ヤンデレ・シャトーを攻略せよ 【Fate/Grand Order】 作:スラッシュ
腐ってるなぁ、りんなちゃん。
「それじゃあ、お化け屋敷制覇と行こうか」
“マスター喫茶”を出た後、俺と清姫は2階へと戻って来た。
マシュ達は厨房の方からじゃんけんの声が聞こえてきたので、恐らく今もあいこを連発しているだろう。
「此処は牛若丸さんが運営しているそうです」
「へぇー……じゃあ此処から入ってみようか」
「きゃぁ! マスター、驚きました……」
嘘が吐けない清姫は正直なリアクションをして俺の肩の抱き着いてきた。
本当に驚いただけの様だが、抱き着いたまま離れるつもりは無いらしい。
正直、今は俺の方が恐怖に震えているので離れて欲しく無いが。
「……ぶ、文化祭のお化け屋敷のレベルじゃねぇぞ……」
ギロッ。
数多の赤い巨大な目玉が一斉にこちらへと視線を向ける。
「っうぉ!?」
急いで目を逸らした先には血の滴る夥しい数の怪物の生首が刀に刺さったまま恨めしそうにこちらを睨んでいた。
「魔神柱の眼に、死食鬼、人狼の首……翼竜の骨にグリフォンの翼まで……
良くこれだけ使えない素材を集めたものですね」
「狂気だ、狂気の沙汰だ……」
牛若丸の天才的なお化け屋敷に俺の腰は完全に引けていた。
内装はカーテンで閉め切ったので明かりはそこら中に置いてある炎だけ。
学校では火気厳禁だろ。何故そこだけ緩いんだアヴェンジャー……
設置されている物は全て天然素材100パーセント、加工すらされていない。
このお化け屋敷のためにどんだけのエネミーが犠牲になったのか……
「マスター、大丈夫ですか? 気分が悪いなら一度退出を」
「いや、大丈夫だ……どうせ後で回るなら今終わらせよう……」
もう3分の1程進んでいるんだ、ここで止めるのは無理だ。
「分かりました。私がしっかり先導しますのでご安心下さいまし」
清姫の手を取りつつ、松明の明かりだけで照らされた教室の中を進み続けた。
お化け屋敷は苦手では無いが、死臭、腐乱臭に何処かで嗅いだことのある薬品の匂い、耳にこべりつく様な水音が俺のSAN値を刻一刻と削って行く。
本物の死体が置かれている事実に、お化け屋敷が何なのかすら分からなくなってくる。
揺れる炎は火の精、床から響く見る水音はスノーマンの溶け出した音。
「……おわぁ!?」
見ずに蹴り飛ばしてしまった地面に転がる粛正騎士の鎧。
「う゛……う……ぅ」
「っぃ!?」
蠢くような悲鳴の持ち主は絶命寸前のホムンクルスの物だ。
痙攣しているかの様に僅かに動く白い巨体の先には、巨大な腕が何本も置かれており、その掌にはステッキの形のキャンディーが置かれていた。
「こ、怖い上の変な所で緩い……」
ジャンルで言えばスプラッター系のサイコホラーだ。俺の苦手ジャンルのコラボレーションだ。
「マスター……もっと強く抱きしめても構いませんよ?」
清姫は恐怖している俺の耳元で優しく呟いた。
「…………っは! 怖っ!」
清姫に包容を許され、思わず本当に抱きしめてしまいそうになったのが今までで一番の恐怖だった。
「ここで最後かぁ……」
漸くお化け屋敷のゴールが見えた。しかし、牛若丸は何処にも見当たらず、何も刺さてない刀が置かれているだけ。
「――っ!」
突然、清姫は大きく横に飛んだ。
そうしなければ突然飛来した刀が彼女の首を切断したからだ。
「牛若丸っ!?」
「主どの、ご来店誠にありがとうございます!」
「……これは、なんの真似ですか?」
清姫は油断なく扇子を構えている。
「当店最後の恐怖、主どのの横に立つ害虫を成敗し晒し首にする演目です」
怖い。もはやお化け屋敷じゃなくて殺人鬼の館だ。
「なので、害虫にはサクッと惨殺されて頂きたい」
「では代わりに貴方の灰を箱に詰めて線香を立ててあげましょう」
「ところで! 牛若丸!」
戦闘態勢に入った2人に中断を求める様に大声で言った。
「どうしました、主どの? あ、私の店の中の物なら何でも持って行って構えませんよ。ご所望とあれば私の体も……」
「じゃあ、スタンプ押してくれない?」
スタンプカードを牛若丸に見せる。
「すたんぷ……? あ、判子の事ですね!」
牛若丸はスタンプを取り出すと、俺のカードに押した。これで残り2店だ。
「じゃ、さっさと出ようか」
「はぁ……マスターからお手を……」
清姫の手を取って2人で店から出る事にした。
決して、今まで殺してきた敵に呪い殺されるんじゃないかと震えている訳では無い。
「ちょ、ちょっと待って頂きたいです! まだ最後の演目が……あ、主どの! 牛若もご一緒しますから待ってくださーい!」
後ろから響く声を無視して、次の教室に向かった。
「漸く見つけました!」
「主どの! 無視しないで下さい!」
最後のお化け屋敷に入る直前でマシュと牛若丸がやって来た。
「あらゾロゾロと……マスターには私がいれば十分ですよ?」
「清姫さん……まだいたんですか?」
「“リョウギの堂”……」
店名からして既に式がいるのは間違いないだろう。後ろで嫌悪な雰囲気になってるサーヴァント達は無視だ。
「さて、中は一体どうなってるやら……」
入って直ぐに見たのは扉だった。
「……あれ?」
後ろを振り返れば先程開いたスライド式の扉がある。
お化け屋敷は此処から始まるようだ。
サーヴァント達が来ないが扉と扉の間は狭い。先に入ろう。
「失礼しまーす……」
先の牛若丸のお化け屋敷は予想以上に怖かった。油断せずに慎重に行こうと覚悟を決める。
「……ん?」
開いた先はただの教室だった。
先まではやたら凝った内装だったので少し肩透かしを食らった気分だ。
「マスター、漸く来たか」
辺りを見渡していた俺に後ろから式が声を掛けてきた。
「式……」
「生憎、お化け役や衣装づくりなんて柄じゃないんでね。マスターを驚かすのはオレじゃなくて、他のやつに任せるよ」
式はそう言うとCDプレイヤーらしき物を取り出し、机の上に置き、ニヤリと笑った。
「え?」
ゾッとした俺が止める間もなく式はスイッチを押した。
閉められた扉の前で立ち往生をしていた清姫達に“リョウギの堂”が開かれた。
「――漸く開きましたわ」
「主どのが出て来ていないと言う事はまだ中にいらっしゃるんですね」
「先輩、御無事だと良いんですけど……」
自分達の主を求めて人は歩き出した。
『――』
漸く開いた“リョウギの堂”に入った3人は扉の先にあった扉から聞こえる声に耳を疑った。
『式……! 式!』
『マスター、静かにしないと……外の3人に聞こえちまうぞ?』
『式がいれば、他のサーヴァントなんて俺には要らない……!』
『そうか……? 本当だったら、嬉しいな』
『なあ式? ……結婚してくれないか?』
「――マスタァァァ!!」
怒号と共に扉は破られた。
其々を染めた感情は違う物だったが、目指す場所は全く一緒だった。
涙が溢れたその瞳には両義式と密着する主の姿が……
「式、シャレになってないだろコレ!?」
機械から再生された声に清姫達の侵入と同時に無理矢理式に抱き着かれた事で、俺は今まで体験した中でも最悪レベルの殺気に晒されていた。
「せんぱーい……? 何ですか今の? 嘘ですよね? 嘘ですよね?」
「主どの……? 牛若は、不要ですか? もう、いらないのですか?」
「許さない……許しません……私を2度も裏切るんですか、安珍様!?」
どいつもこいつも目からハイライトが消えている。
「んー……効果あり過ぎたな」
「頼むから説得してくれよ!?」
俺が両手を合わせて頼むと、式は気不味そうに頭を掻いた。
「あー……
この場所に入ったオレ以外のサーヴァントは……此処にいる間は精神状態が固定されるんだよな……」
「なんだよそれ!?」
つまり、怒りに身を任せて入ってきたあの3人を説得するのは不可能という事だ。
「出口は!」
「後3分で現れる筈だ」
世界で一番恐ろしくて長い3分になりそうだ。
「せんぱーい、式さんとお話楽しそーですね? 私ともお話しましょうよ?」
盾を持ったマシュは狂気の混ざった明るい声でこちらにゆっくり近付いてくる。
首の骨が無いんじゃないかと思う程の角度に頭を傾けているのが恐ろしい。
「不要ですか……? そうなのですか……? なら、せめて牛若を貴方の手で殺して下さい……で、でないと私、もう何を仕出かすか、わかりません……!!」
震えた手で刀を握る牛若丸。ガチガチと音を立てるその刃は俺に向けられたまま鞘に収められる事は無い。
「安珍様許さない安珍様許さない」
笑顔無くこちらを睨んだまま今にも竜へと転身しそうな清姫。
正直、後数十秒でも逃げ切れる気がしない。
「マスター」
式が俺の肩を叩く。
「令呪、令呪」
式は俺の手の甲を指差す。
確かに、令呪を使えば今にも俺を殺そうとする3人を止められる。
此処は殺される前に使うべきだ。
「……令呪を持って命ずる」
俺のその言葉に目の前の3人は弾かれたかのように一斉に動き出した。
振り下ろされる盾、迫り来る刀、放たれた炎。
割って入った式が炎を殺し、俺と一緒に後ろへと下がった。
「マシュ、牛若丸、清姫、式! 止まれ!」
そのお陰で令呪の命令が間に合い、俺以外の全員が止まった。
怒りの表情はそのままだが、これで殺したくても殺せまい。
「って――何でオレまで止めたんだマスター!」
「だって、絶対止まった3人の前で何かするつもりだっただろ?」
「先輩? なんの真似でしょうか? 早く解除しては頂けないでしょうか?」
「うぅ……ひっぐ! 捨てるのでしょう? 牛若を捨てるのでしょう!?」
「殺す殺す殺す殺す!!」
止まっているのが不思議なくらいの言動だ。
「……ネタばらし、するか」
俺はそっと入り口近くに置いてあった機械を手に取り、再生させた。
「すみません、先輩!」
「よかったぁ……主どのに捨てられていなくて本当に良かった……」
「……式さん、焼き加減はどれくらいが好みでしょうか?」
「おいおい、オレはただお化け屋敷を全うしただけだぜ?」
何とか誤解を解いて全員で“リョウギの堂”を出れた。
しかし、清姫はまだ店に戻らなくて良いのだろうか?
「あ、そうだ。ほらマスター、スタンプだ」
「ん? あ、そう言えばそうだ」
先まで危ない場面だったのですっかり忘れていた。
「ん? なんだよ、もう最後か」
「ああ、次が最後だな」
それを聞いた瞬間、マシュは突然謎の提案をしてきた。
「……先輩、私とキスしたら最後のスタンプも押してあげますよ?」
「マシュどの、ズルイです! 主どの、私と接吻を!」
「良く分かんないけど……じゃあオレも」
「いや、なんだよ急に……」
戸惑う俺にマシュはスタンプカードを向けて説明した。
「この最後のスタンプ、“ローズドラグナーズ・アウレア”はネロさんとエリザベートさんがコラボした屋上ライブですよ!」
今までとはまるで違う意味で恐怖した。
「しかも、一度入ったら最後……宝具を展開するそうなので終演まで出られないそうです……」
だが、ここで一旦冷静になろう。
此処で誰か1人選んでキスをするか、最古のジャイアンリサイタルとも呼ばれるネロとあのカルデア職員を本気にさせたエリザベートの歌声を聞くか、どちらにするべきか。
キスをすれば3人に命を狙われる。……正直、怖い物見たさもあるし、屋上ライブで良い気がする。
「ますたぁ……貴方の為なら、この清姫、なんの見返りもいりません。どうか押させてください」
此処で清姫が株を上げに動いた。
「な!? それなら私も――」
「――ああ、悲しい人達……マスターの為に忠義を尽くす事すら出来ないなんて……」
先程キスを求めなかったのはコレが狙いらしいが俺が此処まで理解しているので好感度上昇には余り効果は無い事を理解しているだろうか?
「後ほど、マスターの印鑑と交換致しますね?」
「お断りだ!」
考えるまでもなく俺はそれを断った。
こうなっては仕方がない。
逝こうか、屋上ライブ。
「子ブタ達! 子イヌ達! 今日は私達のライブに来てくれてありがとう!」
『わぁぁぁぁ!!!』
屋上には何故か無数のマスター達が集まっていた。
月の表の制服、裏の制服。
カルデア、戦闘服、魔術協会、アトラス院、アリバーサニー、水着……
兎に角沢山のザビ男、ぐだ男が集まっていた。
「まさか他のFEXとFGOプレイヤー!?」
「我らが奏者達に感謝を!
そして、今宵は思う存分!
我らの歌に酔いしれるが良い!!」
『わあぁぁぁぁ!!』
「ネロたぁぁん! 好きだぁぁ!!」
「プラネロォ! 俺だぁ! 結婚してくれぇぇぇ!!」
「エリちゃーん! こっち見て!」
「キャスエリちゃーん!!」
「ブレエリちゃん、ブレエリちゃん!!」
サイリウムを持って応援しているマスター達には申し訳ないが、俺には集団自殺志願者にしか見えない。
あと上から2番目はカリギュラさんがお持ち帰りしました。
「さあ、先ずはとっておきのヒットナンバーよ!」
エリザベートの張り上げた声を切っ掛けに、(生き残るのが)奇跡のアイドルグループ、“ローズドラグナーズ”のライブが始まった。
「……あぁ……うぁ……」
自分の口からゾンビの様な呻き声が出た事に驚きつつも、生を実感してホッとした。
もう正直駄目かと思った。
ライブがトラウマになりそうだ。
しばらくはあの歌声にうなされる事だろう。
「せんぱーい! ご飯まだですかー?」
「アイツは……ふてぶてしいな……」
「ふむ、文化祭は黒字……成功か。
不思議だな……これ以上の金銀財宝を持った事があったが、ここまで喜ばしく感じた事は無かったな」
「随分楽しそうね」
文化祭の収益を確認していたアヴェンジャーの後ろから、もう1人のアヴェンジャーが声を掛けた。
「復讐に堕ちた聖女……なんの用だ?」
「そろそろ、私と交換してもらっても良いか、聞きに来てあげたわ」
「……まあ、こちらとしては問題は無い。同じ召喚されていないアヴェンジャーだ、資格も十分だ」
「それじゃあ、貴方は休憩も兼ねて明日からしばらくはお役御免よ」
「ふむ、まあ、言葉に甘えるとしよう……」
スッと消えていくエドモンを見て、アヴェンジャー、ジャンヌ・オルタはニヤリと笑った。
最後の屋上ライブでサイリウムを振った人は挙手!
えー、先生は清姫にリョウギの堂で殺されたので、ライブには行けませんでした。(歓喜)