ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
活動報告でコラボイベントが原因で遅れるかもとか書いたけど、別にそんな事なかったぜ!
「先輩! 一緒に帰りませ――」
「キダの奴なら帰ったよ」
(またですか……)
夏休みが終わって暫く経った。先輩は私から逃げる事が多くなった。
休み時間には教室におらず、登校時間も下校時間にも会わない。
朝5時から待ち伏せしたにも関わらず、裏口から逃げ出される始末。
(ヤンデレポイント、溜まっていく一方なんですけど)
理由はわからない。チャットはブロックされ、携帯にかけても繋がらない。メールも無視されているのか返事が帰ってこない。
(何なんでしょう? いい加減、我慢の限界です!)
「……はぁ」
夏休みの終わりに、人生初の失恋をした。
相手は一年上の先輩。長い黒髪、物腰柔らかく大和撫子と呼ぶのに値する人だった。
偶然出かけた先で2人きりになれたので勢いに任せて――告白なんかした事は無かったが、したら見事に振られてしまった。
理由は、既に俺に彼女がいるから。
そりゃあ、エナミと一緒にいる事が多かったが付き合っている訳では無いと誤解を解こうとした。
「彼女さんと喧嘩したの? 相談に乗るよ?」と言われ全力で否定したが、二股しようとしたと誤解され頬にビンタを喰らって無様に初恋は破れた。
それから結構経ったが未だ心の痛みが引く様子は無く、視界にエナミを入れるのも嫌になった。
最近ではヤンデレ・シャトーでサーヴァントに迫られるのも虚しくてしょうがない。
「寝るかな……」
「今回は普通のデートだ」
「それは良いんだが……昨日と一昨日の記憶について詳しく」
「いや、その2日は何も無かったぞ?」
「いやいや、それ絶対嘘だろ」
どうもアヴェンジャーは俺をそれで誤魔化せると思っている様だが、どう考えてもこの2日間俺はヤンデレ・シャトーから生還できていないようだ。
こんな精神状態でヤンデレのヘイト管理なんて真面目に出来る筈がないし。
「とにかく、さっさと逝ってこい」
喧騒響く街の中、どうやらデートは既にセッティング済みらしい。
「お待たせ致しました、ま・す・た・ぁ」
背中にふわったとした髪の感触を感じると共に抱き付かれる。
「とっても楽しみでした、マスターとのでぇと……楽しみで夜も眠れず夜這いをしようかと考えてしまいました」
そんなはしたない事をニッコリと笑いながら言ったのは、バーサーカークラスのサーヴァント、FGOヤンデレ筆頭の清姫だ。
「それはまた……とんでもないステップアップだな」
頬を染めながらも笑う清姫から離れながら、俺は向き合った。
「……?」
「それで? どこに向かうんだ?」
「それでは……まずは駅に向かって電車で移動しましょう。山に向かいます」
どうやら街の中でデートでは無いようだ。
俺は駅の方へと体を動かし移動し始める。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
電車に揺れて揺らされ清姫の隣に座っているが、落ち着かない。
「マスター、愛してます」
「大好きです」
「ずーっと……愛し合いましょう」
「永遠に、一緒です」
寝たフリをしようと目を閉じて両腕を組んでいたら、耳元で愛を囁かれ続けていた。
ねっとりとした声が耳の奥へと侵入し鼓膜を撫で回す。
「……清姫、静かにしてくれないか?」
「ふふふ、夜に貯まったマスターへの愛を全部吐き出しています」
彼女の顔がまだ言い足りないと言っている。
「……いや、本当に、出来れば寝ていたいんだけど……」
「それでは、マスターの安眠の為に私が安眠ボイスをお届け致します」
言っても分かってくれそうに無いので、イヤホンを耳栓代わりにして再び眠りについた。
「…………」
それから数分で目的に到着した。
「さあマスター、行きましょう」
「おう……所でその荷物は何処から?」
見れば清姫の背中にはパンパンに膨らんだカバンが背負われている。
「秘密です!」
「さいですか……」
理解する必要も無いだろうと俺は山への道を見る。
「あっちか?」
「はい、行きましょう」
まだまだ緑の生い茂る山を見つつ、コンクリートの道を歩き始めた。
だが、すぐにその足は止まる。
「……所でマスター。最近、恋をしませんでしたか?」
「っ!?」
本気で驚いた。何故気づかれたんだと疑問に思ったが、直ぐにそれがどうでも良くなる。
「当たっているようですね。
私、非常に悲しいです……」
扇子を片手に悲しく嗤う彼女に恐怖を抱いた。
弁解するより先に降参したのは生存本能だった。
「【瞬間強化】!」
全速力でその場から離れていった。
「っはぁ、っはぁ……」
やってしまった。
あの場で逃げると言う行為は清姫の疑問を肯定した以外の何物でもない。
サーヴァント相手に逃走は一番不味い選択肢だ。スタミナも速力もバケモノなのだから。
人間である俺が取れる手段の中でも一番の愚策だ。
「と、兎に角、一旦駅へ!」
無我夢中だったがなんとか撒いたようだし、知らない町中で逃げ回るよりも駅で遠距離移動した方が懸命だ。
走りは瞬間強化込みでほぼ互角だ。見つかれば捕まるのは時間の問題。
「急ぐぞ……」
乱れる息を適当に整え、駅に向かう。
辺りを見渡し、時には背後や頭上すら確認して最大限に警戒しつつ移動した。
幸い、距離的にはそう遠くも無く、肉眼で駅を捉えるのにそう時間は掛からなかった。
「駅だっ!?」
だが、そこには当然の如く清姫が待ち伏せしていた。
それはそうだ。俺が同じ立場なら長距離移動の電車は絶対に使わせない。
「っく!」
だが、清姫は1人だけ。彼処で待ち伏せしているのであればこちらを追う事も出来ないだろう。
幸いな事にこちらに1ミリも気付いていない様だし――
「――逃げ切れると、思わないで下さいまし」
背後からの予想外な声に、とっさに振り向いた。
「ま・す・た・ぁ?」
声の主との距離は、30センチも無かった。
「うわっ!?」
随分情けない声が出た。
「こんなにあっさり追い着くとは思ってもいませんでした」
「き、清姫……」
「覚悟して下さいねマスター? 私、今回は本気で怒ってますからね?」
今まで感じた事の無いような怒気と殺意を滲ませ、清姫はコチラを強く睨む。
肩を捕まれ、振り解く事も出来ない。
次に来る痛覚を想像し、目を閉じた。
「……」
「……!」
「…………」
「…………!」
「………………」
「…………?」
何も来ない事を不思議に思い、目を開いた。
「っ!?」
心臓が口から出そうになった。
目を開けたらそこにあったのは清姫の目だったからだ。
「閉じないで下さい」
「しっかりこちらを見て下さいまし」
清姫の言葉と凄みに圧倒され、その瞳をジッと見つめる。
「……マスター、まだ答えを聞いていませんでしたね?
最近、恋をしませんでしたか?」
「……は、はい……」
圧倒された俺は素直にそう答えた。
「失恋、したんですね?」
「……は、い」
それを聞いた清姫は、暫く同じ態勢でこちらを見ると、不意に力を抜く様に溜め息を吐いた。
「……はぁ……」
その溜め息から彼女の安心感を感じた。
「マスター、何故私がそこまで理解できたか、分かりますか?」
「いや、全然……」
「私への返答と相槌が適当だったからです。マスターは失恋の悲しみから、自分勝手に迫ってくる私達に苛立っていますね?」
俺は黙った。返答せずとも分かるくらい図星だったからだ。
「……マスターは、恋する理由をご存知ですか?」
「……好きになったから、じゃないのか?」
若干照れながらも、俺はそう答えたが清姫は首を振った。
「それは少々キレイな言い方です。恋とは、期待した時に始まります」
「期待?」
「“あの方はこの世界で一番美しい人だ”、“あの人はきっと自分を好きになってくれる”、“あの人とお付き合いしたい”。そんな、傍から見れば随分勝手な期待から始まるのが、恋です」
そう言われて少しムッとする。こちらが勝手に期待した点には確かに同意するが、それでも純粋にその人が好きだという気持ちはある。
「自分の恋の美しさや儚さを誇ろうとするのも、自分の恋はそうであると言う期待、何も変わりません」
そう言われたら黙るしかない。
「ですがマスター、失恋も同じ事です。恋が相手への期待ならば失恋は自分の期待への裏切りです。“美しくなかった”、“完璧ではなかった”、“自分など眼中になかった”」
「……結局、何が言いたいんだ?」
急に恋についての理論を言われてどう反応すべきか分からなくなった。何を伝えたいかも、分からない。
「失恋の責任を他人に擦り付けてはならないと言う事です」
おい、生前の自分を見た事あるか?
「マスターは私に何を言ってるんだと思っているでしょうが、この他人とは第三者の事です。私達や他の人は貴方との失恋とは一切関係ありません」
いや、それはない。エナミが俺の近くにいたのが失恋の原因であるのは間違い無い。先輩の口からそう言われたのだから。
「マスターは誰かが告白した際に断りたかったら、欠点を指摘するのと自分や相手の周りの問題を指摘する、どちらが相手を傷つけないと思いますか?」
「……それは、後者だろうけど」
「マスターの好きになった女性です、さぞお優しい方なのでしょう。当然最初に指摘するのは問題点でしょうね」
まあ、最もな指摘だったのは確かだ。
「だけど、俺の失恋の原因は間違いなく第三者で――」
「――マスター、私、生前であんな事になりましたが失恋はしていませんわ。
だって、生前の安珍様嘘を吐いても、生まれ変わった安珍様は決して嘘を吐かないと信じていましたのですから」
なんて自分勝手な期待! これがヤンデレなのか。
「失恋とは、恋を諦めた時点で失恋です。諦めなければ失恋ではございません。
マスターが少女趣味なら叩きましょう。
マスターが熟女好きなら絞りましょう。
マスターが同性愛者なら掘りましょう。
マスターが余所見をしたら焼きましょう。
自分の期待に相手を重ねるのが恋ならば、染めてしまうのが愛と言うものです」
「何かイイ事言ってるみたいになってるけど、言ってる事全部最低だからな!?」
「フフフ、ほら……そのツッコミこそ私の望むマスターです」
そう言って清姫は俺の肩を掴んだ。頬が先より赤い。
「人間らしく戸惑い驚き、それを口にするのが私の慕うべきマスターです」
肩から頬へと両手が伝う。清姫の鼻息が荒い。
「いや、なんかいきなりヤンデレ展開に持ち込もうとしてる!?」
「さあ、染め上げてしまいましょう。私色に……」
「【緊急回避】! 【瞬間強化】!」
するりと抜けると一目散に逃げ出した。
「そう言えば駅にいた清姫は……!?」
見ればもう1人の清姫が駅の前で立ったままの状態で横に倒れていた。
「折りたたみ式の等身大パネルです」
「あのデカイ荷物の中身アレだったのかよ!?」
謎は解けたが無茶苦茶だ。と言うかアレが等身大パネルだって気付かなかったのか俺ぇ……
「て言うか、清姫の声が近い気がするんですけど……」
あんまり見たくは無いが俺は足を動かし続けながら横へと視線を移した。
「ま・す・た・ぁ?」
そしてあっさり捕まった。
「マスター、あのキレイな小鳥はなんでしょう?」
「さぁ……図鑑でも後で借りようか?」
捕まった俺に清姫が出した条件はデートを続ける事。腕にはしっかり手錠がかけてある為、逃げれない。
「あ、あちらには紅い紅葉が……」
「まだ夏が終わったばかりなのに、早いな」
「そうでした、私ったらすっかり忘れていまいした」
そう言って清姫は例のカバンを開くと中から小さな槍を取り出した。小さなゲイ・ボルグに見えるそれを清姫は躊躇いなく自分の首筋に刺した。
「うぉ……!」
同時に体が輝き、光を放った。それが収まると清姫の着物が紅の色に紅葉の模様が入った秋らしい物に変わり、髪の毛はポニーテールに変わった。
「秋をイメージしたアサシンクラスの清姫です」
どうでしょうかと言いながらその場でくるりと回転する。
舞い散る紅葉の様な美しさだが、燃え盛る炎の様な危険も感じられる気もする。
「因みに武器は扇に付けられた仕込み刃です」
「アサシンっぽいな」
「気配遮断スキルももちろんありますよ。体に抱き付かれるまで気付かないAランクです」
スニーキングと合併してとんでもない暗殺スキルに変わったようだ。
「ですから、今日はずっと手を繋いで離さないで下さいね?」
そう言って俺の手に触れ、しっかりと握った。
「離しても直ぐに抱き着いてくるんだろ?」
俺がそういうと清姫は笑った。
「当然です。マスターが私を離そうと、私が伸ばせば、この恋は決して終わりませんから」
笑った彼女からは、秋に散る紅葉の儚さを感じず、やはり燃え続ける炎の方がよく似合ってると思えた。
「先輩! 今日一緒に登校しないと拉致監――」
「――何犯行声明してんだ、遅刻するぞ?」
結局、結構悩んだが、あの先輩の事は諦める事にした。エナミがいる間は、恋なんて出来そうに無いし、俺までヤンデレになるのは御免だ。
「ヤンデレポイント幾つ溜まってると思ってるんですか!?」
「新しい店のケーキバイキング、行きたくないか?」
「毎回そんな物に釣られると思ってるんですか!? 口移しでお願いします!」
「断固断る」
もう少しだけ、今は他人から愛を貰って求められる立場に甘える事にしよう。
ヤンデレ・シャトーを攻略せよ
完(嘘)
我ながらいい最終回だったと思いました。(過去形)
さて、次の話の資料の為にも6章クリアしないと……(遅い)