ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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ハッピーハロウィン!
……完全に遅刻した上に公式では別宇宙に行ってしまった為イベント中だからセーフの言い訳も出来なくなってしまった。
おのれセイバァァァー!!(八つ当たり)

今回、執筆に機種変したスマホを使用しましたので誤字が多く含まれているかもしれません。なるべく早く慣れてしまいたい所です。


ヤンデレゲー実況

 

「どーも皆さん、こんばんわ!

 ホラー、アクション、恋愛、RPG! 森羅万象あらゆるゲームで遊びます、八百億チャンネルのぺたろーです!」

 

「今日はヤンデレ・シャトーがハロウィンバージョンが期間限定で配信中と言う事で、実況プレイして行きたいと思います!」

 

「既に恐怖で震えておりますがこの実況口調、エドモンさんのご厚意で強制されていますので崩れる事はないでしょう!」

 

 現在のテンションと口調に、自分自身でもビックリしている。

 

 僕は最近漸くチャンネル登録者が500人を超えた程度の新米実況者なのに、どうして自分の夢を実況しなくてはならないのだろうか……あ、チャンネル登録は是非下のボタンからお願いします。(無いけど)

 

「さてさて、サーヴァント達が迫り来る嬉し恥ずかしい塔から脱出です! 初見でやるにはハード過ぎないかと思いながら探索を始めて行きましょう!」

 

 夢が始まって既に俺は塔の最上階にいるらしい。此処から3階下がって塔を出るのが目的だそうだ。

 

 サーヴァント達はホラーゲームの敵役よろしく僕を感知すると襲ってくるらしく、それに捕まったら最上階からやり直しだが、条件を満たすとリスタート地点が出来ると聞いている。

 

「最初は、兎に角敵の能力を覚えないと行けませんね。ヒントはあるそうなので、それを集めて行きたいと思います!」

 

 と言いながらも、実は最初の部屋から出てすらいなかった。

 

「……この部屋から、ですね」

 

 取り敢えず辺りを見渡した。

 灰色のレンガの部屋の中には椅子が中央にポツリと立っているだけで、めぼしいものはなさそうだ。椅子を眺めてみても、何かが書いてあるとかは無さそうだ。

 

「では、行きましょう」

 

 止まってばかりではいられない。僕は部屋を出た。

 

「暗いですね……明かりはあるようですが、探索にはもっと強い光が欲しいですね」

 

 もし投稿するなら編集で明るさ調整しないといけない位には暗いだろう。

 

「とはいえ、これで視覚タイプなら見つかる可能性も減る訳ですが……ん?」

 

 ゆっくりと壁を見た。

 其処には半分に破れたチラシの様な物がある。

 

「これは……10月31日……カミング、スーン……なんでしょう、何かのお祭り、でしょうか?」

 

 これがもしかしたらヒントなんじゃないか?

 

「ハロウィンの日に、イベント……ライブ……あ」

 

 わかってしまった。

 

「これエリちゃんですね。じゃあ、この階はエリちゃんがいるのかな……?」

 

 エリザベートと言えばFGO界のジャイアンの異名を持つランサー……だけど、ハロウィンなら他にもキャスターやセイバーもいる。

 

「アイドルなら、視覚よりも聴覚のイメージですが……と、部屋がありましたね」

 

 どうやら廊下の一番端の部屋に出たらしく、少し歩いた先で別の部屋を見つけた。

 

「廊下は一本道なので安全な場所を見つけないと不味いですね……行きましょう」

 

 次の扉を開くと、其処には開いた状態の拷問器具、アイアンメイデンが置いてあった。中の棘は何故か全部外されていて、中央には鍵らしき物が見えた。

 

「これは……明らかな罠ですね。本来なら引っ掛かってどんな結果になるか見たいんですが、自分の命が危ういとなれば慎重にならざるを得ませんね」

 

 先に部屋の中を調べてみるが、鍵で開かない引き出しが見つかっただけで、他には何もなかった。

 

「取り敢えず、他の部屋に行きましょう」

 

 しかし、その隣の部屋の部屋にはロッカーがあるだけで、開かない扉2つを過ぎた所で廊下の向こう半分は門で閉められて行けなかった。

 その先にはシャッターが下ろされた階段がある様だ。

 

「ですが、ロッカーの裏で見つけたカード! これは大きなヒントですね!」

 

 赤と黒のカードはエリザベートの成長した姿、ライダークラスのカーミラが予告状として使う物だ。

 

「つまり襲ってくるサーヴァントはカーミラさんで間違いないでしょう。思えば、最初のポスターが破れていたのも一応ヒントだったのかなぁ」

 

 彼女はエリザベートが大嫌いだし。

 

「ですが……結局どうやってこちらを把握しているかは分かりませんね。一度も遭遇しなかったですけど……」

 

 そうして、アイアンメイデンの前に戻ってきた。

 

「これ、嫌な予感がしますね……行きますよ?」

 

 閉じ込められたくは無いのでスッと腕だけ伸ばして鍵を取った。

 

『――!! ――!!』

「うぁ!? 警報!」

 

 瞬間、けたましい音が鳴り出した。

 どう考えてもホラーゲームでよくある、敵を呼び込む仕掛けだ。

 

「だけど! これくらいは想定内です、ロッカーに隠れましょう!」

 

 ど定番の対処法だ。急いで部屋を出て隣の部屋のロッカーに入った。

 

「いやぁ、警報は流石に焦りましたね……ん?」

 

 警報が鳴り続ける中、ロッカーの隙間から外を眺めていると、扉が開いた。

 

「――っ!?」

 

 思わず素で叫びそうになった口を塞いだ。

 特徴的な赤と黒の怪盗姿なのはともかく、露出している場所には真っ赤な血が付着していた。

 

(お、落ち着け……! ロッカーの中は暗い! サングラスを掛けているあっちから僕は見えない筈……!)

 

「見つけたわよマスター。この女怪盗ミストレス・Cの目を、そんな物で掻い潜れると思って?」

 

 ロッカーをいとも簡単に開けられた。

 

「ひーいっ!? 本当にバレてるしー!」

 

「大人しく私の物に……いえ、折角マスターが選んでくれたsecret place……この中で私がマスターの大事な物を奪うのも、いいかしら?」

 

「こ、来ないで下さい! て言うか、それヤンデレとかじゃなくて唯の痴女では?」

 

「あら……そんな事を言うのね、心外だわ」

 

 何とかならないのか? 連打で抜け出すシステムは!? そもそも、サーヴァント相手だから筋力じゃ無理? 

 

(知ってましたよ、そんな事!)

 

「だけど、直ぐに教えてあげるから安心して……貴方の体だけじゃない、心も魂も、血の一滴でさえ愛している事を」

 

 肩に付いていた血を指に付け、ぺろりと舐めた。

 

「っひ!」

 

「だから……貴方も私を愛して頂戴……これで貴方はGame over……」

 

 

 

「この私からは逃げられないわよ、マスター? この血? 安心なさい。貴方に会いに行く前に、醜い過去の自分を始末しただけだから」

 

「この人でなしぃ!」

 

「あら……そう、あの娘の心配をするのね……そんな子供っぽい貴方も、私の大人の魅力で虜にしてあげる……」

 

 

 

「そんな所で隠れているつもりかしら?

 もしかして……私に捕まりたくてわざとそんな場所に? そんな無様な真似をしなくても、この女怪盗の目を欺くなんて不可能だから安心なさい」

 

「どこにいても、直ぐに貴方を見つけてあげる」

 

 

 

「……はい、と言う事でダイジェストでお送りしましたが……鍵を取るとカーミラさんが開かなかった扉から開放されロッカーに隠れようが逃げようがいずれ捕まってしまうようです……」

 

 って、冗談じゃない! そんなの、どう頑張っても逃げ切れない!

 

「なので、此処は先ず鍵を拾って鍵の使い道、この部屋の開かない引き出しに使ってみましょう」

 

 アイアンメイデンの中の鍵を取ると、やはり警報が鳴り出した。

 その十数秒後にはカーミラがやってきてしまう。

 

「引き出し引き出し……! これは!」

 

 入っていたのは暗視ゴーグルだ。

 これにどんな意味はあるのか分からないが、兎に角使うことにした。

 

「っ、赤い線が大量に!」

 

 視界には赤外線センサーが部屋中に張り巡らされていた。

 

「なるほど恐らくこれで居場所を……んん?」

 

 そこで僕は赤外線が部屋の扉の横には一切流れていない事に気が付いた。

 

「あそこだ!」

 

 急いで向かった。

 そして其処に着くのとほぼ同時にカーミラは部屋に到着した。

 

「……」

 

 すぐ横にいる彼女に音を立てまいと思わず口を塞いだ。

 

「……妙ね、マスターはここに居たはずなのに……」

 

 まるですぐ横の僕が見えていないかのような……いや多分本当に見えていないんだろう。

 

 サングラスだと思っていたけど、多分あれは彼女にセンサーで感知したモノの位置を教えているんだろう。

 

「まあ良いわ。漸く扉も空いてセンサーが作動したのだもの。マスターがいるなら直ぐに見つけてあげるわ」

 

 フッと、視界からセンサーが消えた。

 

「ランダム探知に切り替え、これでこの階全てのセンサーが一定時間毎に発動するわ」

 

 そして彼女は部屋を出ていった。

 

「……はい、9回の死を超えて漸く最初の難関を突破しました。センサーとは……厄介な仕掛けですね。

 これからはセンサーがランダムで切り替わる以上、ゴーグルは手放せませんね」

 

 しかし、随分わかり易い仕掛けだ。

 赤外線が現れ、消える前に点滅する。

 

「だけど、次にセンサーが現れる場所がわかりませ――」

『――!! ――!!』

 

「嘘!? 安全地帯も!?」

 

 警報に驚くがもう遅い。

 部屋に入ってきた彼女は直ぐに僕を確保した。

 

「っひぃ!? 早過ぎませんか!?」

 

「み・つ・け・た……駄目よ、私からは逃げられないのだから。

 少しでも私の視界から外れたお宝は、今度こそ厳重に閉まって管理しないと」

 

 彼女は鎖を取り出すと僕をグルグルに縛り上げた。

 

「痛い痛い!」

「あら、これから拷問部屋行きなのにそんな調子で大丈夫かしら? あっちは暗くて寒くて、貴方を痛めつける道具しかないけど」

 

「勘弁して下さい! そもそも、目が覚めたら捕まってるのに、逃げようとしない訳ないじゃないですか!」

 

「そう。拷問が嫌なら、別の部屋を用意してあげる。明るくて暖かくて、貴方の欲しい物が全て揃う私の部屋に……っちゅ」

 

 首にキスをされた。彼女の真っ赤な唇を見れば、其処にキスマークが付けられたと気付くのはそう難しい事じゃない。

 

「さぁ、これで貴方は私のモノ。此処を抜け出しても、野蛮なサーヴァントはこれを見て嫉妬に狂って貴方を殺してしまうでしょから……私と一生、永遠に此処で暮らさないと、いけないわね?」

 

 

 

「…………はい、割と単純なセンサーのパターンを覚え、凡ミスを重ねる事9回……なんとか最初の階段を突破しました。シャッターで閉めたので、恐らく追い掛けてくる事はないでしょう」

 

「もう体力が限界近いですが、2階層に行きましょう」

 

 降りた先には、先程の階層とは打って変わって明るい景色が広がっていた。

 ……和式……あれもしかしてこれってあのイベントじゃね……?

 

「えー……取り敢えず階段は此処で終わってますので1階に降りる場所が他にある筈なのでそれを探しましょう」

 

 廊下は木造だし、扉は襖。改装全体が大奥と同じ外観だ。

 柱を触って確かめるがしっかりしている。

 

「そう言えば今回の感知はどんな――」

『んっぁ……!』

 

 突然、色っぽい声が聞こえてビックリしたので、慌てて手を放して身構える。

 

「っ、い、一体どころから……?」

『マスターは、こちらでしょうか……? あ、止まっていますね』

 

 聞こえて来た少女の声は、カルデア一のヤンデレ娘、清姫の物だ。

 

「やば! 兎に角移動しましょうか」

 

 言うが早いか、僕は廊下を早歩きで移動しながら耳を澄ませた。

 

 『こちらに、近付いていますね……どんどんどん……』

 

「近付いてる!?」

 

 清姫は嘘を吐いた僧を焼き殺した逸話を持つサーヴァントで嘘は吐かない筈だ。

 

 聞こえて来た言葉を信じて逆側に移動した。

 

『あ……安珍様が遠ざかってしまいます……』

 

 この声が聞こえてくる方角すら検討も付かないが、とにかく逃げれば……!

 

『私から逃げないで!!』

 

「のわぁ!?」

 

 突然、通り過ぎた柱から炎が放たれた。寸前の所で床に伏せて躱したけどこれはまさか……

 

「逃げるのは簡単だけど、逃げれば逃げる程難易度が上がるのか?」

 

 だけど、そうと分かれば結構簡単じゃないかな? 清姫との距離を気にしつつ探索すれば良いんだから。

 

『安珍様……安珍様……マスター……行かないで……』

 

「この部屋の探索をしましょう」

 

 手始めにタンスを開けた。

 

「何も無いですね……」

『あ……そこは……』

 

 清姫の声は聞こえるが変わらず一定の音な為、声量では判断出来ない。

 

「何も無いですね」

『む、ムズムズします……』

 

「……先からなにか言ってますけど、近くにいるの?」

 

 しかし返事はない。

 部屋中の引き出しやタンスを調べるが何もなかった。

 

「何も無いですね。では部屋を出ましょう」

「はぁ……マスターに、耳を弄ばれてしまいました」

 

「っは!? なぁああ!?」

 

 横から聞こえて来た声に振り返り、思わず叫ぶと其処には巨大な白蛇がいた。

 

「あ、マスター! いました!」

「き、清姫さん……それは一体……?」

 

「ふふふ、はろうぃんと聞きましたので、仮装です!」

 

「仮装……へえ、そうなんですか……」

 

 逃げよう。丸呑みにされる前に。

 

「ああ、いけません! 今日はマスターを脅かすのが役目でしたね! シャー! シャー!」

 

 白蛇姿で思いっ切り口を開いて威嚇してきた。リアルだけどその仕草はどことなく可愛い。

 

「別に無理にそんな事しなくて良いよ」

「そ、そうですか?」

 

 よし、このまま和やかな会話パートで乗り切っちゃお――

 

「――所で、その変わったメガネは誰のものですか? 騒音竜娘に似た、鉄臭い色気づいた香水の匂いがマスターからも僅かに漂ってますね」

 

 ――うん、無理です。

 

 

 

「な、7回丸呑みにされ、5回程絞め殺されましたが……今度こそ、クリアしましょう!」

 

 階段の時点でゴーグルを外す。じゃないと即死だ。

 

 そして、ここまでやられて良く分かったがこの階層は全て清姫の体で出来ている。

 激しく動いたり、調べたりすると彼女に伝わってしまう。

 

「そして彼女に近付かれた上で遠のいてしまうと階層全体が変化してこちらを襲ってきます。なので攻略の肝となるのは距離感です。彼女の心の声が数秒おきに聞こえてきますので、その内容で距離を把握しましょう」

 

 簡単に言うがこれが中々難しい。

 

『くすぐったいです……』

「近いですね、逃げましょう」

 

『マスター……こちらから、貴方の温度を感じます……』

「ちょっと遠いですね、止まりましょう」

 

 何回もやり直して数種類のセリフを覚えたのでそれを頼りに彼女と出会わずに鍵を集めます。

 

「脱出には5個の鍵で閉じられた部屋があるのでその鍵を全部開く必要があるのですが、これもまた曲者です」

 

 ホラーゲームでは脱出に近付く度に敵の速度が上がる事はよくあるが、廊下が逆転してしまう事も判明した。

 

「つまり――」

 

 開いた南京錠が金属音を響かせる。

 続いて2本目の鍵を取り出して南京錠外した瞬間、来た時と同じ方向に早歩きで向かった。

 

『マスター……ここを抜け出そうだなんて……なんていけない方なのでしょうか……!』

 

 さて、ここからは体力勝負だ。

 なんとか走ってここまでまた逃げ切らないと……!

 

『また私から逃げるのですか……!! 安珍様ぁぁぁ!!』

 

『ふふふ、あはははは!! ではまた、また焦がして差し上げます! 灰も残さずそのお体を燃やして、魂を開放して差し上げます! もう一度、来世こそは添い遂げましょうね、安珍様ぁ!!』

 

「怖い怖い!! っひ、危なっ!?」

 

 悲鳴をあげながらも廊下を走って移動する。こうなっては先までの攻略方は無意味だ。全力で走って逃げるしかない。

 

「よし! これで4つ目!」

 

『『お待ちになりなさい、安珍様ぁぁぁぁぁ!!』』

 

 迫る清姫。速度が上がって恐らく全速力の僕と同じだろう

 つまり、此処で逃げても距離は稼げない。

 一か八か、僕はそのまま5つ目の鍵を開ける。

 

「頼む! 行ってくれ! 早く!」

 

 焦る腕、迫る大蛇、そして――!

 

「――だ、脱出、成功です!」

 

 開いた扉に入ると同時に落下、そして敷かれてあった柔らかいマットの上に着地した。

 

 清姫は追ってきていなかった。

 

「…………」

 

 ただ、上の扉の隙間からこちらを覗く眼は冷たく、恐ろしかった。

 

「と、兎に角ここを出ましょう!」

 

 気が抜けないまま最後の階層への扉を開いた。

 

「……ん? あれ?」

 

 左右には幾つかの部屋がある廊下、その奥には目測100m先に光り輝く扉があった。

 

「……罠か、それとも迷わず突き進むべき……」

 

 少し悩んだけど、ここまで来たらコンテニュー覚悟だ。

 

「行きましょう!」

 

 まるで洞窟の様な凸凹した廊下を駆けていくが内心、今か今かと不安になっている。

 

「あれ……?」

 

 だけど出口らしき場所に幾ら近付いても近付いても、何も起きない。

 遂に眩い光の元へと辿り着いてしまった。

 

「……動画としては、オチが弱いですが……脱出出来るならしちゃいましょうか!」

 

 少し取れ高を気にしてしまったけど、やはりこんな場所は懲り懲りだった。

 こうして、売れない実況者の僕はハロウィンのヤンデレ・シャトーから脱出した。

 翌日、突然動画の再生数と高評価がかなり増えていたのは今までの努力の成果だと思いたい。

 

 

 

「あ、しまったのだわ!? 部屋に籠もっていたら、マスターを逃してしまったのだわ!」

 

 最後の階層の鬼役を務める筈だったサーヴァント、冥界の女神エレシュキガルは足音に気付いて部屋を出たが、既に後の祭りであった。

 

 ぺたろー、己のマスターに逃げられ驚愕し、顔を俯かせるエレシュキガル。

 

「……」

 

「……ふ、ふふふ」

 

 しかし、彼女は笑った。

 

「……マスターに、本物に逃げられたのはしょうがない。なら――」

 

 彼女は目の前に広がる無数のゲージに目をやった。

 

『――!』

『――』

『――!』

 

 中では魂だけとなった者達が蠢いている。

 その数、30。

 

「魂になってしまったマスターには……しっかりとおもてなししないといけないわ」

 

 そう言ってエレシュキガルはゲージを1つ開けた。

 

『と、ける……かゆい、熱い、痛い……痛い痛い!』

「可哀想に……蛇に食われてしまったのね……安心して、この場所にいる限り、私はその痛みを癒せる冥界の女神だから」

 

 彼女は慰める様に苦しむ魂を抱きしめた。

 

 その抱擁を受けた魂は、青い光に包まれ人の形に戻った。

 

「ありがとう……」

「どういたしまして。さあ、自由にして」

 

 そう言って魂を見送るエレシュキガル。

 他の魂もゲージから出して同じ様に痛みから開放していく。

 

「ありがとう、エレシュキガル」

「これからも、女神の私を頼って良いのだわ」

 

 こうやって30の魂を見送っていった。

 

「……これからも、私を頼ってね?」

 

 だが、その影で彼女はある事実をひた隠しにしていた。

 

(……死して魂となったマスター達は、現実への道の光が永遠に見えない。

 でも、その事実を彼らが知る事は決してない。亡者の望みを飲み込んで、この階層は広がり続ける)

 

「鍵を見つけました、これで次の部屋に行けます」

「この部屋、ナンバー式のロックが掛かってますね」

「このロッカーに隠れる感じでしょうか?」

 

「「「この大きな部屋は危なそうなので調べるのは後にしましょう」」」

 

 やがて、最初にゲージから開放された最初の魂の背中がドロリと僅かに溶け出した。

 

(牢獄の外へ出た魂はやがてまた同じ苦しみに苛まれ、そしてまた私の元にやって来る……これぞまさに、無限にマスターに抱き締められる永久機関だわさ!)

 

 

 

 ……残念ながら、本物のマスターが脱出したのでやがて彼女の永久機関はその第二陣を迎える事なく忘却される事となるだろう。

 




今回はジューンが3人来ました。はい、イシュタルは無しです。

次の話を挟んでからクリスマスの話を書く事になりそうです。もう今年も残り僅かですが、頑張っていきましょう。

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