ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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珍しく1週間で投稿出来ました。
果たして、クリスマスにこの調子は発揮されるのでしょうか。


ヤンデレジスタンス

 

 

「エドモン……」

 

 今回はサーヴァントが2騎だけ……しかし、あの2人だと名前を聞いた俺の口からくたびれた言葉が溢れた。

 

「なんだ? 何時もの悪態か?」

 

「……しんどい」

「だろうな」

 

 FGOのマスターとしてストーリーはちゃんとプレイしている。そう、ちゃんと……

 

「その組み合わせは無理とかじゃなくて物理的に胸が重くなるんだけど……」

「錯覚だ。貴様の体重は変わらん」

 

 そりゃそうですけど……

 

「でも、その2人、どんな状況で揃うんだよ」

 

「――牢屋だ」

 

「絶対しんどいじゃん」

「安心しろ。お前が内側だ」

 

「捕まってるじゃねぇか!」

 

「脱出しろ。俺の共犯者らしく、裏切り者の牢獄からな!」

 

 

 

 牢屋の中は明かり1つに照らされていた。

 見れるものはベッド、そして水の入った壺(恐らく排泄用)の2つ。

 

 普段ならヤンデレサーヴァントが一生住んでいたくなる様な部屋を提供するか、一時的に放り込むだけの部屋だったが、今回は本当に犯罪者の入る牢屋だ。

 掃除はされている様なので臭くもなく小奇麗なだけましか。

 

「……そして手枷も足枷もない辺り、手心は感じるが……ん?」

 

 牢屋の外はあまり見えないが、音は反響を阻む物が無いためかよく響く。

 

 階段を一段ずつ降りる足音が近付いて聞こえてきた。

 

「……」

「……マスター、起きたか?」

 

 普段は落ち着いた低い声は少しの震えを含んでいた。

 しかし、こちらはこの状況に陥った原因も過程も知らないので、反応に困る。

 

「アタランテ・オルタ」

 

 牢の前に立ったのは黒のドレスに白髪、それでいて長く鋭い爪が野生的な印象を与えるバーサーカーのサーヴァントだった。

 

 そして、その後ろにもう一人。

 

 褐色肌とアタランテに似た白髪を持つセイバー、ラクシュミー・バーイー。

 こちらも囚人に向ける様な顔をしていない。

 

「……」

「気分はどうだ?」

 

「……まあ、可もなく不可もなく」

 

 曖昧に返すと、彼女達は視線を泳がせた。

 

「そうか……」

「取り敢えず食事の時間だけ聞いていいかな?」

 

「ふざけるなっ!」

 

 後ろにいたラクシュミーが叫んだ。

 

「私達は汎人類史を裏切り、貴様を裏切って捕らえたんだ!」

「ラクシュミー……」

 

「なのに何故、そう平然としていられる!?」

 

 ……予想通り、辛い展開だった。

 彼女の叫びに、下手したら肩から崩れ落ちる所だった。

 

「共闘の最中、背後を狙った私達を恨んでるだろう! 憎いんでいるのだろう!?」

 

 だが待て。

 重く苦しい展開だが、ヤンデレかどうかで言えば彼女達はまだ正常だ。でなければ俺に怒号を浴びせる事も無かっただろう。

 

 良し、此処は力の限り怒鳴りつけて――

 

「……別に、恨んでないよ」

 

 無理無理。そんな事、夢であろうと心苦しくてできる訳がなかった。

 

「っ、そんな事、嘘でも――」

「ラクシュミー・バーイー!

 ……そろそろ行くぞ」

「だがっ!」

 

 アタランテ・オルタが引っ張る形で2人は牢屋を離れていった。

 

「……食事はすぐに持ってくる」

 

 最後にそれだけ聞こえた。

 

 

 

 誰も他にいない牢屋で、俺は一度状況を整理する。

 

 此処は何処かの異聞帯で彼女達は汎人類史側のサーヴァント、つまり本来は白紙にされてしまった人理の最後の抵抗……の筈だが、アタランテ・オルタは子供を守る英霊としての側面が強く反映され、ラクシュミーも強大な力に反抗する王妃として違う歴史の者であっても民を見殺しにする事は出来ない高貴の人だった。

 

 同じ人類史の存在でありながら、世界を変える事を望む彼女らと、世界を滅ぼす俺達との間には決して同じ道を行けない溝があった。

 

「だからこうして牢屋に囚われている訳なんだが……」

 

 あくまで此処は夢の中。待っていてもカルデアの皆が助けに来る訳ではないし、主人公だから死なないなんてご都合も通じない。

 まあ、死んでも人類が滅びる訳ではないから、そこだけは気楽か。

 

「パンにスープ……これも、レジスタンスにとって貴重な食料だろうに」

 

 貧しい食事を頂きつつ、エドモンに言われた事を思い出す。

 

「脱出か……」

 

 しかし、調べてみても手で掘れそうな地面や壁はない。ツボの下に穴が隠れている事も無かったし、普通に脱出は無理だろう。

 

「大方、あの2人から鍵を盗んで脱出って所かな……難易度高くないか?」

 

『――! ――!』

 

 突然、地下まで届く角笛が聞こえて来た。

 

「うぉ、なんだ!?」

 

 もしかして、レジスタンスの拠点を襲撃されてるんじゃ……!?

 

 立ち上がり牢屋の外に目を凝らすが何も見えはしない。

 

 だが、暫くすると足早に、何段か飛ばして駆け下りてくる音が聞こえる。

 そして、次の瞬間には牢屋の前にアタランテが着地した。

 

「っは……! マスター……!」

「なんだ、外で戦闘でも起きてるのか?」

「……ああ」

 

 そんな大変な時に俺の所になんで来たんだ?

 

「……空想樹が汎人類史である私達を倒す為に例の種子を送り込んで来た……

 ……クリプターを失って浮き足立ったこの国の復興の為にも、この拠点の物資を破壊される訳には行かない」

 

 ……ああ、そうか。

 俺を裏切るなら、クリプターは倒している筈だから誰が襲撃しているのか分からなかったけど、そうなるか。

 

「なるほど……つまり、マスターである俺とパスを繋いで欲しいのか」

「……」

「良いよ」

 

「っ、ほ、本当か……?」

 

 まあ、主人公ならそうするし、種子が汎人類を狙うなら俺も危ない。

 カルデアのバックアップが無いからか令呪が一画も無いので、主導権すらないのが残念だけど。

 

「ほら、行くぞ――」

 

 手を翳して契約が成立する。

 ドレス姿だった彼女の霊基は肩から猪の毛皮を被った布面積の少ない戦闘衣装へと変化した。お腹の模様は……呪紋、なのか? エロい。

 

「……恩に着る」

 

 牢屋から出ると彼女に担がれ、地下を抜けた。

 これで脱出した事に――ならないだろうなぁ。

 

「アタランテ……!?」

 

「下がれラクシュミー!

 タウロボロス・スキア・セルセクラスィア!!」

 

 

 

 宝具の一撃で種子は吹き飛び、砕け散った。

 

「これで、一安心か」

「マスター! どう言うつもりだ!?」

 

 ラクシュミーは再び凄い剣幕で俺に掴みかかってきた。

 

「何故アタランテとパスを繋いでいる!」

「ラクシュミー、それは拠点を守る為に私が――」

 

「――知っている! だからこそ、私はこうしている!

 何故だ、何故こんな私達に魔力を……!」

 

 キツくて喋り辛いけど、俺は彼女に返さなければならない。

 

「助けを、求められたから……」

「っ――!?」

 

 一歩後退ったラクシュミーは俺を掴んでいた手を離した。

 

「……牢に戻ってもらう」

「ああ」

 

「ラクシュミー・バーイー、お前は他の者達と物資をここから離れた村へ運んでくれ」

「……分かっている」

 

 アタランテに連れられ、俺は再び地下へと戻った。

 

「……分かってくれ……クリプターとこの国の王を倒したお前達の存在は、その事実を知る者達にとって脅威だ」

「分かってる、大丈夫だよ」

 

「……後悔が無いと言えば嘘になる。だが、私は既に引き返すつもりは無い。

 引き返す道は、もう失われた……」

「俺は諦めないよ」

 

 アタランテの顔が強張って、悲哀の感情を顕にした。

 

「……そうか」

 

 アタランテはそう呟いて去って行った。

 

 

 

 その夜、ラクシュミー・バーイーは物資を運び込んだ村から少し離れた森の中で夜空を眺めていた。

 いや、グチャグチャとした思考の渦に囚われた彼女にとっては上を向いているだけ、だったのだろうが。

 

「……」

 

 後悔。自分を恨む事もしないマスターの顔を思い出した彼女は自身を酷く責めていた。

 

「……なんで」

 

 思い出されるのは、王との決戦を終えた後――彼女達は汎人類の戦力を殺さず、捕らえるつもりでいた。

 

 最初に狙ったのはマスターだ。彼を人質にしよう。そう思って彼を気絶させたのと、少し離れた場所にいたマシュが彼女達を庇う様に大盾を構えたのは同時だった。

 

 倒した筈の王の最後の足掻き。戦闘後で疲労していたとはいえ、マスターのバックアップさえあれば防ぐ事は難しくなかった宝具級の攻撃だった。

 

 しかし、もうマスターはラクシュミーによって意識を落とされていた。

 

 防ぎ切れず大地を砕いた攻撃は、マスター達を回収する為に近くに来ていたシャドウ・ボーダーごとマシュを飲み込んだ。

 

 地割れの中は底知れなかった。

 果たして、彼女らは生きているのか。監視を立てているが1週間が経っても結果は変化なし。

 

 そして、ラクシュミーもアタランテも、その事実はマスターに隠していた。

 

「っく……!」

 

 思い起こされるのはマシュの最後の顔。驚愕、それが別の色に歪んだ瞬間。

 

「私は……私は!」

 

 自分の悪運を、彼女は呪い続けた。

 

 

 

 目の前に置かれた果物の山を見て俺は呟いた。

 

「……何か、自然の恵みって感じの夕食だな」

 

「すまない。食料は最優先でこの拠点から運び出した。また種子に襲撃されては敵わんからな。

 ラクシュミーも、遠征先の村から離れた場所で休息している筈だ」

 

「だからこれか……ん、甘ぁ!

 ……けど、なんで牢屋の中に入ってんの?」

 

「もう私達しかいないからな。1人で食べるのも寂しいだろう」

 

 ワンチャン、食べたら酔っ払う特殊な果物とか食べてくれたら鍵が奪えそうだが……

 

(そう都合よくはないよなぁ)

 

 何事もなく全ての果物を平らげて、アタランテは牢屋を出た。

 

「朝になったらまた来る。

 大人しく寝ておけ」

「そうする」

 

 出て行くのを見てからベッドに倒れた。

 

「ふぅ……ヤンデレの方がマシ、なんて考えたのはいつぶりだろうか……」

 

 常に流れる気不味い空気。

 ラクシュミーの必死さを見れば、俺の知らない、だけど関わっている何かが起こった事は良く分かる。

 

「駄目だぁ……耐えられん……!」

 

 夢の中で眠るとかよく分からないけど、俺は体を預けて瞳を閉じる事にした。

 

 お願いだから、起きる頃には覚めてくれと願いながら。

 

 

 

「……あのぉ」

「どうかしたか、マスター?」

 

 牢屋の真横にいるアタランテ……ではなく、ラクシュミーに声を掛けた。

 

「何で此処に?」

「監視の為だ」

 

 彼女は昨日の様子からして俺を嫌っていると思っていたけど……

 

「アタランテはどうもお前との接し方が甘い。なので、私が監視する事にした」

「はぁ……」

 

「……もうこの拠点にはレジスタンスはいない」

「そっか……」

 

「このままこの異聞帯にいれば、いずれ私もアタランテも消滅するだろう。

 そうなればお前に食事を用意する者もいなくなり、いずれは餓死するだろう」

 

「やばいな」

「……」

 

「……黙られても困るんだけど」

 

 だけど、よくよく考えれば俺を捕まえ意味無いよな。

 拷問しても情報なんて無いし、魔力の供給役として生かしておくくらいか?

 

「だったら、何で俺を捕えるんだ? 大した情報なんて無いし、いっそ殺せば食事の用意も……」

 

「……そうか」

 

 ラクシュミーは静かに剣を構えた。

 

「楽にして欲しいのならいっそこの手で……!」

「冗談です。殺さないで下さい」

 

「……」

 

 土下座で許してもらおうと頭を下げながら、俺の人質としての無価値を悟った上で段々見えてくる事があった。

 

「……望まないなら殺しはしないさ」

 

 彼女達は異聞帯に現地召喚された。俺達カルデアよりも早く、深く文化に触れ、そこに住む人々の理不尽を知った。

 

「食事を取ってくる」

 

 ならばそれを打開するのが英霊。己の在り方に沿って行動し、理不尽に抗うのは当然だったのかもしれない。

 

「ふぅ……焦った」

 

 そして一度味方になったのなら、彼女達の立ち位置はソレだ。

 

 元の歴史を取り戻そうとするカルデア側でも、生きる人々に理不尽を与え続ける異聞帯の王とクリプター側でもない。

 

「果実があった。アタランテが取っておいてくれたのだろう」

 

 今を生きる人々のより良い未来を手に入れる為に戦う。

 

(……だけど、同時に彼女達だって汎人類史の復活を願っていたのかもしれない)

 

「……どうかしたか?」

「いや……何でもない」

 

 だとしたら、彼女達の為にも俺は早く脱出しなければならない。

 

 俺は、果実を口に含みながらそう決意した。

 

 だが――

 

(全ッ然、隙が無いんですけど……!)

 

 案外、魔術礼装で強化すれば脱出出来るんじゃないかと思ったが、ラクシュミーは食事の後は一切牢屋の前から離れなかった。

 

 実は先までの彼女達の心情の考察とか全部外れてるんじゃないかと思いながら、取り敢えず会話を試みる。

 

「今日は良い天気ですね」

「地下だから分からんだろう。まあ、良い天気ではあるが」

 

「種火周回させて下さい」

「何を言ってるんだお前は」

 

「俺は無実なんだぁ! 此処から出してくれぇ!」

「狂ったか? とどめを刺してやろうか?」

「あ、全然正常なので勘弁して下さい」

 

「全く……暇なのは分かるが大人しくしていろ」

 

 くそ……

 

「そう言えば、お前から没収している礼装が幾つかあったな。それで暇を潰せばいい」

 

 え? 礼装? いや、服ならあるんだけど……

 

「ん……可愛らしいな、クマのぬいぐるみか?」

 

「概念礼装!」

 

 そうだ、それなら物によっては脱出の糸口になるかもしれない!

 

「剣は危険だ。魔術の刻印された物も駄目……これは何だ?」

 

 そう言って彼女が見せたのは、愛の霊薬!

 よし、此処は上手く言いくるめて……!

 

「え、えっと……それはサーヴァントの現界を助ける魔法薬でして」

「目が泳いでいるぞ?」

 

 俺、嘘吐くの下手かよ……

 

「お前に飲ませて効果を確かめるか?」

「勘弁して下さい!」

 

 俺は正直に愛の霊薬の効果を説明した。

 

「サーヴァントすら恋に堕とす霊薬…………危険だな、これも渡す訳には行かんな」

 

「あの……先からきになってるんですけど、何で危険物とぬいぐるみ分けて置いてるんですか? まさか、持っていく気じゃ……」

 

「町の子供達にプレゼントするんだ、何か文句あるか?」

 

 俺にはぬいぐるみすら与えられないのか……

 

 結局、俺には何も渡されなかった。

 

「ラクシュミー・バーイー。交代の時間だ」

「分かった」

 

 アタランテがやって来て、ラクシュミーと入れ替わる様に見張りを始めた。

 

「今日は猪を狩ってきた。楽しみにしておけ」

 

 

 

「……霊薬」

 

 ラクシュミーは地下で懐に仕舞い込んだ霊薬を見つめた。

 これを飲めば異聞帯の、共に未来を掴んだ彼らの事など忘れて、人類最後のマスターに力を貸す事が出来る――

 

「……っ! だ、駄目に決まっているだろ!」

 

 この場で破棄すべきだと、彼女は振り被ったが――その手は動かない。

 

「……っく!」

 

 クリプターを倒すまでの道中、彼女は頭の何処かでずっとこう考えていた。

 

(例え私達が立ち塞がっても、汎人類史の彼らは空想樹を切除するだろう)

 

 だからこそ、心置きなく敵対できる。

 

 だからこそ、戦いで傷付き消耗した彼らを捕らえて、万全に回復した後に戦おう。

 

「……マシュ達がいない今、あの空想樹は伐採される事はないだろう……マスターに私達が力を貸せば、あるいは……」

 

(お前じゃ無理だ。

 出来もしない事はやめておけ。

 仲間達への裏切りだ。

 もう少しマシュ達を待てばいい)

 

 自己評価の低さが彼女を思い留ませる。

 

 彼女は、その場に倒れた。

 

「私、は――」

 

 

 

「……? ラクシュミー・バーイー、まだ交代には早い筈だが……」

「すまない。私も、魔力が不安だ。食事を共にしても良いだろうか?」

 

「構わないぞ」

 

 アタランテが食事の準備をしている内に逃げ出そうと準備を始めると、間が悪い事にラクシュミーが帰ってきた。

 

(折角のチャンスなのに……)

 

 牢屋の中で火を起こして調理している2人を見つめるしかなかった。ガンド一発じゃ、2人の足は止められない。

 

「さて、出来たぞ。猪肉と野菜のスープだ」

 

 ラクシュミーが器に注ぎ、俺に手渡した。

 暖かさの感じられるスープに胃袋が我慢出来ず、俺は口を付けた。

 

「美味い!」

「それは良かった……さあ、我らも頂こう」

 

「……ああ」

 

 彼女達も器を手に取った。

 

「ラクシュミー・バーイー」

「っ……な、んだ?」

 

 アタランテが急に呼びかけた。

 しかし、彼女は直ぐに視線を戻した。

 

「……いや、何でもない」

 

 そう言って、彼女達は同時にスープを飲んだ。

 

 そして――器が地面に落ちるのも、同時だった。

 

 それに不穏を感じて思わず立ち上がり身構えるが、もう遅かっただろう

 

「……マスター……」

 

 ラクシュミーがこちらを見た。

 

「……パスを繋いだら、牢を開けて……やる」

「え……?」

 

 赤く染まった頬、瞳の奥の妖しい光。

 それが霊薬の効果だと気付くのに、タイシタ時間は掛からなかった。

 

「開けて欲しいか?」

「……も、勿論」

 

「なら、パスを繋いでくれ。私を、正式にお前のサーヴァントにしろ……!」

 

 急かす様に口調が強くなる彼女を見て、此処は従っておこうと俺は詠唱した。

 

「……繋がった。これで、私はお前のサーヴァントだ」

 

 そう言って彼女は牢屋の鍵を開けた。

 

「だから、お前を、お前だけを守る」

 

 だが、彼女の足は俺より早く前に踏み込み、ベッドに押し倒した。

 

「空想樹を切っても、その先は無い」

 

「もう続きは無いんだ。シャドウボーダーはもうない。マシュはもういない。

 あの時、地割れに飲まれて全て無くなった。旅は終わったんだ」

 

 そう言って強く抱きしめられた。慰める様に、左肩で顔を隠す様に。

 

「……私のせいだ。

 あの時、私がお前を気絶させていなければ……」

 

「そん――んっ!?」

 

 慰めの言葉は、いつの間に俺の前に立っていたアタランテの指に塞がれた。

 

「駄目だマスター。今のお前の言葉は私達を許してしまう。それに、もう良いんだ」

 

 アタランテは口を塞いだまま、ラクシュミーの上から俺を抱きしめた、右肩に顔を置いた。

 

「守るから。何があってもお前を守るから、ここにいよう」

 

 アタランテの指の味が、先まで飲んでいたスープと同じだと気付く頃には俺は、思考は、彼女達に染められていた。

 

「ここにいよう」

「一緒にいよう」

 

 サーヴァントと人間の差なのか、同じ薬なのに段々と彼女達よりも深い奈落に堕ちているのが分かった。

 

 最早、俺に頷く以外の意識は、残されてなかった。

 

 

 

 数日が経った。

 夢とかヤンデレ・シャトーだとか、そんな事も忘れて俺は過ごし続けていた。

 

「マスター、食べるか?」

「……あん。

 ん……ううん、持って帰ってデザートにしよう」

 

 少量しか飲んでいないせいか、ずっと発情し続ける様な熱はないが、それが無くても彼女の言葉に反射的に反応してしまう程に刷り込まれてしまった。

 

「マスター、山道で疲れていないか?」

 

 彼女達も同様の筈だが、サーヴァントだからか俺の様にされるがままにはなっておらず、主導権は常にあちらにある。

 

 それでも、手を出してはこないのは俺に負い目があるからか。

 

「……疲れてない」

「ふむ、そうか。ならば余り私に寄りかからなくてもいいな?」

 

 まただ。

 体は俺の答えより先に動いてしまう。

 

「最近は種子の出現も減ったな。森の動物達が逃げなくなったのは良い事だ」

 

 そう。だから彼女達は俺の世話だけをしている。それも、戦いが終わったのだと錯覚する程に豊かな様子で。

 

 ラクシュミーは言った。

 

 本当は霊薬の効果で俺のサーヴァントとなって空想樹を切りたかったと。

 

 アタランテも同様だった。

 

 だから、その後押しの為に霊薬を自分達の食器に盛って飲んだ。

 

 だが、予想外な事に半分に分けてスープで薄まった事で霊薬の効果は弱まり、彼女達は盲目に動く愛の奴隷ではなく、俺の先を見据える世話焼きになった。

 

 例え空想樹を斬れてもシャドウ・ボーダーがなければ脱出できない。

 ノウム・カルデアには戻れない。

 なら、此処で生きよう。休息しよう。

 

 シャドウ・ボーダーもマシュも崖の下に無かったそうだ。

 きっと皆は咄嗟に虚数空間に潜って落下を防いだ筈だ。なら、ここに来るまで待てばいい。

 

 続けて彼女達はこうも言った。

 

『その時が来れば、私達も必ずこの世界を滅ぼそう。

 お前だけに、その罪は背負わせない』

 

 嬉しくは、無かった。

 

 ラクシュミーもアタランテも自分達が助けようとした民を、子供達を忘れてしまったのか。

 

(要らない。要らないんだ、そんな愛)

 

 大事なモノを払ってまで添い遂げなきゃいけない愛なんて無いんだ。

 

 霊薬に侵された口でそう言ったが、彼女達は何でもない様に返してきた。

 

 

『大事なのは、お前だけだ』

『お前の為なら、何だって差し出してやる』

 

 

 後悔と無念に満ちた彼女達の愛は、その手で救った世界と俺を天秤に乗せてなお、俺を選ぶほど歪だった。

 




今回は最初の勢いと書いている時の辛さが後押しした故の速度だと思ってます。
次書く時は2人をもっと幸せに書きたいです。

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