ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
学校から帰ってきた俺は、Fate/GOの速報サイトに目を通していた。
「あ、まだガチャメンテナンス中?」
ガチャのメンテナンス延長に怒っているユーザーの書き込みがある。
だが、何故か何時もより怒りの声が少ない気がする。
“また不具合かー”とか“もう慣れた”の声が多い。
(ガチャだけ止まるのは珍しい筈なのにな……)
そんな疑問があったが、俺は特に変わった事はせず、食事を取って、風呂に入って寝た。
「無事に1日目突破おめでとうございます、先輩!」
「っは!? あ、此処は!?」
十字架型の大盾を持った少女、マシュの姿を見たと同時に昨日の悪夢を思い出した。
(なんてこった! 昨日本当にギリギリだったのに! 畜生、覚えていたらアラーム6時にセットしてたのに!)
「このヤンデレ・シャトーは明日で終わりですが、その前に今日の6人に殺されない様に立ち回ってください」
「しかも増えてるし……」
「先輩は少ない方ですよ? 今日で8人だったり、10人を同時に相手にしなければならないマスター達もいるんですから」
「何その高難易度クエスト」
少ない方が良かったと納得するべきか、自分のガチャ運を嘆くべきか……
「起きる頃にはガチャのメンテナンスは終わりますので、サーヴァントを増やして構いませんよ?」
「……まあ、無課金だから増える心配はしてないね」
冗談じゃない、これでもし女性サーヴァントが増えたら今日を生き残れても3日目で死ぬ自信がある!
「令呪は……使用していないようですね。令呪は1画消費でサーヴァント1体に命令出来て、3画消費で全サーヴァントに命令できます。1画で静止を命じれば先輩の体感時間で10分間止まっていますが、3画だと体感時間7分だけしか効果がありません。回復もしないので、今日使えば明日は減ったままです」
1画の回復も許されないのか……
「では、先輩。残念ながら私の出番は今日ではありませんが、頑張って生き残って下さい!」
その言葉と共にまたしても牢獄の様な部屋が消え、監獄塔の廊下が現れた。
「……ダッシュだな」
昨日と違い、今回は6人。ならば見つかるのは当然。だが、止まって個室に連れて行かれれば殺し合いに発展するのは昨日学んだ。
昨日は偶然にも落ち着きのあるサーヴァント達だったが、今日もそうだとは限らない。
無限ループの廊下を走る。思ったよりもだいぶ長い。
部屋の扉が100m位の間を開けて1、2、3と通り過ぎていく。6個の扉を通り過ぎた先には、広場があった。最初にいた場所から約1kmの距離だ。
「っはぁー……裁きの間……か?」
見た感じだと高難易度イベントの時に登場した背景と同じだ。
少し立ち止まって考えたが、隠れる場所は無いので先へと向かった。
「っはぁ、っはぁ……此処でループか」
息を切らしながら走った。英霊相手に逃げ切れるとは思わないが、取り敢えず間取りは確認できた。
俺は呼吸を整えて、再び薄暗い廊下を見る。
「……」
どうやらサーヴァントはまだ部屋から出ていないらしい。閉まっている扉の前を早足で通り過ぎる。
「――マスター、大丈夫かい?」
だが唐突に聞こえてきた中性的な声と共に、腕を掴まれた。
「っ――!?」
「っし! 大丈夫、私だよ」
花の様な白いマントに、余り派手ではない装飾、水色が基色の服。
その生涯の中で、男としても女としても振る舞い、生きた白百合の英霊。
セイバーのサーヴァント、シュヴァリエ・デオン。
到底男とは思えない柔らかい手の平で俺は口を塞がれている。
一人称は私を使っているが、稀に僕と言うらしい。
「怖がらないで、私はご主人様を傷付けたりしないから」
(ヤンデレは皆そう言うんだよ!)
文句はあるがヤンデレ対処法の鉄則、逆らえば死。
デオンは恐らく昨日の式やマタ・ハリと同じ積極的な世話焼き系。余程の事が無ければ殺しはしないと思うが、逆らうのは控えよう。
「で、デオン……」
「マスター、私の部屋に行こうか。私が君を守るよ」
式とはまた違った男らしい台詞。そういう台詞は女性に使えって!
「先ずは2人で汗を落とそうか。その後で、君をリードしてあげる。そういう経験は、僕にもあるから、ね?」
「待ちなさい!」
俺を引っ張り部屋に連れ込もうとするデオンを阻むのは少女の声。
「……君かい。アルトリア」
「マスターを守るのはわたしです! デオンさん、わたしのマスターを放して下さい!」
セイバー・リリィ。かの有名な騎士王、アーサー王が、王の道を歩く前の姿。
純真な性格でお人好し。困ってる人は誰であっても助けるし、その純真さで悪人が改心する事もあったと言う。おおよそ、ヤンデレとはかけ離れた存在だ。クラスは勿論セイバー。
「マスターをお守りし、添い遂げる。それがわたしの運命だと、悟ったのです!」
普通なら、だ。
少なくとも裁定の剣、カリバーンの剣先をデオンに向けている今の彼女は普通ではない。
「完全な騎士王の君ならともかく、今の未熟な君になら私が負ける道理は無い」
素材の都合により、どちらもレベル60で並んでこそいるが、先に手に入れたリリィには少しフォウを与えている。
リリィの元々のステータスが低い事を考えて、恐らく戦力は均衡している。
「マスター、私の後ろに……彼女は危険だ。此処で戦闘不能にする」
「マスター、今直ぐに! 助けに参ります!」
アニメで英霊の戦闘の凄まじさを見た俺は5m程離れた位置に下がる。
それを見てからリリィが駆け出した。
黄金の剣がデオンを切り裂こうと振り下ろされるが、デオンは焦らず腰の細剣を抜き、その一撃を防いだ。
「っぐ――!」
だが、完全には受け切れず、剣身を逸らして受け流す事で凌いだ。
(武器の時点で既に差があるのに、両手で振り下ろしているリリィとデオンじゃあ、拮抗も出来ないのか)
だが、冷静さを失っているリリィの攻撃をデオンは上手く防いでいる様にも見える。
元々の腕力はデオンがAでリリィはCなので、龍の心臓から溢れ出る魔力放出でそれを覆しているリリィの力押しに、今は対応出来ているデオンが有利だ。
「そんな力任せで!」
「猪口才な!」
続く剣戟。リリィは逸らされぬように力と角度を意識し始め、デオンも魔力で腕力を底上げしている。
床が砕け、壁を切り裂く斬撃の応酬。
(これが英霊か! やっぱり、ただの女の子って訳じゃないんだよな!)
だが、自分はどっちを応援すれば――
「――壇ノ浦・八艘跳!」
「え――うぁああ!?」
デオン達とは逆の方向から飛んで来た黒い影。本来ならば跳躍で舟から舟へ跳び移るその技は、ランサークラス並の俊敏性も手伝って、まるで現れ消えたような動きを見せた。
俺を抱えつつも戦いを続ける2人を通り過ぎ、そのまま廊下を走り抜ける。
「ま、マスター!?」
「待ちなさい!!」
あっという間に2人を置き去りに、広場の方向へと走った。
「主どの、ご無事でなによりです!」
「う、牛若丸!?」
軽装というべきか重装というべきか分からない鎧を着ているこの英霊は、日本人ならば知らない者の方が少ないライダーのサーヴァント、牛若丸。天狗の元で修行したとか、本当かどうかも分かない様々な伝承を残している。
印象的なのは横からならほとんど見えてしまいそうな鎧。最終降臨まで終わらせて漸くまともな服装になっているレベルだ。
(と思ってたけど、こうやって近くで見るとまだ露出が多いんだな……)
空気抵抗などを考慮してか、俺がお姫様抱っこされているので正面から見えてよく分かった。
直ぐに牛若丸は扉の前で止まり、俺を下ろした。
「……さて此処が私の部屋で御座います。綺麗に掃除いたしましたが、何かあれば直ぐにお申し付けくださ――」
「――牛若丸! こっち!」
牛若丸を呼び止めたのは赤い髪の女性、ブーディカ。牛若丸と同じライダーのサーヴァントだ。
だが、ブーディカを警戒し、腰に付いた刀を抜く牛若丸。
「相手はセイバークラスが2人だよ。ここは共闘しよう」
「そんな口車には乗りません。主どのは私がお守りします」
先と似たような展開に……
「こっちには、メドゥーサやメディアもいる。セイバーが相手でも、返り討ちに出来るよ」
なんと此処で6人全員が判明した。ライダークラスの牛若丸、ブーディカとメドゥーサ、キャスターのメディア。そしてセイバークラスのデオンとセイバーリリィ。
レベルはメドゥーサのレベル19が最低で後は全員50以上。
それにしてもヤンデレ同士でチームを組むなんて……
「むぅ……それはブーディカ殿の策で?」
「いいえ、メディアの提案よ。代わりに、マスターとあたし達に素敵な衣装を貸してくれるんだって」
その言葉に牛若丸は眉をひそめる。
「……怪しい」
「……スター、マスター……!」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。監獄塔は暗いので顔も姿も見れないが、セイバー達なのは簡単に理解できる。
「迷ってる時間は無い。牛若丸1人じゃ、マスターを守りきれないでしょう?」
「っく――」
牛若丸は嫌そうな顔をしつつも部屋に入る事にした。
100m離れた部屋も、その俊敏性であっという間だ。
「今だよ、メディア!」
俺達が部屋に入ったと同時に、指示を受けたメディアが魔術を行使した。
「――成功、ね」
ドアの外から足音が聞こえる。しかし、扉は開かれず、そのまま通り過ぎた様だ。
自分達の入った部屋を見た。
畳の一室だった筈だが、カーペットが敷かれていて、ドレッサーやタンス等、見た目は完全に洋室だ。
(やっべぇ、なんか怖い)
そして部屋の中でもかなりの存在感を放っているのは、4騎のサーヴァント達。
「マスター、ご無事で何よりです」
バイザーを付けた長身でグラマーな体型の女性、メドゥーサ。俺の見立てでは束縛系のヤンデレだ。
「怪我は無いようで安心したわ、マスター」
紫色のローブに身を包んだ魔性の女性、メディア。頭は回るし、計略が得意な彼女は恐らく、支配系ヤンデレだ。
「うん、あたしのマスターが無事で安心だよ」
後ろに縛った短い赤い髪、白い服装の長身の女性、ブーディカ。優しいお姉さんが世話焼きヤンデレなのは確定、か?
そして俺の横で警戒心剥き出しのサーヴァント、牛若丸。依存系ヤンデレで、しかも天然が入っているので、俺を想って何かやらかすタイプだ。
この4騎全てがヤンデレだというのだから恐ろしい。
「…………」
「そんな怖い顔しないで、牛若丸。メディアの強力な幻惑魔術で、あの2人は今頃、無数の扉を開こうと奮闘してるよ」
「そんな物がセイバークラスに効くのですか?」
「大丈夫よ、魔力を高める薬を大量に飲んだから」
そう言って指の間に挟んだ幾つかの瓶を見せるメディア。
なるほど、神代の魔女なら対魔力を持つセイバークラスにも通用するだろう。
「……あっ」
その動き――正確にはメディアの顔を見た瞬間、心臓がトクンと飛び跳ねた。
(可愛いな……メディア……)
体温が上昇していくのが分かる。熱くなってどうにかなりそうだ!
気を紛らわせるために、ブーディカへ視線を動かす。
(ブーディカ……なんだろう、抱きつきたい……)
先から思考がおかしい……視線を逸らしてメドゥーサを見ると……
(…………アレ? か、体が、動か、ない……!)
「いつの間に私の薬を……!」
「メディアの机に2本も置いてあったから、1つ棚の睡眠薬と交換しておいたよ。睡眠薬は失敗作だったのかな?」
「アレは男性用の薬よ! 1つだけしかなかったのに……!」
ブーディカとメディアが言い争っている。だが、そんな事よりも俺の動きが……
「メ、ドゥー、サ……魔眼を……」
「問題ありません。動きを止めるだけです」
「主どの!? やはり図ったか女狐共!」
牛若丸が叫んでいるが、俺の体は動かせず、ブーディカとメディアのことを考えると自然に体が熱くなる。
「……私の目的は貴方も含まれているのよ、牛若丸」
メディアが俺の横を通り、牛若丸に近付く。
どうやら部屋のドアは開かないらしく、逃げ場は無い。
「可愛い狸さん。私がもっと可愛くしてあげる……」
「触るな、女狐め! 此処で、成敗してくれ――!?」
牛若丸は急に動きを止めた、否、止められた。
片膝を着く牛若丸。
「い、意識を……まさか――!?」
「そうよ。ブーディカもメドゥーサも、自分の意志があるように見えるけど、私の駒で、可愛いお人形さんなの」
圧倒的な黒幕感……しかし、今の俺には全て、メディア賢い可愛い! に変換されてしまう。
「さあ、マスター……こちらに」
メドゥーサの魔眼も解除され、手を引かれるままに、タンスの前へと連れ出された。
「此処に、貴方の為の服があります。……そうね、先ずはこれに着替えてくれるかしら?」
メディアから渡されたのは黒いスーツ。溢れ出る高級感から恐らく執事服だと思われる。
「サイズもピッタリの筈だから、とにかく着てみてください」
「はい」
断る理由が何処にある。俺は直ぐにその服に着替え始めようとしたが、メディアに止められた。
「他の女がいる所で、肌を見せては駄目よ。貴方の肌は、私の物なんだから」
「ごめん、分かったよ」
部屋の奥のカーテンを指差された。
メディアが用意した更衣室に入って着替え始めた。
「ブーディカはこれを着なさい。可愛い女の子ではないのが残念だけれど」
「これ! 凄く綺麗だよ!」
上のサイズはピッタリ、流石メディアだ。スーツは礼装の上に着ろとの事だ。
ネクタイは着けた事が無いがこれで良いのか?
「私は、出来れば幼く可愛い服がいいのですが……」
「ならこれね。文句は受け付けないわ。それじゃあ、牛若丸ちゃんわねー?」
「っく、女狐に好き勝手されてたまるかー!」
ズボンを穿いて、ベルトを閉めて……良し、終わったかな?
「あ! 暴れないで! これなんかどうかし――」
「メディア、終わったよ」
更衣室から出て両手を広げ、メディアに確認して貰う。
「どうかな?」
「ああ、待って。ネクタイと襟が乱れているわ……フフフ、全く、手間が掛かるんだから……」
手を伸ばして袖を直すと、そのままメディアは俺にくちづけをした。
「……ん、かっこよくて素敵よ……私の旦那様……
所で、この子達はどうかしら? 可愛くなったかしら?」
そう言ってメディアはメドゥーサとブーディカを見せて来た。牛若丸は暴れ過ぎるせいか、手錠をかけられ、拘束されている。
「綺麗だな……」
「マスターも、だよ? 結婚式、懐かしいな……」
ブーディカの服は赤い髪と手に握られた真っ赤なブーケが目立つ白いウエディングドレス。
服に散りばめられたバラの模様も美しく、ニッコリと笑う彼女の笑顔はまるで美しいバラに囲まれた様な優雅な気分だ。
「再婚、じゃなくて現界した英霊として新しい結婚ていうのもいいのかな?」
その隣で恥ずかしそうに目を逸らしているメガネ美人、メドゥーサ。
「こ、これは……」
「あ、あまり見ないで下さい……これ、本当に可愛いんでしょうか? 場違いな感じがして……」
着ているのは、胸も尻も強調しているスクール水着。胸の名札には“めどぅ〜さ”と書かれている。
「……悪意しか感じられないんだが」
「幼い感じが良いと言っていたから、本人の希望通りの格好にしただけよ」
そう言ってニコッリと笑うメディアに、俺は何も言わない事にした。
「……所で、メディアは着替えないのか?」
「わ、私は……その……」
顔を赤くし、目を逸らすメディア。顔に、不安の色が見える。
「大丈夫だ。お前になら、どんな服でも似合う。俺が保証する」
「そ、そうかしら……分かったわ、旦那様の頼みだもの……何をご所望かしら?」
「ウエディングドレス、花嫁姿こそメディアに相応しいよ」
俺はそう言って彼女の肩に手を乗せ、抱きしめた。
「ああぁ、幸せです。旦那様ぁ……暫し御時間を……! 必ずや貴方に似合う美しい女になりましょう……!」
そう言って彼女は更衣室に向かい、着替えを始めた。
「ーーマスター、逃げて!」
すぐに聞こえたメディアの叫び。同時にドアが切り裂かれ、2人の女性が部屋に飛び込んできた。
「マスター、見つけたよ」
「マスター、私と共に、ブリテンを救済しましょう!」
「っく、私とした事が……幸せすぎて基点を破られた事に気付かないだなんて……」
「私達の部屋の照明に基点を設置するとはね……流石だよ」
「基点とは、これの事か!」
見れば牛若丸は自らの足を使い、転がっていた自分の刀を天井へと投げた。
壁に刺さった刀が、何かを壊した。
「しまった!」
「女狐、幸せを焦り過ぎて刀を放置したのが仇となったな!」
基点を壊された影響か、次第に意識がハッキリしてくる。
「ああ、恥ずかしい……穴があったら入りたい……」
俺は先程までの事を思い出して、別の意味で顔が赤くなり、手で覆い隠す。
「精神的抵抗を減らす魔術でしたか……所で、覚悟は良いですか?」
怒りに燃えるメドゥーサは魔力で元の服に戻った。
「綺麗な衣装、ありがとうね。でも、マスターとのキスは許せないかな?」
操られていた2人も目を覚まし、まるで主人公側の逆転劇の様な展開だが、忘れてはいけない。
これは全員敵のバトルロワイヤルであり、俺の目的は全員生還。このまま成敗されては困る。
なので、この場をなんとかしなくてはいけない。
「良しメドゥーサ! 魔眼で動き止めて、その間にメディアにスクール水着を着せよう」
ギャグ路線に緊急回避!
「……そうですね。それがいいでしょう。ですがその前に……」
「マスター、本当に結婚、しよっか?」
ブーディカがこちらにブーケと笑顔を向ける。
だがその台詞は駄目だ! NTRはするのもされるのも嫌なんだ!
どうやら全員がメディアではなく俺をターゲットにしているようだ。
「冗談はそこまでです! マスター、私と添い遂げましょう!」
それを剣で阻むセイバーリリィ。目のハイライトが消えているのが怖い。
「君達、私をおいて話を進めないでくれるかい?」
デオンも細剣を構え参戦の意思を見せている。
「マスター、動かないで下さい――」
俺の逃走を警戒して、メドゥーサが魔眼で動きを止めてきた。
「また、体、が……!」
(このままだと、この部屋が、戦場に……!)
だが、誰よりも動くのが速かったのは牛若丸だった。
「――壇ノ浦・八艘跳!」
「二度も同じ手――っ!?」
跳んで、跳んだ牛若丸。警戒していたリリィの剣すらすり抜けて、1度の跳躍で俺を掴み、2度の跳躍で部屋から消えた。
(は、速い……!)
「マスター! また宝具ランクが上がりました!」
【壇ノ浦・八艘跳び C→B】
「マジですか!?」
「はい! 私、天才ですから!」
(やめて! 泣いているマシュもいるんですよ!?)
誇らしそうに跳んでいる牛若丸だが、1つ疑問が生じた。
「所で、何処に行くんだ?」
「ご心配無く! この牛若丸、マスターとの愛の巣に……」
止まる。牛若丸が止まった。
そう、メディアの部屋の100m先にあるのが牛若丸の部屋だ。今は部屋とは逆方向へと走って広場に着いたが、このまま真っ直ぐ行こうと後ろに下がろうと、廊下は一本道でループしているので他のサーヴァントと鉢合わせるのは目に見えている。
「……仕方ありません」
「え?」
急に覚悟を決めたような台詞。
「急いで! 部屋にいなかったから挟み撃ちで捕まえられるよ!」
ブーディカの声が聞こえる。不味い、前からも誰か来てる!
「主どの、失礼します!」
手で口を塞がれながら、俺は牛若丸に抱きしめられ、跳躍された。
「――」
(天井に、刀で!?)
何と俺を抱きしめた方の腕で刀を天井に刺して、張り付いた。
しかし、これは長くは持たない上に、バレたらアウト、逃げられない。
「そっちは!?」
「いなかったよ」
広場で合流したのはブーディカとリリィの2人。アレで誤魔化せたかは分からないが、メディアが消えていない事を祈ろう。
「他の部屋は? デオンが広場に近い方を調べていますが……」
「こっちもメドゥーサが探してるけど……」
「兎に角探すしかありません! 私はもう一度あちらを!」
「分かったわ!」
急いで走り去った2人。
「……うまく行ったな、牛若丸」
「は、はいぃ……は、早くお、降りましょう……!」
震え、怯えてる。
牛若丸は高所恐怖症なのに、それをぐっと堪えて天井に貼り付いてくれたんだろう。
「っは!」
牛若丸は俺を抱きながら着地し、地面に足を付けた俺はまだ震える牛若丸を撫でた。
「ありがとな、牛若丸」
「あ……あ、主どの! 牛若は頑張りました! もっと撫で撫でをご所望します!」
「まったく……分かったよ」
頭を撫でに撫でた。もう2分は経ったか?
「もっと、もっとです」
「そろそろ移動した方がいいんじゃないか?」
「大丈夫です! マスターに撫でて貰えるなら、牛若はどんな敵が来ても主どのを守れます! ですので、もっと撫でて――」
「――じゃあ、そこから動かないでください」
最後に聞こえた声は俺の声ではなく、牛若丸の背後から聞こえて来た声。同時に、牛若丸は剣の柄で殴られた。
「牛若――っ!!」
「マスター……もうすぐ夜が明けてしまいます。私と共に行くか、そこの狸を含む他のサーヴァントを犠牲に逃げるか、選んで下さい」
まるでアサシンの如く現れたセイバーリリィは、片手にデオンを持って、もう片方の手で剣を背中に傷が見えるデオンに向ける。
マスターを尊敬している、後輩型依存系ヤンデレだったか!
やばい、今までで一番危険なタイプだ!
「っく、不覚……」
牛若丸は刀を取り出し、セイバーリリィに駆け出そうとしている。
「っ! マスター!」
「マスター!」
「っ、あら……!」
そこにメドゥーサとブーディカ、メディアも到着してしまった。
(どうする? メディアの部屋を後にしてから何分経った?)
目に入るのは令呪。
しかし、此処で使ってしまえば明日来る本命の清姫への保険が無くなってしまう。
「マスター? どうします? 私は貴方の答えが知りたいんですよ?」
セイバーリリィが剣を動かす。
「…………っ」
デオンの体もピクリと動いた。このままだと、駄目だ。出し惜しみしている場合じゃ――
「令呪を持って命ずる! 全サーヴァント、他者を傷つける行為を禁止する!」
熱を帯びる手の甲を前に出し、そう叫んだ。
正直、ヤンデレ解除をしたかったが、もし正常に戻ったリリィがデオンを傷付けた事にショックを受ければ、何をしでかすか分からないので、この命令をするしかない。
正直、契約を解除する短剣、ルール・ブレイカーを持っているメディアには使いたくなかったのだが。
熱がなくなると同時に、3画全ての令呪は消えた。
「……う……」
腕が冷め、僅かとは言え初めて魔力を消費したせいか、体の力が抜ける。
だが効果は確かにあったようで、カランと皆の手から武器が落ちる音がする。
リリィの手からそっとデオンの体も落ちた。
「……【応急手当】」
魔術礼装の使い方なんて分からないが、手を伸ばしデオンに治療の魔術を発動させる。
成功したようで、デオンの傷は塞がった。
「良かった……」
「マスター、ご無事で!?」
牛若丸がこちらに近づく。それより先にリリィが俺の前に来る。
「マスター……! ああ、マスター!」
目にハートが見えた気がする。
そして抱き着いてきた。
「マスターの匂いにマスターの感触……ぁあ! 最高です!」
鼻で首の匂いを吸い始め、腕を背中に伸ばしギュッと抱き着く。
「リリィ、貴方!」
牛若丸が怒りの形相でこちらにくるが、それを無視して、リリィも引き剥がして、俺は立ち上がる。
デオンはうつ伏せで倒れながらこちらを見た。
「マスター……?」
「デオン、無事か?」
「……ふふっ、マスターに心配されるなんて、油断しても良い事って起こるんだね?」
「馬鹿言うな。あんなに傷付けば、流石に焦りもするさ」
デオンは傷がまるでなんでもないかのように立ち上がった。
「残り時間5分……マスター、どうしますか? メディアは鎖で繋いでますので宝具は出せませんし……」
「傷つけられないんじゃ、しょうがないよ。後5分、誰と過ごす?」
メディアとブーディカがそう言った。
「じゃあ、メディアと牛若丸とリリィは駄目だ」
「私も、ですか!? 何故です、主どの!?」
「だって牛若丸が俺を2回も攫ったのって、俺を独占する為だよね?」
「ち、ち、違います! 全ては主どのを思っての行動で!」
そう言って牛若丸は俺の背中に抱き着いた。
「なら、私も!」
デオンも俺の腕に抱きついて来た。
「っちょ、待って……」
「何で私のマスターに触っているですか! マスター、私と夜の営みを……」
「純真設定どこ行ったんだ、リリィ……」
リリィも腕に抱き着きながらイケない事に誘ってくる。
「マスター、あーん!」
今度はブーディカがサンドイッチを勧めてくる。
「い、いつの間に……」
「部屋に作っておいていたの持って来てあったの! ほら、口開けて!」
「マスター、口に入れないで下さい! 代わりに私をお食べ下さい!」
「危険です、何が入っているか……」
と言ってはいる2人だが、リリィもデオンも俺から離れるのが勿体無いのか、ブーディカのサンドイッチに手を出さない。
「ブーディカどの、私にも御一つ……」
「おい、牛若丸、お前はいい加減降りてくれ、鎧が重い……」
天然娘は何も警戒せずにブーディカのサンドイッチを食べた。
「美味しいです……何だか眠く……なって…………」
俺の背中から可愛いいびきが聞きこえ始めてくる。
「ほら、マスターも」
「今の見て食べると思う!?」
カチャリ、と俺の首から音がした。
「えっとー、メドゥーサさん?」
「すみませんマスター。せっかくなので捕獲しようかと……」
見れば裁きの間の壁に、首輪で繋がれている。
「……あと数分ですが、私とSM、と言う物を……」
「傷つけられないから無理じゃないかな!?」
「あ、勿論、マスターが私を殴って構いませんので」
「逆! なら首輪はメドゥーサが着けるの!」
「それは承認したと取って構いませんね」
「いや、してないから!」
淡々と何かヤバイ物に誘おうとするメドゥーサ。
おい、横の幼王! なんで顔赤らめて「なるほど……なら私が!」とか言ってるんだ!?
「マスター」
横からデオンに呼ばれた。
「今度はな――」
「――っちゅ。これはお礼だよ」
短いが、確かなキス。
同時に、下から上へと空間が消滅を始めた。
「丁度終わったね」
首輪は俺からすり落ち、デオンが離れる。
「デオン、ずるいです! 私もマスターと――」
「――時間だから駄目だよ」
文句を言いつつもリリィは俺の腕を放してデオンの隣に移動した。
「マスターと添い遂げられませんでした……マスターがヤンデレ好きと聞いて頑張っていたのに……」
あの怖い行動は全部俺の為だった訳ね……それはそれで怖い。
「主どのー、時間切れは大変惜しいのですが、牛若は愛の逃避行を楽しめて、とても嬉しいです」
俺の上から降りてペコリと頭を下げる牛若丸。
「お姉さん、相手にされなくて悲しかったな……今度があれば、ちゃんと胸に飛び込んできてね? ちゃんと抱きしめてあげるから、ね?」
ブーディカが悲しそうな笑顔でそう言った。
「貴方が女の子でしたらもっと可愛がってました。ですが、私が貴方以上に求める男性もいません。できれば、私のレベルをもっと上げてもらえると嬉しいです」
メドゥーサも俺から離れ、ブーディカの隣へ。
「今回の勝者はあたしよね!? マスター、最後は本妻らしく目覚めのキスを……」
迫ってくるメディアだが、全員に止められた。
「それじゃあマスター、最終日での君の健闘を祈ってるよ。残ったのは、アーチャーとバーサーカー、ランサーは女性がいなかったね? 後はエクストラクラスだね」
「令呪は使えませんが、どうか頑張って下さい!」
そう言って彼女達は消え、俺も目覚め始める。
(だけど最後のセリフは、使わせた本人が言うセリフじゃないよ、リリィ……)
口に冷たくも柔らかい物を感じ、意識が段々とハッキリした。
「マスター……お目覚めかしら?」
「……あ……め、メディア!?」
あれ!? 腕が、鎖で縛られて動かない! 目の前に先程消えた筈のメディアがいる!?
「……私が基点を壊された事に気付かないだなんて……そんな筈、ないでしょう?」
「演技だったのか!? いや、幻覚!?」
笑いながら頷く彼女は、右手の人差し指で裁きの間の壁を指差す。
そこには5騎のサーヴァント達が鎖で貼り付けられている姿があった。
牛若丸は白いナース服を着せられ、リリィは黒と白のゴスロリを、デオンは同じ色合いのメイド服。
ブーディカはピンク色の服の上に白いエプロンにベージュのスカート、メドゥーサはセーラー服を着せられている。
(……メドゥーサになんの恨みが……)
「他の子達は無事よ? だってマスターはサーヴァントが傷つく事が一番怖い優しい人ですもの……それでマスター、この子達の感想は?」
(頭が状況に追いつけない!? いつから幻覚だった!? いや、それよりも質問に答えないとーー)
「か、可愛いと、思うよ……」
「そう……所で、誰が一番、可愛いかしら?」
メディアが笑いながら歪な短剣、ルール・ブレイカーを取り出した。
(その質問、俺の意見じゃなくて正解を求めてるよね……?)
「メディアが一番だよ?」
「あら、嬉しいわマスター。そんなに褒めて……そうやって女を増やしていたのですね?」
ルール・ブレイカーを持ったままこちらに来るメディア。
先見えた現在時刻5時24分は6時54分だと思いたい。
「…………う……ん?」
ブーディカが目を開けたようだ。それを横目に、メディアは指を差して何かを唱える。
すると鎖は解かれ、ブーディカは自由の身となる。
(何が狙いだ……?)
「おはよう、ブーディカ」
「……おはよう、メディア。今日も素敵なローブね!」
そう言ってブーディカはメディアに近づき、腕を抱きしめる。
「貴方も今日も一段と可愛いわよ?」
「ありがとー!」
「所で、あの人、誰かしら?」
(あ、これどっかで見た事あるパターンだ。今のうちに弱体耐性のバフを……)
「? ただの魔力タンクでしょう?」
(痛い! 主人公に自分の名前つけて感情移植してたせいでダメージが弱点と特攻並に痛い! 俺はローマ属性持ちだったか……!)
ブーディカの何でも無いような心無い台詞に心を痛めている俺に、さらなる追い打ちが……
「おはよう、デオン。唐突だけど、アレは何かしら?」
「メディアはおかしな事を聞くね? 女の子を戦わせて盾に使う鬼畜ヒモ男でしょう?」
「ッガハァ!?」
「何故生きてるのでしょうか? あのウニ男」
「ッグボァ!!」
デオン、メドゥーサの連続罵倒に心はズタボロ。やはり、俺の心は硝子だったか……
「マスター……いかがでしょうか? 彼女達は好意の裏でこんな事を考えていたのよ?」
こ、殺せ……殺してくれ……!
「それは出来ない命令ね。
さて、対魔力のランクが高い2人は少々手こずりそうね」
(だ、脱出不可能……目の前では百合NTRハーレム…………寝るしかない……)
見るな、と言われて呆然とする寝とられ男とは一味違う。見たくないものからは全力で目を背けよう。
「マスター……気分が優れないのですか? ご心配無く、メディアは何時も貴方の側にいます。苦しいなら、貴方を優しく包みましょう……」
(そんな吊橋効果に釣られ……)
体の内側から不自然に溢れ出る安心感。昨日感じた不安感と似た感覚だ。
「ま、魔術で安心させようとしても……む、むだぁ、だがら……」
しかし、涙が止まらない。目の前の存在が悪意が無い者に、女神に見える。
「ま、じゅづで、なんども、ばんども……おぼいどごりじいぐどおぼっで……」
悔しい、しかし、目の前のメディアがこの世で一番優しい存在だと、体が受け入れ、心は揺れる。
「可愛いわよ、マスター。その涙に濡れた顔も、とても素敵よ。良いわ、好きなだけ泣いて頂戴」
「あ……リ、リリィ……」
女神の腕に堕ちる瀬戸際に、リリィが目を覚ました。
(駄目だダメだダメダ)
(聞くな、聞いたら堕ちる)
「リリィ、貴方にとって、マスターとは? この、みっともない泣き顔のこの男は、何かしら?」
メディアが笑いながらそれを聞く。
駄目だ。それを聞けば俺は本当に――
「マスターは……私にとって――」
「大切な――」
「――主どのは主どのです! 未熟者の私を怒らず撫でてくれる、最高の主どのです!」
リリィの言葉に割り込み、そう叫んでくれたのは牛若丸だ。
「ちょっと、空気読んでください! 今のは私がマスターを肯定する場面ですよ!」
「目が覚めたら主どのが女狐にイジメられているのですよ! これを怒らなければサーヴァントではありません!」
涙が、止まった……
「っく……対魔力が高いせいなの!? でも、理論上はAランクでも堕ちる筈なのに……!」
「メディア、貴方のマスターの心を堕として、現実でも夢中にさせる作戦、ここに潰えました! 所詮、夢は夢。眠りから覚めるまでの短い時間でしか、記憶に残らない物です!」
「トラウマを植え付けてでも愛してもらおうとか、女狐はやる事が恐ろしいです!」
流石にここまでネタバレされれば、百年の恋、いや、神代からの恋も冷める。
「こうなったら……ブーディカ、デオン、メドゥーサ! あの2人を殺しなさい! もう令呪は切れている! 出来る筈よ!」
「うーん……冷静になったら、唯の魔力タンクに抱き着かせたり、膝枕をしてあげようなんて思わないよね」
「そもそも、私は例えマスターがどうしようもない鬼畜ヒモ男でも、矯正して、忠誠するって決めているんだよ? 先ずは、マスターをダメにする魔女さんを倒そうかな?」
「私は、ウニは海藻よりも好きです。あと、今のマスターより嫌いなマスターがいます。よくよく考えれば、貴方の事も、別にそんなに好きではありませんね」
「っな……!?」
作戦もプランBも完全崩壊、残り時間はあと3分。体感時間はもっと短い。
「メディア、もう終わりだよ」
「…………う、うわーん! 私だって、素敵な旦那様と添い遂げたかったのよー!!」
最後に情けないアラサー女性の叫びを聞きながら、俺は悪い夢から覚める事が出来た。
「っふぁー、よく寝たぁー……なんか、腕が痛い気がする」
目が覚めたらガチャメンテナンスも終了し、アルジュナとカルナのピックアップも始まっていた。
無課金勢の俺も今回の詫び石で引いてみようかと悩む。
「さて……引くべきか引かざるべきか……あ、水滴……俺の涙か?」
FGOのタイトル画面には一粒の水滴が落ちていたが、直ぐに拭いた。
果たしてそれは、俺の涙か。それとも……
ヤンデレってタグの小説を読むと大抵主人公を長台詞で圧倒してたり、暴力で畏怖させていたりするけどそれはヤンデレじゃないと思うんだ。
個性と狂気と愛、その全てを平等に振り分ける事が、ヤンデレなんだと自分は思う!!
(なお、個性を活かしているかと言われると自信がない模様)
因みにね、今回のキャラを自分が好きな順に並べると
牛若丸>デオン=リリィ>ブーディカ>メドゥーサ=メディアなんだ。
とてもそうとは思えない内容だよね。