は主人公のセイバー、つまり真のヒロインXとなってどんな敵にも負けない最強のサーヴァントとなる事が出来るのです!」

 

「ず、ずいぶんと都合のいい事を言うんだね……?」

「主人公補正とは須らく都合のいい物です!」

 

 そして急に彼女は恥ずかしそうにモジモジし始める。

 

「か、勘違いして欲しくないのですが……例え、私が既に最強のセイバーであったとしても、主人公でなくても……貴女が欲しいと思っていました! 本当ですよ!」

 

「ううん……う、嬉しい……なぁ……」

 

 今日何度目からの同性の告白に、私の心は沈みきっていた。

 うう、イケメン彼氏どころか男子に好かれる日は来るのだろうか……

 

「と言う訳で、取り敢えず私を愛して下さい」

「あの……私、女の子とエッチな事とかしたくないけど」

 

「エッチって……!? マスターってムッツリだったんですね!」

 

 そう言って片手で胸を隠すヒロインに私は手を振った。

 

「違うって! 先、頼光さんやジャンヌに迫られて……」

「……まさか、そこまでヤッてしまったんですか?」

 

「やってないよ! ギリギリだったけど他の人が助けてくれて……」

「……他の人、ですか」

 

 ヒロインXは止まった。

 

「ではマスター、約束して下さい。

 貴女にはこの令呪があります。これで私の名を呼べばどこの銀河だろうが平行世界でも私が駆け付けます。だから、助けが必要なら私の名前を呼んで下さい」

 

 手の甲をそっと撫でられた。そう言えば、ずっと見えていたけどマスターの証位にしか考えていなかった。

 

「さあ、先ず適当なサーヴァントの部屋を拝借しましょう。何処か良い所は――!」

 

 ――謎のヒロインXが後ろに跳んだと同時に、私の真横に刀と人影が落ちて来た。

 

「ふーん……マスターを助けるって言った割には、マスターを置いて回避しちゃうのね?」

 

 刀を肩に置いて佇む武蔵さんは私を見て舌なめずりをした。

 

「貴女がマスターを傷付けるつもりがない事は簡単に予測出来ました。合理的な行動です。それより不可解なのは、私の銀河テクノロジーによる隠行を見破った事です」

 

「確かに貴女のヘンテコなスキルには苦労しましたが、二天一流は“なんでもする”流派です。私の天眼も合わされば、マスターを見付けるのは簡単です」

 

「っく、これだから日本産のセイバーはHENTAI揃いなんだ……! 良いでしょう、ここまで来たら先に貴方を我が剣の錆にしてしまいましょう」

 

 お互いに武器を構えた2人の戦いが始まった。

 

 私にはあまりにも早過ぎて見えない剣戟だけど、その際に刻まれ砕ける壁や床が代わりにその数を数えている。

 

 そして、私まで剣圧が飛んでくるけど、2人が配慮しているのか怪我する事はなく、飛んでくる瓦礫は私の前で細切れになって床に落ちる。

 

「っく……!」

 

 時間にして数分位で、ヒロインXから苦い声が溢れた。

 

「何でもする…ですか。良いでしょう。ならば私も、その流派に合わせましょう」

 

 そう言った彼女は何故か私の背後に回った。

 

「へ?」

「今こそ、主人公補正の出番です! んーんー!」

 

 そう言ってこちらに唇を向けるヒロインX。凄く必死だ。

 

「な、何を……!?」

「マスター、キスして下さい! あの某武蔵に勝つにはマスターの愛の魔力が必要です!」

 

「へ、へんな事しないで真面目に戦えばいいんじゃ……」

「へー、そうなんだ」

 

 目の前に武蔵さんの顔があった。

 

「ん」

「うんっ!?」

 

「……殺す!」

 

 私にキスをしたまま武蔵さんは振り下ろされた剣を刀で受け止めた。

 

「っぷは、御馳走様でした! なるほど、これが魔力供給ですか……」

「良くもマスターを……!!」

 

「あっは、貴女も私の目の前でやろうとしたじゃない? おあいこ……て言うには惜し過ぎるかな?」

「貴様……! なっ――」

 

 もう一度振り下ろされる筈だったヒロインXの刃よりも早く、武蔵さんの拳が彼女を吹き飛ばした。

 

「ふふ、剣が鈍る……所か、サーヴァントとしては力が上がるのね。

 この体で更に上を目指すなら、マスターとの関係を改めるのも……やぶさかではないかも……」

 

「む、武蔵……さん?」

 

 ヒロインXは飛ばされた場所からピクリとも動かない。

 私は、ファーストキスを奪った武蔵さんが怖くて、思わず後ろに下がった。

 

「……こ、来ないで……」

「んー? どうしたのマスター? そんなに怖がって……私、新免武蔵は貴女を守る貴女のサーヴァントです! 

 ……だから、これからも先みたいに魔力をくれると嬉しいなぁ」

 

「う……い、いや……」

 

「うーん、今の娘ってやっぱ繊細なんだろうなぁ……まあ、今は苦い記憶かもしれないけど、慣れちゃったら……嬉し恥ずかし思い出になるわ。うん、きっとそう!」

 

 夢の中だからだろうか。あまりはっきりとした嫌悪感を抱かないから、逆にそれが怖いと思ってしまう。

 

(私、本当は女の子でも良かったの……? ううん、そんな訳ない、そんな訳ない……!)

 

「さて、もう邪魔者はいないかな? じゃあ、お部屋でゆっくり頂きますか」

 

 そう言って片手を掴んだ武蔵さんに驚いて、私は咄嗟に叫んだ。

 

「だ、誰か、助けてぇ!!」

「っ令呪!?」

 

 辺りを赤い光が包んだ。

 だけど、それが止まっても周りには誰も――

 

「――魔力全開! 本気で行くよ!!」

 

 突然天井の上からアストルフォちゃんが現れて武蔵さんに迫った。

 

「っく!」

 

 突然の登場に驚いた様だけど攻撃自体は刀で弾いてしまった。

 

「……僕の宝具とマスター、返してもらうよ」

「残念だけど、どっちも無理です。だって、貴方の槍は私の手元にないし、それが無い貴方にマスターは守れないもの」

 

「でも君はどうやって僕が上から現れたか、分かってないでしょ」

 

 突然、武蔵さんの頭上から嘴と羽を持った四足歩行の大きな動物が落ちて来た。

 

「な――!?」

 

 その動物は武蔵さんに迫るとそのまま、彼女と一緒にどこかに消えた。

 

「……ふう、遅くなっちゃったけど、僕の部屋に行こうか! 絶対安全だよ!」

 

 私はその言葉にこくりと頷くだけだった。

 

 

 

「ほーら、安全でしょ?」

「安全って……これ、檻だよね!? 何で!? アストルフォちゃんも結局私が欲しいの!?」

 

 扉を開けた先にあった部屋の中は檻そのものだった。

 アストルフォちゃんは私と同じ様に内側に入るとそのまま鍵を締めて鍵を粉々に砕いた。

 

「ふふふ、もう僕達、一生出られないね」

「う……もういや!」

 

 そう言って迫ってくるアストルフォちゃんを、私は感情に任せて押した。

 だけどやっぱりビクともしない。

 

「……うーん、てっきりマスターは僕の事を気に入っていると思ったんだけど……」

「好きだよ……だけど、それはあくまで女の子で、見た目が可愛いからで……女の子同士で恋人になりたいなんて思ってないよ!」

 

 私が怒鳴るとアストルフォちゃんは何故かキョトンとした顔になって、笑い始めた。

 

「……あはははは」

「な、何……?」

 

「あ、はは、ご、ごめんね! まさか、マスターが本気で僕を女の子だって思っていると思わなくて」

「え……どういう事?」

 

「僕はね、可愛い服が大好きなだけで、ちゃーんと男だよ」

 

「……うぇ?」

 

 あ、変な声出ちゃった。

 いや、なんで急にそんな嘘を……

 

「あ、信じてないなぁ。しょうがない……恥ずかしいけど、まあ、マスターだしね」

 

 アストルフォちゃんは鎧を消すと、服をたくし上げた。

 

 そこには男らしい綺麗な腹筋と、一切の膨らみがない胸……

 

「あ、下の方が良かった?」

「ま、待って待って! 分かったけど、分かんない!」

 

 じゃ、じゃあ……アストルフォちゃんは……アストルフォくん!?

 

「ふふふ、女の子同士じゃなかったら問題ないでしょ?」

「あ……」

 

 半裸の格好のまま抱きしめられた私は、思わぬ展開にドキドキし始めていた。

 

「……あー他の女の匂いがする。全く、僕のマスターでイチャイチャごっこするの良いけど、あんまり抱き着かないでほしいなぁ」

「……っ」

 

 アストルフォ……くんに耳元で囁かれて、胸の中の鼓動が一段と激しくなった。

 

「……ねぇ、アストルフォくん……」

「ん、どうしたのマスター?」

 

 

「……つ、付き合って、くれますか……?」

 

 

 

 

 

「先輩……」

「白嗣ちゃん、何かあったの?」

 

「先輩が……私を置いて男友達と遊びに……許さない許さない許さない許さない……」

 

「だ、大丈夫だよ……遊びに行くだけなんでしょう?」

 

「……でも、もし先輩が街中で逆ナンにでもあったら……いや、もしかしたら昔引っ越して別れた幼馴染と再会でもしていたら……」

「ゲームのやり過ぎだと思うよ……」

 

 そう言って開いた私のスマホには、ピンク色の髪の女の子……いや、男の子の待受があった。

 

「……うん、私も気を付けないと」

「そう言えば、桜ちゃん、最近イケメンイケメン言わなくなったよね?」

 

「うん、ちょっと推しが出来てね」

 

「そーなんだ」

 

「うん……自分で檻に入って出られなくなっちゃう可愛い子がね……」

 

 アストルフォくんは夢の中に入る度に檻の中にいて、私は檻の外から彼を虐める日々を過ごしている。

 

 私の事が大好きな彼は私のお願い一つで鉄格子に近付いて、お尻を向けたり、足だけを出したりしてくれる。

 

「……今日はどうやって愛してあげようかなぁ……」

 

 

「桜ちゃん……恋する乙女って感じだねぇ」

「あはは、白嗣ちゃんは分かっちゃうよね」

 

 




3周年ありがとうございました!

これからも1ヶ月に1回程度の更新ではありますが、ヤンデレ話を書き続けますので応援よろしくお願いします。

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