ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】   作:スラッシュ

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UA25万記念企画、第一弾。

当選者は 陣代高校用務員見習いさん です。




結構普通なデート、再び 【25万UA記念企画】

「――そこをなんとか、お願いします! ワンモア、プリーズ!」

「むぅ……」

 

 しかめっ面のアヴェンジャーに、ランサークラスのタマモが懇願していた。

 

「……仕方あるまい」

「やっりぃ! 言ってみるもんですね!」

 

「(まさか自分から此処に来る様なサーヴァントがいるとは……月での影響か?)」

 

 アヴェンジャーは溜め息混じりに急遽悪夢の内容を変更し始めた。

 

 

「デート?」

 

「ああ、相手は一応1人だ」

「それ少し前もやっただろう?

 あ、これは俺の予想だけど清姫の前にも誰かとやって俺死んでなかった?」

 

「……勘が良いな。まあそう言うな。どうしてもしたいと言って聞かない奴がいてな……」

 

 アヴェンジャーが指を鳴らす。するとその後ろから人影が姿を表す。

 

「じゃじゃーん! マスター! 愛しのユアワイフ、タマモちゃん、参・上・です!」

 

 騒がしく登場したタマモを迷惑そうな顔で見る。

 

(えー、俺コイツの相手するの?)

 

 アイコンタクトで拒否したいと念を送る。

 

「文句は受け付けん。お前に受ける以外の選択肢は無い」

 

 アヴェンジャーにそう言われ、頭を垂れた。

 正直もうデートは勘弁なのだが……

 

「マスター! ビーチで開放的にイッちゃいましょう!」

 

 笑顔のタマモに既に精気を吸われている気がしながらも、俺の周りの風景は変わって行く。

 

 

 

「……玉藻さん……やはり貴女は敵ですね……!」

「マスター……私とも、デートして欲しい……」

 

 急遽起こった悪夢の変更で清姫、静謐は出番を取られ怒りを燃やしていた。

 

「マシュさん、行きましょう!」

「え……ですがアヴェンジャーさんから出番は無いと……

 それに最近、声が変わったので私には暫く登場は無いとも……」

 

「先に邪魔したのはアチラです! 私達がマスターの目に止まらなければ妨害しても問題ありません!」

「私、行きます……!」

 

 清姫に引っ張られる形でマシュと静謐は今回のデートの妨害を決意する。

 

「私のストーキングではタマモさんに気づかれてしまいます。先ずは静謐さんにマスターの監視をお願いします」

「はい……!」

 

「先輩は、私の物、私の先輩、私のマスター……」

「マシュさん、ボイストレーニングは程々にして、妨害の為の作戦を練りましょう。せっかくの海ですし、水着に着替えましょう」

 

 

 

「さあマスター! 此処が私達のデート場所! 青い海! 白い砂浜! プライベートビーチですよ!」

 

 タマモは両手を広げて喜んでいるが、俺は逆にテンションが下がる一方だ。

 

「水着無いんで帰っていいですか?」

 

 俺はクルリと背中を向けるがタマモは素早く近付き肩を掴む。

 

「お待ち下さい! って言うかそのネタ前にもやりましたよね!? 本当に覚えてらっしゃらないですか!?」

「いや、知らないし、覚えてないし……」

 

 やっぱり前にもタマモとデートしたのか……て言う事はつまり……

 

(タマモに殺されたんだな、俺……)

 

「さあさあ、例の礼装変更機能でパパっとブリリアントなサマーに!」

「まだゲームじゃ使ったこと無いんだけどな、この礼装」

 

 溜め息混じりに対熱帯地帯礼装へと変更する。うん、どう見ても水着だ。

 

「マスター! 先ずは定番のオイルです! 塗ってもらえないでしょうか?」

 

 パラソルを刺し、シートを広げたタマモはそこに寝っ転がる。

 断る理由は無い。無いはずだが…………

 

(気のせいだろうか。何やら遠くの、主に100m程離れた岩陰から視線を感じる……)

 

「……いかが致しましたか、マスター?」

「あ、いや……何でも無い……何でも」

 

 気にはなるが、一度死んでいるんだ。タマモに集中するべきだろう。

 オイルを両手で温め、背中に塗る。

 

「むぅ、冷たくない……喘げないじゃないですか!」

「何でそんな事に拘るのか……」

 

 何故かお約束を完遂しようとするタマモにツッコミ入れつつ、背中に塗る

 

「あっ……ん、ふぁぁ……」

「いや、背中に塗ってるだけなんですが……」

 

 無理矢理喘ぎ始めたタマモを見て手を動かすスピードががっくりと下がる。正直若干引いている。

 

「そこは……らめぇ――」

「――はい終了」

 

 サッと終わらせ、タマモから離れる。

 

「あん……マスターの意地悪……」

「やかましい」

 

 これ以上は勃ってしまいそうなので俺はタマモから逃げる様に海へと向かった。

 

(不味いな……どうも最初からペースに乗せられてる感じがする……このまま好き勝手にされるのは御免だ)

 

 支配欲に塗れたメディアとは違い、行動や態度でこちらを困らせる、ヤンデレでは無くともどうも苦手なタイプだ。

 

 掴み所の無い、逆にあちらからはこちらを掴み放題。こちらが怒りや不満の色を示せば離れるが、それも一時的になだけだ。

 しかもヘイトを溜めれば爆発する爆弾すら抱えている。

 

 言うなれば、防御アップに必中、攻撃ダウンのデバフにHPが減ると無敵&攻撃アップである。

 

「……駄目じゃん」

 

 どうしろと言うんだ。いや、必中が無敵貫通じゃないだけましか。

 

「マスター! 待って下さいましー!」

 

 考え事をしている間にもこちらに笑顔で近付いてくるタマモ。

 

「海のお約束、水の掛け合いっこをしましょう!」

 

 さぁさぁ、と何故か先よりもテンションが高いご様子だ。

 現在水深は膝まで。さて、これも付き合ってやるべきだろうか?

 

(不満が多すぎても、好感度を上げ過ぎるのも駄目なんだよな……)

 

 好感度を上げれば押し倒されてテクノブレイクであの世行き。

 不満が爆発すれば拷問のバッドエンドだ。死だろうと痛みだろうとどちらも勘弁だ。

 

「いや、俺泳ぐから」

 

 少し悩んでから拒否し、深い場所に向かう。先は喜んでたし、ここで少し下げるべきだ。

 

「ご主人様ぁ……っ!?」

 

 適当な深い所まで行き、潜ると透き通っている海の中を泳いだ。夢の中だからだろうか、呼吸が無限に続きそうな気がする。

 

(の割には、デープキスされると息苦しくなるんだよなぁ)

 

 良く分からない夢に頭をひねりつつ、まあ良いかと呼吸の為に頭を水中から出す。

 

「マスター……? ご無事でしょうか?」

「っぷはぁ……ん? 何が?」

 

 頭を出すとタマモが何故か小さめなゴムボートの上からこちらを覗いていた。

 

「(水中に毒物が撒かれているようですが……ご主人様はご無事な様子ですね。ご主人様が移動した範囲から毒が広がっている様にも見えますが……)」

「どうした、タマモ?」

 

 難しい顔をしたタマモにそう問いかける。

 

「いえ、何でもございません! ちょっとお待ち下さいね。毛並みの崩れない呪符を貼り替えますので」

 

 そう言ってタマモは御札を取り出すと自分のデコに貼った。

 

「冷えピタ……?」

「ミーコン!? いえいえ、そんなちゃちな物じゃありませんよ!」

 

 呪符を貼ったタマモは水に入る。何故か慎重な様子だ。

 

「……大丈夫ですね」

「?」

 

 タマモの呟きに首を傾げる。

 

「隙アリですよご主人様ぁ!」

 

 油断しているとこちらに甘えた声で飛び掛かってきた。

 

「うぉ!?」

「ふふ……捕まえましたぁ……」

 

 胸を左腕に押し付ける様に抱きついてタマモに驚く。ガッシリ掴んで放さない様だ。

 

「ささ、ご主人様ぁ、どうかタマモの美しくハリのある肌を、体を、たっぷり堪能して――」

 

 ドォーン、と鐘の様な音が突然聞こえた。

 

「?」

「あひゅう!?」

 

 音に釣られ振り返ったと同時にタマモの情けない声が聞こえてきた。

 

 急いで左に視線を戻すと例のデコに貼られた呪符が外れ、腕に抱き付いていたタマモが離れており、何やらおかしな状態になってる。

 

「だ、大丈夫か!?」

「か、体が、痺れ……あぷぅぷぷぷ……」

 

「おい!? ちょっ!?」

 

 俺はタマモの体を急いで担いで、先までタマモの乗っていたゴムボートに急いで乗せた。

 

 

 

「成功です!」

 

 岩陰に隠れていたマシュは控えめにそう叫んだ。その両目は双眼鏡を覗いている。

 

「ふふふ……毒を撒けば対策をして入ってくるのは読めていました。少し気を逸らせばマスターの側にいる静謐のハサンさんが呪符を外す……上手く行きましたね」

 

「宝具級の麻痺毒です! これで暫くは動けないと思われます!」

 

 2人はタマモが行動不能に陥った状況に喜ぶ。

 静謐のハサンも気配遮断を維持しつつ、己の主の側で作戦の成功を喜んだ。

 

「(これで、あの2人も此処には来れない筈……マスターを、独り占め……)」

 

 が、彼女の中では良心が渦巻き、葛藤していた。

 

「(良かった、の? タマモさんの邪魔をして……ううん、これで良い、筈……)」

 

 

 

「おいタマモ! しっかりしろ!」

 

 流石にこうも様子がおかしいと心配になる。先の倒れ方も明らかにおかしかったし。

 

「……じゅ、呪符を……」

「先の御札か!」

 

 ボートから先までいた場所を見る。

 呪符は少し遠くに流れていたが、十分取れる位置だ。

 

「よっ!」

 

 ボートから降りてなるべく急いで呪符を掴むと、すぐさまボートに戻った。

 

「ほら、デコに貼るぞ」

 

 髪を退かし、タマモのデコに呪符を貼り付けた。

 

「ぅー……タマモ、ふ・っか・つ・です!」

 

 貼り付けて2秒後には立ち上がり、飛び跳ねてポーズを決めるが足が震えているので強がっているのがすぐに分かった。

 

「っほい」

「ひゃん!?」

 

 震える足に斜め45度の角度からチョップを浴びせると、タマモはあっさり倒れ込み、ボートを揺らした。

 

「良いから大人しくしてろ。俺が後ろから泳いで浜まで運ぶ」

 

 降りた俺は見た目だけ立派なオールの無いボートを両手で押しながら浜へと泳いだ。

 不自然な波の動きも手伝ってか、数分で辿り着いた。

 

「えへへ……マスターの背中……」

「おい揺らすな、落とすぞ」

 

 こんな時でもあざといアピールを忘れずに、タマモは胸を押し付ける様と体を動かす。

 

「ほら、着いたから降ろすぞ」

 

 シートにそっとタマモを降ろす。

 

「ありがとうございます、マスター」

「……で、何があった?」

 

「……じ、実は……」

 

 タマモは俺に海中に毒が撒かれている事、対策の為の呪符を剥がされモロに浴びた事を説明した。 

 

「もしかして静謐か……?」

「分かりませんが……もう、私とマスターの貴重なデートが台無しです!」

 

 怒ったタマモは震える腕で呪符をもう一枚体に貼り付け、目を見開き勢い良く立ち上がった。

 

「これでよし! こうなったら何処のどなたかは存じませんが羨ましがるほど楽しみましょう!」

 

 

 

「羨ましい……先輩に抱っこされるなんて」

 

 普段からマスターを守る立場であるマシュは涙が出そうなほど岩陰で悔しがっていた。

 

「もっと妨害しなければなりませんね……静謐さんには一度戻ってもらいましょう」

 

 清姫が海へハンドサインを出す。

 

「……戻りました」

 

 合図を出した時とほぼ同時に静謐は清姫達の前に現れた。

 

「次の妨害です。恐らく警戒して海中には戻らないでしょうし、次の行動は恐らく……」

 

 

 

「ビーチバレーをしましょう!」

「パラソルの隣にネットが張られていたから予想はしていたが……」

 

 小さなコートでネット越しにボールを構えるタマモを見る。

 て言うか、スポーツでサーヴァントに勝てるのか?

 

「ではではご主人様? 1つ賭けませんか?」

「え、嫌だけど?」

 

 悩む時間などなく即答だ。なんせ一説ではEランクは平均的な一般人、Dは人間の限界、Cから上は化物なんて言われている。

 俊敏Aランクに、Eランクより少し下程度の人間が勝てる訳がない。

 

「賭けの内容位聞いてもいいじゃないですか!」

「……言ってみろ」

 

「私が勝ったらマスターに夜這いします♡」

「却下!」

 

「ですが勝負は無情にも始まってしまうのです!」

 

 突然凄まじい勢いでサーブをかましたタマモ。

 投げたボールより上へと飛んで下斜めの角度から迫るボール。最初から全力スマッシュとは、流石狐、やっぱり汚い。

 

(今は儚き雪花の壁……!)

 

 が、ボールはネットの上でタマモ側のコートへと反射し、地面へ接触した。

 

「……はい?」

「よし、先制点だな」

「いやいや、今のは明らかに不自然でしょう!?」

 

 うん、それには同意する。

 

「しょーぶとはー、むじょーにもはじまってしまうのでーす」

「っく……! マスターの番ですよ!」

 

 サーブは俺へと移る。

 

「っほい!」

 

 軽く上げたボールを手の平で打ち上げた。

 なんの問題も無くネットの上を通過し、タマモのコートへ。

 

(恐らくマシュさんの盾スキルによる妨害……先よりも高くボールを打てばご主人様のコートに届く筈……!)

 

「打ち上げます!」

 

 タマモは多少無理矢理なレシーブでボールを打ち上げボールをはるか上空へと飛ばす。

 

 このままだと着地地点の割り出しが困難でなおかつ、落下分の威力が加算されたボールを止めなくてはならない。

 

「……良し!」

 

 太陽の眩しさで少し手間取ったが割り出しは出来た。後は撃つだけだ。

 

「っく、っらぁ!」

 

 何とか一番受け止めやすいレシーブでボールをタマモへと返す。

 

「【シーハウス・シャワー】!」

 

 腕の痛みもブリリアント・サマーのスキルで和らげ、次のボールの動きを見る。

 

「もらい、ました!」

 

 しかしそれを読んでいたタマモはレシーブで高く飛んだボールを跳躍でブロックする。その勢いで呪符が飛ぶがなんの問題もない様だ。

 

「ま、だ! 【ランブル・パーティ】!」

 

 クイック性能上昇、つまりは素早さが上がると見た俺は発動したスキルの恩恵で落ちてくるボールをギリギリで返した。

 

「しまっ!」

 

 空中から落下中だったが急いで返したタマモだが、どうやら例の見えない壁に阻まれ、ボールはタマモのコートへと落ちた。

 

「――って、やっぱりズルくありませんかコレ!?」

「お前が言うな」

 

 

 その後、ギリギリだったものの俺が5点を取りタマモに勝利した。

 

「それではご主人様? タマモ、ご主人様からの夜這いを楽しみに待ってますね?」

「いや、行かないよ?」

 

「ではでは次はスイカ割りです!」

 

 まだまだ元気が有り余った様子のタマモは何処からかスイカを取り出して棒切れを手に持つ。

 

「あ、目隠しをしないといけませんね! 私が先にやりますのでマスター、目隠しをお願いします」

「分かった」

 

 言われるがままタマモのタオルを手に取るとタマモの後ろに周りタオルを目に当てた。

 

「何か、イケない事をしているみたいで興奮しますね? エロ同人みたいな」

「いや、全然」

 

 タマモの通常運転な発言を受け流し、キツく目隠しをしておく。

 

「じゃあ回って回って……」

 

 十数回程その場で回って若干ふらふらになりつつタマモは1歩踏み出す。

 

 もう1歩、また1歩。更に2歩。

 

 後ろに1歩、2歩、1歩後退る。しかし、タマモは距離を詰める。

 

「おい、スイカ狙えよ!?」

 

 俺との距離を。

 

「大丈夫ですよ大丈夫!

 このマジカル(呪い)・ステッキ(物理)でマスターの記憶をちょろーっと改ざんするだけですから!」

「スイカ割りはどうした!?」

 

 急になんて強引な手段を選んできやがったんだ。逃げないとヤバイ。

 

「ぐへっへ……許婚、唯一の理解者、良夫婦関係……夢が広がリングです!」

 

 遂に本来の目的であるデートを忘れ、力ずくで襲い掛かってくるタマモから全力で逃げ出す。

 

「目隠ししてるとは言え敏捷Aランクの私から逃げられると思わないで下さいな!」

「くっそぉ!」

 

 水の中へとダイブ。だが、もう捕まる寸前だ。

 

「マスター、捕まえ――っひゃう!? あっぷぶぷ……!?」

 

 突然、タマモは痙攣すると体ごと水の中へ落ちた。

 先のビーチバレーで呪符が外れていたお陰で、毒が回ったようだ。

 

「……ふう、助かった……」

 

 マジカル・ステッキとやらを適当な岩の向こう側に投げ、念の為に頭を外に出しつつタマモを海水に漬けてからシートへ運んだ。

 

 後でバケツで水を汲んで麻痺毒を掛けれるようにしておこう。

 

 

 

「清姫さん、大丈夫ですか!?」

「ま、マスターがいっぱいぃ……ぃい……」

 

 先程マスターによって投げられた棒切れは清姫の頭に命中した。

 

 耐久ランクは通常の状態でE、水着がDなので多少の神秘を纏った棒切れでも命中すれば彼女にダメージを与えるには十分だった。

 

「どうしましょう……清姫さんが気を失ってしまったせいで次の妨害が……ですが、しばらくは問題なさそうですし……」

 

 マシュはあたふたするが、タマモもダウンしているので一旦落ち着き、清姫の回復を優先する。

 

「静謐さん、まだマスターの側にいるんでしょうか?」

 

 

 

「っふー……色々ヤバかったなぁー」

 

 タマモをシートまで運んで漸く落ち着いた俺はタマモのバックをあさる。

 この後の事を考えて先に危ない物は没収しておこう。

 

「おにぎり……塩、水の入ったペットボトルに……何だこの怪しい液体の入った容器や粉は……?」

「媚薬や、精力剤の様です」

 

「そんな物を海に持ってくるな……?」

 

 チラリと後ろを見る。しかし、誰もいなければタマモも眠ったままだ。

 

「……気のせい、だと良いんだが……」

 

 俺はおにぎりの入ったタッパーを開け、塩をかけて食べた。

 

「薬があるって事は後で入れるつもりだったんだろうし、さっさと食べて置くか。もう昼過ぎて結構経ったし」

 

「これが、おにぎり……美味しい」

 

 先から、幻聴(だと良いな)が良く聞こえて来る。自分では分からないが相当参っている(だけだと良いな)様だ。

 

 

 

「ああ!? 静謐さん、先輩の耳元に!?」

 

 まさかの抜け駆けに唯一起きているマシュは狼狽えていた。

 

「……いっその事、戦闘不能にして私がアノ場所に……」

 

 出て行くべきか悩んでいるマシュ。結局、暫くは様子見に徹する事にした。

 

「此処は、先輩が媚薬に当てられたら颯爽と攫って既成事実を……」

 

 

 

(……おにぎりが、明らかに減っている……!)

 

 俺はタッパーの中を見て戦慄を禁じ得なかった。

 おにぎりを左端から1つ取った筈だが、逆の右端から1つ無くなっている。

 先の声はやはり幻聴では無いようだ。

 

(……タマモ、起こすか?)

 

 ポケットに手を突っ込みバッグを漁る前に回収しておいた呪符を見る。

 

 恐らく貼れば起きるだろうが、それつまり色欲魔の復活を意味する。

 

「起こすか……」

 

 しかし、気配の無い相手は一番厄介だ。仕方が無いのでタマモの腕に呪符を貼り付けた。

 

「ッカ! タマモ、復活です!」

 

 予想通り、目を見開き勢い良く起き上がった。

 と思ったら崩れ落ちた。

 

「マスター、ナニをしたんですか!? 体が痙攣して立てません!」

「何もしてないっての。麻痺毒の撒かれた海にダイブしただけだろう」

 

 ……まあ、数分くらい念入りに漬けて置いたからな。麻痺毒の海に。

 

「っておにぎり食べちゃってるー!?」

「薬なら適当に埋めといたぞ」

 

「な、なんて事を!? 折角のラブポーション(はぁと)が!?」

 

 一気に落ち込んだ。しかし、気配の無い誰かが居るのでずっとここにいる訳にはいかない。

 

「そろそろ日が落ちるし、解散にするか?」

 

 気が付けばもう夕方になっていた。この夢はいつまで続く気だろうか?

 

「いえいえ、まだですよ! 夏の定番、海そして旅館です!」

「もう秋なんだが……」

 

「なら露天風呂です! これから行く旅館には露天風呂もありますから!」

 

 無理矢理だなぁ、とは思うが付き合わなければ目覚めそうに無い。

 しかし……何故だろう。体がその旅館に行くのを全力で拒絶している。

 

「さっさっと荷物を纏めて、旅館に参りましょう! タマモ旅館に!」

 

 更に嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

「見た目は案外、普通だな」

 

 見上げた先には田間藻旅館と書かれた看板が見える。

 旅館と呼ぶにふさわしい木材と瓦の使われた和式の建物で、色も木材そのままの色と言った感じだ。

 

「意外だな……」

「な、何故ですか!? 良妻に相応しい、慎ましくも温かみのある旅館でしょう!?」

 

「いや、タマモの事だからピンク色でハートマークの多い建物に連れてくるのかと……」

「んー……それは、アレでしょうか? マスター、さてはタマモの事、誘っちゃってますー?」

 

「いや、これっぽっちも」

 

 警戒していたがすっかり肩透かしを食らった気分だ。

 旅館に入り、受付に何処が部屋かと聞いた。

 

「201号室になりますだわん!」

 

「……あの、2人なんですけど……」

「2人部屋1つ予約されていますだコン!」

 

 この語尾がブレブレな店員は一先ず置いておこう。

 

 くっそぉ、油断した! ビーチで夜這いなんてワードを聞いたから、てっきり別部屋だとばかり思っていた!

 

「他に部屋は空いてませんか?」

「変更は受け付けておりません、ポン!」

 

 駄目か……どうすれば……

 

「ささ、マスター! 早く荷物を降ろして、すっぽり混浴温泉と行きましょう!」

「……分かったよ」

 

「お部屋のタンスに浴衣がありますピカ! お風呂上がりにお使い下さいケロ」

 

 こうなれば温泉に行くフリをして、恐らく男女別であるだろう更衣室で逃げよう。

 

 

 

「マスター達が部屋に到着しました。清姫さん、具合の方はどうでしょうか?」

 

 マシュの問いかけに、頭を抑えながら清姫答えた。

 

「まだクラクラしますが……なんのこれしき……!」

 

 タマモの予約した部屋の隣である202号室。

 

 そこでは静謐に清姫、マシュが様子を伺っていた。

 

「タマモさんは温泉と言ってましたが、マスターは逃げる気満々のご様子でしたね」

「ええ……恐らく玉藻さんはそれに気が付いている筈です」

 

「なら……?」

「恐らく、押し倒すタイミングは――」

 

 

 

「――今です!」

「うおっ!?」

 

 部屋に到着し、風呂に入る為に準備をしようとタンスから浴衣を取り出そうとした時、タマモに押し倒され、畳に背中を付いた。

 

「ぐへへ……こうしてしまえばマスター、逃げられませんよね?

 今回は色々邪魔が入ってしまいましたが、此処なら邪魔はさせません! 何せ部屋の中に結界を貼りましたから!」

 

 タマモの両手が顔の左右に置かれ、顔と顔の距離は徐々に詰められる。

 

「マスターも、今回は一度捕まれば逃げたりしませんよね?」

 

 抵抗を試みるが、人間の腕力は英霊に対して余りにも貧弱だ。魔術礼装のスキルも使えない。

 

「無駄です。マスターのスキルは封じてます。さあぁ……たっぷり気持ち良くなりましょう。

 今回は残念ながら準備が足らず、子供は作れませんが私達は体の相性もバツグンですから、きっとマスターも病み付きになりますよぉ……」

 

 言いながらタマモは指で唇に何かを塗る。恐らく精力剤か媚薬の類を仕込んだのだろう。

 

「ん……っちゅ……!?」

 

 唇に唇が重なり、舌を口へと侵入させたタマモだが、突然その動きが止まる。

 

「ま、またぁ……麻痺、毒……!?」

 

 本日3回目だ。急にタマモの体が鈍く、不自然な動きを見せる。

 

「体内に、直接は……ます、たぁ…………」

 

 そのまま悔しそうにタマモは俺へと倒れる。

 

「……た、助かった…んだよな?」

 

 痙攣しているタマモを身体の上から退かす。だが、今のタマモの様子からして俺の唇に仕込まれていた麻痺毒について俺はまるで心当たりがない。

 

「やっぱり、先のビーチで仕込まれたのか……?」

 

 兎に角、俺は一度旅館から出る事にした。

 

 

 

「せ、静謐さん……!?」

「う、迂闊、でした……静謐さんの毒は、汗になってその場に撒き散らされて効果が発揮される物……野外ならともかく、室内でビーチ帰りで汗たっぷりの静謐さんには……」

 

 清姫が倒れ、解説口調だったマシュも倒れる。

 

 しかし件の静謐はその惨状を見てキョトンとしていた。

 

「……浴衣が着たくて、着替えたんですけど……すいません」

 

 倒れたマシュ達の近くに置いておいた汗に塗れた普段着を拾い、畳みながら静謐は頭を下げた。

 

「……ん?」

 

 隣の部屋から遠ざかる足音が聞こえる。ドタドタと騒がしく、その音で男性の、マスターの足音だと気が付いた。

 

「……マスター」

 

 静謐は自分の指で唇を撫でると、頬を赤く染めて部屋を出た。

 

 

 

「っはぁ……はぁ……旅館に戻る訳には行かないし……どうしようか」

 

 完全に行き場を失った。旅館に戻る訳には行かないし、旅館の周りには何故か海しかない。

 

「流石ヤンデレ・シャトー……いや、屋台位あってもいいだろ」

 

 流石にこの状況は不安になる。明かりは旅館の光のみ、聞こえるは波の音だけ。

 

「いや、もしかして静謐がいるかも――」

「――呼びましたか、マスター?」

 

 旅館を見つめていた俺の後ろから静謐の声が響く。

 

「ッ!?」

 

 驚いて絶句してしまった。心臓を掴まれるとはまさにこの事だろう。

 

「せ、静謐……」

「タマモさんと、キス、したんですね……?」

 

 薄いピンクの浴衣を着た静謐は

 

「じゃあ、やっぱり先の毒は……」

「私が、マスターの唇に付いた米粒を取った時に、付着させました」

 

 そんな前にか!? て言うか姿が見えないのを良い事にそんな事してたのか!?

 

「私、デート、なんてした事無いですし、ご飯を作った事も無いです……

 でも、マスターの隣に、別の誰かがいると、嫌な気持ちになります。マスターが笑っているのに、苦しくなります……」

 

 これはアカン。

 俺は後ろに下がるが逃げ道は無く、旅館が迫るだけだ。

 

「嫉妬……でしょうか? 羨ましいとは思った事はありましたが、今までは諦めていました。ですが、マスターは、触っても触られても、死なない……

 私の、唯一の、……ふぅー……」

 

 静謐に顔を掴まれ、息を吹きかけられる。

 温かくて甘い吐息だが、背中には氷水を入れられたかの様な悪寒が走る。

 

 今度はトラウマで突き放されたりしないだろう。もう別のトラウマが彼女の想いを加速させている。

 

 だから、何としてでも彼女の媚薬から逃れないと!

 

「逃げちゃ、だめ。マスターはもう、私の虜……です」

 

 抵抗する筈だったが、彼女に捕まった頭は思いの外あっさりと引っ張られるまま彼女に抱きしめられた。

 

「嗅いでください、受け入れてください」

 

 鼻は押し付けられるまま密着した彼女の首元を嗅ぐ。

 

「……もっともっと、私の中に……」

 

 思考が、桃色一色に呑まれる。

 彼女の声が耳元で響き、淫乱な思考が体へ広がり、余計な理性は消え去る。

 

「入って来てください」

 

 

 

「っはぁ!」

 

 起きた。

 何とか無事だが、頭の中で起きた事を後悔した自分がいて全力で自分を殴りたい気分だ。

 

「静謐……」

 

 今回ばかりは昂ぶったままの自分を鎮めるのに、何時もの倍は時間が掛かった。

 

 




如何でしたでしょうか?
そろそろUA30万到達しそうなんですよねぇー……いや、何度もやるとクドいので暫くはこの企画はしません。次にやる時は50万位でしょうか?


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