ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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今回は二度目の彼らシリーズ! だけどマスターじゃないです!
結構古いので覚えていたら嬉しいです。


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ハーメルンにログインしてるなら、気に入った台詞や表現があればその行をダブルクリックか左右スワイプで『ここすき』出来るそうです。

今後の執筆への参考になると思いますので、ご活用頂けたら幸いです。



二度目の彼ら ゼア編

 切大です。

 今日は今流行りの大奥に来ております。

 

「先輩、BBちゃんから逃げられてると本気で思ってますか? 残念ですが、BBちゃんはそんじょそこらの期間限定サーヴァントと違って有言実行、しっかり永遠に一緒です」

 

 ですが、昨日に引き続きBBに襲われてます。助けて。

 

「くそっ! なんで誰もいないんだよ!?」

 

 全速力で逃げながら大奥の襖を開けに開けて突き進むが、まるでサーヴァントに会わない。

 

 令呪はやっぱり封じられている。ていうか昨日の最後のアレのせいであまり頼りたくないのが本音だ。

 ……何が起こったのか思い出そうとすると頭痛がして思い出せないけど。

 

「さあ、今日も豚さんとしての自覚を刻み込んであげますからね?」

「【瞬間強化】! 【幻想強化】! この、せめて印籠スキルが使えれば!」

 

 無い物強請りしても現状は変わらない。

 なんとか距離を縮められるだけの速度で襖を突き破りながら逃げているけど、あと数秒でそれも終わる。

 

「誰でもいいから、いないのか!?

 誰かぁ!!」

 

「はーい、BBちゃんは此処でーす!」

 

 後ろから聞こえてくる忌々しい声以外は返ってこない。

 

『右だ』

「右!?」

 

 もうスキルも切れてBBが迫ってくる中、咄嗟に聞こえてきた知らない声に従って右手にあった襖を開けた。

 

 だがそこは小さな部屋で、先に続く扉もなかった。

 

「残念でしたぁ。先輩、そこは行き止まりですよ?」

 

 ――はめられた。

 そう気付いた時には既に手遅れで、振り返れば獲物を追い詰めたBBの笑顔が見えた。

 

「っく、あんな罠に掛かるなんて……!」

「? 罠? よく分かりませんけど、これで先輩はまた私の物です。

 またBBちゃんだけの空間で、あんな事とか……しちゃいます?」

 

 それっぽく体をくねらせるな。怖いだけだから。

 

「じゃ、まずはこれ以上余計な事が出来ない様に扉を閉めて――うひゃっ!?」

 

 突然、BBは素っ頓狂な声を上げて体を跳ねらせてから、慌てて背中に手を突っ込んだ。

 

「も、もう!? なんですか今の冷たくてドロドロな感じ! もしかして、先輩のイタ――!?」

 

「!?」

 

 彼女も、俺も驚いた。

 赤黒いそれは決して血ではないけれど、それよりも邪悪な――泥だ。

 

「っく、これ――は――!」

『聖杯の魔力を感知。吸収、成功』

 

 謎の声が再び聞こえたと同時に、俺の腕の令呪を覆っていた桜のマークが枯れるように剥がれ落ちた。

 

『このパスをもって、岸宮切大をマスターとする』

 

 その声に漸く懐かしさを思い出した時に――フードで顔を隠した()が、泥から体を形成して俺の前に立った。

 

「お前、ゼアか!」

「ああそうだ」

 

「無事だったか!? ゴルゴーンに連れていかれ――」

「――その話はするな、いいな?」

 

 不良のカツアゲみたいに俺の胸倉を掴んだが、その手は震えていた。

 そうだよな。お前、言っちゃえば毎日が昨日のバッドエンドみたいな生活だったんだよな。

 

「……でも、久しぶりだな」

「変わってないようだな。だが、俺は変わったぞ」

 

 そう言ったゼアは座り込んだBBの姿を俺に見せた。

 

「こ、この……! BBちゃんのデータベースにもない紛い物の、分際、で……!」

 

「……BBが、黒くなってる?」

 

「俺の泥ではオルタ化は出来ないが、一時的に触れたサーヴァントを受肉させる事が出来る。

 もっとも、強制的にリソースを消費させるから対象のサーヴァントは魔力を大きく消耗した上でしばらく弱体化する。まともに動けない程にな」

 

 ゼアは襖の前のBBを壁に預ける様に退けて、俺達は部屋を出た。

 

形を成せ(ケイオスタイド)

 

 腕を泥に変化させると部屋を泥で塞いだ。

 

「これで回復しても中から出れないだろう」

「ありがとう。間違いなくお前は命の恩人だ!」

 

「全く、ラフムに礼を言うな」

 

 改めて確認すると、こいつはゼア。

 

 紫色の髪と顔をフードで隠しているが、ぐだ男と瓜二つの容姿を持つクローンみたいな物だ。

 正直、息子と呼ぶと色々混乱するのでゴルゴーン製のクローンラフムで通そう。

 

 どうやら、今回はエドモンの依頼でBB封印要員として此処に来れたらしい。

 

「……まあ、あの地獄から抜け出せるなら……安いものだ」

 

 それは後でもっと辛くなるだけなのでは……? とは言わないでおこう。助けてもらったし。

 

「それで、この大奥から出る条件とかは聞いているのか?」

「いや、取り合えずBBを処理出来たら階段を探せとだけだ」

 

「まあ、護衛がいるなら何時もよりもマシか……行こう」

 

 こうして、俺はゼアと共に残り少ない閉まっている襖を探す為に大奥を歩き始めた。

 

 

 

「――ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく」

 

「ゼアァァァァァ!?」

 

 地下2階、明かりの点いている広間を見つけ出した俺達。

 他に道がないのを確かめた後に、ゼアが中に先に突入してくれたのだが……

 

「あらあら、私はまだ何もしていないのに――ふふふ、面白いお方ね」

 

「おいしっかりしろ!? 大丈夫だ! あれは――」

「怖い、母上怖い、怖い……!」

 

 SANチェックに失敗してしまった様だ。

 先ほどまでの勇ましい姿は何処にもなく、ただ泡とうわ言を吐き続けるマシーンと化している。

 

「――微かに、生臭い泥の匂いに混じってあなたと、巨駄妹の匂いを感じるわ。

 そう。あなたは――」

「ステンノ、あんまり近づかないでくれ! 震えが酷くなってるから!」

 

 ステンノはエウリュアレ、メドゥーサと同じ島で暮らす女神――姉妹である。

 怪物となったゴルゴーンだけがその姿を成長させたとはいえ、彼女達は互いに近しい容姿を持っている。

 

 それが原因で一目見ただけのゼアはご覧の有り様だ。

 

(ゼアには悪いが、ゴルゴーンに何されたかは想像もしたくないな……)

 

 やはり、ヤンデレとは俺だけで対峙するしかないか。

 適当な部屋にゼアを寝かせた俺は、もう一度広間に戻ってステンノと――

 

「――さあ、()のマスター。

 ぜひ、第七特異点での素敵なお話をこのか弱いステンノに、お聞かせ下さいね?」

 

 ――――はい、女神様。仰せのままに。

 

「――」

「……」

 

 俺は数十分間、女神様の質問に答える形でバビロニアで起きた珍事(※ヤンデレ女神と救いの手参照)について話した。

 

「――へぇ、あの特異点でそんな愉快な事が起きたのね?」

「はい」

 

「ふふふ、面白いわ。けど、あの駄妹に子供はまだ早い、そうよね?」

「はい」

 

「なら、あの子も私の息子(モノ)にしてあげましょう」

「はい」

 

 そう言ってステンノは俺にゼアを連れてくる様にと命令を出した。

 まだ泡を吹いて力のない彼を部屋に運び込んだ。

 

「泥人形とはいえ、私に内緒で子供を創るなんてやっぱり駄目な妹……それじゃあ、これをこうして――」

「あの、ステンノ様。本当に彼を自分のモノに?」

 

 泥の体に腕を突っ込んでかき混ぜ始めたステンノ様に質問をした。

 

「あら? 魅了されているのに……嫉妬かしら?

 魅了されていても他人の心配をするなんて、私の方が妬いてしまいそうね」

 

 彼女は一度冷たい笑みを浮かべてから、自分の指を噛んだ。

 

「駄妹のモノなら私だって簡単に弄れる……最後に、私の血を垂らして……」

 

 血を垂らされて数秒後、ゼアの口から泡が止まって綺麗に消え去った。

 

「……っ!?」

「さあ、ゼア。私は誰かしら?」

 

「……す、ステンノ叔…………母上……?」

「そうよ。私が貴方の母よ」

 

「……? え、あ……はい、母上」

 

 どうやら違和感もなくなって受け入れたらしい。

 

「ふふふ、愛しのマスターと可愛い息子……ふふふ、次に妹と会うまでにたっぷりと調教しておかないといけないわね」

 

 ――この一瞬だけ、ゼアに気が向いて俺の魅了が緩んだ。

 

「【イシスの雨】!」

 

「あら?」

 

 危ない危ない……よし、これで暫く魅了はされない筈!

 

「ゼア、捕まえなさい」

「はい」

 

 伸ばされたゼアの右手の泥が縄みたいに俺の足に絡んだ。 

 

「おい、なんで俺じゃなくてステンノの言う事聞いてんの!?」

 

「あら? あの娘を怖がっている息子が私に従わない筈がないでしょう?」

「……はい」

「っく、この……!」

 

 仕方ない。ゼアに令呪を使って命令を出すしかない。

 

「令呪を持って命ずる! ゼア、俺を連れて――」

「――念を入れて、魅了しておきましょう」

 

 突然、発動前の令呪の光が弱まった。これでは命令を出せないと直感し、発動を諦めた。

 

「昔のウィンダムかお前!」

「母上の言う事は……守らなければ」

 

 恐らくラフムと女神の上下関係がマスターとサーヴァントの契約を上回ったんだろう。頼もしい仲間が一転して敵である。

 

「【ガンド】!」

 

 ゼアに魔力の弾を打ち込んだ俺は、ステンノを素通りして奥の襖を開けて広間を出た。

 

「ふふふ、果たしてその道でよかったのかしら?」

 

 広間を出て俺は廊下を走っていた。

 

 もしゼアがステンノに命令されて追ってきていたら捕まるので、一切速力を緩めなかったのだが……

 

「うわぁぁぁぁぁ!?  なんで蛇ぃぃぃ!?」

 

 もしかしたら忘れているかもしれないが、俺は竜やドラゴンは好きでも蛇が大嫌いである。

 

 廊下の左右に並ぶ無数の障子の、無数の障子紙から突き破って現れる蛇の群れは、俺に悲鳴を上げさせるには十分過ぎた。

 

「来るな来るな、来るな!!」

 

 そんな願いを口にしながら、俺は目の前を塞ぐ襖を開けてその中へと飛び込んだ。

 すると、後ろにいた蛇達は幻の様に消え去っていた。

 

「……た、助かった……のか?」

「おかえりなさい、マスター」

 

 はっと前を見るとそこにはステンノが立っていた。

 

「な、なんで!?」

「残念。私が立ち塞いでいたのが唯一の扉ではなかったのよ」

 

 改めて広間を見ると、俺は蛇から逃げるのに夢中で此処から出た後に3度右に回っていたのを思い出した。そりゃ元の場所に帰ってくるだろう。

 

「正解は今貴方のまっすぐ前にある襖よ。

 でも、外は危ないでしょう? この部屋にいる方が安全よ」

 

 そんな訳ない。正解が分かった以上、今度はそこに向かうだけだ。

 

「ええ。貴方ならそういう目をすると思ったわ」

「っ!?」

 

 突然、上から四方に泥の柵が俺を囲む形で降ってきた。

 

「ゼア!?」

 

「ご苦労様」

「はい。母上」

 

 これでは完全に逃げられなくなってしまった。

 

「魅了を防ぐ効果もそう長くは持たないでしょう。

 その時になったらそこから出してあげる。勿論、その後でたっぷりとお仕置きしなくちゃ、ね?」

 

 俺を置いて何処かへ向かったステンノ。

 残されたのは見張りをしているゼアだけだ。

 

「……ゼア」

「母上の命令により、出す事は出来ない」

 

 脅すように泥で形成した剣を振り回して、泥の柵を切り裂いた。

 

 少量の泥が床に飛び散り、切られた柵はすぐに元に戻った。

 

「く、こうなったら令呪を3画重ねて――ん?」

 

 床に落ちた泥が、動いて一か所に集まりだした。

 そして、それは大きな右を指す矢印と長い直線の後に左に曲がる細い矢印を形成した。

 

「……」

「っ……」

 

 視線をやると、ゼアは黙って頷くだけだった。

 そうか。つまり、正解の道はステンノの言った襖ではなく、先俺が通った廊下を左に曲がった先にあるって事か。

 

 蛇が怖くて道なりに走ったのでそこまで確認はしていなかった。

 

(問題はこのヒントが、ステンノに操られている筈のゼアから出された事だが……いや、だったら彼女が態々もう1つの襖が正解だって俺に言う理由もないか)

 

 ゼアは正気に戻っているようだ。ステンノが離れたおかげかもしれない。

 だが、どうやって脱出すれば……

 

「……あ、そうかこの柵は、泥だ」

 

 俺は柵に触れた。

 液状のそれは俺の指に当たるが、するりと両端から零れ落ちていく。

 

「サーヴァントだけを侵食して受肉させるから、俺が当たった所で害は無いのか」

 

 俺は柵の中でステンノを待った。

 数分も経たない内に、彼女は戻ってきた。

 

「大人しくなった様ね」

「……」

 

「眠っているのかしら? ふふふ、目の前で待って驚かせて――」

「――いまだ!」

 

 ステンノの前で素早く手を振った。

 手に触れた泥は崩れ、彼女目掛けて数滴程飛んでいった。

 

「っな!?」

「悪いな、ステンノ!」

 

 付着した泥の効果で動かなくなった彼女を避けつつ泥の柵に肩から突っ込むと、礼装が汚れる程度で無事に脱出できた。

 

「ゼア、こっちだな!」

「ああ!」

 

「っま、待ちなさい! マスター! 私の坊や!」

 

 

 

「でも、どうやってお前あの洗脳から逃れたんだ?」

「……義母上、母上、姉上の3人に愛され続けると俺の精神は壊れる。だから数時間おきに正気を取り戻す為に精神が自動再生されるんだ」

 

 ……それは、まだ俺が受けてないタイプの拷問だな。

 

「兎に角、次で3階層だ。まだ油断できないぞ」

「ああ」

 

 俺以上にこいつのダメージが大きい気がするが、それでも先頭を進んでいくゼアの背中を追いかける。

 

 また一本道の廊下の先に広間がある。

 

「行ってこい」

「分かった」

 

 先の件で学習したのか、ゼアは分身を作って先に中へ入り込ませた。

 

「……」

「……」

 

 数秒の沈黙。そして、意外な事に分身は何処も欠けずに帰ってきた。

 

「サーヴァントが1騎。攻撃性は見られないが、マスター以外が近付くなら攻撃するとの事だ」

「突っ込んで無力化しろ」

「了解」

 

 しかし直ぐに、部屋から――氷結音とでも呼称すべき物音が聞こえてきた。

 

「――っ! 離れろ!」

 

 ゼアが俺を押したと同時に襖が一瞬で凍りつき、砕けた。

 

「……何か余計な者も一緒にいるのね」

「アナスタシア!」

 

 広間で待ち構えていたのはキャスターのサーヴァント、氷の皇女アナスタシアだった。

 奇妙な人形、ヴィイをその両腕に抱いている。

 

「余計とは心外だな。俺はマスターのボディカードだ」

 

「そう。ならもうお役御免ね。彼は、私が守るわ」

 

 その一言と同時に廊下の中央、俺とゼアの間に巨大な氷山が地面を破って出てきた。

 

「分断か!」

「終わりよ」

 

「っ、逃げろ!」

 

 俺の忠告よりも早く、ゼアのいる廊下の左半分を一瞬で氷漬けにし、同時に俺の後ろも氷の壁で塞いでしまった。

 

「――っ!?」

 

 そのままゼアは擬態が解けて氷の中で泥と化してしまった。

 

「ゼア!?」

「残念ね。私、マスターの形をしていても泥には興味がないの。

 さあ、マスター。こちらにいらっしゃい」

 

 歩いて近付いてきたアナスタシアは何もなかった様に、俺に手を差し伸べた。

 

「私、待ちくたびれてしまったわ。でも、貴方の顔を見たら嬉しくて、少々はしゃぎ過ぎたみたい」

 

 年相応の嬉しそうな笑みを浮かべる彼女の手を、少し躊躇ったが握り返して立ち上がった。

 

 恐らく、あいつはまだ無事な筈だ。

 だから今は自分の身を――そう考えて広間に入った瞬間、奇妙な物が視界に飛び込んできた。

 

 氷で出来た俺自身の像が、広間の四方の襖に2つずつ置かれていたのだ。

 

「良く出来ているでしょう? マスターをイメージして作ったのだけど、どうかしら?」

「……いいんじゃ、ないか?」

 

 アナスタシアは悪戯好きだ。だからきっとこれは俺の反応を見て楽しむだけのドッキリ……だと結論付けようとしたが、彼女は俺の言葉に、本当に嬉しそうに笑った。

 

「ええ、良いでしょう? 私、頑張ったの」

 

 そういえば、彼女に最後に会ったバレンタインではヴィイと同じ人形をプレゼントされた覚えがある。

 

 その人形を痛めつけると、彼女にダメージがフィードバックしたのだが彼女はそれを更に望んでいた。

 理由は、FGO内で異聞帯側の彼女がカルデア陥落に加担した負い目があったからだ。

 

「……あ、そうだ。今から貴方の大好物のお寿司を振舞うわ。

 こっちの廊下にね、新鮮な状態で保存した魚が一杯いるの。少し待ってて」

 

(大奥って言う場所の影響かもしれないけど)

 

 彼女が開けた襖の先を見てみると、海をそのまま凍らせたのかと疑う程の多種多量な魚達が氷壁の中にいた。

 

「これはクマノミ……これは毒……これはカニ……サーモンは川だから、もう少し奥かしら?」

 

 そんな彼女は生前の見知らぬ食文化を前にしても健気にスマホを頼りに目的の魚を探してくれている。

 もっとも、その姿を見ているのが氷だらけの廊下では台無しだ。

 

「今の内にゼアを助けないと……!」

 

 振り返って氷の中を見てみると、件のケイオスタイドは姿形もなかった。

 

「あれ?」

『此処だ』

 

 下から聞こえてきた声を辿って床を見ると、泥の状態のゼアが地面を這っていた。

 

「ゼア、無事だったか」

『静かにしろ。泥の動きで内部を削って気泡の部分から脱出した。

 難しくなかったが、この氷結能力は厄介だ。回避が難しい』

 

「その状態で近づけないのか?」

『もしまた見つかって細かく分断されたり、気泡の無い氷に閉じ込められれば再脱出が難しくなる。

 兎に角、俺は一度隠れて他の部屋を調べる。出口が見つかれば令呪で俺の元に転移出来る筈だ』

 

「分かった」

 

 ゼアはスーッと消えていき、それから余り時間を置かずにアナスタシアも魚と共にこちらに帰ってきた。

 

「お待たせ。ふふふ、一番大きいサーモンよ」

「あ、ありがとう……でも、捌けるの?」

 

「大丈夫、料理動画なら何十回も見たわ。座って待っていて」

 

 やる気満々な様子で包丁を握る彼女を少し心配しながらも、出来上がるのを待つ事にした。

 

 彼女の消えた部屋の奥から凄まじい打撃音が鳴り響いている。何が行われているのか気になるが、見に行く勇気も無いので動かずに待つ事数分。

 

「ふう、出来たわ」

 

 どや顔と共に出てきたアナスタシアは、丸い盆にサーモンだけの寿司を大量に乗せてこちらにやってきた。

 

「さあ、食べていいわ」

「あ、ありがとう……」

 

 醤油とわさびまでしっかりと用意されている。

 だが、彼女の持つヴィイの髪が少し乱れているのが気になるけど……

 

「あ、お茶を忘れていたわ。すぐに持って来るわね」

 

 そう言って再び俺を置いて出て行った。

 

「……ふぅ……まあ、一貫くらい食べても良いよな? 頂きま――」

「――やめておくんだな」

 

 寿司に箸を伸ばした所で、突然現れたゼアに止められた。

 

「うぉっ!?」

「騒ぐな。それからは少量の呪いを感じる。害があるかは微妙だが、食べるのは危険だ」

 

 呪いと聞いて少し名残惜しくも箸を下げた。

 

「そ、それで出口は?」

「残念だが、俺の行った部屋ともう1つの部屋は先の階層同様繋がっていた。

 つまり此処を抜けるには魚を大量に凍らせたあの場所に向かうしかない」

 

 そう言って例の部屋を見るゼア。

 

「だけど部屋中が凍り付いたあそこを通るのは難しくないか?」

「安心しろ。俺の分身が既に無音で道を空けている筈だ」

 

「――やっぱり居たわね」

 

 ――アナスタシアの声が聞こえると同時に、俺の真横を氷のつぶてが通った。

 

「っ――逃げるぞ」

「あ、ああ」

 

「マスター、何処に行く気なの?」

 

 厳しい視線を向けられるが、たじろぐ訳にはいかない。早く逃げて脱出しなければ……!

 

「なんで逃げてしまう!?

 私が、私が……カルデアを襲ったサーヴァントだから!?」

 

「ち、違う!」

「おい、足を止めるな!」

 

 彼女の言葉を聞いて、咄嗟に誤解を解こうと言葉が出てきてしまった。

 

「違わないわ! 私を見る人々の目は怯えや怒りを宿していたわ! マシュから聞いた(オリジナル)のダ・ヴィンチだって異聞帯の私の襲撃がなければ無事だったのでしょう!?」

 

「違う! 例え、君と同じアナスタシア以外の異聞帯のサーヴァントが襲ってきていてもカルデアは滅んでいた! 君が悪くない事は理解してる!」

 

「違わない! そんな理屈になんて意味はないわ!

 ……私には分かる。私は生前の私自身の憎しみで存在しているサーヴァント。そんな私がマスターに召喚されたのは、私と憎しみで繋がっているから……これ以上の証明は――っ!?」

 

 ――俺の言葉から逃れるように顔を下に向けて叫んでいたアナスタシアに、ゼアは容赦なく自らの右腕を泥に変えて飛ばした。

 

「終わりにしておけ。これ以上続ければあの人形の呪い、手に負えなくなるぞ」

「だけど!」

「何を迷っている? お前の目的はこのふざけた空間から逃げ出す事だろ? これ以上この話を続けても、あいつの狂愛は変わらない」

 

 そりゃそうだろうけど……

 

「ほら、行くぞ。あれは行動不能じゃなくて、受肉化で疲れさせるだけだ。追いつかれない訳じゃない」

 

 ゼアの言葉に仕方なく頷いて、俺はその場を後にした。

 

 

 

「4階層……」

「出口が見えてきたな」

 

 だけどまだサーヴァントが2人もいる。油断は出来ない。

 

「また分身に偵察して貰っている訳だけど……」

「帰って来ないな」

 

 更に1分程経ってから、俺達2人は顔を見合わせて頷きあった。

 

 入るしかない。

 

「――あ、漸く来たわね」

 

 そこには、紫色の髪の少女が笑顔で座っていた。

 ゼアの分身も直ぐ傍にいる。

 

「「っ!?」」

 

 エレナ・ブラヴァッキーに膝枕をされた状態で。

 

「え、エレナ!?」

「あら、呼び捨てなの? 悪くはないけれど、目上を敬う気持ちを忘れちゃ駄目よ?」

 

「おい、何をしている?」

 

 ゼアが分身に呼び掛けると、分身は泥になってゼアに吸い込まれた。

 

「……! あ、あり得ない……!」

「え、どうした!?」

 

 もしかして、ゴルゴーンと同じ紫色の髪だから先みたいな拒否反応が……!?

 

「信じられない……! 包容力53万だと……!!」

 

 何に戦慄しているんだお前は?

 

「原初の女神である義母上だって4万2千だぞ……!」

「なんで急にそんな物を計測してんだよ」

 

 つまり、ティアマトを遥かに上回る包容力にやられて膝枕までされてたのか……ん? いや、待て。

 先まで数滴触れただけでサーヴァントの動きを封じていたあの泥に触れていたよな?

 

「マハトマの力で体を守っているから、そんな泥になんて負けないわ!」

「やばい、地味に今まで以上の強敵だぞ?」

「ああ……果たして、あの膝枕から脱出できるか……?」

 

 おい、変な所を警戒するな。

 

「エレナさん、俺達先の階層に行きたいだけなんだ。行かせてくれないか?」

「あら? 私が許すと思っているのかしら?」

 

 ですよねー。

 

「危険よ。5階層のサーヴァントにはこの大奥の主としての役割が与えられているの。彼女に捕まれば、二度と光を浴びる事は出来ないわ」

 

 俺達に近付いてたエレナさんはそっと、両手で俺達の手を取った。

 

「だから此処にいて頂戴、ね?」

 

「――っ!!」

 

 おいゼア。お前の性癖に刺さったのは十分に理解したから――

 

「――これはそんな疚しい物ではない! 俺の唯一無二の弱点だ!」

 

 はいはい……好きなタイプの女性は分かったから、もう正気に戻れ。

 

「……貴方、やっぱり壊れそうなのね。常に身を削った生活しているなんて、可哀想に……よしよし」

「う……お、俺はそんな生易しい手に屈したりなんか……!」

 

「親や家族の事が本当はとっても大好きなのよね? だからこんなになってまで、頑張っているのよね?」

「……う、っひく……!」

 

(泣き出すの早っ! 即オチか!)

 

「私は何にもいらないわ。だから、貴方が欲しいだけ、私に甘えてね?」

「え、エレナママぁ……!」

 

「よしよし。たっぷり泣きなさい。マスターも、私の肩を貸してあげるから……あれ?」

 

 ――と言う訳で、今回は俺が独りで頑張る時間の様だ。

 広間には襖は1つしかなかったし、後は廊下を抜ければこの階層から出られそうだ。

 

「――流石に、追ってくるよなぁ……!」

 

 後ろから迫る彼女のUFOから怪しい攻撃が放たれる。

 

「【緊急回避】! あぶなっ!?」

 

 攻撃をスキルで回避した俺は、光の弾や光線が飛び交うこの光景をゼアに見せてやりたかった。

 

「こんなシューティングゲームみたいな弾幕張ってくる人のっ! 何処が包容力53万なんだ、よっ!」

 

 包囲力の間違いだろと思いながらも無敵状態になる【オシリスの塵】で攻撃を弾いて進んでいたが、行き止まりに辿り着いてしまった。

 

「っく、此処までか……うぁ!?」

 

 UFOに体を吸われてしまい、そのまま広間まで連れ戻された。

 

「ふふふ、おかえりなさい」

「っく、この……!」

 

「もう、そんな顔で睨んじゃだめよ。めっ!」

 

 可愛らしく注意された。その膝ではゼアはもはや物理的に泥になって溶けるレベルで甘えているし。

 

「あ……こんな優しい世界があったんだな……」

 

 ……もうこいつは永遠に放っておいた方がいいかもしれないな。

 

「あ、もしかしてマスターったら焼き餅を焼いているのかしら?」

「いや、そんな事は全然ないけど……」

 

「そう? ……本当に?」

 

 UFOを指で誘って、俺を近づけたエレナは両手で頬を包んだ。

 

「私はね、妬くわ。すっごい妬く。

 おばちゃまなのに、マスターの事になると譲れなくなっちゃうの」

 

 そう言ってニコリと笑う彼女は、親指で俺の口元をなぞった。

 

「私より若くて可愛いサーヴァントやこの体よりも魅力的なサーヴァントがいるのも分かっているの。だけど、私はそれでも貴方の一番になりたいの」

 

 動けない俺の耳元にまで口を近付けて、彼女の舌が触れた。

 

「んっ……」

「っ!」

 

「はぁ……ん、ぁ……」

 

 生暖かく、しめっけのある舌がゆっくりと耳の穴を舐め始める。

 

「っ! やめて、くれ……!」

「っちゅ……ん、あはぁ……」

 

 少し暴れて抵抗するが、むしろ彼女の耳舐めが激しくなる。

 

「んちゅ、っんん! はぁ、ああ……はぅぁんん……っ!」

「エレナ……!」

 

「……んはぁ……先は、偉そうに注意したけど、君にそんな風に名前で呼ばれると、年甲斐も無くはしゃいでしまうわ……!」

 

 本格的にスイッチが点いた彼女は止まる気がなくなり、このままでは芯まで溶かされてしまう。

 そう思った時に、不意にゼアと目が合った。

 

「…………揺れ過ぎ、だ」

 

 片目を開けたゼアは分身を作ると、すぐさまUFOを泥で包んでエレナを拘束させた。

 

「きゃぁ!? ど、どうして……?」

「貴方は確かに完璧的なまでに高い包容力の持ち主だったが……愛を求めたせいで霞んでしまった。原初に近いラフムとして生まれた俺に、霞んだ愛では足りない」

 

 先までその彼女の膝枕をされていたのに、何かっこつけてやがる。

 

 それにその理論だと、お前毎日家族から霞んだ愛に縛り付けられている…………ああ、実際そうだったな。ごめん。

 

「行くぞ。彼女の宝具の機能が停止している今がチャンスだ」

「ああ、分かってるよ」

 

「ま、待ちなさい!? 本当に、次の階層は危険なのよ!! 今すぐ、此処に戻って来なさい――!!」

 

 

 

 エレナの必死の叫び声の意味はすぐに理解できた。

 なんせ、5階層への階段はゼアと同じ泥、ケイオスタイドに所々侵食されているのだから。

 

 本人はめっちゃ震えているし。

 

「……どうするんだ? 入るか?」

「と、当然だ……此処で最後なんだから」

 

 まあ、最悪俺一人でも良いんだけど……

 

「じゃあ先行しろ」

「此処に来て俺に押し付けるのか!?」

 

 なんで無表情で、態々手を階段に向けてまでアピールしてるんだ!?

 

「……………………冗談じゃない。先に行け」

「そんなに間を置いてから言う辺り本気だな、おい。そこは先に行く、じゃないのか?」

 

 と、何時までもこんなやり取りをしている訳にはいかない。

 

 俺は覚悟を決めて右足から階段を下りて――掴まれた。

 

「え?」

「あ」

 

 掴まれて驚いた俺と、そこから無数に迫ってくる髪か蛇かも分からない集団に気付いて全てを察したゼアの声。

 

「「――っあああああ!?」」

 

 奇しくも、俺達は彼女に会う為にバビロニア同様、再び地下へと引きずり込まれた。

 

「ようこそ」

「待っていたぞ」

 

「ああああああ!!! はははは、母上っ!? 母上が、2――ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくっ」

 

 ゼアは再び壊れた。

 

 5階層に下され、長い長い明りのない縦穴を落下中なのによくゴルゴーンが2人いる事に気が付いたな。

 まあ、成功してはいけないアイデアロールだった訳だが。

 

 そして着地して光を与えられた俺は、漸くその姿を視認した。

 

「っぐ……やっぱり、ゴルゴーンか!?」

 

「そうだマスター、お前を待っていた」

「そうだ切大、お前達を待っていた」

 

 それは随分と遅くなって申し訳ない。

 

「なんで態々引っ張ったんだ?」

「私にこの大奥の天井は狭すぎた。故に、5階層と最深部を繋げたのだ。人間のお前では、もしかしたら死んでしまうかもしれないので、迎えに来てやったわけだ。」

 

 なるほど、階段の先が暗くて見えないと思っていたが、実際は見える距離に床がなかった訳か。

 

「でか……!?」

 

 ゴルゴーンはステンノとエウリュアレの妹だが、怪物と化した彼女は巨大でその身長と一緒に翼や尻尾に、蛇の様に動く長い髪を持っている。

 

 どうやら見た目で分かりやすく、ケイオスタイドを操れるのが黒い服を着たゴルゴーンで俺が召喚したカルデアのゴルゴーンは白らしい。

 

「ふふふ、鬼ごっこが好きな我が子は今一度私の内側に取り込んでおこう」

 

 先まで何度も俺の危機を救っていたゼアはあっさりと黒い衣装のゴルゴーンに取り込まれて、消えていった。

 

「その感じ、ゼアが送り込まれたのを知っていた上で待ち構えていたんだろ? どういうつもりだ?」

 

「ふん、相変わらず小賢しいマスターだな。

 だが、私と言葉を交わしていいのか?」

 

 ――突然、横から俺の腹を白のゴルゴーンの髪が食らいつき、彼女に向き合わせる形で静止した。

 

「まずは私というお前のサーヴァントに挨拶するのが礼儀だとは思わなかったかったか、マスター?」

「う、っぐ……! そ、そうだった……ごめん、ゴルゴーン」

 

「ふんっ……本来復讐者である私がこんな感情をお前に抱く筈はなかったのだがな……忌々しい事に、そこの私を先に孕ませた様だしな」

 

「いや、別にそんな事はしてないんだ……誤解だって」

 

 俺の言葉に今度は黒いゴルゴーンが髪を伸ばした。

 

「ほう……ゼアに助けられておきながら認知していないと?」

「そ、そうじゃなくて……! あいつは、人間じゃないんだろ?」

「確かにそれは否定できない。ゼアがラフムとして誕生しているのはティアマトに飲み込まれた私がお前の因子を奴に渡さずに産み出したからだ」

 

「どうでもいい。私はお前の寵愛などに微塵も興味はないが、この私の怒りがお前のせいで歪められている現状が我慢ならん! 今から貴様にそれを沈めて貰うぞ!」

 

 そう言って白いゴルゴーンは全身に自分の髪を這い絡ませた。

 それだけで俺に恐怖を与えるのは十分だが、彼女がそれだけで終わる筈がない。

 

 髪の先端にいる蛇達は親の指示を待つ子供の様に、俺の顔を見ながら舌をこちらに向けて出し入れを繰り返している。

 

「私が許すだけでこいつらはすぐに貴様を食い千切る……だが、今の私にはそれだけでは足りん」

「っ!」

 

 彼女の巨大な金の翼が開かれ、俺のほぼ全ての範囲を覆った。

 見えるのは無数の蛇と、彼女の顔だけになった。

 

「私だけだ。私だけを認識しろ……この怒りを、見ろっ!」

 

 叫んだと同時に、髪による締め付けが強まった。

 

「うっ……!」

 

「よせ」

 

 声が聞こえて髪がするりと体を離れたが、直ぐにまた何かが足に絡みついた。

 

「過去の自分を見ている様だ。

 愛を怒りと思い込み殺すなどと、浅慮が過ぎるぞ」

 

「愛だと? 一緒にするな。私が人間に抱く感情は憎悪だけだ。同じゴルゴーンだと見逃していたが、やはり貴様はわたし等ではない! ティアマトの汚染に侵され、ありもしない母性を植え付けられた贋作だ!」

 

「違うな。私が母性を得たのは私が母となったからだ。だが、貴様はそれ以前の問題だな。姉上達の妹でありながら愛も忘れたようだな」

「――! それ以上は赦さんぞ」

 

 白いゴルゴーンの蛇達が一斉に戦闘態勢を取ったが、俺の足を掴んでいた黒い方は迷う事無く、俺を彼女の前に持ち上げた。

 

「何の真似だ? そんな奴が盾になると思っているのか? ここで殺そうがマスターは死なん。お前ごと殺し尽くすのになんの躊躇いもない」

「ではやってみるがいい」

 

 まずい……今の俺の使えるスキルは――

 

「――っぐ!?」

「余計な事はするな」

 

 黒いゴルゴーンに強く締め付けられ、マスタースキルを行使しないまま白いゴルゴーンの蛇の口から紫色の光が収束し始めている。

 

「良く狙え。こいつはしぶといからな。一息で頭を吹き飛ばさねば生き延びてしまうかもしれんぞ?」

「っ!」

 

 だが、次第に蛇の口から光は消えて、ゴルゴーンの攻撃は完全に止まってしまった。

 

 俺は思わず安堵の息を漏ら――

 

「――――あああああああああっ!!!」

 

 だが、白いゴルゴーンは獣の様な叫び声をあげると、足を絞められたまま俺を尻尾を巻き付かせて引っ張ると同時に、先よりも大きな紫色の光線を放って黒いゴルゴーンに命中させた。

 

「はっははは、それこそ、貴様にとっての堕落――――」

 

 光に飲まれて泥と化して、崩れ去る黒のゴルゴーン。

 認めたくない悔しさからからか、怒りに震える白のゴルゴーン。

 

 だが、俺はそれどころではなかった。

 

「痛っあああぁぁぁ……っ!!」

 

 怪物の髪で捕まっていた所を怪物の力で引っ張られた事で、右足を失っていたのだ。

 

 引き千切られれる地獄の様な痛みと尻尾で捕まって何も出来ない状態が相まって、もはやまともな思考など出来ていなかった。

 

「あっづぅうう……!!」

 

「……どうした、傷が痛むか」

 

 ゴルゴーンがようやく自分の尻尾に捕まったままの俺を見た。

 

「いだい、だずけっで……!」

 

 この時の俺はもはやそこにいる彼女に縋るしかなかった。

 

「っくふ……あああそうか痛むか! 

 まともな人間には過ぎた痛みだろう」

 

「おねがいじまず……! だずけっで……!」

 

「なら、今から私の言う事をよく聞け」

 

「ぎ、聞ぎます! 聞ぎますがら!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに微笑む彼女の顔しか、恐怖を抑えられるものはなく、それを妄信した。

 差し出されたゴルゴーンの指から赤い液体が垂れる。それが何かは分かっていた。

 

「私の血だ。舐めろ。ああそうだ。もっともだ」

 

 だが断ることはなく、俺は夢中でしゃぶりついた。

 

「ならば、後は私の羽を足に当てて、魔法陣から動くな」

 

 俺の舌に広がる魔法陣に驚く暇もなく、言われるがまま痛みをこらえて羽を右足の裂け目近くに当てた。

 

「――」

 

 魔法陣から紫色の光が強く輝き、拡散すると同時に羽も魔法陣も消え去った。

 

「良かったな。これで、足を取り戻したぞ」

 

 彼女の指示に従っている間は和らいでいたものの俺を襲っていた痛みは消えていた。

 

 

 だけど、俺の右足は――人間ではなく、爬虫類の様な金色のモノへと変化していた。

 

「――っ!?」

「気に入たか? 怪物の足だ」

 

 痛みが消えて、漸く普段の3割程度の冷静さを取り戻した俺は、その事実に驚きつつも、溢れ出そうな嫌悪感を抑えた。

 

(だ、大丈夫だ……これは夢の中、だから……これくらい――)

 

「――っ!?」

 

 突然ゴルゴーンに後ろから抱き着かれ、緊張が研ぎ澄まされていた体が跳ねた。

 

「ますたぁ……」

「ご、ゴルゴーン……?」

 

 甘えた声で語り掛けて来る彼女の声で、困惑と恐怖が頭を支配した。

 

「いい形になったではないか……」

 

 彼女の髪の先端である蛇達が、俺の、変化してしまった足に近付いてくると、その全てが頭を擦り付けてきた。

 

「今のお前なら、私を愛するのに相応しい」

 

「な、何で? 先まで嫌がってたよな?」

 

「理解しているだろう? 今のお前は私と同じ」

「人類最後のマスターの出来損ない」

「人の形を失った、怪物だ」

「私の(つがい)だ」

 

「そら、見えるか?」

 

 突然出された鏡を見ると、足と同じ金色の皮が俺の首元に広がっていた。

 その後ろに映る彼女と、同じ様に。

 

「お揃いだな」

 

 一度自覚してしまうと、人間の精神は脆い物で、音を立てて崩れていく。

 だけど、同時に芽生えた怪物の心の強靭さは、それ以上に早く俺の思考を掌握した。

 

 夢だからだろう。

 

 徐々に徐々に、思考が侵食され視界は暗く狭まっていく。

 ゴルゴーンの魔性は余りにも俺とかけ離れ過ぎていたので、自我は体から追い出される。

 

 夢の中で俺は自己を失い、さながら幽霊の様な状態になっていたのだ。

 

『ごるごー……ん』

『なんだ?』

 

『欲しい』

『何が欲しいんだ?』

 

『全部』

『そうか、ふふふ……最早、遠慮をしなければ選ぶという考えもなくなったか』

 

 ゴルゴーンは怪物になったオレに腕、羽根、尻尾、そして髪。

 己の全てを使って抱き締める。

 

 それは抱き合っていると呼称するよりも、同化と呼んだ方がいいかもしれない。

 

 オレは本能的な愛でゴルゴーンを求めている。

 ゴルゴーンはそれを見て唯々微笑んでいた。

 

 もしかしたら、やがてゴルゴーンは本当にオレを受け入れて――取り込んでしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

「はーい、息子ちゃーん! 貴方の大好きなBBちゃんでーす!」

 

 (ゼア)は、困惑していた。

 

 ケイオスタイドの混同意識の中に戻ってきたしまった俺に先ほどの塔の中で俺が最初に行動不能にしたサーヴァントがオルタ化し、馴れ馴れしく抱きしめてきたからだ。

 

「もう、返事もしれくれないんですか?」

「だ、誰だお前は!? なんでこんな真似を!」

「嫌ですねー? 義母上()の事をもう忘れちゃったんですか?」

 

 その言葉と同時に肩で同化され――原初の女神である義母上の情報を受け取った。

 

「っ!? ほ、本当に義母上!?」

「そうですよ? もしかして、見た目(テクスチャ)を変えただけ分からなくなったちゃうんですか?」

 

 またしても姿が変わる。

 

「――酷いわね。私はこんなにも貴方を愛しているのに」

「貴様、姉上の姿を使うな!」

 

 俺を連れ帰った母上が怒ると、義母上は氷の皇女の姿に変わった。

 

「でも、新鮮でしょう? 最近の貴方は私に愛されると壊れやすくて――だから、新しい姿を用意してもらったの」

「まさか、俺の能力を改変した時にサーヴァントの情報を……?」

 

「ええ、そうよ!」

 

 エレナ・ブラヴァッキーの姿に少しだけ動揺してしまった。

 

「それに……貴方の好みは修正しないといけないわね。

 この姿、義母上より好きなんですって?」

 

 口調を真似しているせいなのか、その言葉に珍しく義母上の怒りを感じた。

 

「ねぇ、そうなんでしょう?」

「ち、違う……! 俺は、ただ……義母上の様な包容力のある女性が好きなだけで――」

 

「――ほう。つまり、母上はどうでもよいと?」

「姉上もですか? そんな悲しい事を言ってしまうんですか?」

 

 ――あ、これは俺死んだ。

 

「ほら、さっさと分身しろ。10体だ」

「姉上には200体でお願いします」

 

「もちろん」

「全員、本体(ゼア)と感覚を同調して差し上げます」

 

「出来ないなら無理矢理させてあげるわ」

 

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

(まさか、私の願い(呪い)が無理矢理切れてしまうなんて……ですが、受肉したBBちゃんは遂に現実世界に進行出来ます! ふふふ、これでまた先輩を永遠に私の玩具に――よし、ファイトです!)

 

「おはようございます先ぱ――」

 

 また(・・)、夢の中で受肉したサーヴァントが部屋に入ると同時に扉の前で転がった。氷漬けにされて。

 

「……これで全部かしら?」

 

 受肉されていたのはBB、ステンノ……そして俺のベッドの前立つアナスタシアだけだった。

 

「もう私の他にサーヴァントはいないわね?」

「あ、ああ……」

 

「ふう、本当に暑いわ……だけど、この2人もマスターを涼しくなる為に凍結されたならきっと喜ぶわよね?」

 

 普通に現実世界で氷を出せる彼女が怖かった俺は黙って頷いた。

 

「そんな顔をしないで」

 

 そっとベッドに座り込んで優しく語りかけてきた。

 

「例えマスターが恨んでなくても、私は貴方に尽くします。

 だからどうか、私の事は許さないで下さい」

 

 起きたばかりでまだ頭が回り切っていない俺は、返事より先に頭をかいてからベッドを出た。

 

「……朝飯、食べる」

「はい、一緒に行きましょう」

 

「――あ!?」

 

 アナスタシアを連れて1階に行くと、階段で何故かエナミと鉢合わせた。

 

「なんで此処に?」

「それはこっちのセリフですよ! なんで私と勉強するって約束した日にサーヴァントがいるんですか!? 今すぐ送り返します!」

 

『エナミちゃーん? 切大は起きてたー?』

 

「――はい、義母さーん! 起きてました!」

 

『じゃあ私達は出掛けてるからー! 行ってきまーす!』

 

「……はーい、いってらっしゃーい……」

 

 母さんが扉を閉めたと同時にこちらをぎろりと睨んだ。

 

「なーんーでー、よりによって私との約束の日に!? ねぇ、何でですか!?」

「お、俺が選べる訳ないだろ……はぁ、えーっと」

 

「貴女は、マスターの後輩なのかしら?」

「ええ、そうですよ! 皇女様も先輩を狙っているんでしょう? 言っておきますけど、私は――」

 

「――いえ、大丈夫です。私、マスターに興味は無いの。

 ちょうどよかったわ。

 私、現代の街を見て行きたかったから、お暇させて頂きます」

 

「え? 本当ですか?」

「ええ。ですから是非、マスターと楽しく勉強に励んで下さいね?」

 

 俺もエナミもアナスタシアの意外な言葉に驚きを隠せなかったが、涼しい顔で1階に降りて行った彼女を見てその言葉が真実なのを理解した。

 

「ふーん、変なサーヴァントですね。こんなに魅力的な先輩をみすみす私に譲るなんて……」

「アナスタシアは複雑な――」

 

「――要りません、そんな解説。先輩の部屋に行きましょう。

 ちょっと不機嫌です……あ、正解したらキス1回でどうですか!?」

「なんで教える側の俺が何の報酬もないのにお前に褒美をやらないといけないんだ?」

 

 ぶつくさと文句を交わしながら、俺達は部屋に戻ってきた。

 

「ていうか、お前俺に教わらなくても点数――」

 

 

 

 

 

「ヴィイ……私って、ズルい女ね」

 

「……あの人の傍に、他の女がいるの。私と違って、彼になんの負い目もない可愛い子が」

「そんな彼女の邪魔を、私みたいな罪人がしてはいけないわよね」

 

「……」

 

「ええ、私は邪魔しては駄目ね――」

 

 

 

「――……此処までくれば、私の氷は溶けてしまうわね」

 

「……ふふっ……」

 

「……カメラ、仕掛けて置けば良かったわ」





今回は総文字数1万6千越え! 恐らく過去最高のボリュームです。

書きたいシーンが多めだったのでこうなりました。
自分はこのぐだ男やカルデアに対して罪悪感ある感じのアナスタシアが一番好きなんです。明るいぐだアナ派とカドアナ派の皆、すまねぇ……

水着イベントが楽しみですが、新OPとか出たのでちょっと不安です。
メインストーリー絡みのイベントが来る可能性がありますし。

今回もカーマちゃんはお迎えできなかったので陽日君を呼び出してしまおうか……

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